【KACアンラッキー7】でこぼこトリオと青い鳥

葦空 翼

でこぼこトリオと青い鳥



 拝啓、父ちゃん母ちゃん。

 

 世間には「7のつく年は不幸が起こる」という言い伝えがあるそうです。

 そういや、10年前だっけ……ほら、空に穴が空いて、地上に魔物モンスターがわーっ! と出てきた奴。……天空事変、って呼ばれてたかな。あれも159“7”年のことだったよな。

 

 で、今年が160“7”年。今年は何が起こるんだろうって思ってたら……えーと、



  

 初めて故郷を出て無事就職出来たと思ったら、その日のうちに無職になってしまいました。





 



 

 


「……チッ、ついてねーなァ…………」


 重たげな甲冑を纏った長身の男が一人、ガチャリと金属音を響かせて立派な剣を担ぐ。 

 ここは強風吹きすさぶ荒野の一角。男の目の前、丈の短い草と岩場が混じり合う地面には、今しがた倒したばかりのドラゴンが横たわっている。人間の何倍も大きな竜の身体。その見事な死体を前に、死闘を演じた上で悠々と立つ姿は、この男の確かな強さを充分に感じさせた。

 

 ラクダ色の明るい茶髪。それが短く刈られ、しかし少しだけ天に向かって逆立てられているのが、彼なりの洒落っ気だろうか。黄色混じりの灰色の眼をだるそうに伏せた彼は、ふう。とため息をつき、傍らのもう一人の男──革鎧を身に着けた小柄な少年を振り返る。


「……悪ィな新入り。今日入ってもらったばっかだけど、この傭兵団は今さっきをもって壊滅しちまった。参った参った。解散だよ」

「……団長」

「死人が出なかったのは幸いだけどな。まさかこのドラゴンがこんなに強ェとは。相手の力量を甘く見たのが敗因だ」


 くるくる、バチン。

 男は器用に長剣を振り回し、鮮やかな音と共に鞘へ納めた。

 本来ならやいばについた返り血を拭うべきだが、もはやそれすらかったるい。命が助かっただけ御の字だ。そんなリーダーを見て、少年はしょげたように縮こまる。

 

「…………でも、団長のおかげで皆助かりました」

「ああ、でも。みぃんなビビって散り散りになっちまった。……さぁてどうするか」


 辺りに広がるのはドラゴンの血、そしていくらか流された彼らの仲間の血。元々は数の有利を活かして相手を袋叩きする、さして苦労しない仕事のはずだった。しかし目論見は外れ、予想外の抵抗を受けた。結果、怯んだ仲間の多くが逃げ出してしまった。

 団長と新入りの二人だけを残して。

 

「とりあえず街に帰って、お前に初回の給金だけでも渡して、それから……」

「あの、そのことなんですけど」


 そこで元新入り、現在無職の少年がおもてを上げる。癖が強いが柔らかな金茶ライトゴールドの髪を靡かせた彼は、真っ青な瞳を何度か瞬かせ、うん。と力強く頷いた。


「あの、オレと団長の二人で冒険者やりませんかっ」

「は?」

「だって団長めちゃくちゃ強いし! このまま終わるなんてもったいないよ! いいでしょう?」

「ええ……この年で今更冒険者……? なんか恥ずかしいな……」

「え、団長今いくつ?」


 ふいに尋ねられた甲冑の男は三白眼を少年から反らし、気まずそうに頬をかく。


「……18」

「えっ、嘘! めちゃくちゃ若いし年近いじゃん! もっと年上かと思ってた〜〜、オレ16!」


 途端に少年がぱぁーーっと明るい笑顔を浮かべる。彼は筋肉こそそれなりについているが、如何せん背が低い。高身長な女なら軽々と彼を追い抜かすだろう。さらに、そんな年齢とは到底思えないまろやかなおも立ち。子供と思われても仕方ない外見だった。

 

