第17話 何も起きないはずがなく……

晶洞晶様、素敵なレビューをありがとうございます。

作者が特別気を遣っている3点をお褒めいただけて嬉しいです……!

これからも頑張ってまいります (๑و•̀ω•́)و✧

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 俺を睨め付けるルイの視線には恐ろしいほどの殺意が込められていた。

 けれど、よく見れば、薄暗い懺悔室の中でも分かるほど彼女の目尻は赤みを帯びている。


「………っ」


 彼女は一度口を開きかけたが、言葉を発するより前に視線を横へ滑らせた。

 その先は隣室、彼女の親友がいる。

 ルイは音が聞こえそうなほどに歯を食いしばると、俺の襟首を両手で掴んだ。

 その手が、俺をぐいっと引き寄せる。


「……っ!? ちょ──」

「黙れ」


 至近距離で俺を睨み上げながら、ルイは小声で言った。


「隣のヒナに聞こえたらどうするの……っ?」

「っ、………」

「神妙に質問に答えなさい。なんの、つもりかしら」

「なにが──」


 言いかけた時点で襟を掴むルイの手に力が入る。

 強制的に発言を潰された。


「なんでここにいるのって聞いているのよ」


 一瞬返答に詰まるが、別にやましいことは何もないことに気づく。


「普通に、懺悔しようと思って」


 君に、だったんだけどね!

 当のルイは目を細める。


「ふん。で、なんでそれが、ワタシをその……ここに留めることに繋がるのかしら?」


 一部、語気が弱まった箇所があったが、彼女の眼力に衰えはない。

 対する俺は苦虫を噛み潰したような顔をしている自覚があった。

 素直に「代償アンブラで〜」って言えるわけないだろっ!


「いや、それは……思わず、というか」

「は? 本当に殺されたいの? このクズが……っ!」


 いよいよ絞殺されようか、というところで。

 仕切りの小窓から、ギ、ギィ……という木が擦れるような音が聞こえた。


『待たせてごめんね、ルイちゃん。ちょっと探し物・・・が見つからなくて……は、はじめるね?』


「────」


 俺は──おそらくルイも同時に──気づく。


 さっきのは向こうで小窓を開ける音だ……っ!


