EX-2.うーんやっぱり兄さん、美月さんにでもお迎えきてもらったほうがよかったかな?

 ――そうさ話変わるけんども、ほらさ今朝がたに起きただかっていう事件? あれさもうテレビでやっとったかい?


 ――いいんや、おらげもまだ見てないね。てっきり昼げのニュースでやるもんだと思ってたのにない。


 ――ああやっぱしニュースでもやってないべ? あんなにおまわりさんぞろぞろ出回ってんのにね、テレビでやらんのはしっかし不思議だない?


 ――そうさない、んでも確かネットの? 記事ではちらと見かけたような気がするけんど。たぶんあれだない、テレビさで流れんのはほら、殺されちまったっていうのがあっこの、葛城いうおっきな製薬会社の娘さんって話だから……


 チリンチリンと小さな鈴の音を後ろに、私と和香ちゃんは日に焼けた木製のドアを押し開け店内へと入っていく。

 見た目には「古ぼけた感のある喫茶店」っていっても、別にすすけた風でもないしましてや小汚さがあるって分けでもないんだけど。どっちかっていうと、年季の割ずいぶん清掃には気を使ってるみたいで全体的な印象としては明るい、けども落ち着いた雰囲気をしてるって感じかな?

 私たちが入ると入口近くに二人。っていうかティータイムをとっくに過ぎたようなこの時間にはそのおばあちゃんたちしかいないようだった。


「奥の席でいいかな?」


 入ってすぐ振り向きざまそう声をかける私の半歩後ろで、なぜだか待ち合わせた時よりもいっそう白く顔を青ざめさせる和香ちゃん。


「和香、ちゃん? どうかした??」


「……う、うん。なんでもないよ大丈夫」


 ちょっと冷房が効きすぎてるのかも、あはは。としきりにおばあちゃんたちの座る座席を気にした様子で、和香ちゃんはかぶりを振りながらちらちらとそちらに視線を送る。


「あのおばあちゃん、知ってる人?」


「違うよ、全然知らない人なんだけどもね……」


 ちょ、ちょっとね。とさっきからずっと聞こえてくる「おばあちゃんたちの会話」を気にした風に、もごもごと口ごもる和香ちゃん。

 うーんよく分からないけど、明らかに今日の和香ちゃんはおかしかった。

 それに、どうしたのかな? と首をこてっとさせた段になって気づいたけど、いつも大事そうに握ってるはずの「猫さんポシェット」も持ってないみたいだったし……


 まあ、ともかく座ろっか? と私は不思議に思いつつも、先に奥のボックス席に腰かけメニューを手元に引き寄せた。

 後に続くようにいそいそと向かいの席に座る和香ちゃんの前で、私はパラパラーっとメニュー表をめくるとほぼノンタイムでオーダーを決める。


「何飲もっかな、うーんアイスココアでいいや。和香ちゃんは……?」


 なおも、心ここにあらずといった感じで入口の方へ視線を投げる和香ちゃんに、私はポンっとメニューを手渡し尋ねる。


「ええっとね」


 そこでようやく、意識を手元に戻したっぽい和香ちゃんが、慌ててパラっとメニューを開き指先でドリンク名をなぞる。


「じゃ、じゃあ私も彩花ちゃんとおんなじのにしようかな?」


「今日もものすっごく暑かったもんね。じゃあドリンクだけ頼んじゃおうっか!」


 大して考える素振りもなく同じメニューを指さした和香ちゃんに、うんうんと頷いてから私は卓上のベルを鳴らした。

 客もほとんどいないせいか、暇そうに老眼鏡で新聞を読んでいたマスター(おじいちゃん)がすぐによっこいしょとカウンターの向こうからやってくる。


「アイスココア二つください」


 注文を取りにきたおじいちゃんにとりあえずのオーダーを告げると、私はその背を見送ってから今だ「そわそわと挙動不審げな和香ちゃん」に理由を聞いてみることとした。


「それで和香ちゃんお話ってなんだったのかな? あ、っていうか今日は何か急用でも入ったの?」


 お休みするなんて珍しいね。と呼び出された本題について触れる前に、私はふと「今日の委員会欠席」に関して話を振る。

 基本的にマメな性格の和香ちゃんはこういった活動のお仕事にきちっと出てるイメージだったし。休むにしても前日には必ず連絡を入れる子っていうような印象があったんだけど。


