第32話 堕落の呼び声

今が朝です(訳:ごめんなさい。夜は22:00に投稿します)

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 時はさらに遡り──【星の塔】大広間。


 守護者として立ち塞がるヒナタと、それに対峙して不気味な気配を醸し出す〈誘宵いざよい〉。


「じゃあ、そろそろお遊び・・・は終わりぃ。私も本気で殺しにいっていいのかなぁ? ──弱者から」

「あなたじゃ無理だよ。わたし達が守るから」


 両者の緊張が臨界点を迎え、糸が切れるように地を蹴った。




 ──で、普通にヒナタが勝った。


「ふう……」


 鉄手甲ガントレットの留め具を締め直すヒナタ。

 その前で仰向けに倒れた〈誘宵いざよい〉はといえば、時折ぴくぴくと痙攣するのみだ。

 血反吐を撒き散らすまで殴り倒されていたので、そうもなろう。


「ま、お兄さんを狙った分はこれくらいで許してあげます」


 ふん、と言い放った、その時。

【天空回廊】への扉とは別の扉から轟音が響いた。


 何事かと見遣れば、そこから飛び出してきたのは二つの人影。

 身構えたのは一瞬、相手が見慣れた人物であると分かれば肩の力は自然に抜けた。


 揺れる銀髪、そして誰が見ても特別だと一目で分かる黒の隊服。


「──リンネさん……!」

「傍陽隊員、遅れてごめん」


 申し訳なさそうに微笑むのは、支部最強・夜乙女やおとめリンネだ。


「パトロンの方々のところで色々と問題があって……というのは今はいいか」


 彼女はゆるゆると首を振って、ヒナタの後ろで気絶している〈誘宵いざよい〉を見た。


「通信で聞いてたよ。それが〈誘宵いざよい〉?」

「はい」


 ヒナタが頷くと、リンネは微笑んだ。


「よく頑張ったね」

「えへへ」


 実地研修インターンの時からお世話になっている先輩から褒められ、上機嫌になるヒナタ。

 と、そこで横合いから声がかけられた。


「ちょいちょーい、良い雰囲気のとこ悪いけど、アタシも来てるんだが?」


 ハッとして見れば、小柄な身体に見合わぬ大槌を持った赤髪の女性がいた。

 派手な扉破壊は彼女によるものだろう。


 名は、倉森くらもりクララ。

 リンネと共にやってきた、もう一人の天使が彼女だった。

 彼女は眉を顰めて言う。


「どっから湧いたか知らんけど、あの〈刹那セツナ〉の部下が来てるんでしょ? とっちめに行くよ」

「───!」


 ヒナタの表情が僅かに強張る。

 先ほどは〈誘宵いざよい〉が優先対象だったが、それが片づけばこうなるのは当然の流れであった。


 しかし、不幸中の幸いというべきか。

 リンネは自身を見て目を輝かせる子供達を見た。


「ここの守りは減らしたくない。頼める? クララ」

「わっほい、任しとけーい! 行くぞ、ヒーちゃん!」

「え、あっ、はいっ!」


 こうしてクララに引っ張られるようにして、ヒナタは【月の塔】へ向かった。




 そして──、


「き、綺麗な天翼の守護者エクスシアが助けに来てくれてっ! だけど【救世の契りネガ・メサイア】の悪い奴が来てっ! あそこから外にっ!」


 無事保護した少女が、二人にたどたどしく説明した。

 二人は割れたステンドグラスを見る。

 クララは唇をへの字に曲げた。


「ありゃ空飛べる奴じゃないと収拾つかないぞ?」


 ヒナタも頷いて、気になっていたことを聞いてみることにした。


