第17話 たった一つの冴えないやり方

 開幕直後の戦況は、ヒナタたちの優勢だった。


 二人の天使と、〈剛鬼ゴウキ〉率いる十数人の構成員。

 前者には言わずもがな数的不利があり、ゆえに後者は力押しでの排除を試みる。


 構成員たちは一斉に天稟ルクスを行使し──。

 まず、最前列にいた構成員二人の鳩尾みぞおちを、加速した武闘派天使の掌底が穿った。

 人体の急所を突かれ、彼らはあっけなく意識を失う。


 相方に少し遅れて、浮遊するテーブルや椅子が構成員たちに殺到。

 当たりどころが悪かった一人が気を失い、幾人かが小さくない負傷をした。


 数的不利を跳ね除け、天使たちは構成員を押していく。


「チッ」


 それを見て取った〈剛鬼ゴウキ〉の判断は早かった。


「どこの羽虫女かと思いきや、噂の新星サマじゃねえかよ。しかも二匹。──オマエら! は周りにもあんだろ。そっちを狙え!」


 早々に力押しでの少女たちの排除に見切りをつけ、部下たちに『的』──未だ避難の進まぬ、周囲の一般客を狙わせる。

 それだけ指示をすると〈剛鬼ゴウキ〉本人は動くことなく、腕を組んだまま瞑目した。


 出入り口のある一階が戦場となった今、一般客が向かうは隣のB棟。

 そちらの一階から外に出るのが最も安全なルートだ。


 けれど、A棟とB棟をつなぐ渡り廊下は落花生で言えばくびれの部分。

 その狭さゆえに避難は遅々として進んでいないのが現状だった。


 そんな中で無防備な客たちを狙えばどうなるか。

 答えは決まっている。


「くっ!」


 天使は、人々を守る。

 ヒナタは一階の避難客を守るために、ルイは二、三階の客に向けられた攻撃を防ぐために。

 相棒同士、二人は阿吽あうんの呼吸でそれぞれの敵を相手取る。


 負担が大きいのはルイの方だ。

 敵の飛び道具は主導権を奪って叩き返す。

 炎や水はかき集めたガラクタで防ぐ。

 吹き抜けを飛び回り、ひたすら猛攻を凌いで一般人を守り抜いていく。


 対する一階ホールでは、市民に襲いかかる構成員をヒナタが押さえ込んでいた。

 手数で勝る敵に、圧倒的な速度でもって対抗する。


 戦況は拮抗状態へともつれ込んでいた。


 ──それでもなお、押しているのは天使たちだった。


 弛まぬ訓練を経た選りすぐりの天使たちと、ただ天稟ルクスを授かっただけの有象無象とでは地力が違う。


 カバー範囲の広さから護りに徹するルイに対して、地上を駆けるヒナタは徐々に敵を排除していく。

 そうして戦闘開始から数分足らずで構成員の約半数が制圧された。


 残るは、ルイを攻撃している構成員のみ。

 すぐさまヒナタが援護に入ろうとしたところで、


「さァて、オレもそろそろ動くかァ」


 動きを見せたのは、これまで戦況を静観していた〈剛鬼ゴウキ〉だった。


「最近はオマエらんとこの銀色女・・・に追いかけ回されてなァ。思う存分に暴れられてねェんだよ。ちょっと遊ばせろや」

「くっ……」


 警戒度と優先順位が一変する。

 この場で最も警戒すべき相手として、ヒナタは〈剛鬼ゴウキ〉に対峙した。


 ルイは相変わらず、残る構成員の攻撃から人々を守るので手一杯。

 守り抜いてはいるものの、地上の戦闘に介入するほどの余裕はない。


 しかし反対に、〈剛鬼ゴウキ〉を除く構成員はルイを攻めることだけに意識を割かざるを得ない状況とも言える。


 今までのような多対一ではなく、ヒナタと〈剛鬼ゴウキ〉の一対一の状況が出来上がっていた。


「せあ──っ!」


 初手は、スピードで勝るヒナタ。

 これまでと同じように鳩尾への強打によってその巨漢を沈めようとする。


「────」


 しかし、──その一撃は止められた。


 手で受け止められたわけではない。

 それどころか〈剛鬼ゴウキ〉は動いてすらいなかった。

 鳩尾へと正確に吸い込まれた拳は、狙い通りに当たっていた。

 けれど、


「くう……っ」


 いつもの鉄籠手ガントレットはない。

 鉄の塊を殴ったような衝撃がヒナタの手に直に伝わる。


「ずいぶんと軟弱だなァ、羽虫」


 攻撃を受けたはずの〈剛鬼ゴウキ〉はそれを一笑した。

 そして、腕を振り上げる。


「じゃあ、次はこっちの番だぜ」

「………っ!」


 巨漢の大振りの攻撃は空振りに終わる。

 なんなく回避したヒナタだったが、心をむしばむのは焦燥だった。


(攻撃が、効かない……っ)