「えとね、その、今日もだったんだけど……」


 そうどもり気味に和香ちゃんが切り出したところで、アイスココアが二つ運ばれてきた。


「ん、ありがとうございます。和香ちゃん、はいストローどうぞ!」


 私は運んできてくれたおじいちゃんに礼を言うと、近くにあったストロー入れから紙ストローを取り出して和香ちゃんに差し出す。

 そうして一時話を中断した私たちは、ストローを冷えたグラスに突き刺してからココアを口に含んだ。

 ストローを渡されるがままに、私と同じタイミングでココアを飲んだ和香ちゃんが冷たいココアを一口。少し落ち着いたのか、膝上でぎゅっとこぶしを握りなおすと顔を上げ話を始める。


「あのね、彩花ちゃん今朝の事件って知ってる?」


「ああうん、知ってるよ。なんだかうちにも朝警察の人聞き込み? にきてたし、何事かと思っちゃった」


 脈絡なく語られはじめたことに「なんだか大変なことになってるみたいだね」と応じてから、私はストローにもう一度口をつける。


「そうだったんだ。彩花ちゃんのおうちに? それでね、その……殺されたって子が私の通う学校の生徒だってことは?」


「そうみたいだね。お昼に委員会の子から聞いたよ?」


 言葉を選ぶように、何かを恐れるみたいに唇を震わせしゃべる和香ちゃんの、その「不安の原因」が分からない私は黙って先を促した。


「その子ね、私のクラスメイトだったんだ」


「そう、なんだ」


 同じ学校の生徒だってことは分かってたけど、まさか学年もクラスも一緒だったなんて。

 そっかそっか、それは……とその後の言葉を継ごうとした私の声を遮るように、早口気味に和香ちゃんが言葉をかぶせてくる。


「うんでもね、その私、その子がいなくなってよか……実のところはね、ほっとしてるんだ」


「え……!」


 安易な慰めを口に仕掛けていた私は、まさかの返しに思わずはっと口をつぐむ。


「うんごめんね。私すごく安心しちゃってるっていうか、その子ね利瀬さんっていうんだけど私ずっと目をつけられてて」


 ポツリポツリと受けた仕打ちをこぼしだす和香ちゃんの表情は、その子がいなくなって解放された安心感と、でも「事件にあった子」がいなくなったことを喜べている自分への気持ち悪さでごちゃまぜになっていた。

 きっかけはなんだったのか、和香ちゃん自身に心当たりはないらしい。

 経済的に厳しいおうちだっていうところがみすぼらしくでも映ったのか、


「……そっか、ごめんね和香ちゃん……」


「うんうん、彩花ちゃんはなんにも悪くないから」


 そう鼻をすすって言う和香ちゃんに私はそれしか声をかけてあげられない。

 たったの数か月、学校が離れてる合間に和香ちゃんがそんなことになっていたなんて知る由もなかった。


「ありがとう彩花ちゃん、ちょっと落ち着いたから」


 しばらくして鼻をかんだ和香ちゃんが、少しだけスッキリした顔で目の端にたまった涙をぬぐう。

 私はハンカチをそっと差し出してから、空気を換えるため何かおなかに入れようかと再びメニュー表を取り上げた。



 それから数時間して、


「今日はありがとうね、話してくれて」


「うんうんこっちこそありがとう。おもたい話につき合わせちゃってごめんね、でもおかげでちょっとは楽になったよ。事件、早く解決されるといいな」


 まだまだ区切りは完全についた風じゃないけど、どこかつきものが落ちたみたいに和香ちゃんは言う。


「そうだね。じゃないと毎日ちょっとだけびくびくしながら帰らなきゃいけなくなっちゃうし」


 やや明るくなった表情の和香ちゃんに胸をなでおろしつつ、私はそんな風におどけて見せる。

 それから、バイバイと手を振りあい私はとっぷりと日の暮れた旧道を引き返し始めた。

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