第21話 奇跡の祭典、新たな可能性
魔法祭当日。
晴れやかな日に不釣り合いな、どんよりとした重たい鈍色の雲が空を覆い尽くしている。
この時期は晴れる事の方が珍しい。
それでも、やはり雨を恐れる中では祭りに集中できない。
グラウンドに出た私は、空に向かって手を伸ばした。
瞬時に魔力を練って、イメージを固める。
今にも雲からこぼれ落ちそうな水滴を集めて、集めて、凝縮して、固める。
「
私が初めて使った魔術。
水を凍らせるだけの、基礎的な攻撃魔術。
何事かと生徒たちが校舎から飛び出し、惚けたように口を開いたまま空を見上げる。
その視線の先には、枝葉を広げる巨大な氷の樹木があった。
薄くなった雲は風に流され、差し込んだ陽光を氷が乱反射する。
太陽の光を取り入れた葉の煌めきを目視で確認して、ほっと胸を撫で下ろす。
魔法祭の為に多くの仕掛けを施した。
可能な限り、参加した人々には『楽しかった』と記憶してもらいたい。
「まあ、何事かと思えばやはりリルの仕業でしたわね」
振り返ると、そこにはミーシャがいた。
氷の大樹を見上げながら、クスクスと笑っている。
「リル、すっかり変わりましたわね」
「そうかな?」
「ええ。初めて貴女と会った時、貴女は今にも天に召されてしまいそうなほどに元気がなかったの。それでも、今はこんなに楽しそうに毎日を過ごしている。アタシ、それがとても嬉しくて……!」
オレンジ色の瞳に膜が張ったかと思えば、すぐに溢れて頬を伝い落ちていく。
「泣かないで、ミーシャ。私はミーシャのおかげで毎日を幸せに過ごせているよ」
ミーシャの頬から掬い取った一粒の涙と大気から集めた水を凍らせて、氷の薔薇を作り上げる。
「これまで私のことを気遣ってくれてありがとう。ミーシャのおかげで、私は毎日を楽しく過ごせている。大切な友人に恵まれ、君のようなかけがえのない理解者とも巡り会えた。
お礼とするには少しも足りていないかもしれないけど、どうか私の気持ちを受け取ってほしい」
ミーシャが私の手から氷の薔薇を受け取る。
指先が薔薇に触れた途端、彼女は目を見開いた。
「これ、冷たくないわ」
「既存の魔術に改良を加えたんだ。色んな人に助けてもらいながらなんだけどね。やっと形になった。『
解けない氷の薔薇。
光を乱反射する花弁は、角度によって表情を変える。
宝石に劣らない輝きを放ちながらも、氷という儚さと美しさを持つ。
「魔法祭は、魔術師の威厳を示す場だと多くの人は考えている。それが間違っているとは思わない。けど、きっと他の可能性もあると思うんだ」
「それが、小魔術ですのね。より善く生きる為に、幸せになる為に、研鑽を積む。アタシがこれまで学んできたものと、全く違いますわね」
ミーシャは手の中でくるりと薔薇を弄ぶ。
「アタシにとって、魔術も、魔法も、モンテスギューの肩書きも重く苦しいものでした」
静かに、彼女は語る。
いつもの溌剌とした笑顔と生真面目な雰囲気からは想像もできない苦悩。
「生まれた頃から、アタシは他の者とは違うと皆が口を揃えて告げるのです。魔法を練習するほどに、アタシは一人ぼっちになっていきました。ずっと寂しかった。友だちが欲しかったの」
「私は、ミーシャの友だちになれたかな?」
「ええ、貴女はアタシの友だちです。貴女のような人と巡り会えた事を、神と精霊に深く感謝します。これからも、アタシの友だちでいてくれますか?」
私は頷いた。
二人で氷の大樹を見上げる。
魔法祭は、まだ始まったばかりだ。
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ある所に、一人の女子生徒がいた。
生まれは名ばかりの貴族で、本人も取り立てて魔法や魔術の才能がない。
幸いにも家計は困窮していなかったので、魔物と戦わなくても良いと両親から許諾は得ていた。
だからこそ、学園生活を持て余していた。
教えられるのはどれも戦いの技術や知識ばかり。
そんな時だった。
試験の時から噂となっていた新入生から、とある提案を持ちかけられたのは。
「
声を張り、往来を歩く市民や生徒に売り込む。