「逆にお前は思ってたより大人なんだな?! チビだからもっとガキかと思ってた!」

「え〜〜酷ーい! 今が伸び盛りなんです! これからこれからぁ!!」


 少年はわはは! と快活に笑い、甲冑の男の背中をバンバン叩いた。ひとしきり笑い、ひいひい涙を拭いた後、にやりと唇を持ち上げる。


「オレ、キノドンタスって名前なの。キノって呼んでくれよ。団長はなんて名前?」

「……ヨハネス・ベルンシュタイン、騎士の家に生まれた五男。昔々冒険者資格取ったことがあって、そん時は一応騎士ナイトB級までいったけど……」


 そこでちらりとキノの反応を伺う。彼が興味津々に聞いているのを確認すると、ごほんと咳払いしつつ続きを告げる。


「……突然家を飛び出して、冒険者になってやるー!! ってのもなんか幼稚で恥ずかしい気がしてさ。それっきり傭兵しかやってないんだ」


 実際心底恥ずかしいようで、ヨハネスはやや顔を赤くしている。それを見たキノは満足げに。にんまりと顔を綻ばせた。


「じゃあさ、今度こそその夢叶えようよ。今魔物わんさかいるし、ハンター系の冒険者ならめちゃくちゃ儲かるよ。ぶっちゃけこれまでとそんな内容変わんないじゃん?」

 

 だから。


「ね、オレも連れてって!」


 拝むような仕草で媚を売るキノ。にこにこ笑顔の彼を見たヨハネスは、じとりと彼を睨む。


「それ自体は別にいいけどよォ……お前、。なんとかしてくんないかな」

「え、それ??」

「……しらばっくれんなよ! 言いたくなかったけど、今回俺たちが負けたの! いくらかはお前のせいだからな?! その……ッ見掛け倒しの戦斧バトルアックス! とんだナマクラじゃねえか!! 斬れない武器なんて持って、お前頭おかしいのか!!?」


 ヨハネスが眉を吊り上げて指差す先。そこにはキノの体躯に見合わない、ごつく立派な戦斧バトルアックスがあった。彼はこれを担いで傭兵団の前に現れ、確かにこれで竜と戦おうとしていた。しかしよく見ると刃が潰されている。キノはこれを鈍器として振り回していたのだ。

 おかげで期待していたほどダメージが入らず、ドラゴンの反撃を許してしまった。結果惨敗。それを思い出しただろうキノはさっと視線を反らし、てへ! と舌を出す。


「悪い、オレ先端恐怖症でさ……尖った物が怖いんだぁ」

「じゃあなんで戦斧バトルアックス?! 大槌ハンマーでも振ってりゃいいじゃねーか!」


 すると、小柄な少年もとい男がきょとんと目を丸くした。

 まるでそれを「初めて聞いた」かのように。

 

「はんまーって……なに……??」

「あーも〜〜!!」


 武器で戦う概念はあるのに先端恐怖症だとか、そのくせ大槌ハンマーという武器を知らないとか……非常識がすぎる。一体こいつはどこから来たんだ。

 ヨハネスは苦々しげに頭をかきむしり、くるりときびすを返した。キノが慌ててそれに続く。


「え、ちょっ、ヨハネスっ! どこ行くんだ?!」


 どこへ? 街に決まっている。


「ったく、俺が買ってやる! ついてこい!!」












 きっかけはある日の出来事。


 田舎の森に生まれ、自然に囲まれて育った彼は、日の出から日暮れまで外で遊ぶ猪のような子供だった。

 

 しかしある日、彼がいつものように山を駆け巡っていると、幸か不幸か。足を踏み外して崖から落ち、あわや死にかける目にあった。両親含め、集落の民全員が肝を冷やしたその事件の顛末は、骨折のみで済んで命は無事。神の慈悲が彼を助けたのだと皆が噂した。

 

