第39話 メイド喫茶喧嘩マッチ冬の陣

『さぁさぁ! 喧嘩だ喧嘩だぁー! 殴り合いは魂の会話! 殴り合いの喧嘩は男の特権じゃない! 女だってやる時はやるんだ! さぁ! 思う存分後悔なく、殴って蹴って絞めて極めて投げて落として叩き潰せ! いざ! 第1回、メイド喫茶喧嘩マッチ冬の陣開幕だぁー!』

「「「うおぉー!」」」

「「「やっちまえー!」」」


 あぁ……ついに始まっちまったよ。

 てか、まじで盛り上がりすぎだろ。普通に格闘技の試合を見に来たみたいな盛り上がり方だぞ。


『実況は、メイド喫茶ミラクル店長、みーたんがお送りします。そして解説は、AGEのドラム担当の栞菜かんなちゃんと、音葉おとはちゃんの同棲相手のアラタ君です。よろしくお願いします!』

『うっす』

『よろしくです』


 あ、どうもです。解説のアラタです。


『よーしっ! それじゃゴング鳴らしちゃって』


 みーたんの合図で、カーンと、キッチンに立っていたメイドさんが、フライパンをお玉で叩いて鳴らす。うん、実にメイド喫茶らしいゴングですね。はい。


「ねぇアラタ君?」

「ん? どうしたの?」

「これどうなると思う?」

「分からん。ここまできたら、もう見守るしかないんじゃないな」

「まぁそうだよね……はぁ、3日後にはライブだから2人ともこれ以上怪我とかしないといいけど」

「そうだね」


 ちなみに、さっきの音葉がやったヘッドバットで割れて流血したお互いの額は、大きめのカットバンを貼るだけで何とかなった。あの感じだと傷も残らないとのことだ。

 やれやれ、本当によかった。でもまぁ、これから起こることを考えるとあんまり安心は出来ないんだけどね。


「ねぇ音葉」

「なに?」

「逃げるなら今のうちだよ。ほら、早くごめんなさいして帰りなよ」

「はぁ? それはこっちのセリフなんですけど」

「あっそ。なら、手加減しないから」

「ご自由に」

「それよりもさ。靴紐、解けてるよ」

「え?」

「死ねぇー!」


『あーっと! これはクルミちゃんテクニカルな一撃だぁー! 靴紐が解けてると忠告をして、下を向いて下がった顎を蹴り上げた!』


 うわぁ……えっぐ。


『完全に不意を付かれて、まともにくらってしまった音葉ちゃんは、そのまま後ろに大の字になって倒れてしまった! これはいきなり決まったか!』

『いや、まだですね。音葉は蹴りをもらう寸前に少し後ろに飛んでいました。若干ですが、威力は軽減されているでしょう。それに音葉はこの程度で倒れるほどヤワじゃないです』

『なるほど。ありがとうございます。解説の栞菜ちゃん』

「なんかノリノリだね」

「まぁせっかくだから」


 ついさっきまで、怪我の心配してたのに切り替え早いなぁ。


「あれぇ? 音葉ぁもうお終い?」

「そんな訳ないでしょ。こんなの全然効いてないから」


『おぉ! 音葉ちゃん立ち上がった! ここからどう反撃していくのか見ものです!』


「ふん。強がっちゃって。だったら、1発くらわしてみな――っ!」


『右ー! 余裕こいて挑発していたクルミちゃんの顔面に音葉ちゃんの渾身の右ストレートが決まった! そしてそのまま、頭を掴んで顔面に膝蹴り! なんと容赦のない追撃だ!』


「こんのっ! 調子にのるな!」


『おーっと、クルミちゃん、ボディーに前蹴りを入れて拘束から逃れた! お互いに距離が出来ました!』


「ほんとさぁ……人の顔ボコボコ殴ってんじゃないわよ!」

「それはこっちのセリフ。胡桃こそお腹ばっかり狙ってんじゃん!」

「うっさい! 音葉のバカ!」

「バカじゃないもん! 胡桃の方がバカじゃん!」

「あーもう! 本っ当に!」

「ムカつくなぁ!」


『おーっと! ここでお互いにノーガードでの撃ち合いだぁー! 右ッ左ッ右ーッ! ほぼ全てのパンチが顔面へクリーンヒットです!』


 あーあ……もうどうなっても俺は知らねぇからな。

 ちらりと栞菜ちゃんの方を見ると、頬を引き攣らせながら笑っている。うん。まぁ気持ちは分かるよ。


「こんのォ! くたばれ音葉ー!」


『うわぁー! 音葉ちゃんのバックを取ったクルミちゃんがSSSを決めたー! これは音葉ちゃん大ダメージだぁー!』

「SSS?」

「スナップ・スリーパー・スープレックスの略だよ。相手の背後に回ってスリーパーを決めてから、高速でスープレックスをするプロレス技だね」

「ちょ!? それ大丈夫なの!?」

「いや、全然大丈夫じゃないよ……」


 プロレス技なんて本来は素人相手に使っていいもんじゃない。あれはしっかりと受けが出来ることが前提でやるものだ。しかもここは普通の床だぞ。危ないにもほどがある。まじで頭がイカれてるとしか思えないな。


