母と娘は過去と決別する

編端みどり

招かれざる訪問者

「お母さん! 模試の結果出たよ! 見て! A判定!!」


「すごいわ! 今日はお祝いしましょ」


進路の事で揉めたが、お互い話し合って仲を深めた親子は模試の結果を祝っていた。母も娘の影響を受けて大学に入ろうと勉強を始めた。


「お母さんはどう? 行きたい大学、決まった?」


「そうねー……もう少し経済の勉強をしたいから経済学部を目指したいわ」


「私と同じとこ行く? 私は狙ってないけど、確か経済学部も凄い教授がいるって聞いたよ」


「さすがに、国立は無理よ。まぁでも……確かにあそこ、良いのよね。気になるシラバスがあったわ。けど、お母さんの学力じゃ厳しいと思う」


「ねぇ、お母さん」


「ん? どうしたの?」


「別にさ、今年無理なら来年でも良いじゃん。私も頑張るけど、無理だったら来年受けるよ。絶対、あの学校に入りたいもん」


「そっか、チャンスは今年だけじゃないものね」


「そうだよ。それが大学の良いとこなんだからさ」


そうやって笑い合っていた親子のもとに、招かれざる訪問者が現れた。


チャイムが鳴り、インターホンを覗いた娘が嫌そうに呟く。


「げ……お父さんじゃん……」


「どうせおばあちゃんに言われて来たんでしょ。相変わらず、マザコンなんだから」


「どうする? 追い返す?」


「職場まで来られても迷惑だし、話くらいしましょうか」


「そうだねー……。はーい、どうぞー」


中に入った父親は、娘の模試の結果を見て大喜びした。


母と娘は顔を見合わせ、溜息を吐く。


「……で、何の用かしら?」


「お前みたいな無能と話す気はない! なぁ! お父さんと暮らさないか? 大学の金だって出してやる! この無能に金の用意なんて出来ないだろ! バイトしてるんだって? そんなもの辞めてしまいなさい! お父さんが、良い家庭教師を付けてやる! お前なら、もっと良いところを狙える!」


父が入るよう勧めた大学は、少女の行きたい大学ではなかった。誰もが知っている、最高の大学。だが、少女の学びたい事はその大学にはない。


「あのね、私はお父さんの自尊心を満たす道具じゃないの。今まで養育費すら払わなかったくせに今更なんなの。キモい」


年頃の娘が父につい言ってしまう言葉。親子関係がしっかりしていれば後から修復可能だろうが、この親子の関係を修復する事は不可能だ。


「な……違う! 払わなかったんじゃない! 払えなかったんだ!」


「株で失敗して、お母さんが貯めた貯金で負債を補填させたんだもんねぇ」


「なんで……それを……」


「子どもってさ、意外と親の事見てるのよ。ブツブツブツブツ文句言ってたじゃない。アンラッキーセブンの法則があるのに……なんで勝負したんだ……とか言ってたよね」


西暦の一の位が七の時、相場が荒れる。そんな法則を知ったのは、少女が高校生になってすぐだった。授業中に何気なく教師が言った言葉。気になって質問し、意味を知ると過去の記憶が蘇った。


少女の父は、株で多額の損失を出した。祖母に知られたくない父は、家の貯金で補填した。母の話など、父は聞かなかった。母が娘の為に必死で貯めたお金は、父が全て持って行った。


元は自分が稼いだお金だと父は主張したが、仕事をしたいと言った母を無理矢理専業主婦にしたのは父だったのに。その後、母は父と離婚した。


母は賢かった。父が簡単に離婚に応じないと分かっていたので、祖母に損失の事をバラすと言ったのだ。怯えた父は、母を殴った。


母は優雅に笑い、診断書と離婚届を父に突きつけた。


「今すぐ離婚してくれたらお義母さんに内緒にしてあげる。けど、今ここで離婚届を書かなかったらバラすわ。財産分与はいらない。どうせお金、ないし。親権は私。養育費はあの子の権利よ。必ず払ってもらう」


弁護士立ち会いの元、父と母の離婚は成立した。


父は、お前みたいな馬鹿の血を引いた娘など要らないと怒鳴って、一切養育費を払わなかった。


娘が父を拒絶した事もあり、母は養育費の請求を書面にとどめ、強く請求する事はなかった。母はすぐ仕事を始め、貧乏ながらも幸せな生活を送っている。だから、父親はいらない。


「どうせ、おばあちゃんに言われて来たんでしょ。今更父親ヅラすんなよ。お母さんみたいな馬鹿の血を引いた娘なんて、いらないんでしょ?」


「……なんで……それを……」


「いやー、幼いながらもあれはショックだったわ。実はさ、おばあちゃんに頼んでこっそり見てたの。あ、あのクズみたいなおばあちゃんじゃないよ。優しい、お母さんにそっくりなおばあちゃん。もう二度とうちに来ないで。私の人生に、父親は不要なの」


ショックを受けている父親を追い返し、少女は祖母に電話をかけた。


「もしもし、おばあちゃん? うん、お父さん来たよ。あのね、お母さんの事、馬鹿って言った。馬鹿の血を引いた娘なんて要らないんだって。だから、おばあちゃんも二度と連絡してこないでね。連絡したら、先生に相談するから。……え、なんのこと? お花、楽しそうだよねー。私も習おうかなぁ。え? なんて言った? さすがに今回の事は見逃せないよ。やっぱり先生に相談しないと。ん? そうねー、今後二度と、お父さんとおばあちゃんがお母さんと私に関わらなかったら、先生に相談しなくても良いかなぁ。そ、ありがと。おばあちゃん、身体に気をつけて元気でね。二度と会う事はないけど、お父さんと幸せに暮らしてね。永遠に、さようなら」


「おばあちゃん、なんだって?」


「泣いてた。頼むから先生に言わないでくれって。もう二度とお父さんもおばあちゃんも関わってこないよ。ま、先生っておばあちゃんのお花の先生じゃないけどね」


少女は、祖母を説教していた先生の事を知らない。だから、あえて名前を出さなかった。そんな事を知らない祖母は、大切な先生に完全に拒絶される事を恐れて孫の要求を飲んだ。


少女は一言も嘘をついていない。父が娘を要らないと言ったのも本当だし、担任の先生に相談しようと思ったのも本当だ。


「やるわね。多分、おばあちゃんの事だからお父さんをめちゃくちゃ叱るわよ」


「あのマザコンが落ち込む姿を想像するだけで笑えるわ。ね、私はお父さんが大っ嫌いだけどさ、お母さんはどう? 結婚したんだし、お父さんの事が好きだったんでしょ?」


「そりゃね。けど、さすがに冷めたわ。二度と顔を見たくない」


「分かる。これでもう、私達の人生にあの人達は関わってこない」


「そうね。さ、お母さん勉強しよっと。ね、分からない所あるの! 教えてくれない?」


「良いよ! 人に教えるのって勉強になって良いんだよね」


その後、母と娘は希望の大学に合格した。父が母の努力を知って後悔しても、もう二度と会う事は叶わなかった。

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