第14話 因縁の相手


 ごきげんよう。

 そう言葉にしつつ、ミラ様はドレスの両側をつまんで持ち上げた。


 優雅なカーテシーを披露するも、その目は油断なくこちらを捉え、口元には余裕を誇示するような笑みが貼り付けられている。


 それこそが、御子柴みこしばミラというヒロインが臨戦体勢に入った合図だ。


 ──ぎゃあああああああああああああ!!!


 あのミラ様がっっ!!!

 目の前にっっ!!!


 ……って、言ってる場合か!


「──っ」


 溢れ出しそうになるオタクを仕舞って、少しでも距離を取るべく後ずさる。

 その間、ミラ様は泰然と微笑みを浮かべていた。


 まず脳内に浮かんだのはなぜここに?という疑問。

 昨日あったばかりだが、その時の場所は京都だ。


 彼女は『わたゆめ』本編でも三章で登場するまでは、京都の支部にいたという説明がある。


 京都と桜邑おうらほど離れていないとはいえ、京都から松江まで昨日の今日でやって来れるほどフットワークが軽いわけじゃない。

 わざわざここまで足を運んだ明確な理由があるはずだ。


「……ここに何か用事でもあったのかい?」


 本格的な戦闘に突入するより前に、前哨戦として舌戦を仕掛ける。

 すると、対峙するミラ様は僅かに緊張を緩めて、


「あら、どうしてそう思うのですの?」


 こちらの誘いに乗ってきた。


「ここは男の天稟ルクスを調べる研究機関だからね。何もないのに女性がいるのは不自然だろう?」

「そう、そちらは・・・・不自然だと思うのですね」

「……? どういう……」


 口元に上品に手を添えて、令嬢はわらう。


「先ほどわたくしは貴方のことを『【救世の契りネガ・メサイア】幹部〈刹那セツナ〉が唯一の部下、〈乖離カイリ〉さん』とお呼びしたのです」

「…………!」


 こちらが発言の意図に気づくタイミングに合わせて、彼女は口を開いた。


「名乗りもしていないわたくしが貴方の正体を把握していることには違和感を持たず、わたくしがここにいる理由を尋ねてくる。少なくとも貴方はこの”ドレス姿の女”を見て、その正体にある程度の察しがついているということです」


 ミラ様の蒼目が細められる。


「不自然ですね?」


 下手に彼女について知っていることが裏目に出たな……。

 唐突に推しが目の前に現れた驚きもあって、要らない台詞を吐いてしまったかもしれない。


 よくよく考えれば、彼女にとってこれくらいの舌戦は日常茶飯事・・・・・だろうに……!