 その代わり、彼がなんとか意識を取り戻したすぐ目の前には、鋭利な倒木が天を向いていて。


 もし、もう少し落ちる場所がずれていたら。自分は串刺しだったのだろうか。


 その経験が彼を「先端恐怖症」にした。


 以来、少しでも尖った物を見ると、すぐに削って丸くする習慣がついた。どんなに平和な生活をしていても、武器も尖った物も必要だけど。怖い。あまりにも怖い。あれが刺さってしまったら、と思うと気が気ではなかった。


 

 だから、ぷりぷり怒る“団長”には悪いのだけど、尖って効果的な武器は持てない。その一方で、この世には「鈍器」という尖っていない武器があるらしい。お誂え向きだ。ぜひとも欲しい。

 

 …………ああ、これが。

 これがオレの相棒。鈍器。

 


 「………………マジかよ…………………」

「わぁあ、立派な戦棍メイス! 団長ありがとう!!」

 

「武器って……こんなに高かったっけ……?」


 荒野を離れ、最寄りの街。武器屋に寄ったキノとヨハネスは、とにかく尖っていない武器を、と戦棍メイスを購入した。ヨハネスが愕然とした顔で財布を振っている。10年前の珍事以来魔物モンスターが激増したため、武器の値段は数年前より遥かに高くなっていた。


「すいませんねぇお客さん、どこも金属がなくなっちゃって。本当に必要な人に手頃な値段で買ってほしいのは山々なんですけど……」

「そりゃあそうだろうけど……はぁ……」


 揉み手で対応する店主と唇をひん曲げるヨハネスの視線の先。キノは彼らの表情など全く意に介さず、期待に満ちた顔でしげしげと新しい相棒を眺めていた。

 これが鈍器。尖ってなくて怖くない武器。

 早速それを握り、軽く自分の手を叩いて感触を確かめる。次いで力いっぱい振り回す。まるで新しい玩具を買ってもらった気分だ。風切り音と共に振り回せば、なんでも倒せそうな心地がした。


「まさか、大槌ハンマーに手が届かないどころか、戦棍メイス買ったら今夜の宿代もなくなるとは……」

「どこもこんな感じみたいですよ。昨今酷く物騒ですから、本当に武器が飛ぶように売れて。こうなるとお客さん、まだ買えただけいいかもしれませんよ」

「本当だな。最悪、宿なんかなくてもその辺で野宿すりゃいい。でも身を守る物がなきゃ冒険者として商売出来ない。だから今日はいい買い物をしたよ」


 ふとヨハネスの言葉が耳に入る。申し訳ない。自分が先端恐怖症なばかりに、宿代がなくなってしまったらしい。けど、だったらこれからの働きで返していけばいい。今日のような無様な失態はもう繰り返さない。自分のせいで傭兵団が壊滅したというなら、これからは人一倍彼に尽くしていくまでだ。


「ヨハネス、宿代なくなったって? じゃあこれから外に出る仕事を探してこようよ。どうせ野宿するなら一石二鳥だろ?」

「あー、確かにな。そんじゃ早速酒場に顔出すか。ちょちょっと話聞いて回れば、ハンター系の仕事くらいすぐ見つかるだろ」

「りょーかい!」


 打てば響く鐘のように、あっさり今後の方針が決まった。二人はそれぞれ鎧の紐を結び直し、気持ちも新たに武器屋を後にする。いや、後にしようとした。

 

 ふと視線を床から上げると、目の前に見知らぬ少女が立ちはだかっている。丁度通せんぼの形だ。

 

 真っ白でふわふわしたショートヘア、快活そうな真っ赤な瞳。ともすれば魔物モンスターじみたカラーリングだが、やたらに小柄でふくふくした体躯を見るに、彼女は人間ノーマンではない。亜人ノームだ。

