終幕 対翼のシミラリティ


 おしゃれなインテリアで飾られたスイーツ店に、ひときわ他の客の目を惹く二人組の男女がいた。


 亜麻色の髪の男性は眼鏡を掛け、あたかも「俺、指宿いぶすきなんて苗字じゃないよ!」という巫山戯ふざけた面をしている。


 イブキである。


「変装なら眼鏡一択でしょ」という雑な理由からの黒縁眼鏡だったが、それがまた良いアクセントとなって頭良さげ・・・なお洒落イケメンと化しているため、全く変装になっていない。


 その対面で足を組んで肘をつく女性もまた眼鏡を掛け、あたかも「ワタシ、雨剣うつるぎなんて単語知らないわ」という澄ました顔をしている。


 ルイである。


 イブキの変装=眼鏡理論を疑いつつも銀縁眼鏡を掛けたところ、「なんだかいつもより視線が減っている気がするわ」と彼を見直しているが、単に独りでいる時より視線が分散しているだけである。


 どちらも絶世の美男美女であったが、彼らが注目を浴びているのはそれが理由ではない。



「いーえっ、それは解釈違い・・・・よっ!」

「なんでだよ!? いいじゃん、ちょっとやさぐれた感じのヒナタちゃんっ!」

「ヒナは純粋でポカポカしてる時が一番可愛いのっ!」

「それは認めるけどさぁっ!」



 ただただ五月蝿いからである。

 ちなみにここへやってきてから、かれこれ30分ほどこんな感じである。


 目立ちすぎる二人が窓際にいることで「何あの美男美女!?」と客寄せパンダのように来店者が増えるため何も言わなかった店主がそろそろキレようとしていた。




「……アナタが認めないせいよ」

「……認めないのは君だろ」


 無事店を追い出された二人はチクチクとお互いを刺しながら、通りを歩いていた。

 第十支部での激戦の後、解釈違いを起こしていたら詰んでたんじゃないか……とイブキは薄ら寒さを覚える。


 余談だが『人の多い方が紛れ込むから目立たないんじゃない?』とイブキが電話(家電)した所、『さては天才ね?』とルイが返したため、二人は今、原宿の竹下通りに来ている。


 案の定、彼らの周りは人が寄らずにサークルのようなものが出来上がっているが、割といつものことなので二人揃って気づいていない。


 それどころか「細かいところは前世と違うけど、原宿が若者文化の中心として賑わっているのはこの世界でも変わらないんだな」とイブキは感心して周囲の様子を見ていた。


 反対に、前を向いたままのルイが口火を切った。


「それで、本題なのだけど」

「できれば店を追い出されるより前に言って欲しかったかな……」


 周りの人混みを見て、内緒話には向かないと暗に訴えるイブキ。


「うるさい。……これだけ離れていれば、ちょっと声を抑えれば平気よ」


 聞こえづらいとイブキが少し顔を寄せると、ルイは大袈裟にのけぞる。


「ちょっと……っ。気安く顔を近づけないでくれる?」

「そんなにぃ……?」


 近づいたはずの心の距離ぃ……と項垂れる眼鏡くん。

 その落ち込みようを見て、ルイは決まりの悪そうな顔をする。


「その……あまり慣れていないのよ、男に」

「……ああ、それはごめん」

「いえ」


 そんなこんなで距離感に苦心すること、しばし。

 ようやく始まった本題は、


「アナタってなんで【救世の契りネガ・メサイア】に入ったの?」


 イブキを沈黙させるに足る、核心をつく質問だった。


「電話越しで済ませたくなかったの」

「……なるほど」


 ルイの真剣な眼差しが、イブキの頭から誤魔化しの選択肢を消し去った。

 脳裏に一つ残るのは真実──幼馴染クシナの顔。


「大切な子の力になるため、かな」


 今度はルイが沈黙する番だった。

 脳裏に浮かぶは、彼の言う大切な子──親友ヒナタの顔。


「……ふふ、本当に筋金入りね」

「うん。……うん?」


 なにかズレている気がしたが、わざわざ突っ込むほどでもないかとイブキはスルーした。


「それが聞けて満足だわ」


 少女が晴れやかに笑う。


「天気予報でこのあと雨が降るって言ってたし、ここまででいいわ」


 いつのまにか、二人は原宿駅まで戻ってきていた。


「このあと支部まで行かないとなの」

「今日はオフって言ってなかった?」

「そうなのだけど」


 と、ルイが目を向けた遠方、曇り空の下には──第十支部の威容。

 釣られて、イブキもそれを見る。


「少し、副支部長に会いに」




 ♢♢♢♢♢




「えへ……」

「…………」


 へらへらと卑屈そうに笑う副支部長と、黙考する美しき天使が執務机越しに向かい合っていた。

 彼女らの頭にあるのは一つだけ。



((似顔絵、どうしよう))