 再三繰り返すが、御子柴ミラは華族だ。

 愛称の”ミラ様”も彼女のその高貴な生まれに半分・・由来している。


 もう半分は彼女の性格・性質を受けてのものだ。


 一つは、とにかくプライドが高いこと。

 戦闘中はともかく日常パートでは、口を開けば「誇りが」「誇りが」と繰り返すため登場初期の方は「ホコリガー」とか揶揄されていたくらいだ。


 それがどうして「様」付けへと格上げされたかといえば、『わたゆめ』三章終盤の事件が大きい。


 ヒナルイの主人公ペアが章ボス相手に戦っている最中、敵が裏で行っていた工作に勘付いたミラ様。

 そのまま敵の工作現場に乗り込むと、単身、全力で叩き潰した。


 そして大捕物によって称賛される主人公ペアを尻目に、彼女はそのことを誰にも言うことはなかった。


 傷だらけになりながらライバルの手助けを行い、それを成した暁には誰も言うことなく日常に戻る。

 そしてまた自分の力で・・・・・ライバルに打ち勝つために精進を続ける。


 そんな”誇り高い”姿に『わたゆめ』読者は惚れ込んだのである。

 その結果が、ミラ


 名実ともに気高いご令嬢に相応しい愛称である。


 ……とまあ、概要はそこまでにしておいて。


 彼女が様付けで呼ばれるようになったこの事件。

 目を向けるべきは、ミラ様の誇り高い心根だけではない。


 敵の計略にいち早く勘付く、その頭脳・・である。


 華族として、黒い腹の探り合いを重ねてきたミラ様は弱冠十六歳にして知謀に長けている。

 それは底抜けに素直ピュアなヒナタちゃんやルイとは比べものにならない、彼女の強みだ。


 そんな彼女から情報を引き出そうなどと、焦っていたにせよとんだ大悪手だった。


「…………」


 押し黙らざるを得ない俺に、余裕を見せるミラ様。

 だが、勝ち目はなくともせめて『向こうの正体に初めから気づいていたこと』までは誤魔化さなくてはなるまい。


「たしかに、君の正体にはある程度の察しがついているよ。国の研究機関であるここに平然と出入りしているし、何よりも君は素顔を隠していない。俺と違ってね」


 彼女は黙って俺の言葉に耳を傾けている。

 畳み掛けるべく、口を開いた。


「この時点で俺に友好的な存在ではないのは分かっている。それだけ分かれば『なぜこんなにも早く俺の元まで辿り着いたのか』に疑念が向くのは自然じゃないかな?」

わたくしがこの機関の守衛だとは思いませんの?」

「こんな、木っ端機関にかい?」


 しばらく間をおいて、ミラ様は「ふふっ」と鈴を転がしたように笑った。


「あら、あら。いくつか誤魔化しがございましたが……意外にも口が回るのですね。──男の分際で」


 清純な鈴鳴りに、低い音が混じる。


「いいでしょう。この時点で情報を吐くような間抜けでしたら、このままはらわたまで引き摺り出して差し上げようと思っていたのですが……」


 ドレスの袖からするりと扇子が滑り出た。


「叩き潰してから、絞り出すとしましょう」


 ミラ様が扇子を振ると同時に、地を蹴って後退。

 一瞬前まで俺がいた場所を、炎の渦・・・が襲った。


「────ッ」


 一見、何もないところから急に現れたように見える炎の渦。


 しかし、俺の眼は確かに捉えていた。

 彼女が扇子を振る直前、なにかしらの粉末を手のひらから溢していたのを。


 粉末を仰いでこちらに飛ばし、発火させる。

 それが今の攻撃の絡繰カラクリだ。


 炎の渦が収まる。

 収束させたか、あるいは素材・・が燃え尽きたか。


「ふぅん、いい動きですわね」


 その向こう側で、髪を靡かせながら気高き令嬢が仁王立ちしていた。


 颶風ぐふうのごときイメージを持つヒナタちゃんに、流水のイメージを持つルイ。

 そして三人目のミラ様は、烈火のごときイメージを持つ。


 そんな彼女に相応しい天稟ルクスだ。


 しかし。


 彼女の天稟ルクスは《発火》、ではない・・・・


 それどころか、炎に関する天稟ルクスですらない。


 その正体は────《模倣》。


 他者の天稟ルクスを完全に再現・・できる天稟ルクス


 こう言っちゃなんだが、物語に一人は存在する最強コピー能力だ。


 もちろん《模倣》にも制限はある。

 それはスロットに限りがあること。


 一度スロットにセットしてしまうと、上書きするまでにとある手間アンブラを要するため、好き勝手他人の天稟ルクスを再現できるというわけではない。


 しかして、そのスロットは二枠。

 つまり一度の戦闘で、ミラ様の敵は実質二人と対峙することを強いられるのである。


 ──今回の場合、ミラ様推しの敵になったのは俺なわけだけど……。


 意外にもこちらの次の動きを警戒しているらしき、ミラ様から視線を切らさないまま思考を巡らせる。

 考えるべきは《模倣》の枠を埋めているもう一つの天稟ルクスだ。


 ぶっ壊れ能力である模倣コピーだが、『わたゆめ』には他の作品とは異なる要素がある。


 そう、代償アンブラだ。

 他人の天稟ルクスを使えるならば、その代償アンブラはどこへ行ったのかという話。


 そして、それこそがミラ様の強さの真骨頂だったりする。

 彼女はスロットにある二枠のうち、どちらか一方の代償アンブラを選ぶことができるのだ。


 ……うん、わかる。代償アンブラあってもぶっ壊れかい!ってね?