 チョッキにショートパンツ、大きな鞄。見るからに町娘とは一線を画す外見をした彼女は、一体何者なのか。思わず二人が身構える前で。


「やぁやぁお二人さん! 何かお困りかな?!」

「…………は?」

「そちら、何やら儲かる仕事を探している様子! ならば情報屋兼商人、フラウラの情報を買っていかないか? 今ならタダ! タダで美味しい情報を分けてしんぜよう!!」


 ………………しばしの間。

 突然現れ、胡散臭い事この上ない話をする少女相手に、キノは目を丸くし、ヨハネスはこれでもかと顔をしかめた。

 

「…………情報屋なのに情報をタダでくれるの? 変わったコだね」

「馬鹿、こういうのは最終的にあっちが得するようになってる案件だ。無視しろ。こんなんに頼らなくても仕事くらいちゃんとある」


「待て! 実はフラウラは困っている! だからタダで情報を分けてあげるんだ、話だけでも聞かないか?!」

「あーハイハイ、そいつは大変だな」

「聞き流すな! なんと聞いて驚け、今から言う依頼をこなしてくれたら金貨20枚! それをこの3人で山分けしよう、どうだ悪くないだろう?!」


 ……ぴたり。無視して歩きかけていたヨハネスの足が止まる。


「…………へぇ、金貨20枚を山分け。ちなみに内容を3行で説明すると?」

「ここから北にある森に入り、青い鳥を捕まえてくる! それだけだ!」

「それがいる場所は目星ついてんのか?」

「一応調べてあるし、フラウラ自ら案内する! 最悪居なかった場合でも、きちんと調査報告すれば金貨10枚もらえる手筈になっている! どうだ美味しいだろう!」

「…………!!!」


 ここまで聞いて、ヨハネスの目の色が変わる。


「依頼主は?」

「金持ち収集家で有名なウィルフレッド・キャムデン氏だ」

「期限は?」

「特に定められていない。だけど、成果がなくても報告次第で報酬を貰えるんだから、無理に引き伸ばす必要はない」

「…………ぶっちゃけ、難易度は?」

「そうだな、冒険者ランクBがあれば充分いけるんじゃないか。何かを倒すわけじゃない、行って帰ってくるだけだから。ただ、北の森の魔物モンスターたちの強さを考えるとこんなもんかな、という」

「………………」


 それを聞いたヨハネスは、ふむ。と息を吐いた。そして最後にこう尋ねる。


「で、お前は何に困ってこんな美味い情報をタダで吐き出すんだ。カラクリを言ってみな」


 するとフラウラと名乗った少女は、明らかにしゅんと困り果てた様子で俯いた。きゅ、とズボンの太もも辺りを掴む。


「実は、この案件を最初に仲介した冒険者パーティーが2日前魔物モンスターにやられてしまってな。依頼を受けたのに担い手がいない、宙ぶらりんの状態になってしまったんだ。

 フラウラとしては、キャムデン氏とは今後も懇意にしていきたい。よって、急いで代役を捕まえたいというところなのさ」

「ははーん? なるほど」


 するとヨハネスは、隣のキノの肩をがしっと掴み、くるりと後ろを向いた。丁度フラウラからこちらの表情が見えない体勢になる。その上で。


「よしキノ、これは乗るぞ。多分お前は知らないと思うが、ウィルフレッド・キャムデンといやぁマニアックな珍品にやたら大枚はたくと有名な男だ。あいつなら、よくわかんない鳥に金貨20枚くらい余裕で出す。内容もB級相当、お前がどの程度かはまだ未知数だが、最悪俺が居れば行って帰ってくることくらい確実に出来る。

 美味いぞこの案件。やってやろうぜ」


 大金に目が眩み、ほくほく顔のヨハネスを前に、しかしキノは小さく眉をしかめる。恐らく二人が出会って以降初めて、彼がネガティブな表情を浮かべた瞬間かもしれない。吐息のように声を潜めて相棒に話しかける。

 

「…………ヨハネスは、絶対に行って帰ってこれる自信がある?」

「ああ、これでもモンスターハントの仕事は多数こなしてる。山にもしょっちゅう入ってる。北の森はそこまで詳しくないが、主要な街道くらいなら頭に入ってる。そこまで困ると思えないけど」

