二章 良い感じのヒーロー
ex 最高のヒーロー
二〇二三年、八月一日。南米某国。
「……」
つい先日までどこにでもいる普通の子供でしかなかった日本人の小学生の少女は、どこだか分からない場所の牢屋の中で膝に顔を埋める。
事が起きた日は少女にとって何の変哲もない普通の一日になる筈だった。
友達の家で一緒に宿題をしていて、途中で勉強が嫌になって結局ゲームで盛り上がって。
結局殆ど何も進まないまま日が沈む前に、充実感と共に帰路に付いた。
やった行動なんてただそれだけで。
普通だったのはそれまでで。
「……帰りたい」
突然知らない大人が近づいてきて手を掴まれたと思ったら急に眠くなって、気が付けば船の上。そこから車に乗せられ更に何処かに連れていかれ、今に至る。
「帰りたいよぉ……」
静かに呟きながらも、薄々それが難しい事は気付いている。
知らない言葉で話す大人達は、泣き叫んだら暴力を振るって銃まで突きつけてくるような怖い人達で、そういう人達におそらく外国まで誘拐されてしまったと考えると、簡単に誰かに助けて貰えるなんて思えなくて。
自分は一生家に帰れないのかもしれないと。
もしかするともう少しで自分の一生は終わってしまうのではないかと、そう考えると震えが止まらなくなる。
泣くと檻の前で銃を持って立っている男達が大声で怒鳴るから、頑張って声は押し殺すけど。
そうして声を押し殺す少女の耳に、銃声が届いた。
「……ッ!?」
思わず顔を上げて銃声のした方に視線を向け、そして思わず目を見開いた。
銃を手にそこに立っていた筈の外国人の男の側頭部に、蹴りを叩き込む高校生位の少年の姿が目に映ったから。
(……だ、誰?)
そんな事は当然分からなかったけど……それでも。
(助けに……来てくれた?)
少女の目に映る少年の姿は、自分を助けに来てくれたヒーローの様に思えた。
そしてそのヒーローは間髪空けずにもう一人の男の銃撃を避けながら距離を詰め、銃を持つ手を蹴り飛ばし、流れるように男の顔面に拳を叩き込む。
それで見張りの二人は地に伏せ動かなくなった。
「……よし。よしよしうまく行った」
どこか安堵するようにそう呟いたヒーローは、軽く深呼吸した後こちらの方を向く。
「大丈夫……な訳ないよな。怖かっただろ。でも此処からは大丈夫。これ以上悪くはならない。俺達はキミを助けに来たんだ」
そう言って、ヒーローは鉄格子を両手で握る。
「これなら……っらあッ!」
そして人一人は出られる位に、力ずくで歪ませた。
「ごめんな、鍵とか持ってないから手荒な感じになって……えーっと、立てるか?」
「は、はい」
そう言いながら立ち上がり、招かれるように檻の外へと出る。
「目立った外傷は…………ごめん、助けに来るのが遅くて」
多分殴られた跡が残っていたのだろう。ヒーローは申し訳なさそうに謝ってくる。
「……」
自然とその言葉に首を振った。
目の前の人の事は殆ど何も分からない。
だけどこんな所にまで助けに来てくれたのは間違いなくて。
銃撃が掠ったのか腕から血を流しているのに、それも気にせず自分の事を気にかけてくれていて。
そんな人に。
目の前のヒーローにごめんなんて言わせちゃ駄目だって思った。
「そんな事ないよ……ありがとう」
ヒーローに抱き着いて、安堵で泣きそうになりながらそう口にする。
「どういたしまして」
そしてしばらくそのまま泣いていると、やがてヒーローは少女の頭を軽く撫でてから言う。
「さ、とりあえず此処を出ようか」
「大丈夫? 多分、この人達以外にも怖い人達一杯いると思うけど」
目の前のヒーローは凄い動きをしていたから、そういう人達がいても外に出られるかもしれないけど、自分はそうじゃないから。
そんな自分を連れて外になんて出られるのだろうか?