「そっちが……、くたばれー!」


『だぁー! SSSをくらった音葉ちゃんがすぐさま起き上がって、クルミちゃんにジャーマンスープレックスだぁー! しかもこれは投げっぱなしだぞー! 危なすぎるー!』


 あー……音葉も頭がイカれてたわ。2人揃ってどうかしてるよ……本当にさ。


「はぁ……はぁ……」

「ふぅ……ふぅ……」


『2人とも息が上がって足も産まれたての子鹿みたいにガクガクだ! これはいつ決まってもおかしくないぞ!』


「いい加減に……」

「倒れろ……」

「だあぁー!」

「うらあぁー!」


『クロスカウンター! 偶然にも音葉ちゃんの左のパンチとクルミちゃんの右のパンチが重なり、クロスカウンターのように決まった!』


 確かに見た目はクロスカウンターだけど、実際はただの同士討ちだな。おそらくお互いに同じくらいのダメージが入ったはずだ。そして、これで決まりだな。


『あーっと! 揃って後ろに倒れたー! ピクリとも動きません。完全に意識が飛んでしまったようだ! つまり結果は、まさかの引き分けドローだぁ!』


 ――――

 ――


「…………ん? あれ……」

「よお。目が覚めた?」

「アラタ……君……?」

「気分はどう?」

「……めっちゃ体が痛い……」

「だろうね。今、どんな状態か分かる?」

「えっと……アラタ君におんぶされてるね」

「ん。正解」

「なんでこうなってんの?」

「あぁ、それはな――」


 ざっくりまとめるとこんな感じだ。ダブルノックアウトした、音葉と長谷川さんを俺と栞菜ちゃん、それと店長さんがバックヤードまで運んで一応の手当てをした。んで、目が覚めるまで待っていたんだけど、全然目を覚まさなかったから、俺が音葉をおぶって帰ることになった。

 ちなみに長谷川さんは、栞菜ちゃんが最後まで付いて見てくれるとのことだった。


「なるほどね」

「ったく……無茶苦茶やり過ぎだぞ」

「だって、胡桃がムカついたんだもん」

「もんじゃないっての。だいたい先に喧嘩吹っかけたのは音葉だろ?」

「買う方が悪いもん……」


 だから、もんじゃないっての……。まぁいいけどさ、怪我も大したことないっぽいし。ま、顔はアザだらけだけどね……。

 てか、あの店長さんが医師免許持ってたことに驚いたわ。おかげで、適切な処置をしてくれたんだよな。


「3日後にライブだけど大丈夫そう?」

「問題ないよ。てか、大丈夫じゃなくても大丈夫にする。師匠達の引退ライブだもんね。死んでも出るよ。それに胡桃には絶対に負けなくないから」

「そっか」


 ま、音葉だったらそう言うと思ってたから、予想通りだな。


「あー……でも口の中痛い……。あちこち口内炎になってるよ」

「今日の晩飯、カレーだけど大丈夫?」

「うっ……」

「音葉の好きな、チーズとマヨネーズマシマシの激辛カレーだぞ」

「た、食べる、よ?」

「辛いなら、無理しなくてもいいぞ」

「辛くないもん! 食べるったら食べるからね!」


 やれやれ……意地っ張りなこった。どうなっても知らんぞ。


「ほら、早く帰ろっ。カレーが待ってるよ!」

「その前にさ、降ろしてもいい?」

「やだよ〜」

「えぇ……」

「何さ? 私が重いって言いたいの?」

風実歌ふみかよりは思いな」

「ねぇアラタ君。私さ、1度でいいからチョークスリーパーで人を落としてみたかったんだよね。やってみてもいいかな?」

「ははは……冗談だよ冗談。ジャパニーズジョークならぬアラタ君ジョークだ」


 危ない危ない。あんなのを見せられた後だと、まじでやられかねん。今後は言葉には気をつけよう。口は災いの元って言うもんな。ガンガンいこうぜ! じゃなくて命を大事に作戦変更だ。


「さ、無駄話はこの辺にして帰ろ」

「はいよ」

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