終幕 日めくりの祈り


 あたしとイブキが帰ってきた翌日。


「お兄さんは、今日はどうしたんですか?」


 玄関にイブキの靴がないのを見て、ヒナタが言った。

 もちろんミラも外に出ているから問題ない。


「一緒に出かける予定なんだけど、先に出てもらったわ」

「……そうですか」


 ヒナタは表情に暗さを残したままだった。

 あたしが出発前にした話を引きずっているのだろう。


 まずは、その鎖を断ち切るところから始めましょう。


「ねえ、ヒナタ」


 どこか居心地悪そうにソファにちょこんと座っていたヒナタが、上目遣いにあたしを見上げた。

 その桃色の瞳を真正面から見つめて、


「あと一年で寿命がなくなるって言ったじゃない? ──あれ、やめたわ」

「…………へ?」


 なるべく、あっけらかんと聞こえるように言うと、ヒナタは首を傾げた。


「や、やめる? 寿命ってやめられるものなんですか? え、どういう……?」


 絵に描いたように困惑している姿に、思わず笑ってしまう。

 その微笑みを絶やさぬままに、ヒナタにお茶を渡す。

 それから、あたしも座って正面から彼女に向き合った。


「よくよく考えたら、寿命とはいえ、たかが代償アンブラじゃない。そんなものにあたしの命をくれてやるのってバカバカしいと思うでしょう?」

「は、はあ……」


 ちびちびとお茶に口をつけながらも眉根を寄せるヒナタ。


「あたしの才能・・如き・・、あたしが支配できないでどうするのって話よ」


 もう少しストレートな物言いをすると、彼女の瞳にも理解の色が見えはじめた。


「それは、意味は分かりますけど……めちゃくちゃです」

「ふふ、そうめちゃくちゃなの」


 だって、あたしも──あいつみたいに、めちゃくちゃなくらいがお似合いだと思うから。


 過去を顧みれば自然と、自分の”本質”がどういうものだったのかなんて分かる。


 例えば、ずっと昔、幼馴染イブキ代償接触のハードルを下げた時。

 あるいは最近、妹分ヒナタのイブキへの想いに迷いを植え付けた時。


 ふとした時に顔を覗かせる──自分の思い通りに物事を進めたい、という欲望。

 きっとそれはこの血に刷り込まれた”支配者の性質”だ。


 もっと踏み込めば──世界を統べんとする、この天稟ルクスすらもその一端なのだろう。


 でも、あたしがそんなものに染まるより前に助けに来てくれた人たちがいた。


 何もない部屋から引っ張り出してくれた彼女。

 文字通り”めちゃくちゃ”にしてくれた彼。


 そんな風になれたらいいなと、なりたいなと心から思う。


 そのためには勿論、一年やそこらじゃ足りない。

 というか、仮に一年であんな風になれたとして、残りの人生がほんのちょっととか勿体なさすぎる。


 だから、あたしはあたしなりにこの因縁・・にケリをつけるの。


「でも、どうやって代償アンブラを克服するんですか? そんなの、聞いたことないですよ」

「あら、史上初めて10歳で天稟ルクスを授かった天才少女の台詞とは思えないわね」

「それは……」


 不安そうに瞳を揺らす年下の幼馴染を微笑ましく思い、ちょっとしたイタズラを仕掛けるつもりで口を開く。


「最近ね、を飼い始めたの」

「は……、ええ……?」

代償アンブラを踏み倒せる、かわいらしい猫をね」

「???」


 あの子なら、もう少し特訓・・すれば、あたしにも見えていない何かを発見してくれるかもしれないから──。


「だから、ヒナタ」


 この瞳を見てほしい。

 一切の欺瞞などないと、貴女に伝えるこの瞳を。


「あたしに遠慮しないで? 貴女に譲られた一年なんて、本物の人生じゃないもの」


 貴女に届けたい、この言葉を。


「貴女だって、あたしの可愛い妹なんだから」

「……ぁ」


 ──『だってクシナちゃんは、わたしにとっても、本当のお姉さんみたいな……』


 旅立つ前は伝えられなかったこの気持ちを。


「クシナ、ちゃん……」


 桃色の瞳と混ざり合うように見つめ合う。

