ねんがんのR.B.ブッコロー(の原寸大ぬい)をてにいれたぞ!

珱実雫

ねんがんのR.B.ブッコロー(の原寸大ぬい)をてにいれたぞ!

「お疲れ様ですー!」

「はいどうも」

 にっこにこの笑顔で荷物を受け取る私の様子に、配達員のおっちゃんは何か察したように微笑ましい眼差しを向け、扉を閉めた。すぐに施錠とドアチェーンも掛けて、うっきうきで奥の部屋へ戻る。なんならその短い距離をスキップしていたかもしれない。

「ぃやっほ~う!! やっと届いた~!!!」

 広くもない部屋で段ボール箱を持ったままくるりとターン。ガツンとローテーブルに足をぶつけて、つんのめるように箱を置くハメになってしまった。

 あいたたた。ちょっと冷静にならなあかん。…と一旦思うものの、内容品欄の「ぬいぐるみ(電池含まず)」の文字を見るとまたテンションが上がってしまう。

「はぁ~…! ようやくウチの部屋にもブッコローが…!!」

 色々事情があってまだ遠征できない関西在住の私にとって、通販は推し活の命綱。しかし、通販はリトライ祭に打ち勝たなければならない上、勝った時にはソールドアウト、勝負に勝って戦いに負けることもザラという苦難の道でもあるのだ。

 辛い。推しよ、関西にも来てくれ。地方にも是非来てくれ。私も行ける時には東京まで行くから。

 連敗続きで心が折れそうになっていた中、久々に勝負に勝って戦いにも勝つことができたのがこの子、数量限定生産のR.B.ブッコロー原寸大ぬいぐるみである。

 部屋に所狭しと飾られているのは、大好きなアプリゲームのアイドル達。彼らはポスターであったり、アクリルスタンドであったり、色紙であったり、缶バッヂであったり、フィギュアであったりと、形は様々。勿論ぬいぐるみの姿をしている子もいて、その中にようやくブッコローを仲間入りさせることができる。推しin推し。浮かれるなというほうが無理というもの。

 早速伝票を剥がしてシュレッダーにかけ、ガムテープも勢いよく剥がす。普段はカッターを使って開封するのだが、テープの上に赤い太字で「カッター厳禁」とびっしり書かれており、結構な圧を感じる。よっぽど箱の大きさがギリギリなのだろうか。

 ああ、このワクワク感。ようやく推しとご対面できる。嬉しい、嬉しい、テンションMAXでいざ箱を開いた、その瞬間。

『当選おめでとうございまーす!!』

「ぎょあああああ!??!!!?!?!?」

『R.B.ブッコローでーす!!』


 硬直。


 時間停止。


 呆然自失…はちょっと違う?


 段ボールを開けたと思ったら、梱包材のプチプチを突き破って推しが飛び出してきた。そりゃ呆然自失にもなるだろう。大丈夫、合っている。…と思う。多分。

 そうだ、国語辞典で調べてみよう。…ウチにないわ。図書館か。図書館に行けばあるな。


『…いや、』と再びぬいぐるみが口を開いた。嘴を開いたというほうが正確だろうか。『いやいやいや。違うんスよ』

 ぴこぴこと手も動いている。

『そのバケモノ出て来た~! みたいな顔やめてもらえます? 結構ショックなんで…』

「…あ………は、はあ、すみません………」

『可愛い可愛いブッコローちゃんが欲しくてぬいぐるみ買ってくれたんでしょ? 転売とか許しませんよ絶対』

「あ、転売ヤーは死滅したらいいと思う」

『しかもぎょあーって。ぎょあーって。そこは~、キャッ! びっくり! いや~ん、うっそぉ! ぬいぐるみが喋った~!? あっ、違う~私キャンペーン当選したんだ~! うそでしょ~本物のブッコローちゃんだ~マジ嬉しい~! 宝くじ当たるより嬉しい~! …ってなるとこじゃないですか~』