 おそらくは敵の天稟ルクス

 この大男に対して、ヒナタの拳撃は有効打たり得ない。


「外れちまったなァ。残念残念」


 微塵も残念そうではない〈剛鬼ゴウキ〉の台詞も焦りを後押しする。

 それを振り払うように、ヒナタは地を蹴った。


 スピードは〈剛鬼ゴウキ〉を軽く凌駕しているのだ。

 あとはどうにかして攻撃を通すだけ。

 だというのに──。


「……くっ」


 四肢などの末端、首をはじめとした急所。

 死角から不意をついて、それらを狙おうとも、ヒナタの攻撃は全くもって〈剛鬼ゴウキ〉に意味をなさない。


 まるで鋼鉄を殴っているようだった。

 ただ体力だけを浪費する。

 そんな少女を悪鬼が嘲笑う。


「おいおいィ、こっちは動いてもいないんだぜ?」

「……っ、ならっ!」


 再度ヒナタが攻撃を仕掛け、狙うのは敵の目。

 情け容赦などしている余裕はなかった。

 絶対に攻撃が通る弱点を狙って殴りかかり、


「───あ」


 あっさりと。その拳が掴み取られた・・・・・・


「来ると分かってりゃ、遅くとも掴める──ってなァ!!」

「が、は……っ」


 言い終わるや否や、ヒナタの拳を掴んだ腕が振り下ろされる。

 逃れることもできず、少女は地面に叩きつけられた。

 小柄な身体が、強烈な叩きつけを受けて地を弾む。


「ヒナっ!! ──くっ、邪魔ッ!!」


 悲鳴をあげたルイが救援に向かおうとするも、構成員たちの攻撃がそれを許さない。


「だい、じょうぶ……」


 ヒナタは平衡感覚を損ねながらも、よたよたと立ち上がる。

 たったの一撃だったが、鬼のような怪力は少女の身体に大きなダメージを与えた。


 けれど分かったこともある。

 強靭な耐久力、予測したとはいえヒナタの一撃を受け止められる速さ、そして破壊的なまでの剛力。


「あなたの天稟ルクス、《身体強化》の類、ですね……。それも、とびきりの……」

「ハハァ、正解だ」


 種明かしをして、上機嫌に笑う〈剛鬼ゴウキ〉。

 その笑みは雄弁に語っていた。


 ──ソレが分かったとして、オマエに一体何ができる、と。




 ♦︎♢♦︎♢♦︎




 ──俺に一体、何ができる。


 ヒナタちゃんには「逃げてくれ」と言われた。

 それでも俺は避難客の波には乗らず、戦場から少し離れた店に身を隠していた。


「逃げなかった」なんて立派なものではない。「逃げることすらできなかった」のだ。


 あの場に残れば俺の顔を知っている〈剛鬼ゴウキ〉に見られ、最悪ヒナタちゃんにも知られてしまう。

 かと言って、自分の妹にも等しい少女を目の前で見捨てて逃げる勇気もない。


 だから、逃げてもいないギリギリの距離で隠れているだけの卑怯者。

 それが今の俺だ。


 本当なら颯爽と助けに行ければそれが一番いい。

 それができるような力があればよかったのに。

 俺が持つ天稟ルクスなんて、あそこで倒れている構成員と大差のないものだ。


 ヒナタちゃんでさえ〈剛鬼ゴウキ〉の一撃を受けてかなりのダメージを負っている。

 先程までの軽快な動きは見る影もなく、次の攻防で彼女は倒れてしまうに違いない。

 そうなれば相棒という片翼をもがれたルイも地に墜ちることになるだろう。


 相手はそれほどに凶暴かつ凶悪な強者である。

 なにせアレは本来、もう少し先で戦うはずの手合い。

 今よりも強くなったヒナタちゃんとルイが挑む相手なのだ。


 今の二人では力及ばず──当然、俺など比べるべくもない。


「なにか……なにか……っ」


 このままノコノコ出ていっても、クシナやヒナタちゃんの迷惑になって終わるだけなのは目に見えていた。

 それこそ、クシナなら……。


 ダメだ。

 助けてくれと伝えることができれば、あの子は絶対に来てくれる。

 けどその対価は、とんでもない量の寿命だ。

 それだけは絶対にできない。


「……くそっ」


 毒づいて、拳を握る。

 こんな状況でも人頼みしかできないのか。


 そうして手先が冷たくなっていく中で。

 ふと、自分という人間の使い道に思い至った。


「…………ああ」


 おもむろに、首から下げていた懐中時計を取り出す。

 竜頭リューズをひねると、空間から滲み出るように黒いローブが現れ、俺の身を包んだ。


 ──いまの立場・・・・・を放り出せば、時間稼ぎくらいはできるかもな。



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