想えば消えて。
出羽 真太
第1話 消えていく失くしてく
「おぉ、真帆お帰り。、、、、」
今日は8月23日。うだるような暑さの中、昼間は部活(吹奏楽部)で汗を流し部活の後はそのまま塾に直行、席に着き一息ついて間もなくだった。
「真帆ちゃんお父さんから電話!急いで!」
少し慌てた様子で塾講師に呼ばれた。この時嫌な予感はしたんだ。今までに何度か経験した事のある胸騒ぎ。一気に鼓動が早くなってバクンバクンと脈打つ心臓。血液がどこに行けばいいのか分からず体を右往左往している。
「真帆、急にごめんな。携帯にも連絡はしたんだけど、、、。」
ポケットの携帯に急いで目をやるとマナーモードにしていて気付かなかったが確かに何度も父からの着信がある。
「急に何!?どうしたの!?」
「、、、、。母さんがな。。」
受話器越しに震える声で父が言った。
その日はもの凄い勢いの夕立が降った。近くに落ちたんじゃないかと思うほどの雷鳴。日中太陽にこれでもかと熱された地面は雨で冷やされ、もわっとした不快な湿気とコンクリートの匂いをあげた。
母は死んだ。
仕事中熱中症で倒れ救急搬送されたが、医療隊の懸命の措置も虚しく帰らぬ人となった。母の仕事は倉庫内での作業。作業中に倒れ広い倉庫の中で発見が遅れたようで、搬送時には既に呼吸も無かったようだ。
「あいつは辛くても何も言わずに無理しちゃうやつだからさ。」
声を押し殺しながら父は言った。目からはボロボロと涙がこぼれている。
私はまだ気持ちが追いついていなかった。今朝家を出る時はいつもと変わらず弁当と水筒を持たせてくれた。そしていつもと同じ言葉で送り出してくれた。
「頑張れるだけ頑張っておいでぇ~!」
母のその言い方は本人に伝えた事は無いけれど大好きだった。他人事というかなんというか、無理強いをしない、それでいて背中にしっかりと手を添えてくれるなんとも母らしい言葉だった。きっと頭ごなしに言ったところで反発するであろう私の事を理解してくれていたのだと思う。おかげで今まで反抗期らしい反抗期は無い。そう、今までは、、、。
今年に入って母と約束した。受験頑張って第一志望校に合格したら楽器を買ってくれると。楽器を新しく買うなんて、とても裕福とは言えない我が家では有り得ないことだ。部活ではいつぞの先輩方が使ってこられた、とても品のあるかび臭いものを有難く使わせてもらっている。半分冗談だと子供心に思っていたら翌日にはパートの面接を受けてきた。
「約束したんだからやらなくちゃね!真帆が第一志望受からなっかたら父さんと母さんと二人で旅行にでも行こうかしら!」
受験を控えた娘に受からなかったらなんて、縁起でも無いことを言うなぁ、と思いはしたものの嬉しかった。頑張ろうと思えた。母の期待に応えて喜ばせたいと思った。私の為に早朝から弁当を作り日中はパートに出て夕方からは家の事とフル回転だった。そう私の為に、、、。
ふと想いが頭の中を巡った。祖父母が亡くなった小学4年生の冬。あの日は学校も冬休みだった。兄は中学生で部活もあり父は仕事。母も兄の弁当を作ったりと忙しかった為、私は一人両親、兄より先に祖父母の家に行く事になった。私は祖父母が大好きだった。常に甘えていられるあの場所は私にとって天国だった。その日私は一人電車に乗った。祖父母には事前に連絡し駅まで車で迎えにきてもらう手筈だった。駅に到着した私は辺りを見回す。まだ祖父母は来ていない。しめしめ、ここは一つ驚かせようと駅前のバスロータリーの端にある電話ボックスに身を隠した。
「おじいちゃんが来たら後ろから驚かそう!」
と小学生の私はドキドキしながら祖父母の到着を待った。
しかしいくら待てども祖父母は来なかった。1時間2時間と経ち辺りが暗くなってきた。いつもならこんなに遅れる事は無い。というより祖父母が遅れた事なんて一度も無かった。寒さと寂しさで泣きそうになっていたところに私を呼ぶ声がした。
「真帆!!寒かったでしょう。ごめんね、遅くなって。。」
そう言って私を抱きしめたのは母だった。泣いていた。母の後ろには兄が立っていた。浮かない顔をしていた。私は母に抱かれた暖かさと寂しさからの解放で一気に涙が出た。
「、、じいじが来ないの!ずっと待ってるのにばあばも来ないの!」
泣きながらに母に訴えた。母も泣いている。兄の頬にも涙が伝うのが見えた。
祖父母は私を迎えに来る途中、事故に遭った。脇見運転の大型トラックと正面衝突。農業を営む祖父母の乗る軽トラックは大破。即死だったようだ。祖父母の遺体は損傷が激しいとの事でその後会う事は出来なかった。幼いながらに私は思った。
「私を迎えに来なければ事故になんて遭わなかったんじゃないか?」
大好きな祖父母ともう会えなくなった。徐々にその現実が幼い私の心を抉った。私が来なければ。私を迎えに来なければ。私の為に。私の為に。。
想えば消えて。 出羽 真太 @sasagainst
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