第31話 怪我といい肉
「さて……被告人、
「はい……」
「被告人、東城音葉を死刑にしま〜す!」
「いやぁー! 死にたくないよぉー!」
「騒ぐな! お前のやった罪は重いんだ!」
「それでも死にたくない! 弁護士、何とかしてよ!」
「ごめんよ。音葉ちゃん。俺にはもうどうしよも出来ないよ。それに……親友のアラタを手にかけた君を弁護なんて俺には出来ない……」
「そ、そんなぁ……あれは事故だったんだよ」
「うぅ……アラタ……お前の無念は俺が晴らしたぜ……」
「いや、勝手に殺すなよ。てか、いつまで続けるんだよこの茶番……」
この実にくだらない茶番は、かれこれ2時間ほど続いている。ついで言うと、今の判決でちょうど20回目だ。
そもそもの話、なんでこんな茶番が繰り広げられることになったかと言うと、俺が怪我したからだ。左手の骨折という、まぁまぁの重症だ。言うまでもなく怪我させたのは音葉だ。
と言ってもまぁ、あれは事故みたいなもんだから全然怒ってない。
今日は、音葉達のホームであるライブハウスで餅つき大会が開催された。俺と龍は、音葉達の友達ってことで招待されたから参加することになった。
んで、音葉が餅をついて俺が返し手をやってたんだけど、まぁ……そん時に手をぶっ叩かれたってわけだ。
不幸中の幸いってことではないけど、骨折したのが利き手じゃなかったことだな。あの時、右手が疲れてきたから左手で返してたんだよな。
ほんとに利き手じゃなくてよかったわ。
「これはお前のためにやってるんだぜ」
「そうだよ。骨折したアラタ君の気を少しでも紛らわすためにやってるんだよ」
「あーうん。その気持ちは嬉しいよ。ただいい加減飽きたわ」
「なんだよ。せっかく面白くなってきたのによ〜」
「ねぇ〜」
「結局お前らが楽しみたいだけだろ……」
「「まぁそうとも言う」」
こ、こいつらぁ……仕舞いにはシバキ倒すぞ。と言ってもまぁ骨が治ったらだけどな……。
「はいはい。2人ともその辺にしときなさい。ほら、早くテーブルの上を片付けて」
「お? やっと出来たんだね」
「そうそう。出来たの。だから早く片付けて」
「はーい」
「あ、アラタ君は座っててね」
「うん。そうさせてもらうよ。ありがと、
音葉と龍は、茶番劇で使った小道具を片付けると、璃亜ちゃんが本日の夕食である鍋を置く。そして、栞菜ちゃんが全員分の取り皿と箸を並べた。
「おぉ〜中々豪華だな。結構奮発した?」
「まぁ今回はアラタ君に迷惑かけちゃったからね」
「ははっ、だとよ。よかったなアラタ」
「別に気にしなくていいのに」
「そんな訳にはいかないよ。ね、栞菜」
「うん」
「んじゃまぁ、遠慮なく頂くよ」
今日の晩飯はAGEの奢りでのすき焼きだ。しかも、たっかい牛肉を使っている贅沢仕様だ。
「ねぇねぇ、早く食べようよ。私待ちきれないよ」
「だな。俺も」
「実は俺もだったりする」
「あはは、私も」
「私もです」
「皆一緒だね。んじゃ、食べちゃおう!」
「「「「「いただきま〜す」」」」」
う、うんまぁ〜
なんじゃこりゃ! 今まで食った肉の中でぶっちぎりでうめぇー!
ダメだ。美味すぎて言葉にならん。食レポが全然出来ねぇよ。そして箸が止まらん!
