EX-1.例えみーちゃんが認めなくとも私的にはニッコニコ。ずーっと見ていたかったんだけどな

「もっしもーし美月さん、どうされました? んなとこから台所を見下ろされて……」


「いや何、食材用意しちゃった手前あれだけどもね。私にこんな、熱中症必死な中料理を振るまえと?」


「……ひえ。すすす、すんません。た、ただいまキンッキンに冷えてやがるドリンクと扇風機一台、いや家じゅうのをかき集めてきますからーっ!」


 そんな、懐かしくも繰り広げられる兄さんと美月さんの夫婦まんざいに私はニッコリニマニマ。……って、いけないいけない。ついつい上がりそうになる口角を戻してから私は名残惜しくも玄関を後にする。

 帰ってきてから「和香ちゃんとの約束」まで時間はあったけど、着替えるのも面倒だしと制服のまま過ごしていた私は、待ち合わせの時刻が近づいてきたのでおうちを出ることにした。

 ほとんど着の身着のまま、スマホだけを持って外に出るとまずは美月さんの車に積まれた折り畳み式自転車を引っ張り出す。


「よーし」


 手慣れた手つきでカシュカシュ自転車を展開させると、私はサドルにまたがり前庭を出発した。

 確かに日は傾いてきてるけど、遠くでまだまだ元気なセミがジーワカミンミンと鳴きたてる農道をスイスイッと漕いでゆく。

 右手に田んぼが広がる中、頬に気持ちのよい風を感じながら自転車を走らせポツンポツンと間隔をあけ建つ左のおうちを過ぎ曲がれば、あとは踏切まで真っすぐの市道が続く。


(そういえばもうパトカーとか、警察の人っぽいものも見当たらないね。さっき見かけたのは確か昼過ぎ、検査前だったかな?)


 ちょうど後ろからの夕日を受けるかっこうとなった市道には、長く伸びる私の影以外動くものはないはずなんだけど……

 通いなれた通学路をどうしてか、何度もちらちらと振り返ってしまう。


「気にしすぎ、かな?」


 なんだか朝から続く不安を吐き出すようにそう呟くと、結局誰ともすれ違わずに私は独り踏切を渡った。


(それにしても和香ちゃんの用事ってなんなんだろうね?)


 踏切を超えて坂道を下りだしたところで、これから会う予定の友達の顔が頭に浮かぶ。


 片寄(かたよせ)和香(のどか)ちゃん。元は、おんなじ中学でクラスは違ったんだけどたまたま委員会が一緒になって仲良くなったおさげ髪の女の子。

 進んだ高校は別々だったのに、結果としてこんなに早く委員会を共にすることになるなんてね。


(合併のお話は知ってたからそのうちまた学校で会えるよ、なんてついこないだおしゃべりしたばっかな気もするんだけど……)


 ほんの半年前、卒業式後に和香ちゃんとしたやりとりのことを思い出しながら私は、さっきも美月さんの車で通った道をゆっくり自転車で漕いでいく。

 左半身を強い夕暮れの日差しに晒すようにして、行きかう車の多くなってきた狭い旧道を走らせること少し、


「んーと和香ちゃんどこにいるって言ってたかな?」


 2、3時間足らず前に立ち寄ったばかりの駐輪場にまたもや自転車を止めると、私はきょろきょろと友人の姿を探す。


(こんなところでごはんも済ませられるお店、なんていうともう限られちゃうから。わざわざ待ち合わせの場所は決めてなかったんだけど)


 なんちゃってロータリーにタクシーが一台だけ止まっている駅前をぐるっと見渡すと、この暑いさなか街路樹下で所在なさげに佇む友達の姿をすぐ発見した。


「和香ちゃーん、お待たせ!」


 私がパタパタ駆け寄りつつそう声をかけると、日陰に立つ和香ちゃんがぱっとこちらに顔を上げる。

 手を振り振り近寄る私にほっとした表情を見せたのもつかの間、どことなく不安そうに顔を曇らせぱちぱちとしきりに瞬きを繰り返す和香ちゃん。


「待ったかな? ってあれ、和香ちゃんメガネ変えた?」


 そんな様子の和香ちゃんに「どうしたんだろ?」と首を傾げつつ、ふるふると揺れる瞳の「周りを飾るそれ」に気づいた私は間髪開けずに尋ねる。


「……う、うん」


 小さな声で頷く和香ちゃんの、ちょっと猫っ毛な前髪の下から見えるそのフレームは、普段の黒縁からシルバーの物に変わっていた。

 心なし、レンズも厚底のじゃなくなった? のかな。でもそうだよね、学校って訳じゃないし。と一人納得した私は深く考えることもなく「それじゃ行こっか」と和香ちゃんを近くのカフェに誘うのだった。

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