宵祭り-5.わざわざ一時間に一本しか出ないようなローカル駅まで来るとはな、何事なんだろう?

「どうかしたのかい?」


 軽く放心状態の彩花に付き添う形でやってきた俺達を見るなり、長いまつ毛下から覗く瞳孔をスーッと細くして美月が尋ねてくる。

 ああちょっとな……とトランクに荷物を積めている美月に応じてから、俺は隣を歩く彩花を気づかわし気に見やった。


「そんな、大したことはないんですけど……ちょっと気分を悪くしちゃって」


 俺がどう答えたもんかなと口を濁したその矢先、当の彩花が繕った笑顔と共に返事を返してしまう。

 無理に笑おうとしてか、半端に口角が上がったそれは返って「大丈夫じゃなさ」を表すことになっただけだけど。


「……実はな」


 傍から見ても全然「大した事ある」様子の妹を気にかけつつ、俺はなおも言葉を選ぶように口を開いた。

 しかし、先を続けようとする俺を待たずして冬華さんに頼まれたもんを積む手を止めて、美月はツイっと彩花の傍までやってくる。

 さしたる深追いもせぬままに、なんとか支えることだけは……といった感じで押してきた折りたたみ式の自転車を預かると、美月は流れるように彩花の手を引いて助手席へと連れていく。


「すいません美月さん、けどありがとうございます」


「いいや、別に気にすることはないよ?」


 されるがままに身を任せ、後をついていった彩花は助手席のドアを開けてくれた美月に礼を言うや、へなへなと車のシートにへたりこんだ。

 ポスっと彩花が身体を鎮めるのを見届けて、美月は涼しい空気が逃げぬようすぐにドアを閉めると「それで?」と俺に目で問うてくる。


「いや何、そのさ。ここに来る直前の国道で横断歩道あるのにそれ無視して道横切ろうとするばあさんと出くわしてな」


 それもビュンビュンダンプ飛ばしてるのにお構いなく。と道中で起きたことを手短に述べる俺のそれを聞き、美月は合点がいったというようにああと頷いた。


「……なるほどね、そういうことだったかい。まあ自分ちの庭か何かと勘違いしてるジジババさんも少なくないからね。それに確か、こないだも夜に車道を突っ切ろうとして引かれたって事故があったばかりだろう?」