「その二人は他に何か話してた?」


 聞かれて、うーんと考え込む少女。

 目まぐるしい状況に翻弄されていたのだから無理もない。


「あっ」

「どうしたの?」


 とても重要なミッションを伝えるかのように、彼女は言った。


「【救世の契りネガ・メサイア】の男の人が、ヒナタって人をて、てごめ?にするって……! そう言ってた!」


 意味は分からないけど、これはきっと重要なのだと確信しているようだった。

 子供特有の使命感だろうか。

 実際、それは、


「───へえ、『手篭め』」


 ヒナタにとって、とても重要だった。

 彼女はかがみ込んで少女の頭を撫でる。


「ありがとう。イイコト教えてくれて」

「ヒーちゃん……」


 後ろから見るクララは、狙われたヒナタを気遣わしげに見ていた。

 けれど、少女は違う。


「…………ぁ」


 目の前にある、蠱惑的な天使の表情に釘付けにされていた。

 イケナイものを見てしまったように顔を赤くして黙りこくる。


「クララさん」

「ん?」


 振り返ったヒナタの表情は、普段の優しげなもの。

 彼女はクララに言う。


「この子を広間に連れていってもらえますか? ──わたしが、〈乖離カイリ〉を追いかけますから」

「い、いいけど……」


 そのどこか妖艶な雰囲気に押されるようにして、クララは子供を連れて行った。


「…………」


 独り、取り残された聖堂は静寂に満ちていた。

 だからこそ、微かに聞こえた”金属の塊が倒れるような音”の場所が、ヒナタには分かった。


「───、屋上っ」




 ♢♢♢♢♢




(お腹へったな……)


 思えば今日はルイとの模擬戦に始まり、〈誘宵いざよい〉の襲撃もあって、随分と《加速》を使ってしまった。


 こうして状況が落ち着くと、代償アンブラの『飢餓』も一気に知覚できるようになってくる。


 その空腹感に背中を押されるようにして、ヒナタは屋上への非常階段を駆け上がっていた。


(ふふふっ、おにーさんったら、わたしに直接言ってくれれば良いのに)


 そうすれば……と目を潤ませる。

 と、外付けの非常階段の終点が見えた。


 ぱっと鉄柵からヘリポートを覗いて──見てしまった。


 少し離れたヘリポートや中央。

 大好きなお兄さんが大好きな親友を押し倒して馬乗りになっている姿を。


「────。…………すり身?」


 ヒナタの瞳に渦巻く紫色が、その深みを増した───瞬間。



「俺はァ!! ヒナタちゃんが大好きだぁぁぁあああああ───ッッ!!」



 離れているヒナタにも聞こえるほどの愛の叫びが響いた。


「……………………ふえぇっ!?!??!」


 紫色は一気に桃色へと塗り替えられる。

 いきなり宣言された熱烈な愛の告白に脳が追いつかず悲鳴を上げてしまう。


 距離が離れているのであちらに聞こえはしないだろう。

 事実、ルイの声も聞こえない。


 けれど、大声で叫ぶ男の声は聞こえる。


「まず! 心根が尊すぎるっ!」

「ひう……っ!?!?」


「いつも明るくて朗らかで誰に対しても笑顔でコロコロ変わる表情から推し量れる天真爛漫さなんかまるで春のあったかい陽の光みたいだし何よりめっっっちゃ優しくてマジで天使っっ!!!」

「ひゃあ……っ!?」


「でも戦うとなると責任感に溢れてて相手への敬意を捨てないしどんなに辛くても諦めずに顔を上げて前を向き続ける直向ひたむきさがめちゃくちゃ尊くてカッコいいっっ!!!」