 イサナからすれば、〈乖離カイリ〉を捕らえさせたくない。

 ルイからしても、〈乖離カイリ〉を捕らえさせられたくない。


 なぜか正義のヒロイン二人が、悪の構成員一人を互いから逃すべく模索する謎の空間が出来上がっていた。


 イサナは考える。


(雨剣ちゃんは分かりやすいから、心を読まずとも思惑は分かってる。〈乖離カイリ〉を排除したくて堪らないんだろう。今回、見学ツアーで会っちゃってるし、流石に捕まえさせようとしてくるはず)


 ルイは考える。


(今回〈乖離カイリ〉と対峙してしまったから、ローブの下の素顔を再確認したと思われているわよね。……そもそも副支部長は〈乖離カイリ〉の正体に気づいているのかしら。……いえ、気づいていたら、いの一番に手配書を出してくるはず)


 先手を打ったのは──ルイだった。


「副支部長」

「ひゃいっ!」

「〈乖離カイリ〉の似顔絵の件ですが」

「ひいっ! ごめんなさ──」

「ありがとうございました」

「──いぃ……?」


 イサナは首を45度くらい斜めに倒した。

 ルイは続ける。


「先日〈乖離カイリ〉と再度交戦したのは報告書に書いた通りです。その際、素顔を確認したところ、この間の描き直していただいた似顔絵にそっくりでした」

「…………んんん?」


 これは一体どういう風の吹き回しだろうか。

 訝しむイサナだったが、考えるのは後にして一旦話に乗っかることにした。

 なにせ自分に都合が良すぎる。乗らない手はない。


「そ、そうかいそうかい。そりゃあ良かった。ははは……」


 乗っかるだけ乗っかってから考える。

 雨剣ちゃんは何を考えているんだろう、と。


 まるで考えが読めないのは、ちょっと怖い。

 さすがに読心っちゃうか、と決意した。


 一方、ルイは胸を撫で下ろしていた。


(よかった、副支部長は気づいていなかったみたいね。あの女豹ローゼリアの相手をしていたのだから、そちらに手一杯で当然だわ。もしバレていたら、ワタシの目がとんでもない節穴になるところだったけれど)


 そこで、《読心》が発動した。


(まあワタシ、正直顔の良し悪しとかあまり分からないしね。小さい頃テレビに出ているアイドルとそこらへんのホームレスを間違えたのは懐かしい思い出だわ)


