5 充実した日々
その後連絡先を伝えた後、色々と心配だったので最低限この世界の事などを教えてからユーリとは別れ、八尋はレイア達より数時間遅れて日本へ帰国する。
色々と説明したとはいえ異世界人を一人置いてきた形になるので心配ではあったが、それでも多分大丈夫だとは思う。
金銭面ではその国の通貨を得る為に、予め換金できるであろう金や宝石の類いを持ってきていたらしいのである程度どうにかなると思うし、その他もユーリの場合魔術で翻訳を掛けてちゃんと喋れるし、文化もこの世界と異世界とではかなり近い物があるらしく、違和感なく順応できそうだったから。
よくある漫画とかでみるステレオタイプの異世界人とかなら面倒な問題の一つや二つ起こしそうな物だが、その辺りは安心だ。
(……そういやレイアも違和感なく溶け込んでいたな)
普通にこの世界の文化を当たり前のように受け入れていたし、潜在的な知識として根付いている文化はやはり同じなのだろう。
(……いや、そういやなんでレイアは普通に言葉が通じて文字の読み書きもできたんだ? 何度かこの世界と向うの世界を行き来していたとかだろうか? そういう事か?)
そんな答えの出ないような不毛な疑問について考えながら、空港を出た所で。
「お帰り八尋」
「ただいまレイア」
態々迎えに来てくれたレイアと合流した。
「あれから何事もなく無事あの子を連れて帰れたか?」
「ああ。何事もなく飛行機を乗り継いで帰ってきたぞ。でも大変だったな」
「ん? まさか何かに巻き込まれたりでもしたのか?」
「いやいや八尋、そうじゃないんだ。あの女の子が何度も何度もお前の事を聞いて来てな。いやぁ、凄い懐かれてるぞ……相当お前が助けてくれた事が嬉しかったんだろう」
「助けたのは俺達だろ?」
「それでもあの子に直接手を差し伸べたのは八尋だ。あの子にとってお前がヒーローなんだ」
「なんか悪いな、俺の事で大変な思いをしたみたいで」
「いや、別に良いぞ。寧ろそういう話を聞けて嬉しかったからな……頑張ってるお前が評価されるのは嬉しい」
そう言ってレイアは笑みを浮かべる。心からそう思ってくれているように。
「ちなみにその子は今どうしてんの?」
「親御さんには引き合わせたけど、流石に巻き込まれた事が事だ。改めて色々話しておかなければならない事もある訳で、まだ事務所に居てもらっている」
「え、じゃあお前此処居て良いのか?」
帰国前に、充電したスマホで連絡を取った結果迎えに来てくれた訳だが、レイアは事務所に居るべきだったのではないだろうか?
「まあ居るに越した事は無いだろうが……その辺は烏丸さんと早紀ちゃんに任せてきた」
「何故に?」
「私の我儘だ」
「我儘……俺を迎えに来るとかいう普通に面倒な事がか? それこそ何故に?」
「そうだな……まあ、察してくれ」
「……了解」
何故にとは言ったものの、大体理解しているつもりだ。
レイアに随分と心配を掛けてしまったのだろう。
残念ながらまだ自分は安心させられる程強くは無いから。
きっとそういう事だ。
いつもレイアには心配を掛けてしまう。
そしてそんな八尋よりも遥かに察しの良いレイアは、おそらくもうとっくに気付いているのだろう。
自分と別れた後に予定外の何かが起きたという事位は。
それを八尋が話すつもりが無い事も。
それこそもう二年も一緒に居るから察せられる。
そしてその何かを聞かずにレイアは言う。
「さて、長旅で疲れているだろう。ご飯にでも行かないか?」
「そう言われると思って機内食は食ってねえ」
「ほう、じゃあ私が誘わなかったらどうするつもりだったんだ?」
「いや、そしたら俺が誘うけど」
「流石八尋だ。よし行こう、あまりこの辺の事は知らないが、なんか良い感じの店に」
「じゃ、適当に店探すか」
「ああ」