「…………わかった。オレはこの辺に詳しくないけど、アンタがそう言うなら信じる」

「よし決まり!」


 そしてくるりと振り返る。


「おい、フラウラとやら。その案件乗った。今から行けるか? なる早で連れてってくれよ」


 ヨハネスが告げると、フラウラのノームにしては大きな目がぱあっと明るく輝く。すぐにこくこく頷いて、拳を突き上げて。


「合点承知!!」


 ここに即席パーティー、「青い鳥を探し隊」が誕生した。












 ガサガサ、ピチュピチュ。

 春の光も届かない、深い深い森の奥。

 凶悪な魔物モンスターが多数口を開けて待っているという、王国南部に位置する“黒の森”。

 そこで男女三人がうろうろと彷徨っている。

 誰か? 当然、彼らである。


 

  

「………………あれぇ〜〜〜〜、この辺だったと思うんだけど………………」

「その台詞、さっきも言ってたな。いい加減聞き飽きたぜ」

「いや、絶対、確かに! この辺なんだよ、なのに……


 青い鳥の巣が、ない」


 愕然とした表情のフラウラが見回すのは、入り組んだ枝が視界を遮る森の奥。彼女曰く、今回の依頼を達成するべく前メンバーと来た時には、この辺りで美しい青い鳥の巣を見つけたという。

 ただ、その時の面子がそれほど強くなく、回復アイテム尽きかけで日暮れも迫っていたため、その日は一旦引き返したと。それが2日前のこと。


 そう、彼らはフラウラ以外誰も無事街へ帰ることが出来なかった。非戦闘員のフラウラをなんとか逃し、しかしパーティーは全滅してしまったのだ。フラウラは自分を守って死んでしまった彼らに感謝こそすれど、全員連れ帰る事は出来ず、泣く泣く死体を置いてきたという。


「げぇ……じゃあ俺たち、死体の横を歩いてきたってこと? つーか、臨時パーティーだとしても死体をそのまんまにしてくるなんて……どうにかならなかったのか?」

「フラウラはノームだから、お前たち人間ノーマンの腰くらいまでしか身長がない。どうやって運べばいいんだ」

「そりゃそうだけど……死体専門運び屋に取り次いでやるとか……」

「そうやって善意で生き返らせると、後から金を請求されたふざけんなって怒鳴られるんだ。そういうのはもう懲り懲りだよ」

「はぁ〜〜、冒険者もシビアなのなぁ」


 とりとめもない会話が交わされ、しかし目的地に一向に辿り着けない。この辺のはずだからもう少し、もう少しと辺りをぐるぐるするフラウラに付き合って、もうすぐ一時間になる。荒っぽい印象そのままに短気なヨハネスは、だんだんイライラしてきたようだ。


「…………なぁ、あんま巣とやらが見つからないと、俺たちもそいつらの二の舞にならないか? そろそろ日暮れも近い。ずっと一所ひとところに留まってると魔物モンスターが寄ってくるぞ」

「う〜〜ん……なんでだろ……おかしいな……絶対この辺のはずなのにぃ……」


 うろうろブツブツと眉根を寄せるフラウラ。それを切り株に腰掛けつつ、ずっと黙って見ていたキノは、思わず声をかけてしまった。


「なぁ、君はなんで『絶対この辺のはず』って思うの? なんか目印とかつけてたの?」

「そりゃあ! そこの木を見ろ、この背の低い所にあるナイフ傷。これは紛うことなく私がつけた傷なんだ。……あっ」


 あ。この子、ちゃんと私って自分のこと呼ぶんだな。


「…………なんだ、お前、キャラ作ってたんだな」

「ええい煩いぞ! フラウラはフラウラだ!」


 ヨハネスが面白そうに茶化すのを、ぶんぶんと手を振り否定して。フラウラがビシリと指を指す。


「ここ! この傷! こないだここに来た時、青い鳥の巣がある木に確かにつけたと思ったんだ。なのに上を見ても巣がなくて……そんな数日で巣を放棄することなんてありえないだろうに……なんで……おかしいじゃないか…………」