 ヒナタちゃん然り『わたゆめ』のメインキャラは基本的にぶっ壊れているのだが、それにしてもって感じである。

 何度目とも知れぬイブキくん雑魚すぎ問題。


 けれど、イブキにとっては、ミラ様の選択式代償アンブラはヒントにもなり得た。


 原作においてミラ様が好んで使っていた天稟ルクスが二つある。


 一つは、いま目の当たりにした炎の天稟ルクス

 そして、もう一つが──《念動力》。


 なんとあの雨剣うつるぎルイの天稟ルクスである。


 養成学校スクールでボコボコにされて以来、ルイを目のかたきにしているミラ様はあえて仇敵の天稟ルクスをスロットに入れているのだった。


 ちょっと引くくらいの、まるで蛇のような執着心。


 メリットはもちろん天稟ルクス自体もあるが、何より代償アンブラとして『魅了』が使えることが大きい。


 炎の方は代償アンブラがかなり厄介と言ってたシーンがあったから、いくら炎を使っても実質天稟ルクスみたいな『魅了』に置き換えられるというのは、なおさら魅力的であろう。


 だが。


 それを知っているからこそ、眼前の彼女に違和感を覚えるのだ。


 ──ルイほど・・・・魅了されないな・・・・・・・


 ……いや違う、違うぞ!

 言うまでもなく、ミラ様は超絶美少女だ! ミラ様万歳!


 あどけなさの残るヒナタちゃんと大人びたルイの中間くらいの美貌で、尚且つどこか色気を感じさせる品がある。

 美の平均値が高いこの世界においても、街中を歩けば注目を浴びるくらいには美少女である。


 が! そういう容貌の話ではなくて!

 ルイを初めて見た時のような(今でもたまにあるが……)、魂を抜かれるほどの目を惹かれる感覚がないのだ。


 前述の通り、厄介と評判の炎の代償アンブラが発動してないことと合わせて考えれば答えは自ずと見えてくる。


 彼女のもう一つのスロットは、《念動力》ではない。


「────」


 瞬間、脳裏を過った嫌な予感を信じて、視界に集中。


 だからこそ、その動きを目で追うことができた。


 ふっと上体を落としたミラ様が、しなやかな猫のように駆け出す。


 弾丸すら追える俺の視界の中で、駆けている・・・・・


 数メートルはあったはずの彼我ひがの距離が、瞬きひとつ許さないほどの間に詰められた。


 ──こ、れは……!!


 懐にまで潜り込んできた彼女に瞠目する。

 こちらの驚愕などお構いなしにドレスが翻り、掌底が放たれる。


 超至近距離での攻撃に、咄嗟に六角棍を持った手を前に出す。


 ──伸びろ!


 念じた瞬間に六角棍は展開し床を打つ。

 紙一重で敵の一撃が棍に触れ──《分離》。


 パンと乾いた音が響き、途端に視界が元の速さを取り戻す。


「なっ!?」


 一番に耳に入ったのは、ミラ様の驚倒の声音。

 相対してから初めての動揺だったが、こちらにも余裕はない。


「なんで……!?」


 なんで、ルイじゃなくてヒナタちゃんの天稟ルクスをストックしてるんだ……っ!?




 ♢♢♢♢♢




「っくしゅ」

「かわいい」

「うう……揶揄わないでよ、ルイちゃん……」

「揶揄ってないわ。本心よ」

「なおさら問題かも……」


 支部の食堂の机にケーキを五皿ほど広げるヒナタを前に、ルイは微笑む。

 相棒のジト目は見えていないらしいが、相棒の朝のおやつ・・・・・にも目を瞑っているのでおあいこだろう。


 しばしヒナタを眺めて愛でていたルイだが、そういえばと言って口火を切った。


「昨日の模擬戦でアナタが言っていた、養成学校スクールでの交流戦のことだけど、思い出したわ」

「あ、ほんと?」

「ええ。でもワタシが忘れていたのも仕方がないと思うの」


 きょとん、と首を傾げるヒナタ。


「だって向こうのエースって、ワタシじゃなくて予選・・一回戦の・・・・ヒナの・・・相手じゃない」


 ぱちぱち、と瞬きを繰り返す相棒に、ルイは少々呆れたように言った。


三年間・・・、アナタが完膚無きまでに叩きのめしたんでしょう」



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る