風呂敷に広げた品物の全ては氷で出来ている。
新入生リル・リスタ発案の商売は、子連れの親子に大好評を博していた。
宝石よりも安価で、負けずに煌めく氷。
魔術の品と知るや、飛ぶように売れていく。
魔法と魔術。
庶民にとっては理解の及ばない恐れの対象だった。
だが、リル・リスタ発案の商売は、その固定概念を破壊し、親しみやすさと憧れを植え付けていく。
「その髪飾りは、解けないのかい?」
「お湯に突っ込まない限りは解けませんよ」
「じゃあ、これ一つ」
「毎度あり〜!」
恐らく恋人か婚約者にでもアクセサリーを贈るのだろう。
小さな額当てはちょっとした小銭に早変わりした。
潤う懐にほくほくとしながら、女生徒は空を仰ぐ。
空に枝葉を伸ばした氷の大樹は、昼下がりの陽光を受けて宝石のように煌めいている。
あれほどに大規模で、太陽に照らされても解けない氷のオブジェ。
リル・リスタは、魔術の範疇だと答えていた。
どう見ても魔法としか思えないが、本人がそう答えたのだ。
「小魔術という新たな可能性。今年の魔法祭はいつもと違う」
何かとてつもなく大きなものが動いている予感を、肌で直に感じ取る。
間違いなく、リル・リスタを中心に何かが起こっている。
そして、それはきっと学園の外にも波及していくだろう。
「うかうかしていると、時代の流れに取り残されるわね」
長らく停滞していた学園都市の時間が、たった一人によって動き出そうとしていた。
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日が沈み、空を夜の帷が覆う。
満天の星と、白く輝く月が煌々と街を照らしていた。
私たちはグラウンドに集い、魔法祭の初日を締め括るのに相応しい催しを実行に移そうとしていた。
「君たち、準備はいいかい?」
デイビット先輩の質問に、ミーシャは弾んだ声で答えた。
「ええ、準備万端ですわ!」
「では、お願いしますね、ミーシャさん」
ミーシャが手を組んで、魔力を練り上げる。
魔術・魔法、共に必要なのはイメージだ。
どうやって、どんな風に、何を、いつ願うか。
ぼう、と炎が次から次にミーシャの手の中から湧き出る。
それは、何も焼かず、何一つ傷つけず、ふわふわと空を飛んでいく。
「魔法と魔術の新たなる可能性、アタシの進むべき道ですわ」
『聖灯火』は、モンテスギュー家に伝わる魔法だ。
何千ヤード離れていたとしても、情報を伝える確かな道標。
青い炎に紙の気球をくくりつける。
簡易的なランタンとなったそれは、ゆっくりと空へ舞い上がっていった。
「話で聞くよりも綺麗な光景だな」
エルサリオンは空を見上げ、感心した様子でほうと呟く。
魔法と魔術の新たな可能性。
この魔法祭で私が掲げた一つのスローガンだ。
「魔法祭に参加したのは今回が初めてだったけど、みんなのおかげで初日を無事に乗り越えられた。この調子で最終日まで楽しめたらいいな」
私も、ミーシャの真似をして『聖灯火』を使う。
理論的に再現を可能にしたが、やはりまだ安定はしない。
ところどころ炎が赤くなってしまう。
エルサリオンが口を開く。
「リルは魔法や魔術が好きか?」
「ええ。好きです。私に可能性を教えてくれました」
「そうか。俺は嫌いだ」
「では、いつかエルサリオンが好きになれるような魔術を作ります。とびきり心が弾むようなものを」
「何故?」
エルサリオンは、心の底から分からないという表情で私を見下ろす。
「何故って、私たちは友だちでしょう? 私が好きな魔術を、あなたにも好きになって欲しい」
エルサリオンは唇を引き結んだ。
困惑したようにエメラルドの視線を彷徨わせ、それから呟いた。
「誰かにそんな事を言われたのは、初めてかもしれない」
「……ちょっと、照れるような事を言わないでください」
熱を持った自分の頬をぱたぱたと手で扇ぐ。
柄にもない事を言うべきじゃなかったかもしれないと後悔はしたが、エルサリオンが嬉しそうだったのでよしとしよう。
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