第18話 魔法祭に向けて 前編
いくつかの研究レポートを纏め、ベルモンド教授に提出した時のこと。
「そういえば、そろそろ魔法祭の季節だね」
ふと、何かを思い出したかのようにベルモンド教授が呟いた。
過去にミーシャの口から聞いたこともある催しだが、不自由な足もあって参加したことのない私は首を傾げた。
「魔法祭、ですか」
「ああ。開催日時こそばらつきはあるが、このエルベルサ大陸では最もメジャーな祭りだ。魔術師にとって、自らの腕を披露する場でもある」
「この時期は魔物が活発になるのですが、祭りを開催する余裕があるのですか?」
「だからこそ、開催するんだよ」
私の問いかけに、ベルモンド教授は確たる面持ちで答えた。
澱みなく、真っ直ぐな瞳で断言する。
「魔物の脅威に揺らぐようであれば、魔術師が魔術師としての特権を持つに値しないと下々の民は不安に駆られる。魔物は、魔術や魔法でやっと対抗できる異形の化け物だ。決して、無辜の民に武器を握らせてはならない。魔法祭は、人々に希望を見せる為の祭りでもあり、魔術師に愛国心を抱かせる為の神聖な催しだ」
いつになく真剣な言葉選びに私は面食らった。
ただの派手な祭りだと思っていた私にとって、ベルモンド教授の語る理念と意義は予想できなかったものだった。
「魔法祭での活躍によって、留年が取り消された生徒も過去にはいる。国王から直々に恩赦や爵位を授与されるケースもある。前者は君にとって意味はないだろうが、後者は君にとって必要になるはずだ。特に、爵位というものは役に立つ」
ベルモンド教授の指摘に私は拳を握りしめる。
学園の生徒であれば魔術の論文を閲覧する事はできるが、医学に関する論文の閲覧は庶民である事を理由に拒絶された事もあった。
申し訳なさそうに拒絶の理由を告げる司書の顔を思い出し、苦いものが込み上げる。
「学園と僕の名に恥じぬよう、全力で取り組んで欲しい」
「分かりました。持てる全ての力を使って、魔法祭に取り組みます」
ベルモンド教授の纏っていた雰囲気がふっと緩む。
提出したレポートに問題はないと告げた後、単位を認定するとの書類を私に渡す。
これを学生課に提出すれば、晴れて私は単位を取得できる。
研究室を後にした私は、魔法祭でどんな催しを行うか考えを巡らせた。
昼過ぎの食堂。
昼食を終えた私とミーシャはテーブルを囲んで、久しぶりにお喋りに興じていた。
期末試験の間は、派閥内でのミーティングやお茶会も回数を減らすようで、ようやくミーシャは落ち着けるようになったのだ。
ここ数ヶ月ですっかり制服が似合う姿になったミーシャは、夕焼けのような橙色のツインテールを揺らして微笑む。
「まあ、リルも魔法祭に向けて準備を進めていますのね」
「その口振りからすると、ミーシャは既に何をやるのか決めているみたいだね」
「ええ。モンテスギュー家には、代々から伝わる習わしがありますの。千の『
ぼんやりと想像してみる。
千の青い炎が、星空を彩る光景。
なかなか絵になりそうな幻想的美しさがありそうだ。
「それはすごい楽しみだ。私も何をやるか、そろそろちゃんと考えないといけないな」
「リルは魔法祭に参加したことがないんでしたわね。過去の魔法祭の様子を宮廷画家がキャンバスに描いていたはずですわ。たしか、大講堂の南廊下に展示されていたはずです」
「あ〜、あの大きなキャンバスか」
言われてすぐに思い出す。
横三ヤード、縦五ヤードの巨大なキャンバスをふんだんに使用した、一枚の巨大な絵画。
細かく描写された街並みの大通りを、手を掲げた魔術師たちが思い思いに魔法や魔術を使っている光景だ。
貴族学園の制服を着た者もいれば、鎧や甲冑に身を包んだ者もいる。
過去の魔法祭がどんなものか、なんとなくその絵画を思い出して雰囲気を掴めたような気がした。
「リルの氷の車椅子でも十分に魔法祭で目立つと思いますけど……その表情からして、何か大きな事をやろうとしていますわね?」
「まあね。いつまでも氷の車椅子に縋り付くほど、芸のない魔術師の地位に甘んじるつもりはないよ」
「あら、まあ。とても楽しみですわ。リルの催し物はきっとすごい事になりますわね」
「期待に応えられるかどうかは分からないけど、ミーシャを退屈させないように努力しないとね」
ベルモンド教授からも手を抜くなと釘を刺されている以上、必ず見栄えのある魔術で成果を出したい。
移動の代替手段として氷の車椅子や蜘蛛脚などを使っているが、『自分の意思で自分の足を動かす』という目的にはまだ辿り着けていない。
魔術を極めるだけでは、夢に届かない。