 混ざり合って、また別々のものへと分かれた先で、


「──後悔しても、しりませんからね」

「生意気な妹」


 人はこうして笑い合うのだと思うから。




 ♢♢♢♢♢




 からん、と音が鳴った。


 カフェの入口に据え付けられた鈴とは違う、ガラスに響く透き通った高音だ。

 テーブルの上に目を向ければ、アイスティーに浮かぶ氷がくるくると回転している。


 視線を上げると、同じようにコップから視線を上げた翠色の瞳と視線が合った。


 少しだけ落ち着かない気持ちになって、一房だけすくいあげた髪をくるりと弄ぶ。


 ──うそ。本当は「少し」じゃない。


 目を惹く三日月を象ったゴールドのピアスと、デコルテを際立たせるシックなシルバーネックレス。

 髪だって実は緩く巻いてるし、ネイルは派手にならない程度に控えめに。

 お気に入りの魔法リップにあたしを語らせれば、完璧。


 それで、なんでもないって顔をして見てやるの。


「なにかしら?」


 ──ほら、はやく褒めて?


「クシナって……」


 イブキは、じっとあたしを見つめながら言った。


「ほんと、綺麗な瞳してるよね」

「────」

「あ、ほら」


 驚いて少し見開いたあたしの目を、すかさず覗き込んでくるイブキ。

 身を引いて、視線を逸らす。


「……貴方って本当、思い通りにならないわ」


 どうしてか唇を綻ばせながら言うと、このばかは何にも分かってない表情で目を瞬いた。


「え、なにが?」

「そういうところ」

「あ、ストップ。光加減がいい感じで紫水晶アメジストより綺麗──」

「うるさい、ばか」


 顔を背けなかったのは、熱くなった耳を見られたくなかったからだ。

 決して、もっと瞳を褒めてほしいからじゃない。


 勘違いしないでね。

 なに一つ思い通りになってくれない、あたしの英雄。


 ──いつか必ず、貴方のことも”めちゃくちゃ”にしてあげるから。


「あ、あとピアスもネックレスも似合ってるね。それとネイルもウェーブも今日は特にかわ──」

「〜〜〜っ、うるさいってば……っ」


 それまで、この日めくりカレンダーのように色褪せない日々が続きますように。







──────────────────────

三章はこれにて終幕となります。

途中、個人的な都合でかなり間が空いてしまったり、自分でも納得のいかない部分が多々残ってしまったりなど、実力・経験不足を痛感した章でしたが、皆様の応援のおかげで最後まで書き上げることができました。ありがとうございました。

Twitterやコメント欄など、様々な場所で書籍版購入報告&感想などもいただきまして、大変励みになっております。


そして実は4月10日の書籍第2巻発売に併せまして、担当イラストレーターのしんいし智歩先生(@ChihoIshi)がクシナのカラーイラスト(初)を描いてくださいました!!!!何かご依頼したわけでもないのに!!!!すごい!!!!とても嬉しい!!!!

というわけで皆様にも是非ともご覧いただきたく、近況ノートの方に掲載しておりますので、お願いですから見ていただけましたら幸甚にございます!!!!星評価してる暇があったら、しんいし先生が描いてくださった最強かわいい美人クシナを一秒でも長く見てください!!!!


それと4月10日に発売いたしました2巻表紙も近況ノートで見られます!

口絵は、まあ、皆様お察しでしょうあのシーンです笑

書き下ろしやSSの方にまで挿絵をつけていただきました。ここでしか見ることのできない、おめかししたルイなどが見られますので何卒よろしくお願いします。

割と改稿もしていますが詳しい内容についてはTwitterの方(@NandaTokioka)をご参照くださいm(_ _ )m


長くなりましたが以上になります。三章もお付き合いいただきありがとうございました!

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