そんなやり取りを交わして、八尋とレイアはスマホで飲食店を探し始める。
探しながら、思い返すようにレイアは言う。
「そういえば、今回の救出作戦の前に行ったお店、あそこ滅茶苦茶美味しかったな」
「ああ、あそこか。とりあえず腹満たせればって感じで入ったのに凄かったよな」
「今から何を食べるかは思いつかんが、次にあの国に行く事があったらあの店にまた行こう」
「次、ね。でも俺達がああいう所に行くって事は、何かが起きてるからなんだよな」
「じゃあ次の機会は無い方がいいな……いや、でもあの店にはまた行きたいし……」
と、そこで良い事を思いついたという風に、掌にポンと拳を置く。
「予定が空いたら、あの辺りに旅行に行こう」
「飯メインであんな遠出すんの?」
「不満か?」
「いや全然。とはいえそれだけってのも味気ねえから観光地とか調べ解こうぜ」
「ああ」
レイアはどこか楽しそうに頷く。
充実した笑顔だ。
便利屋として誰かの為に戦っている時も、こうした普段の何気ない会話の中でも。
レイアは本当に充実しているような表情を浮かべている。
……果たして今後もしレイアに記憶が戻ってきたとして、その時のレイアもそんな表情を浮かべるのだろうか? そもそもレイアは過去の記憶を取り戻したいのだろうか?
(……近い内にユーリから連絡が来るんだ。聞くなら早い方が良いよな)
そう考えてレイアに記憶の件について問いかけようとした八尋だったが、それよりも先にレイアが口を開く。
「いやしかし……まさかこうして旅行だのなんだのという話をするようになるとはな」
「ん? 旅行なら何度か行ってるだろ。今更どうした?」
「いや、そういう事じゃない。記憶も無くなっていて、死にかけていて。誰に殺され掛けたのかも分からなくて。そんな状態だった私が今こういう生活を送っているなんて、あの時は想像もしなかったなと」
「まあそうだろうな。でもそれこそ急にどうした」
「今日で丁度二年だ。私がお前の家で倒れていたのは……まあ言い方は悪いが、ちょっとした記念日のような感覚なのかもしれん。だったら流石に少しは思いに更ける事もあるだろう。そして思ったんだ……もし私の記憶が消えていなかったら、今のようにはなっていないなって」
少し寂しそうな表情でレイアは続ける。
「もしかしたらまだ未解決な私の問題は解決しているかもしれない。だけどこの二年間は全く別の物になっていたのではないかと思う。良くも悪くもな」
そう言った後、一拍空けてからレイアは首を振る。
「いや、良くはない……悪いな。ああそうだ、悪いんだ。もし昔の私が何か大切な事をやっていたのだとすれば、無責任な発言になるかもしれないが……私は今の生活、結構気に入っているんだ。だから……八尋に頼みがある」
そしてレイアは不意に八尋の手を取り、真っ直ぐな視線を向けて言う。
「もし今後、私の記憶が戻ってきたとして……その時私が八尋達の元から離れようとしたら。その時は八尋が私を止めてくれ。頼むよ」
「レイア……」
今になってようやく察する。多分普通に心配して空港に迎えに来たのは間違い無いのだろうけど、この話を少しでも早くするという事も目的の一つだったのだろう。
一緒に帰っていれば飛行機内でこの話はされていたのかもしれない。
そして結果的にそれがレイアから聞き出したかった答えだ。
レイアは記憶を取り戻す事を望んではいない。
「……分かったよ。でもあんま自信ねえぞ。お前言い出したら聞かねえんだから」
「八尋程じゃないさ」
「そうかぁ?」
「まあそういう訳で……頼むぞ、八尋」
「ああ、任せとけ」
そして言いながら安堵する自分がいた。当然だ。
自分もまた、レイアとは離れたく無いのだから。
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