「え、あ、はあ…???」

 いつの間にか普通に喋って動くぬいぐるみと会話しているのだが、なんというか色々麻痺して、違和感を感じなくなってきてしまった。大丈夫か、私。

『こっちもそれを期待して遠路はるばる関西まで運ばれてきたわけですよ。ようやくお届けされて箱も開けられて、よし今だ! ってサプライズ決めたんじゃないスか』

「はあ…」

『なのにインパス唱えて青く光ったから開けたのにミミックだったみたいなリアクションされたこっちの気持ち考えて下さいよ』

「え?」

『あれっ。最近のドラクエってインパス廃止された?』

「…そういう意味じゃなくて…」

 本当に普通の会話を始めてしまった。本っ当に大丈夫か、私。

 自分を振り返ることができるくらいには平常心が戻って来た。そうだ、ちょっと落ち着こう。落ち着いて考えてみよう。

 まず、ぬいぐるみが動くことについては、中の骨組みを動かすロボットのような仕組みを内蔵すれば可能だろう。最新のロボット技術とまでいかなくても、そこそこのロボット技術でできそうな気がする。というかできてくれないとこの現状に説明がつかない。あとは目にカメラを仕込んで口にスピーカーを付け耳にマイクを付ければ、周囲の様子も私の様子も見えて声も聞こえるのだから、声の加工も含め会話についても問題ない。なるほど。

 理屈が分かれば落ち着いてきた。目の前にあるのは「ブッコローぬいの形をした得体の知れないモノ」ではなく、「ブッコローぬい型ロボット」というわけだ。なるほどなるほど。

『あ、念の為に言っときますけどロボットとかじゃないんで、布裂いて回路探したりしないで下さいね。死んじゃうんで』

「え!?」

『あっ、布じゃない布じゃない。毛皮ね、毛皮。この可愛い部屋、…すげェな』

 ぐるっと部屋を見渡してボソッと一言。おい、聞こえたぞ。

『この可愛…可愛くてオタク愛あふるる部屋が、ブッコローの真っ赤な血と臓物でスプラッタなホラー現場になっちゃうんで、うわ~最近のロボットすごぉいどうなってるの~? って軽~い気持ちでカッター突き立てないで下さいね』

「…え~…??」

『いやえ~じゃないのよ。思い出して? 最初に言ったでしょ、当選おめでとうございま~すって』

「当選…って、いや、私通販で買ったし、懸賞とかじゃない…」

『いやいやいや。購入ページにあったでしょ、キャンペーンのお知らせ!』

「???」

『ちょっとォ…ダメよォ、ちゃんと「ご購入に関する注意」みたいなの読んでから確定ボタン押さないと~。いや、分かる。分かるのよ。も~売り切れる前に買わないとまた混み合っておりますの画面出たら嫌だ~~支払いカード一括オッケー定価オッケー送料オッケー合計金額間違いないはいポチってやっちゃう! アプリとか入れる時もさ~、イチイチ規約とか読んでらんないじゃないスか、なんか規約とかナントカポリシーとか』

「プライバシーポリシー?」

『そうそうそれそれ! みんな使ってンだから大丈夫でしょ? っつってスイスイインストールするじゃん! それと一緒でさ~、ネットで買い物する時イチイチ確認しないのよ~! 分かるんだけど~!! 分かるんだけどそこはチェックしてほしかったな~!!』

 ぴこぴこ、ぴょこぴょこ。

 YouTubeで見るままの仕草で手や体を動かし、跳ねるように歩いて、ちょこんとベッドの上に座った。違うところといえば、後ろにチラ見えする黒子さんと操作用の棒のようなものがないことだけ。

『まあまあちょっと、説明しますんで。お隣どうぞ』

「はあ…」

 ちょんちょん、と隣を示そうとするのだが、手が短くてマットレスにギリ届かない。座るといっても体が曲がらないので、立っているという表現が正しいかもしれない。

 可愛いなぁと思いながら隣に座る。

『…アレッ』

「?」

『いや、違うのよ。そこはさァ、「ここ私の部屋やん!」ビシッ! ってツッコミ入れるとこなのよ』

「ああ、確かに」

『確かにって。ヤバイ、お姉さんツッコミじゃなくてボケのほう?』

「…特にどっちとも言われないですね」

『マジか~。関西の人だから絶対ツッコミ激しいと思ってさ~、もうすっごいボケ色々用意して来たんだけど』

「…まあ関西人やからいうて絶対ツッコミとは限らないというか…ツッコミだけでは会話成立しないですからね」

『いやいや、ツッコミ同士でガンガン会話進めていくのが関西の話術じゃないの? もうこっちはそのつもりでさァ、ボケるネタめちゃくちゃ考えたのよ。普段ブッコローと話す人大体ボケだから、必然的にこっちがツッコミになってるけど、本来ブッコローはどっちもこなせる人なわけ』

