第42話 AGE

 ―胡桃視点―


 負けた……。

 結果を聞くまでもない。完全に私達の負けだ。

 その証拠に会場は、大AGEコールが鳴り響いている。

 悔しい……悔しい悔しい悔しい!


「胡桃」

「大丈夫。帰ろう……」


 私はそれだけ言って舞台袖へ帰ろうとする。

 ごめん優。今はちょっと顔を見れない。多分、私すっごい酷い顔してるから。情けなくて見せられないよ。


「胡桃!」

「え?」


 会場の大AGEコールをかき消すほどの大きな声で、音葉が私の名前を呼んだ。

 余りにも突然のことで驚いてしまった私は、思わず音葉の方を向いてしまう。


「にひひっ」


 音葉はいつものように、白い歯を見せて笑うと、ジャーンとギターを掻き鳴らす。

 それに応えるように、璃亜はベースを栞菜はドラムを弾き始めだ。


「こ、この曲は……」


 忘れもしない。これは、私達がまだAGEだった頃に初めて作って演奏した曲だ。

 何で今さらこの曲をこの場所で演奏してんのよ。バカじゃないの?

 でも……。


「あぁ……そう……」


 ほんとに腹立つやつだ。

 何? その顔。

 出来るよな? 早く入って来いって顔してさ。

 いいよ。やってあげるよ。忘れてるかもしれないけど、この曲のメインは私なんだから!


 ――――

 ――


「はぁ……はぁ……」


 突然始まった演奏に会場のお客さんは、戸惑いはしたものの、すぐに熱狂に変わった。

 まぁ当然かな。この曲で盛り上がらないわけがないんだから。


「にひひ、出来るじゃん」

「うるさい。急になんのつもり?」

「べっつに〜。ただ泣きそうな顔してたから、ちょっと慰めてあげただけだよ」

「はぁ? 喧嘩売っての?」


 ほんとに音葉は昔からこうだ。ほんとにムカつく。


「はいはい。2人ともその辺にして」


 分かってましたよって言わんばかりに、栞菜が私と音葉の間に入ってきた。

 なんというか、流石と言うべきかな。私と音葉が喧嘩しそうになると、いつもこうやって間に入ってくれたっけ?


「ごめんね胡桃。急にやっちゃって」

「別にいい……」


 無視しようと思えば出来た。それなのに演奏に参加したのは私だ。だから、栞菜が謝ることじゃない。


「ねぇ胡桃。やっぱり戻ってこない?」

「その話は前に断ったでしょ」

「おかしいな、断られないよ。私は冗談きついよって言われただけだよ」

「いや、気付いて。それめちゃくちゃ断ってるからね。気を使って遠回しに断ってるからね?」

「えぇ〜私そんなの知らないなぁ」

「あのねぇ……」


 栞菜ってば、清々しいまでのすっとぼけかましてくるなぁ。

 てか、その時の話、本気で言ってたのかぁ。こんなことなら、しっかりと断っておくべきだったな。

 いや、今さら後悔したって仕方ないか。とりあえず今は、しっかりと断ってしまおう。それで今度こそ、終わりにしよう。


「行きなよ。胡桃」

「……え?」

「戻りなよ。AGEに」

「……」


 な、何言ってんの……? 何で優がそんなことを言うの?

 だって私達はデルタじゃん……。1人でも居なくなったら、それはもうデルタじゃなくなるじゃん。


「ねぇ? みんなもそう思うよね?」


 優の問いかけに、他のメンバーも、うんと頷く。


「だから、ほら、ね?」

「何でよ……? 私とバンドやるの嫌なの?」

「まさか。そんな訳ないじゃん」

「じゃあ何でそんなこと言うのよ!」

「そんなの胡桃のために決まってるじゃん!」


 私のためって……意味わかんないよ……。


「胡桃とバンドをやるのは楽しいよ。出来ればずっとこのまま続けて行きたい。でもね、胡桃が1番楽しくて、力が発揮出来るのは、デルタじゃなくてAGEでしょ」

「そ、そんな……こと……」

「あるよ。だって、さっきの胡桃。今までで1番楽しそうだったもん」

「……」


 確かに楽しかった……。

 それこそ、ここ最近じゃ1番なくらいに。


「でも……そんな勝手なこと……」

「許す」

「は?」

「誰がなんと言おうと、この私が許す」

「いや、ほんとに待ってよ。そもそも私はデルタを辞める気はないんだってば!」

「ふぅん。じゃあ今日限りで胡桃はクビね」

「は!?」


 え? 嘘なんで?

 何で私ってばクビ宣告されてんの?


「い、意味わかんないんだけど。なんの権限があって優が私をクビにするのさ」

「忘れてる? 私、デルタのバンマス」

「うぐっ……」

「それにバンドのスケジュール管理やお金の管理、その他諸々やってるのも私。ねぇこれでもまだ文句ある?」


 も、文句はあるけど……い、言えないなぁ。

 いやでも、ね? ちょっと横暴が過ぎやしませんかねぇ? 優さんや。


「ってことで、胡桃をよろしくお願いしますね。AGEの皆さん」

「いや、ちょっと待って! 私はまだデルタを抜けるともAGEに入るとも言ってない!」

「うるさいなぁ。もういい加減諦めなって」

「あ、あのねぇ……」


 何でこうなっちゃうかなぁ……もう。


「胡桃」

「……何? 音葉」

「もしかして、ビビってるの?」

「は?」

「まぁそうだよねぇ。天才ギタリストである私と、ビビりの胡桃とじゃ実力が違いすぎるもんねぇ。戻って来れないもの仕方ないかぁ」

「こ、こんのぉ……誰にもの言ってんのよ!」


 好き勝手言ってくれちゃってさ。

 誰がビビりよ! てかそもそも、私は音葉に負けてるなんてこれっぽちも思ってないっての!


「にひひっ、じゃあ試してみなよ。私の隣でさ」

「……」

「胡桃」

「優……」

「見せつけて来てよ。私達のデルタのギターボーカルは最強だってさ。AGEのギターボーカルにさ」

「はぁ……もう」


 分かったわよ。

 いいよ、やってやるわよ。


「音葉。覚悟しててよ」

「ん〜? 何が?」

「すぐに私の脇役にしてあげるから」

「にっひっひ。残念でした〜。脇役は胡桃だよ」

「上等」

「にひひ」


 ――――

 ――


 ―アラタ視点―


「何かすごいことになったな」

「本当にな」


 俺と龍は、後ろの方で音葉達のライブを見ていた。本当は、1番前で見たかったんだけど、残念ながら壁が厚くて、こんな後ろになってしまった。

 にしても……まさか、長谷川さんがAGEに加入することになるなんてな。全くの予想外で、こりゃ驚きですわ。


「なぁ、アラタ」

「ん? 何だよ?」

「これもお前の計画通りなのか?」

「は? 何言ってんだよ」

「だよな。いや、忘れてくれ」

「急になんなんだよ」

「何でもねぇよ。ただまぁ、いい方向に転んだなって思ってよ」

「……」


 ま、確かにな。

 しかし……龍のやつ。いや、まさかな。


「お? いよいよメインイベントが始まるぞ」

「ん。そうだな」


 音葉達が舞台袖に引っ込んで行って、今日の主役、ルミナスが出てきた。

 音葉達が師匠と慕っているバンドか。初めて見るのが引退ライブとはな。どうせだったら、もうちょい早く知りたかったけど仕方ないか。

 ま、せめてめいいっぱい楽しむとするか。

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