第22話 魔法祭、最終日
貴族や学園の生徒向けに発刊されている新聞には、昨日の魔法祭の様子が見出しに載っていた。
絵師によるモノクロの絵ではあったが、一般市民も参加できる催し物に対する絶賛の言葉に、学園の生徒たちは沸き立っているらしい。
「まだ魔法祭は終わっていないのに、かなりの大盛況ぶりだ。学園都市に向かう列車が連日のように満席だと鉄道会社から悲鳴が上げられているぐらいだ」
早朝、家のドアノッカーを叩いたベルモンド教授は、どこからか買ってきた焼きたてのパンを片手にやってきた。
渡された新聞から、早くも話題になっている事を知る。
「目論見が成功して何よりです。この学園都市にも、何人かは魔法や魔術を得意としない生徒たちがいます。職員の中には、魔力を持たない者も。そんな彼らも魔法祭の主体となれるようにみんなに協力してもらいました」
「我の強い魔術師を巻き込めたのも、リルくんの実力と話術によるものだろうね。それに、
私は紅茶を啜る。
簡単な昼食ではあるが、ベルモンド教授は王国式の料理が好みらしく、焼きたてのパンにバターをせっせと塗っている。
「お褒めに預かり恐縮です。まあ、これでも私の目的にはまだ届きませんが」
「ははは、言うと思ったよ。その件なんだけどね」
ベルモンド教授は、胸ポケットから一枚の封筒を取り出す。
王国の紋章が記された封蝋に気がついた。
「爵位の授与ですか? 少し早すぎる気もするのですが」
「貴族の連中め、君の足を引っ張る為に全力を尽くしたみたいだ。爵位の授与を前倒しにして、少しでも低い地位に押し込めるつもりらしい」
書面によると、私は魔法祭での活躍が評価されて「
貴族の地位の中でも一番下のもの。
一代限りの爵位だ。
ベルモンド教授の想定では、論文の成果と魔法祭での功績によって「
細長い箱を渡される。
ワインレッドのクッションに包まれた勲章が入っていた。
青と白のフィラウディア王国の色に、純銀の星を形作った飾り。
爵位の勲章は、常に公の場での装着が求められる。
上位の貴族とは違って、年俸や義務はまだ発生しないが、貴族としての振る舞いが求められるようになるのだ。
「私はこの足を動かす為に爵位が欲しかったので、義務が生じる子爵でなくて嬉しいですね」
「野心家が聞いたら卒倒しそうだ。そういえば、足の方はどうなんだい?」
「『
氷の車椅子や蜘蛛脚など、移動の代替手段はいくつか編み出した。
しかし、やはりこの足で地面を踏み締めて歩きたいのだ。
「そうなると、魔法に着手しないといけなくなるね」
「貴族の反発は確実に強まるでしょう」
魔術は魔法を術式に落とし込んでダウングレードしたもの。
貴族たちにとって、魔法は何よりも特別なものだ。
精霊からの加護の象徴でもある。
「それでも君はやるんだろう?」
「ええ。他の誰でもない、私自身の為に」
ベルモンド教授は息を深く吐いて、呆れた笑みを顔に浮かべた。
「本当に、君が子どもである事を忘れてしまうよ。末恐ろしい存在だね、君というやつは」
ベルモンド教授を見送った後、私は小魔術でさっと皿を洗う。
引っ越した次の日に、ミーシャが贈ってくれた食器だ。
白の陶器に青色の模様をつけたアンティークの品々。
銀食器は小魔術のおかげで汚れ一つなく、ピカピカである。
魔術で出来る事は格段に増えた。
それでも、やはり……
「まだ、足は動かない」
感覚のない太腿を摩る。
何年も動かしていないせいで筋肉は細くなり、贅肉だけがしがみついている。
第二の心臓ともいわれる脹脛の筋肉も、『雷』の魔術で辛うじて筋繊維を収縮させられるだけだ。
根本的な解決には至っていない。
フィラウディア王家の魔法、聖女の奇跡といわれる『慈雨』でさえ、改善の兆しを見せなかった。
魔法に切り込んだところで、この足は動くのだろうか。
一抹の不安を飲み込んで、私は家を出る。
魔法祭は今日で最終日を迎える。
感傷や不安に駆られるのはまだ早い。
今は、やるべきことを熟すだけだ。
貴族学園のグラウンドには、既に『魔導工学派』の生徒たちが集合していた。
この日のために設計と組み立てを行ってきた生徒たちの顔には疲労が色濃く滲み出ている。
「やあ、リルさん。シュナウザーが絡んで来なくなってから、すっかり妨害も落ち着いたよ」
「それは何よりです、デイビット先輩。火薬の調子はどうでしょうか?」
「バッチリだ。試運転の時のように、いや、それ以上にいい爆発を人々にお見せできるはずだ!」
爆発に取り憑かれたデイビット先輩は拳を握りしめる。彼の爆発にかける情熱は、本物だ。
五歳の子どもの話を聞いて、すぐさま飛びつくほどなのだから。
その背後で、エルサリオンが肩を竦めていた。
日は沈み始め、月が地平線から顔を覗かせている。
空は雲一つなく、一番星が輝いていた。
断言しよう。
今日は、絶好の『花火』日和である。
この世界、祝砲はあるが、花火はない。
金属の炎色反応や爆発時の形状、広がり具合などで演出する。そもそも、火薬自体が高価で、取り扱いも難しいので、使うという発想がないのだ。
魔術や魔法で事足りるというのもある。
エルサリオンの有り余る魔力、デイビット先輩の底無しの情熱と分析、『魔導工学派』の面々の協力により、花火砲の試作機が完成したのだ。
これを無事に打ち上げれば、魔法祭は盛り上がり、ついでに数人の生徒は単位を取得して留年から脱出できる。
花火のセッティングに入る生徒たちから離れたエルサリオンが、私の胸元に煌めく勲章を目にした。
「爵位を得たのか、リル」
「ええ。女爵位です」
「へえ。なら、来季の討伐遠征も参加するんだな」
「ええ、恐らくは。政府か学園側から打診が来ると思います」
貴族の義務として、魔物の討伐があげられる。
日頃から学生たちが単位や小遣い目当てに討伐依頼を引き受けるが、大規模な群れとなった魔物の間引きを行う。
遠征に従軍すれば、単位や小遣いが貰えるので、生徒たちからの人気も高い。
魔法祭でのアピールは、遠征討伐に向けての予行演習とする生徒もいるほどだ。
「楽しみだな。魔物の討伐や狩りほど楽しいものはない」
エルサリオンはいつになく満面の笑みを浮かべた。
……この世界の住民は、かなり好戦的だ。
討伐の戦果や魔物の剥製を部屋に飾っているのを見ると、なんともいえない複雑な気持ちになる。
エルサリオンの部屋にも、剥製を飾っているのだろうか。
なんとなく、前世の子どもの頃に読んだ『剥製オバケ』という絵本の内容を思い出してしまうので、剥製は苦手なのだ。
「花火の打ち上げ、始まるぞ! 耳は塞いでおくように!」
デイビット先輩が叫び、花火を打ち上げる為の大砲に点火する。
耳を塞いでも劈く破裂音と共に打ち上がった花火は、満天の星空に大輪の華を咲かせた。
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