 もうそれだけで委細を承知したと見える美月は、「全く困ったものだね」と小さく漏らしてからそう付け加える。

 目は離していても手先は止めることなく、カシュンカシュンとあっという間に「通学用チャリ」をたたんでいった美月は、ボレロに載せるためひょいっと自転車を持ち上げた。


「なんだいこれ?」


 テキパキと片付ける様子をボケっと見守っていると、自転車を抱えた体制で美月の動きがピタリと止まる。

 かと思えば、訝しんだようにちょうど後輪に当たるホイールへと手を這わし、徐に何かを摘まみ上げた。



「なんだそれ。髪の毛、か……?」


「そんなの見れば分かるだろう? にしても気持ち悪いね」


 顔の高さまで摘ままれたそれを端的に表しただけなのに、返ってきたのは幼馴染からの辛辣な一言。

 まあゆうて「平常運転な美月さんの返し」は置いといて、いくら見てもただ絡まった2本の毛でしかないように思うけど……


「こっちは長さからして彩花ちゃんので間違いないと思うんだけどね。この、巻きついてきてる方は君のでもなさそうだし……」


 美月の言う通り、ぱっと見妹のっぽいカールした毛髪に絡むは、兄妹揃って地毛から茶っ毛交じりな俺達とは色味の違う黒々とした毛。


「ありゃほんとだな。っていうかこんな風に絡まるもんか?」


「まあ抜けるにしてもなかなかこうはならないだろうね。おまけに」


 そう言うやまたもや後輪へと指を伸ばした美月が、引っかかっていた何かを人差し指と親指で挟み込む。


「今度はなんだよ?」


「なんだろうね、コピー用紙……いやどちらかといえば半紙? とかに近いかもしれない」


 指の間に挟まった「白い紙」を不思議そうに見つめる俺の前で、スリスリと指をこすり合わせ紙の材質を確かめるように美月が答える。

 鋭角なv字型に切り取られているというよりは、まるで影絵にでも使う人形の腰元~~足までを象るように裁断されてるっぽい紙切れを、しげしげと観察する美月さん。


「さしづめどこからか風で運ばれてきたのが引っかかっていただけなんだろうけど。いずれにせよ気味が悪いね」


 ともかく、これ捨ててくるよ。代わりに君は彩花ちゃんのを載せておいてくれ。とそれだけ言い残し、美月はさっさと俺に自転車を押し付け店先の方へと歩きだしていく。


「ヘイヘイ」


 了承も聞かず去っていってしまう幼馴染の背に、諦めたように俺は「わあかりましたよ」と声をかけよっこいせと自転車を持ち直す。


「……ふう」


 多少もたつきはしたものの、いろいろと角度を変えてはを繰り返しようやっと収まりの良いベスポジを見つけたところで美月が帰ってくる。

 当然さっきの半紙(ゴミ)は握られていなかったけど、運転席に乗り込んできた美月は手ぶらではなかった。


「アイスココアでよかったかい?」


「あ、はい。ごめんなさい美月さん、気遣わせちゃって……でももう落ち着いたんで大丈夫ですよ?」


「おやそうかい、だけどせっかく買ってきちゃったからね。ゆっくり飲んでくれ」


 額に浮いた汗を拭いどっこらせと俺が狭くなった後部座席に腰を落ち着けているその前で、どうやら自販機で買ってきたと見えるプルタブ缶を美月は助手席に差し出す。

 申し訳なさそうにそれを受け取る彩花の横顔をミラー越しに伺うと、だいぶ顔色もよくなってきているみたいだった。

 それにあれだけ小刻みに震えてた肩も止まってるようだし、「落ち着いた」っていうのもあながち嘘ではないんだろう。


「じゃあ用事も済んだことだし帰ろうか」


 他に行きたいところはないね? と車内を見回し聞いてくる運転手様に、俺も彩花もこくりと首を縦に振る。

 そうして発進したボレロの助手席で、さっそくプルタブを開けたかと思いきや彩花は一気にココアを飲み干す。

 やっとこ人心地ついたのか、小さく息を漏らすと無造作に空となった缶をドリンクホルダーに差し込んだ。


「ん、誰からだろ?」


 そこで制服のポッケが振動していることに気づいた彩花は、何の気なしにホルダーから離した手をサマースカートへ伸ばす。

 抜き取ったスマホの液晶に目を走らせ通知を確認すると、彩花は「あっ」と間の抜けた声を上げた。


「和香ちゃんだ。お返事きたのかも」


 どうも届いたのは、昼前にも話題に上がっていた子からのものらしい。


「和香ちゃんってあれだろ、今日急用だかで手伝いこれなかったっていう?」


 先の妹とのメッセージを思い出し聞く俺に、どこか上の空で彩花はうんと生返事を返す。


「うーんそうなんだけどね、どうしよっかな? なんかね、相談したいことがあるから夕方駅前に出てこれないかって……」


「駅前って、いわき駅にか?」


「ううん、こっちにわざわざ来てくれるみたいだよ?」


 困ったように眉根を寄せて、液晶の淵をコツコツ叩きながら彩花が簡潔にメッセの内容を伝えてくる。

 確か和香ちゃんの家は主要駅の近くのはずだから、そっちの方じゃなく俺の地元で待ち合わせ隊ってことならよっぽど申告な? 悩み事があるのかもしれない。


「夕方っていうと何時頃なんだい? 彩花ちゃんの分もごはん作る気でいたんだけど……」


 黙って俺達の会話を聞いていた美月が、「おや、ならどうしようね?」とハンドルを右に切りつつ口をはさんでくる。


「んーっと、18時前に着くので来るみたいかな?」


「んじゃあさ、どうせなら和香ちゃんとなんか食べてきたらいいんじゃないか?」


「それもそうだね。どんなお話か分からないけど、こっちに来るよ~ってことだからよっぽどなことなんだろし」


 もう一度スマホ画面をチェックしてから告げる彩花に、まあせっかくならごはんも済ませてくれば? と俺は迷った風の妹に勧めてみる。

 どんな相談事なのかは彩花もピンときていないみたいだったが、俺に言われて「そうしよっかな?」と彩花はすんなり頷いて見せた。


「そういうことなら仕方ないね。今晩はどこぞの医学生さんにだけ振る舞うこととするかね……?」


「そりゃあ光栄なことですね。ありがたーくご相伴に預からせていただきますともよ」


 それならとこの後の予定も見えてきたところで、この運転手様は実に嫌そおーに、恩着せがましく誰にとはなく言ってくる。

 まあもはや慣れたもんで、帰路に就こうとするボレロの中俺ははいはいと軽口を返すのだった。

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