「人?」

『いや鳥ですけど。まあ鳥なんですけどね? やっぱりツッコミじゃないッスか』

「あ、なんかこういう時にポロッと出ちゃうみたいで…ほんとに普段は特にどっちとも言われないんですけど」

『ほーん…それどっちでもないっていうより、オールマイティーって感じじゃない? 一緒じゃ~ん!』

 ぺちぺち、いや、もふもふ。短い手で私の肩、には届かないので肘のちょっと上あたりをつっついてくる。ああ、可愛い。

 …とかニヤけてしまうあたり、やはりこの状況に慣れて来た気がする。自分の順応力に驚くような、そろそろもう細かいことはどうでもいいような。

『じゃちょっと、通販のページ開けてもらっていいッスか』

「ああ、はいはい」

 スマホで有隣堂のヤフーショップを開く。数量限定ブッコロー原寸大ぬいぐるみの販売ページはブックマークに入れてあるので、ぽんぽんとすぐに開いた。

「あれ、この画像とえらい違うような…」

 思わずスマホと隣を二度三度往復する視線。商品の再現度はとても高いが、やはり羽角のカラフルでファサッとした部分であったり、耳のフワフワした部分なんかが、ぬいぐるみの方は簡略化されている…のだが、画像のそれと違い隣に座る自称本物はYouTubeで見る本人そのままだ。

『コレぬいぐるみですもん。こっち本人だからね?』

「あそっか。…って、普通に納得してもうた…こわ…」

『ちょっと下スクロールしてもらって……これこれ、このバナーですよ』

「あっ、ほんまや」

 購入する時には全く気付かなかったが、目に入らなかったのが不思議なくらい大きなバナーに大きな太字フォントで「R.B.ブッコロー本人が当たるキャンペーン」と書いてあった。

『コレ気が付かないって相当ヤバいッスよ』

「ヤバいッスね。ほんま謎やわ…」

『自分で謎とかって感心してちゃダメでしょ!』

 いつもの加工感ある声が気持ちよく笑い飛ばしてくれる。

『ていうか、ようやくちょっと安心してきました? 関西弁感が強くなってきましたよ』

「うーん…まあ安心というか何というか…慣れたというか…」

 もうゴチャゴチャ言ってても始まらないし、と苦笑しながらタップして、内容を読んでいく。

「ご購入が確定すると自動的にエントリーされます…お買い上げの方の中から抽選で一名様に、ぬいぐるみではなくR.B.ブッコロー本人をお届けします…これヤバいんと違います?」

『ヤバいんですよ~、ヤバいくらい喜んでみんな我先に買ってくれて、当選したらめっちゃくちゃ喜んでくれると思ったのに、いざ到着してみたらオギャーッて。あれですよ、飛空艇で飛んでただけなのになんか急に敵出てきて、エッ! なんで!? 飛空艇の移動って安全なんじゃないの!? って思ってたらいきなりレベル5デス飛んできて、アーッどこでセーブしたっけーっっ!! っていうあの時の冷や汗感でしたよ』

「…???」

『アレッ、FFもダメ? あ、女の子あんまゲームしないか…』

「ゲームはまあまあするけど、そのネタはわかんないです」

『うわっ、まさかのジェネレーションギャップ…あ、違うわ。そっか、あれだ。スマホアプリのさー、イケメンがいっぱい出てきてキャッキャするやつが好きなんでしょ。このあふれるグッズが物語ってるもん。そうだそうだ、そういうことか~。で、あのへんのぬいぐるみにブッコローが混ざる予定なんだ』

「いや…メインストはそんなキャッキャっていうほど平穏無事とちゃうし…」

『エッ。いや、ちょっと、なんで!? なんでそこで暗くなっちゃうの!? そうなんですよ~も~うちの推しが~超カッコよくてェ~!! ってガンガン推しトークしてくるとこでしょここ!』

「その話始めるんやったら円盤かけますけど、百六十八時間くらい喋っていいです?」

『一週間!? ヤバ!!』

「あ、そう、ヤバいってそっちじゃなくて、えっだって荷物として宅配されて来ましたやん。移動じゃなくて輸送とかヤバない? と思って」

『あ、そっちね。ま~よくぞ聞いてくれましたよ。たぁいへんだったんですから』

「箱に詰められて輸送されてとか気ィ狂いそうじゃないです?」

『そうなんですよ。ヤバいでしょ。なのでそこはね、ちょっと箱詰めされた後はコールドスリープ状態に入るようにしたんです』

「常温で宅配されましたやん。コールドやったらクール便で出さな」

『いきなりツッコミ冴えてきたな…。まァまァまァ、冷凍はされてないですけど、あの~仮死状態の一歩手前みたいなね?』

「とにかくスリープ状態だったと」

『そういうことそういうこと。で、一応ね、電池入ってないぬいぐるみだったら航空輸送される可能性高いらしくて、でもブッコロー鳥じゃないですか。スリープ状態とはいえですよ、荷物として飛行機の貨物室に入れられて空飛ぶっていうのは、ちょっと鳥としてのプライドが許さなかったっていうか、ぶっちゃけミミズクの飛行高度を越えちゃうんで、生命の危険があったんですよね』

