7 強襲 A
「むぅ……難しいな。なんというかこう……うまく組みあがらないんだが」
レイアは集中するように瞑っていた瞼を開いてそう言う。
「ものの十数分でそんな感想が出て来るんなら、お前無茶苦茶才能あるよ」
あれからレイアに魔術の基礎を教えていた訳だが、レイアの習得スピードは予想の斜め上をジェット機で飛んでいくような感じだった。
「普通は難しいって思える段階にまで中々いけねえんだ。漫画の技真似してる子供みたいな感覚になるっていうか、体内で術式を組むっていう行為そのものを始められない。初歩中の初歩の基礎とはいえ習得に平均一週間は掛かるらしい。だからお前無茶苦茶早いよ」
もっともその段階まで到達するのに一か月掛かった八尋からすれば、その平均値の人間も雲の上の存在と言っていい程に早いのだが。
「なるほど……なるほどな」
レイアはそう言って少し嬉しそうな表情を浮かべた後、軽く拳を握って言う。
「それを聞いたら俄然やる気が出てきた! よーし頑張るぞ私!」
そう言ってレイアは機嫌よさげに瞳を閉じて集中し始める。
(ほんと、次の瞬間には魔術使えててもおかしくねえよな)
そして、もしそうなったとすれば。
(その時点で俺より強い可能性もある……か)
術式の出力は術者の力量によって強弱が決まる。
例えば今八尋が唯一使える肉体強化も、八尋が使った時と烏丸が使った時では出力に大きな差が出る。
仮に何かの間違いで八尋が上級の肉体強化を発動できたとしても、烏丸の簡易的な肉体強化の術式に手も足も出ないだろう。
そう考えると明らかな天才のレイアの出力が低いイメージが沸かなくて、有事の時にレイアを守るつもりで此処にいるのに自分の方が守られるイメージが沸いてきてしまう。
実際これまでの言動から、レイアの方がよっぽどヒーローの器があるように思えてくる。
(実際そうだろうな……少なくとも俺よりも絶対に向いてる。間違いない)
そう思いながら頑張るレイアにコーヒーでも入れてやるかと、そっと立ち上がって客間を出た所で、視界の端に見覚えのある女の姿が映った。
……納刀された刀を手にした、件の女の姿が。
「……ぇ?」
血の気が引いた。
状況を呑み込めず思考が纏まらず、やれた事は強化魔術を発動する事だけ。
次の瞬間には腹部を蹴り飛ばされて、窓ガラスを突き破りビルの外へ放り出された。
「……ァガ……ッ!?」
重機に殴られたと錯覚する程の激痛と共に肺の中の酸素の殆どが放出される。
そしてその激痛に意識を持っていかれそうになっている中、気が付いた時には目の前にはアスファルトが迫っていて、受け身も取れずにそのまま地面に叩きつけられた。
「ぐぁッ!」
声にならないような醜い声が喉奥から搾り出て、それから蹴りと落下の衝撃で息ができず、激痛からの解放と酸素を求めてもがく……もがけた、辛うじて。
(し、死ぬ……死ぬ死ぬこんなの死ぬ……やっぱりあの女……こ、殺され……)
もがきながらぐちゃぐちゃな思考を展開できる位には、命も意識も此処にある。
そして意識があるのなら、やるべき事は一つで。
ゆっくりと体を起こして立ち上がる。
何の為に。何の為に震えた手足で立ち上がったのか。
その問いの答えは自然と浮かんできた。
(逃げ……ねえと。俺じゃどうにもできねえ)
レイアを見捨てて逃げる為だ。
レイアを助けようとしていた動機は全て不純な物。その程度の物でしかない。
だから実際に自分の命と天秤に掛ければ、どちらに傾くかは明白で。
烏丸に勧められた通り、此処でレイアを見捨てるのが最善の選択肢だ。
(ああ、そうだ。烏丸さんだって逃げろって言ってただろ)
そう自分自身に言い聞かせて罪悪感を抑え込みながら。
必死に自分の保身の事ばかりを考えながら。
思考をぐちゃぐちゃに搔き乱しながら。
「……ッ」
過呼吸気味の息遣いと共に、一歩踏み出した。
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