「ありがとう、アラタ。お前が骨折してくれたおかげで、こんな美味い肉が食えた。まじ感謝」
「ちょっとムカつくけど、間違ってないから不問にしてやるよ」
「にゃあ〜」
「ん? なんだホームズ。早速美味そうな匂いを嗅ぎつけて来たのか?」
「んにゃ!」
ったく、このいやしんぼ猫め。でも、最近こういうところがちょっと可愛く思えてきたんだよなぁ。
「えっと、猫に生肉ってあげてもいいんだっけ?」
「あーちょっと分かんないなぁ」
「下手にあげて何かあっても大変だし、やめておいたほうがいいんじゃないか」
「だな。悪いなホームズ」
「んにゃっあ!」
「そんな怒るなよ。代わりにチュールやるから」
確か、一昨日に補充したばっかりだったよな。なら特別に今日は2本食わせてやるか。
「あ、私がやるからアラタ君は座ってていいよ」
「なんかごめん。ありがとう、栞菜ちゃん」
それにしても……あれだな。
「何か慣れないね」
「あーやっぱりそう思う? 俺もちょうど同じこと思ってた」
「だよねぇ」
俺ら5人は、今日からお互いのことを下の名前で呼ぶことにした。
きっかけは、龍がそろそろお互い仲良くなってきたし、下の名前で呼びあってもいいんじゃね? と提案してきたからだ。
その提案に俺は特に異存はなかったし、そかのみんなも同じだったようで、んじゃそうしようということになった。ついでに、栞菜ちゃんの敬語もなしになって、今は音葉達と同じように俺と龍にもタメ口になった。
「でもまぁ、そのうち慣れるんじゃない? 私とアラタ君もそうだったし」
まぁそれもそうかもな。普通に音葉って呼べるようになったのにも、そんな時間かからなかったしな。
「そういえばアラタ君」
「ん?」
「
「いや、まだきてないな」
「そっか。忙しいのかな?」
「うーん。どうだろうなぁ」
風実歌に音葉達のライブに来れるかどうか連絡したはいいが、未だに返信が返ってこないんだよな。
もしかしたら、クソ親父に携帯没収でもされたか? 多分ってか高確率でありえるな。昔っから俺らが何かやらかすと、没収するのが常套手段だったもんな。
まぁ、風実歌のことだからあの手この手を使って取り返すか。
「あ、忘れるところだった。栞菜、璃亜」
「何?」
「これ、新曲の楽譜と音源」
「え、もう出来たの?」
「にひひ、私天才なんでね」
「はいはい。すごいすごい」
「ちょっと〜、バカにしてるでしょ」
「してないしてない」
「ぶー」
はは、相変わらずのやり取りだな。
にしても、次のライブ新曲やるのか。だから、ここ数日、部屋にこもってたんだな。ようやく謎が解けたぜ。
「うわぁ……」
「これはすごいね……」
音葉から渡された楽譜を見た2人は、まじかぁ〜みたいな顔している。
そんなに難しいのかな?
「どう?」
「うん。まぁ……いけるけど」
「これ本気でやるの?」
「もちろん」
「はぁ……音葉は容赦ないねぇ」
「ほんとにね。ちょっと
音葉のやつ、いったいどんな曲を作ったんだよ……。
よっぽど難しい曲なのか、はたまた何か特別なことをやるのか。気になるな。気になるけど実際に聞くまでの楽しみにしとくか。
「なぁ、アラタ?」
「うん? なんだよ」
「真面目な話、お前、それ治るまでどうすんだ?」
「あー……」
いや、うん……まじでどうしようね?
いくら利き手じゃないって言っても、片手が使えないのは流石に不便過ぎるよなぁ。
「音葉ちゃんに頼るってのは……」
「無理だな」
「無理だね」
「無理だよ」
「ちょっと!? みんなして酷くない!」
いや……だってねぇ。普段のお前を知ってたらこうなるって。
「じゃあ音葉。聞くけどさ、アラタ君のサポート出来るの?」
「で、出来るもん!」
ほう。
「ご飯は?」
「で、出前とか……コンビニで……」
「洗濯は?」
「こ、コインランドリー?」
「掃除は?」
「よ、汚さないもん!」
「と言ってるけど、どうするアラタ君?」
「ん? 却下」
「はい。音葉はクビ」
「うぅ……」
ほんとにこいつは、音楽のこと以外悲しいくらいダメ人間だよなぁ。
まぁ、飯と洗濯は100歩譲ってそれでもいいけど、掃除はどうするの? って聞かれて汚さないもんはないだろ。てか、片付けが全く出来なくて、普段からゴミをその辺に捨ててるやつがよく言えたな。流石のアラタさんも驚きを隠せませんよ。
「はぁ……仕方ないなぁ。アラタ君の手が治るまで私が来るよ。と言っても、毎日は無理だけど」
「あーなら、私もくるよ」
「いや、待ってくれ。さすがにそれは2人に悪いよ」
「気にしなくていいよ。バンドメンバーの失態はバンドメンバー全員の失態だからね」
「そういうこと。それにアラタ君には色々とお世話になってるからね。龍君のことも含めて」
「え? 待って、そこで俺も出てくるの?」
「間違ってはないでしょ?」
「まぁ、そうだけどさ」
「ってことで、それでいいよね?」
うーん。ここまで言われると断りずらいな。でもなぁ……やっぱり申し訳ないんだよなぁ。
「ま、いいんじゃねぇか? せっかくだから、世話になっちまえよ」
「そうだよ。遠慮しないの」
「それにちょうどいいから、この機会に音葉に最低限1人で出来るように教育するから」
「えぇ……それは嫌なんだけど……」
「音葉うるさい」
「うぅ……」
ははは……こりゃ断れないか。
「んじゃ、お願いするよ」
「うん。任せて」
「音葉〜覚悟してなよ」
「うぇ〜」
ついでに、しばらく賑やかになりそうだけどな。ま、それはそれでいいか。
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