「乗客乗員は普通に乗ってるし、貨物室でも大丈夫なんとちゃうの?」

『貨物室は生き物が乗る前提じゃないでしょ! 空調とかも考慮されてないの! 快適に過ごせる環境じゃないの!』

「梱包されて段ボールん中の時点で快適も何も…」

『たまに聞くでしょ、外国からの荷物が濡れてたとか湿ってたとか! 気温とか湿気とかも客室ほど管理されてないの! 貨物室はほんっとに荷物乗せるだけの場所なの!』

「そうなん? よう知ってますね」

『いや、知らんけど』

「知らんのかい」

『多分ね、多分。まあとにかくそれで、徹底して陸上輸送してもらうためにわざわざそこにほら、禁航空輸送ってバーンと、って伝票もう剥がしてる!!』

「あ、最初にシュレッダーしました」

『えええ!? 個人情報の保護エグくない…?』

「あはは」

 笑っていた。もうYouTubeで見るブッコローそのままのノリの良さが楽しくて、ぬいぐるみが自立して動いて喋っている非常識さなんて、とっくにどこかへふっ飛んでいた。ただただ楽しい。

 しかし、そこへ唐突にスマホが着信の音楽を鳴らす。

「あれっ」

『あー…そろそろ時間かな~…』

「え?」

『まあちょっと、出てみて下さい』

「はあ…。…はい」

「あ、もしもし。御免下さい。わたくし、有隣堂の岡﨑と申します」

「へっ!?!??」

 頭のてっぺんから飛び出すような素っ頓狂な声。隣でブッコローが爆笑した。

「この度は本人プレゼントキャンペーンのご当選、おめでとうございます」

「あ、ありがとうございます…あの、文房具王になりそこねた女の岡﨑さんですか…?」

「あー…あ、はい…」

 ちょっと照れくさいような、それずっと言われるんだ…という諦念のような、何とも言えない苦笑混じりの声。

「ええと、それでですね、申し訳ないんですけれども、ちょっとブッコローと代わっていただいてよろしいでしょうか」

「あ、は、はい」

 気を取り直してという様子の岡﨑さんの声に、私はスマホをそのままブッコローに差し出そうとして、ふと気付く。そういえば電話が絡む回はスマホをスタンドに立てて通話していた。コードが繋がっていたから、動画に通話相手の声を鮮明に入れるためにそうしているんだろうと思っていたが、ブッコローがスマホを持つと耳や口にスピーカーやマイクが届かず話しにくいという側面もあったのだろう。…物理的にあの手でどうやって持つ、というのは言いっこなしで。

『ザキさーん? どうしましたー?』

「あの、ちょっと…お土産をお願いしたくて」

 オープン通話にしてスマホをブッコローに向ける。業務連絡だったら私が聞いていいんだろうかと一瞬考えたが、予想以上に可愛らしい内容で、顔がにっこり、心はほっこり。

「帰りは新幹線ですよね?」

『はァ、まァ…新幹線でビール飲みながら帰る気でいましたけど、あんま大量にとか勘弁して下さいよ?』

「えっと、そちらの関西の、神戸のほうに、ナガサワ文具センターっていう本屋さんがあるんですけど」

『文具センターで本!? いや、有隣堂も書店とか言いながら文房具色々置いてますけど、逆ゥ!?』

「あっ、違った。あの、ジュンク堂書店の中にお店があるんです。神戸の、三宮」

『あ、あ~、ジュンク堂の中に、そのナガサワっていう文房具屋さんがあるワケね? あーびっくりした~』

「それか、えっと…これどこだろう…なんか煉瓦、煉瓦倉庫っていう、ハーバーランド、寄れそうなほうでいいので、ちょっとね、買ってきてほしいんです。そこのね、KobeINK物語っていう、神戸の街をモチーフにしたインクのシリーズがあるので」