「あーそれなら大丈夫。もう殆んどいないと思うから」
「此処に来るまでにお兄さんが全部倒しちゃった?」
「おう……って言いたいのは山々だけど、そうじゃないんだよな。そんな嘘は付けない」
軽く溜め息を付いたヒーローは、ばつが悪そうに頬を掻きながら言う。
「俺なんかよりずっとずっと強いお姉ちゃんが向こうで大暴れしていてな。俺はそれで手薄になった隙を突いてここまで来たって感じ。だから今頃キミを誘拐した悪い人達の中で戦えるような連中は殆んど立ってないんじゃないかな。仮に全員が魔術師でもアイツなら負けない」
「魔術?」
「そ、お兄ちゃん達は魔術師なんだ。だから、って言っても良く分かんねえと思うけど、安心して良いと思う……っとごめん、ちょっと待って」
そう言ってヒーローは耳元に手を当てて言う。
「どうしたレイア……え、マジか。大丈夫、そっち集中してくれ。こっちは俺がなんとかする」
そう言ってヒーローは緊張を和らげるように軽く深呼吸してから、少女から一歩離れる。
「どうしたの?」
「大丈夫。でもちょっと離れてて」
「う、うん」
少女がそう答えると、ヒーローは懐から数枚の札を取りだして少女との間に放り投げる。
次の瞬間、札が激しく発光。ヒーローと少女の間に半透明の壁が何重にも張り巡らされた。
「こ、これは?」
「銃弾とか……まあ飛んで来る危ない物からキミを守ってくれる」
そう言って部屋の入り口の方にヒーローが向き直った、次の瞬間だった。
「どけ! 不完全でもいい! ここで術式を発動させる!」
叫び散らしながら、人間離れした動きで部屋にナイフを手にした大男が飛び込んできたのは。
対するヒーローは静かに構えを取って……そして呟く。
「……ブースト」
そして勝負が決まったのは一瞬だった。
「が……ッ」
先程よりもずっと早いスピードで動いたヒーローは、振るわれたナイフの一撃を掠る程度で掻い潜り、鳩尾に拳を叩き込む。
そしてそのまま流れるように何度もその男を殴り付け、最終的に脇腹を蹴り飛ばして壁に叩きつけた。
そしてぐったりとした大男は静かに呟く。
「くそ……こんな腰巾着程度に……ッ」
「腰巾着……マジか、俺そんな異名付けられてんの? いやだなぁ……まあ事実なんだけどさ」
溜め息を吐きつつそんな事を言ったヒーローは、ゆっくりとその男に近づいていく。
「でもあんま舐めんなよ。本当に凄い人達の腰にしがみ付いてるのも大変なんだからさ」
そして蹴りをもう一撃。完全に大男の意識を奪ってから、再び耳元に手を当てる。
「こっちに来た奴は終ったぞ? ……流石って何十人も一度に相手にしてるお前が言うとなぁ……で、その様子だとそっちも終ったっぽいな。了解、この子連れて合流する」
そう言ってヒーローは張られた半透明の壁を消してから手を差し出してくる。
「悪い奴は皆俺の仲間が倒したってさ。もう大丈夫。そんな訳だから、行こっか」
手を差し伸べてくれているヒーローはどこか浮かない顔をしているようにも思えた。
さっき大男が腰巾着だと言っていたのは、もっと凄い人が一緒に来ているからなのだろうか?
その人が自分よりもずっと活躍していて、自分の事を低く見ているのだろうか?
だけど少なくとも。
「……うん。ありがとうございます、お兄さん」
「ああ。つっても俺は大した事してねえんだけど」
「そんなこと無いです……本当にありがとうございます」
少女にとっては目の前の血を流しながら自分を守ってくれた少年が最高のヒーローに思えた。
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