「ふむ」


 言いながら、だんだん泣きそうな顔になってくるフラウラ。ここでしくじり、2連続で組んだパーティーを死なせる訳にはいかない。フラウラが下らない嘘をついているわけじゃないのは明白だった。


「じゃあ、なんでだよ? それとも巣がマジで丸っと神隠しにでもあったってのか?」


 いい加減疲れ切ったヨハネスも、呆れて地面に座り込んでいる。全身鎧と長剣を身に着けた騎士ナイトの彼は、この中で一番体力を消耗しているだろう。恐らく、これ以上歩き回らせるべきではない。


「……よし、二人共、青い鳥は諦めよう」

「「えっ?!」」

「それより生きて帰ることの方が大事だよ。そうでしょ?」


 ふいにキノが、真剣な声で告げる。残りの二人は目をまん丸にして驚いた。


「なッ、なんでだよ?! この女のガイドがポンコツなのはともかくとして、急にそんなっ……」

「ヨハネス、そういう言い方は良くない。多分オレたちは、森の精霊に迷わされてるんだ」

「精霊……?」

「聞いたことない? 森の奥に入ると精霊にいざなわれるって」


 キノは幼少の頃から森で暮らしていたので、周りの大人たちから何度も聞かされた。

 人も立ち入らないような森の奥には、人間嫌いの精霊、妖精がたくさん住んでいる。彼らの領域を遊び半分でけがすと、怒りを買って二度と外界へ出してもらえない。

 森と精霊、妖精を敬う気持ちを忘れてはいけないよ。


「だからもしかして、木を傷つけて青い鳥を攫おうとしてるオレたちは、もう森の精霊に囚われているのかもしれない」

「ヒッ…………! 冗談じゃねェ、俺はこんなとこで死にたくないぞ!」


 慌てて己を抱きしめるように肩をすくめるヨハネス。呆然とするフラウラ。キノは二人の目を順に見て、ゆっくり頷く。

 

「うん、オレも。だから、これ以上森の怒りを買う前に帰った方がイイと思うんだけど……こんだけうろうろしても前来た時の痕跡がこれしか見つけられないとなると、下手に今動くのも危険かもしれない。

 今は日暮れが近い。最悪、歩き回らされて夜になるかも。そうなったらいかにヨハネスが守ってくれても、強い魔物モンスターの餌食になりかねない」


 そう伝えると、ヨハネスとフラウラの顔が一気に青ざめる。

 

「じゃ、じゃあどうすんだよ?! ただここでぼーっとしてたってそれこそ夜になるだけだぞ!」

「わ、わかった、青い鳥捕獲は諦めよう。報酬は調査のみ、金貨10枚だけでいい。だから、どうにか無事に帰れる方法を教えてくれよ……!」

「そうだなぁ……」


 こういう時、集落に伝わる言い伝えではなんと言っていたか。えーと…………

 あっ。


「よし、みんなで森の精霊に謝ろう!」

「「はっ?」」


 キノがぽんと手を打つと、二人分のハモリが戻ってくる。なんだそれ。顔全体にでかでかと書いてあるのが見て取れる。

 

「人間素直が一番! 誠意を込めて言葉を贈れば、きっと精霊も妖精も許してくれるよ!」

「「はぁ…………?」」


 それでもキノはめげず、にこやかに二人に告げる。ヨハネスとフラウラはまたしても息ぴったりに怪訝な顔をして、見事に返答が重なった。二人共目をまん丸にして、全く同じ表情をしているもんだから、キノは可笑しくて仕方なかった。