『あー、インクね。いいですけど…ビンが割れ物だから持ち運び気ィ遣うんだよなァ…』

「あの、帰ってきたらお金払いますから」

『それはもはや土産じゃないのよ、お使いって言うのよそれは!』

 うおおおおお目の前で繰り広げられる生ゆうせか、と声を上げたくなっていたことは言うまでもない。冷静に考えれば電話越しなので生ゆうせかとは言えないかもしれないが、それでもお二人の会話を直にこの耳で聞いていることに間違いはない。

「ええと、お願いしたい色が…」

『色も指定されんの!?』

「北野異人館レッド、六甲グリーン、阪急マルーン、あっこれは期間限定…あ、でも定番商品に追加されるって書いてあるから、やっぱりこれも」

『ややこしいなァ…』

「あれば。お店にあればでいいので、お願いします。それと、三宮パンセ、元町ルージュ、あっ赤が二色…まあいいか、あと青どれにしよう…淡い色もどれか欲しいな…」

『決めてから電話して!!』

 ぴっ。

「切ってもうたがな」

『普通決めてからかけてくるでしょ!! てか多いのよ! そういうのは出る前にメモ持たせといてくれないと困んのよ!!』

 まったくもうと熱弁する横で大爆笑な私。しかしスマホは黙っていなかった。すぐにまた着信メロディが鳴り始める。

『ザキさんにしては決断早いな。一応出てもらっていいですか、こっちの関係者以外の人だと誤解を招くんで』

「あはは、はいはい。…もしもし」

「あっ、お世話になっておりますーわたくし有隣堂商品戦略部の間仁田と申しますー」

「へっ!?!??」

 頭のてっぺんから飛び出すような素っ頓狂な声。隣でブッコローが爆笑した。

『岡﨑さんから電話来た時とおんなじ反応じゃん~!!』

「あっ、ブッコローそこに…」

「あ、はい、いますいます」

「当選おめでとうございます」

「いえ、こちらこそ、ありがとうございます、楽しいです」

「うるさくないですか?」

「うるさ、あー…」

『ちょっとォ間仁田さん! なんてこと言うんですか! 楽しくお喋りしてるんじゃないですか!』

「いや、こんなに喋る鳥が普段から隣に居るって想像したらちょっと…ねえ」

『ねェじゃないんですよねェじゃ!』

「あっそうだ、そうじゃなくて、あのお土産をね、頼みたくって」

『今ザキさんがその電話してきたんスよ!! 今度はアレですか!? 大阪のォ~、あの~なんかおっきな~、そちらでは有名なあのお店でェ~、…いや、間仁田さんはインクじゃねェな…あっあれだ、日本酒!! 関西って何か確か有名な…日本酒有名じゃなかったっけ?』

「ああ、白鹿とか、日本盛とか、大関とか、白鶴とか、菊正宗とか、他にも有名なとこたくさんあったような。全国区かどうかまで知らんけど」

『それでしょ! も~、重たい!! しかも割れ物って意味ではインクと一緒なのよ!』

「いえいえ、551の豚まんを…」

『そっちかーーーーーーい!!!』

 スパーン、とツッコミの手。そしてまた切った。

「あ~あ、また切ってもうた」

『スミマセン。今のは事故です』

 律儀にぺこりとスマホに謝る。可愛い、と思っていたらまた電話が鳴る。

「はい、もしもし」

「あっ、もしもしー! 有隣堂アトレ恵比寿店の大平と申しますー!」

「へっ!?!??」

 頭のてっぺんから飛び出すような素っ頓狂な声。隣でブッコローが爆笑した。

『三回目~!! そろそろ慣れて~!!』

「い、いやいや、いやいやいやいや、なんでやねん」

「アハハハッ! 関西の人って本当になんでやねんって言うんですね普通に! この度はブッコロープレゼント企画、当選おめでとうございましたー!」

「あ、ありがとう、ございましたー」

 YouTubeそのままの明るい声に、思わずこちらもつられてしまう。

『あ、アレ生で聞きたいんじゃないですか? 聞かせてあげましょうよ姐さん、ちょっと振りますから』

「ああー! うんうん、オッケー! じゃあはいっ」

『雅代お姐と?』

「ブッコローの!」

『「ワクワク、関西観光~!!」』

『ワ~、パチパチ~!!』

「ブッコロー、どこに行きたい?」

『えっとねー、ブッコローねー、USJ行きたい~!』

「よぉしっ! いってらっしゃい!!」

『丸投げかーい!!』

 爆笑。我慢の限界で爆笑。

「だって私恵比寿にいますもん。行けないでしょ、一緒に」

『そこはそれ! ノリってのがあるじゃないですか!』

「それであの用件なんですけど、りくろーおじさんのチーズケーキって知ってます? 結構有名なんですけど、確か大阪駅にお店があるって話聞いたので、それ次の収録の時に持って来」