 自分が抜きん出て美形であるせいか、ルイは少々「美」の基準が高すぎるきらいがあった。

 人間が大嫌いであった幼少の頃などは特にそれが顕著で、他人が全員猿にしか見えなかったほどである。

 今となっては自分でも流石に無いな、と思っている。


 ただ、それを思い出すタイミングが少々悪かった。



 ───おいおい、雨剣ちゃんの目、とんでもない節穴だわ。



 イサナはとても悲しい気持ちになって、読心を一瞬で打ち切った。

 結果的にはお互いにとって最上の選択である。


 そして可哀想なものでも見るような目を部下へ向けると、


「雨剣ちゃん、少女漫画でも読む?」

「はい?」


 彼女の手には漫画があった。

 キラキラした表紙には『僕に送れ』とタイトルが書いてある。


「いえ、要らないです。興味ないので」

「そんなこと言わずにさあ! 節あn……カッコいい男の子たくさん出てくるよ?」

「その時間があったらヒナを”観て”いたいです」

「嗚呼……」


 ぺい、と弾かれてイサナは嘆く。

 ルイはふと気づいた。


 副支部長デスクの上に積み上げられた書類の山。

 その束の合間合間に、これでもかと少女漫画が挟まれているのを。


「ここまで終わらせたら続きを読めるよ! 頑張れ私!」と言い聞かせているようで非常に痛々しい。


 ルイが「うわあ」とドン引きして、書類の間に挟まる『メープルメロンコーラ(23)』だとか『しのぶれど(50)』だとかを見ていると、イサナは鋭く目を光らせた。


「雨剣ちゃん、これとかいいよ!!」

「布教はやめてください」




 ♢♢♢♢♢




 結果、布教された。

 というか、無理やり渡された。


「来週までに感想文提出しないと減給だから!」とパワハラをしてきた上司を必ず労働組合に訴えると決める。


 持ち帰ろうかとも思ったが、窓の外で大雨が降りはじめたのを見てやめた。

 支部のロビーに置かれた椅子に座り、一気に読んで今日中に叩き返してやろうと、読み始める。


 本当に減給されたら推しヒナタへの課金ができなくなってしまうし。

 と、自然に考えて、そういえば今は同志がいるんだなと不思議な気持ちになる。


「……ふふ」


 ルイの口元が緩む。


 二人ともヒナタを推していて、けれど立場は正義と悪。

 二人ともヒナタと仲が良くて、けれど親友と兄代わり。

 二人とも得意な戦場は天空で、けれど武器は剣と紙片。

 二人とも普通より顔が良くて、けれど男女の性は違う。


 少しだけ違うほとんど同じな似たもの同士シミラリティ


 ──なんだか仲間ができたみたい。


 親友とは違う、不思議な繋がり。

 案外、悪くないかもしれないと思う。


 などと、考え事をしながらだったが、本を読むのは嫌いじゃない。

 漫画とあって”課題文”はスラスラ読めていた。

 ちょうど、話が大きく動き始める頃合いだ。


『私ね、ずっと気づかない振りしてた』

『どういうことだよ』

『私、彼に一目惚れだったの!』


「はあ……急に冷めちゃったわ」


 やっぱり、少女漫画なんてくだらなかった。


 一目惚れ。


 自分が一番嫌いな告白が出たよ、と頭が痛くなる。

 副支部長はよく平気でこんな”頭の悪い女”の物語を読んでいられるな、と感心すら覚えた。


 その”頭の悪い女”が、絵の中で必死に語っている。

 なんという無様な絵図だろうか。


『他の女の子と仲良くしてるとモヤモヤしちゃうし』


 ──百年祭。


「…………」


『目が合ったら、反射的に睨みつけてしまったり』


 ──ショッピングモール、支部見学会。


「…………ぃ」


『顔が近いと鼓動が高鳴ったり』


 ──懺悔室、屋上、原宿。


「………なぃ」


『何より初めて会った時、どうしようもなく目を離せなくなったの!』


 ──〈紫煙シエン〉移送車護衛時。


乖離カイリ〉のフードが外れた、あの時。

 雨剣ルイは──。


「……ありえない、ありえないありえないッ!!」


 ルイは勢いよく本を閉じる。


「〜〜〜っっ!!」


 いてもたってもいられず、衝動的にバルコニーに飛び出す。

 鉄の欄干をがしっ!と掴んだ。


 外は大雨。

 大嫌いだったはずの、雨。


「このワタシが一目惚れ・・・・なんて──」


 けれど、今だけは。


「──絶ッ対、ありえないからッッッ!!!!」


 火照った身体を打つ水滴が、どうしようもなく心地よかった。




 ♢♢♢♢♢




 指宿いぶすきイブキは大変満足していた。

 それというのも今回の自分の選択と、その結果についてだ。


 ──男友達もできたし!

 ──百合の間に挟まらずに済んだし!

 ──これで原作ともほとんど乖離はなくなったし!


 イブキは会心の笑みを浮かべた。


 ──今回の俺ってば大勝利だな!


「…………」

「……動きづらいんだけど」


 ちなみに朝起きてベッドから落ちそうになり天稟ルクスを使ったので、彼はいま料理中の幼馴染を背後から抱きしめている。





──あとがき──

これにて第2章『対翼のシミラリティ』は終幕となります。

ほぼ完成していた第1章とは違い、プロットすら曖昧なまま進めてきた第2章は自分でも中々に大変なところがありましたが、ここまで楽しく続けられたのは皆様の感想をはじめとした応援あってのことです。

約2ヶ月もの間お付き合いいただき、本当にありがとうございました!


感想もドシドシいただけると、とても嬉しいですヾ(*´∀`*)ノ

それでは〜!

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