「きゃう……っ」


「それでいて! たまーに出る天然な感じが超良い!」

「きゅうん……」


 重ねに重ねられる賛辞の数々。

 ヒナタの脳みそは完全にキャパシティオーバーしていた。

 途中から腰が抜け、座り込んでしまっている。


「えへへ、おにーさんってば、わたしのこと大好きなんですからぁ……。懺悔室のあと、どーしてかルイちゃんの匂いをいっぱいさせてたのは許してあげますっ」


 幸せを噛み締めるように、はにかむ。

 それからしばらく非常階段までは届かぬ会話が繰り広げられていたのだが、ヒナタの位置からは見えない上に聞こえない。


 そして、屋上から近づいてくる二つの足音が耳朶を打ったところで、ヒナタはようやく正気に返った。




 ♢♢♢♢♢




 代償アンブラの支払いが終わり、いくらか時間が経ってから、俺とルイは立ち上がった。

 互いにローブと長剣を回収し、しばし風に吹かれてから、俺はぽつりと呟いた。


「……ここから俺どうしたらいいと思う?」

「……飛び降りたら?」


 気の毒そうな目でルイは言った。


「いやいやいや。さすがに怖いんですけど!? 高すぎると気絶するって聞いたことあるし」

「あれは気の持ちようらしいわ。スカイダイビングとかでは気絶しないでしょう?」

「…………たしかに」


 彼女はふふん、と自慢げに胸を張った。

 かわいい゛……っっ!


「ワタシも天稟ルクス柄、空がフィールドだから。お世話になっていた養護室の先生に聞いたのよ」


 怪我しまくったことを知っている身からすると、あんまり洒落にならないのでやめてほしい……。


 それから、とりあえず降りられるところまでは降りるかという話になって、俺たちは非常階段まで向かった。

 その途中、


「…………これからはアナタとヒナの仲を邪魔する気はないわ」


 きまり悪そうに片腕を掴むルイ。

 一緒にいることを認めてもらえた。


「ありがとう」


 笑って言うと、ルイも微笑んだ。



「別にアナタたちが付き合おうと何も言わない」



「…………え?」


 今なんて言った、この子?


「付き合う……?」


 俺が首を傾げるのに合わせるように、ルイも首を傾げた。


「え、アナタたち、お互いに好意を抱いているんでしょう?」

「────」


 俺は一時停止ののちに猛烈に首を振った。


「いやいやいやいや!!」


 なんか勘違いされてる!?

 まずいっ、このままじゃ百合を破壊してしまうぞ……っ!


「ないないないない!! ヒナタちゃんが俺みたいな奴のこと好きなわけないだろ!!」


 俺が必死の思いで否定すると、ルイはきょとんとした。


「え、そうなの……?」

「そうそう! 妹が兄を慕うのと同じ感じだよ!」


 だって、前世の義妹もあんな感じだったし。


「そ、そう……。アナタが言うなら、そうなんでしょうね」


 ルイは俺の勢いに押されるように頷いた。


「ワタシ、恋とかしたことないから分からないのだけれど……」

「なん、だと……!?」


 この子、まさか自分がヒナタちゃんのことを好きだって、気づいてないのか!?

 ヒナタちゃんも無自覚だったわけだが、まさかのルイまで無自覚なのか……?


 まったく、この鈍感系ヒロインめっ!


「とにかく! 俺もヒナタちゃんのことは可愛い妹分として大切だけど、異性として好きなわけじゃないから!」

「……さっきあんなに愛を叫んでいたくせに」

「推しは手の届かない遠くにいるからこそでしょ」

「それはそう」


 誤解を解きながら──俺は非常階段を覗き込んだ。

 ルイも俺の後ろからひょこりと顔を出す。


「どうかした?」

「いや……」


 俺の前には、誰もいない・・・・・非常階段。


「……この階段、角度急すぎない?」

「しょうがないでしょう。ただでさえ建物が高い上に、横幅がないんだから」


 そう言って、すうっと宙を滑るようにして降りていく。


「あっ!? それズルくない!?」

「ズルくない。アナタもジャンプすれば?」


 ルイは、してやったりとばかりにイタズラな笑顔を浮かべた。




 ♢♢♢♢♢




「まあ、そうだよね…………」


『手の届かない遠くにいるからこそ』。


「じゃあ───あなたの傍まで堕ちればいいのかな……?」



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