『チーズケーキの賞味期限考えて!!』

 ぶちっ。

 皆まで言わさず切った。

「ちょっと待って…おなかよじれる…そもそもなんであたしの電話番号流出しとんねん…!」

『商品発送する側なんだから調べれば分かるんじゃないですか? 共有範囲どこまでOKとか分かんないですけど』

「それ…次のゆうせかのネタにするとか…」

『いや個人情報の取り扱いについてぶっちゃけるのマズいでしょ! さっすがにダメだってそれは~』

 と言っていると、またしても電話が鳴った。もはや着信の音楽だけで笑える。

「あか、あかん…ブッコロー出て…!!」

『マジか! カレシとかだったらどうすんの』

「三次元にカレシおらんから大丈夫…」

『三次元とか言うんじゃありません! いいの? 出ちゃうよ? もしもーし』

「あっ、恐れ入ります、わたくし有隣堂広報部の渡邉と申します」

 落ち着いた声に、ようやく笑いの山が落ち着いてくる。しかし、掛けてきた人がまたしても凄かった。

「ゆ、ゆうせかを裏で牛耳る…」

「あっ、そうです。ん? ええと、はい、そうです」

 ちょっと声が照れくさそうになる。というか、岡﨑さんと同じく、ずっとそれを言われるのか、しまったな…と葛藤している部分も少なからず感じた。少し冷静になってみれば、確かに「なりそこなった」とか「牛耳る」とか、YouTubeで見ているだけで面識のない相手にいきなりぶつけていい言葉ではないだろう。

「この度はR.B.ブッコロー原寸大ぬいぐるみをご購入いただきまして、ありがとうございます」

「あ、いえ、こちらこそ、ありがとうございます。動画毎週見てます」

「ありがとうございます。これからも楽しんでいただけるように頑張っていきますので、今後ともよろしくお願いいたします」

「はい!」

「それで、お楽しみのところ大変恐縮なのですが、そろそろブッコローに戻ってきてもらうお時間がきてしまいまして…」

「えっ」

『あ~、やっぱりそろそろ時間ですか』

「あ、ブッコロー、聞こえてますか?」

『聞こえてます聞こえてます、ていうか電話出たの私です。あの~さっきからねェ、ザキさんとか間仁田さんとか、雅代姐さんまで電話かけてきてお土産せびられてるんですけど』

「ええ…? ブッコロー帰りは飛んで帰らないといけないのに、ちょっと無理かな…」

『アレッ!? 飛んで帰るんですか?』

「あの、切符の手配しようとしたんですけど、鳥って一羽だと新幹線乗れないかもしれなくて…」

『エエ~ッ!? そんなぁ、帰りの新幹線でビール飲む気まんまんだったのに! しかも東京大阪間何キロあると思ってんですか!! それ飛ぶの!?』

「頑張って下さい…というのは冗談で」

『ハ!?』

「ふふふ、大丈夫です。社員が迎えに行きますので、一緒にこちらへ戻ってきて下さい」

『なんだァ、びっくりした~。も~、人が悪いですよ~』

 ブッコローと郁さんとの会話を聞けた感動と、もうお別れかという寂しさと、さっきまでの爆笑の余韻で、情緒がぐっちゃぐちゃだ。

 と、そこへ、玄関のインターホンが鳴る。

「あ、丁度お迎え来たみたいですね」

「えっ? 駅とかじゃなくてウチに直接?」

 ぱちっ。




 ぴんぽーん、ぴんぽーんと鳴り続けるインターホンに、はっと飛び起きる。

 存在感あるでかい段ボール箱がない。おしゃべりなカラフルミミズクも、勿論、いない。

「…まさかの夢オチ…!」

 どんだけ楽しみにしてたんだ、と自分で驚く。

 ああでも、リアルな夢だった。楽しかったな、と自然に顔が微笑む。いやいや、そうだ、念願のR.B.ブッコロー原寸大ぬいぐるみを受け取らなければ。

 流しっぱなしにしていた『有隣堂しか知らない世界』を止めて、玄関へ向かった。


おしまい

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ねんがんのR.B.ブッコロー(の原寸大ぬい)をてにいれたぞ! 珱実雫 @emishizuku

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