「それで、何を企んでいますの?」
「それは魔法祭を迎えてのお楽しみだよ。楽しみにしておいてほしい。後悔はさせないと約束するよ」
既にいくつか、脳内で考えていた『イベント』がある。
少し前倒しになるが、協力者を募ればいずれも人々を沸かせるのに足るインパクトはあるはずだ。
「ああ、そうだ。ミーシャには『火球』での実験でアドバイスと練習に付き合ってもらったお礼がまだだったね。もし良ければなんだけど……」
ミーシャに提案を持ちかける。
『火球』と『聖灯火』の違いを踏まえた上で、魔法祭での見栄えが一気に華やかとなるアイディアを簡単に伝える。
私の話を最後まで聞いた彼女は、オレンジ色の瞳を輝かせ、私の手をぎゅっと握った。
「まあ、是非ともその案を採用させてくださいませ! リルはやっぱりすごいですわ!」
期末試験の最終日。
予想や山場を外す事はなく、おおむね問題なく試験を時間内に終えた。
試験を終えた解放感から伸びをし、講義室を出て廊下を進んでいると、壁を背に立つデイビット先輩が片手を挙げた。
「やあ、リルさん。もし良ければ、少し時間をいただけるかな。是非とも僕たち『魔導工学派』の催しで君の意見を聞きたいんだ」
「デイビット先輩から直々にお声がけいただけるとは嬉しい限りです。もしや、先日お話ししていた例の件でしょうか?」
デイビット先輩は頷く。
『火球』での実験で過去のデータや方法についてアドバイスを提供してくれた恩人だ。
「『氷結』と『火球』を組み合わせた新規の魔術、その構築に君の助力が必要になったんだ。もちろん、それなりの謝礼は用意しているよ」
デイビット先輩から聞いていた新規の魔術。
それを実現できれば、魔術は革新を迎えると私は考えている。
「是非とも協力させてください、デイビット先輩」
私の差し出した手を、デイビット先輩は握った。
期末試験が終わり、鬱憤を溜めていたエルサリオンに急かされるように魔物の討伐を引き受ける。
なんとなく、彼は『貴族』クラスで浮いている印象があった。他の貴族からも遠巻きに距離を取られているようだ。
「なんだ、リル。俺の顔に何かついているか?」
「魔法祭の催しで、エルサリオンさんの協力が欲しいなと思いまして……どうですか?」
エルサリオンはきょとんと目を瞬かせた後、ニヤリと悪どい笑みを浮かべた。
「この俺に協力を仰ぐという事は、かなり大規模なものを考えているな?」
「ええ。魔法祭は連日に分けて開催されます。一度限りの派手な催しでは埋もれてしまいますから、いくつかに分けて目立つ魔術を考えているんです」
魔力は、一日で総量の半分ほどを回復する。
個人差にもよるが、だからこそ魔術師は、有事に備えて半分以下にならないよう、無意識にブレーキをかける。
つまり、連日のように魔術を使えば、それだけで衆目を浴び、噂になる。
「それで、具体的には何を考えている?」
「実は……」
デイビット先輩から、事前にエルサリオンを招く事への許可をもらっている。
むしろ、彼の魔術について説明すると、酷く興奮した様子で誘ってくれと懇願された。
「へえ、実に面白そうだ。いいだろう。その話、乗った!」
エルサリオンからの承諾を得た私は、簡単な説明ついでに魔法祭で必要になる魔術の応用法について実演を交えて解説する。
一度の説明で理解した彼は、すぐに更なる応用を実践してみせた。
「たしかに、この方法を使えば、確実に目立つな」
「デイビット先輩がエルサリオンさんに会いたがっていたので、お時間ある時にでも……」
「敬称は要らん」
エルサリオンはボソッと呟いた。
「いちいち長いだろ。エルフ種の名前は長いが、ハイエルフの名前はさらに長い。それに、俺たちは同期だろ。敬語も、いらない」
「お、おお……」
なんとなく、エルサリオンに懐かれている気がしたが、まさかこんなに早く打ち解けていたとは思わなかった。
試験時の周囲を寄せ付けない態度から緩和した振る舞いに一種の感動を覚えつつ、私は仲良くなれるチャンスを逃さないように頷く。
「ではっ、エルサリオンも私の名前を呼び捨てに!」
「構わないが」
「やった!」
はしゃぐ私をエルサリオンは唇を引き結んで見下ろしていた。
困惑している様子だったが、特に何も言わなかった。
どうやら照れているらしい。
交友を温めつつ、魔法祭への準備を着々と進めていく。
何事もなく魔法祭を迎えると、学園の生徒たちを含めて誰もが信じていた。
だが、前日に騒動が起きた。
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