 このままだと、二人で中にいるのを見られる。

 それだけは避けねば、懺悔室が取り調べ室に早替わりしてしまう。

 狼狽えるばかりの俺に対して、ルイの反応は早かった。

 俺を、自らの方へ引き倒したのだ。


「────」

「くっ……」


 まるで膝の上に寝かせられているかのような状況に喉を引き攣らせる俺と、屈辱の表情に染まるルイ。

 仰向けにひっくり返された俺の喉は彼女の繊手によって掴まれており、完全にいつでも殺せる準備が整えられている。

 俺は一切の抵抗をやめ、生殺与奪権を全面的に投げ捨てた。


『ルイちゃん?』

「え、ええっ、始めても問題ないわよっ」

『うん、それじゃあ。──神の慈しみに信頼して、あなたの悩みを告白してください』


 それまでたどたどしかったヒナタちゃんの声音が澄みわたった。


 この世界では「神によって天稟ルクスが授けられた」と信じられている。

 日本では信仰を強制されてはいないが、天稟ルクスと近い天翼の守護者エクスシアは神学も学んでいるという。


『あなたの悩みはわたしによって──』


 すらすらと美しく紡がれる呼びかけの言葉は、厳かな雰囲気を纏っていた──が。


「───う、動くな……っ!」

「ちがっ、背骨がっ、折れるっ」

「今すぐ折れろ……っ」


 俺とルイはそれどころではない。

 ヒナタちゃんが神聖な祝詞をそらんじている間。

 俺はもぞもぞと動き、無理な体勢を脱しようとする。

 対するルイは俯き、俺を睨みつけながら囁き声で脅迫する。


「───っ」


 見上げれば、少女の美貌は朱色に染まりきっていた。

 空色の長髪が俺の顔にかかる。


「……っ、今ならちょっとドア開けて外に出ればっ」


 俺は必死の思いで提案するも、


「だ、ダメ……っ」


 ルイは小さく首を振った。


「外には、その、知り合いが……もし見られたら……」

「………っ」


 八方塞がり。

 そこで俺は、ふと祝詞の声が止んでいることに気づく。


『……あの、ルイちゃんが喋る番だよ?』

「「───!」」


 結局俺は逃れられず、ルイも目を泳がせる。


「あ、そうね。えーと……」

『さいきん元気がない理由、だよ……?』

「そ、そうよねっ」


 やや間があって、


『……なんか、顔赤くない?』

「っ……!」


 ルイがピクンと身体を揺らしたのが、柔らかで温かな感触と共に直に伝わってくる。


「そっ、そんなことないわよ。暗いからそう見えてるだけじゃないかしら」

『……なんか、息も荒いような?』

「す、すこし暑くて……っ」

『暑い、かなあ……?』

「ええ……っ」


 吐息が混ざり合うほどに狭く、薄暗い懺悔室。

 俺は蛇蝎の如く自分を嫌う美少女の膝の上で、口を真一文字に結んで神妙な表情をした。


 百合の間に挟まらないアピールをしようとしただけなのに。

 これじゃあ、まるで不貞の現場を隠す間男みたいじゃないか……っ!?




 ♦︎♢♦︎♢♦︎




 ──お兄さん、どこに行ったんだろう……?


 懺悔室に入ってしばらくの間。

 ヒナタは「イブキが後から入ってくるんじゃないか」という期た──予想のもと様子を伺っていたが、残念ながらそうはならなかった。


 あまり黙っていてもルイに違和感を抱かせてしまうだろう、と祝詞を紡ぎ、ルイが悩みを打ち明けるよう促した。

 けれど、


『その……』


 ぽつり、ぽつり、と語り始めたルイの歯切れは良くない。

 さっきも自分で「熱い」と言っていたし……。

 木組みの格子窓から向こう側を覗く。

 ルイは時折、俯いて肩を振るわせたりしている。

 ひょっとすると体調が良くないのかな、と少し心配になった。


『……っ、……ょ』


 ぼそぼそと何か囁いているようにも思えたが、音が篭っていてよく聞こえない。

 外の人たちの声かなと思い直し、無二の親友の言葉を待つ。


『あの、ね』

「うん」

『……ごめんなさい、今は詳しく言えないのだけれど』


 まるで”聞かせたくない誰かが近くにいる”かのように、慎重に言葉を発するルイ。

 まあ、懺悔室の外までは詳しい告白の内容は聞こえないので、そんなわけはないのだが。


 要するに、あまり口にしたくはないのだろう。

 ヒナタにも気持ちはよく分かった。

 昔、天稟ルクスが目覚めず悩んでいた時、同じような思いを経験していたから。


 と同時に理解する。

 先程からの妙な態度も悩み事からきたものなのだろうと。


 ヒナタの頭の中から、段々とイブキのことが薄れていく。

 今はこの悩みを抱え込んでしまいがちな親友の重荷を、少しでも軽くしてあげたいという思いでいっぱいだった。

 だから、できるだけ穏やかな声音を響かせる。


「そっか……うん、そういう時もあるよね」

『あ、いえ、そういうわけじゃ──』

「大丈夫、ざっくりとでもいいの。わたしにも聞かせて?」

『くぅ……』


 相棒の切なげな声に、ふっと微笑む。

 悩み惑うのは、真摯に向き合っている証拠だ。


「悩みの始まりは、いつから?」

『……はあ、もう。……養成学校スクールのインターンが終わって、からね』

「やっぱり」

『……あの時のこと、今になってよく思い出す。──ちょっ……ぃで……』

「え?」

『っ、なんでもないわっ』

「……? そっか」


 今になって、というのは、この前の大攻勢の後からという意味だろう。

 思い出されるのはやはり──ルイの涙。


 静かに、ヒナタは思考を巡らせていく──。


『………っ』

『……っ! ……っ!!』


 外の・・声は、未だ続いていた。




 ♦︎♢♦︎♢♦︎




 一方その頃。

 ツクモは大広間に独り、ちょこんと立ち尽くしていた。


「皆、どこへ行ったのだ……?」


 くるくると周りを見渡していた彼女は、──見つけた。


「あ」


 お目当ての3人を、ではない。

 見上げる彼女の先には、天秤と翼の紋章。

 いつも目にしている【救世の契りネガ・メサイア】の紋章とは違うが、それは確かに、


「──旗、だな」




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途中、『祝詞の声が病んでいる』と変換ミスしてて爆笑しました

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