「馬鹿にしてる? でもさ、これをしないと一生この森から出られないって言ったらどう思う?」

「……笑ってる場合じゃないッス」

「絶対無理。」

「というわけでほら、二人共。オレと一緒に森に謝って」

「えええ…………」


 文句を言いつつも、渋々。なんとなくの位置取りだがヨハネスはキノの右に、フラウラはキノの左に並んだ。188センチ、165センチ、129センチがそれぞれ両手を出し、祈りのポーズを取る。

 ざわざわ。

 太陽の傾いた新緑の森に一陣の風が吹き抜ける。


「…………深き森に住まう精霊よ、我らの言葉を聞き給え。そなたらの大切な木を傷つけたこと、許可なくそなたらの土地へ踏み入ったこと、我らは心より反省いたしております。どうか許し給え。そして、我らをあるべき場所へ戻し給え。

 

 ……えっと…………


 ごめんなさい!!!!」

 

「「ごめんなさい!!!!」」


 最初こそそれっぽい口上だったが、最後はもうゴリ押し。なんでもいい、とにかく謝らなくては。キノの頭の中はそれだけだった。

 やがて森に静寂が戻り、若草がそよそよと揺れる。勢いにつられてぎゅうと両目を瞑っていたヨハネス、そしてフラウラはそろそろいいだろうかと目蓋まぶたけた。


 正直、特に何かが変わっているわけではない。さっきと同じ光景、深い森が広がっているだけだ。ヨハネスはどことなくがっかりした気分になりつつ、ふっ。と唇の端を上げる。


「これで、いいんだよな。欲張ったっていいことない。今の俺たちは、とにかく生きて帰れりゃ御の字って奴だ。


 こんな世の中だからな」


「うん」


 何が起きたわけでもないのに、妙に爽やかな気持ちになった男二人がふと空を見上げると。


「あっ!!?? 二人共、見て!!!!」

「「えっ?!」」


 フラウラが突然大声を出すもんだから、二人もぎょっとそちらを見る。フラウラは二人が見ていた場所とは全く違う場所、とある木を指さしており、つられた彼らがその視線の先を追うと。


「「あーーー!!!!!!」」


 

 ぱさぱさぱさ、ピチュチュ。



 青い小鳥が。

 一羽、暮れかける空へと飛び立っていった。 

  


 「わぁーーーーーーー俺達の金貨20枚!!!!!!」

「駄目!! 森の精霊はきっと、オレたちが一生懸命謝ったから封印から解き放ってくれたんだから!!」

「でもッ……ほらッ…………なぁ、フラウラ!! ここまで来てこんなんアリか!!??」


 じたばた掴み合うヨハネスとキノ。キノが必死に相棒の大柄な身体を抑え込み、ヨハネスが涙目で腕を伸ばしている間に、美しい小鳥は飛び去ってしまった。残されたのは葉擦れの囁き、そして静寂。全てが終わり、手遅れとなり、ヨハネスががっくりと膝をつく。


「はーーーーーー…………ついてねェ…………全部キノの思い込みかもしんなかったのに……ホントはもーちょい粘れば金貨20枚ゲット出来たかもしんなかったのに…………!」


 畜生今年は厄年だ、やること為すこと上手く行かないんだ、などと呻くヨハネスに。キノは地面に両膝をつきつつ、ひたすらおろおろして言葉をかけられずにいたが。

 フラウラはさっと近寄り、膝を抱えるようにして隣にしゃがんだ。とんとん、と背中を叩く。


「まぁまぁ。私は今回の旅、けっこう楽しかったよ」


 芝居がかった口調ではない、さらりと素直な声音。恐らくこれが彼女の本来の言い回しだ。驚いて咄嗟に呆けたヨハネスも、目をまん丸にしたキノも、弾かれたように彼女を見た。

 

 春の暖かな日暮れの中。真っ白な髪の小さな少女が歯を見せ、にかっ。と笑う。


 

「いいじゃん。こんなにくだらなくてこんなに楽しい冒険、私は初めてだったよ」。










 なお、街には無事帰れた。





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