ブラッディーの子供たち

物部がたり

ブラッディーの子供たち

 こことは違う別世界。

 人間の生き血を吸うブラッディー族と人類との、長き戦いが終焉を迎えようとしていた。

 人類はブラッディー族の脅威に怯えながら、長き時を耐え忍び、科学技術を発展させた。

 人類は火薬を発明し、銃を始め多くの兵器を作り出した。

 いままで剣や弓矢で行われていた戦いは、銃火器の登場で一転する。


 人間よりも丈夫で、身体能力の優れたブラッディー族だったが、人間が生み出した兵器には手も足も出なかった。

 あれほど恐ろしかったブラッディー族は、もう恐れるに足らない存在となった。

 ある、一人の英雄がブラッディー族の根絶を唱えたことを引き金に、連合軍は総攻撃を仕掛けるに至る。

 ブラッディー族は蜂のように、女王しか生殖能力を持たず、数百年周期で生まれる、新たな王と女王によって繁殖する。


 人間よりも高次消費者であるため、個体数は人類よりも格段に少なく、一方的な虐殺により、とうとうブラッディー族の生き残りは女王と、女王を護るシュヴァリエ騎士を含む数体だけとなった。

「女王さま……! お逃げください……!」

「おまえたちを置いて逃げられるわけがないだろう!」

「女王さまさへ生きていれば、われわれの種は途絶えることはありません……逃げて生き延びてください……!」

 女王は種の存続のため、新たな命のため、シュヴァリエたちを見捨てることにした。


 シュヴァリエたちは女王を逃がす時間を稼ぐため、戦いを挑んだ。

 人間たちの使う機関銃が、シュヴァリエたちを蜂の巣にするが、不死の兵隊のように突撃を続けた。

 だが、どれだけ丈夫と言えども、強力な兵器には敵わなかった。

「よし、次ぎ行くぞ。夜になるまで奴らはこの城から逃げられはしない。この好機を逃すな。一匹残らず駆除するんだ!」

 隊長らしき男性がそういうと、兵士たちは各班に分かれて城の中に四散した。

 城内にいた非戦闘員のブラッディーたちすら、見つけ次第射殺された。


 城の中は窓が少なく、朝だというのに薄暗い。

 ブラッディーたちは太陽に弱く、太陽の光に長く当たることができないためだった。

 自分たちを太陽から護ってくれる城が、今では自分たちを閉じ込める牢獄になっていた。

「どこにいるんだ~。怖くないから出て来いよ~」

 兵士は部屋をしらみつぶしに調べて、家具の中や壁、床下など隅々調べた。

 クローゼットの中や、家具の隙間、床下、隠し部屋などに隠れていたブラッディーたちは見つかり次第、化学兵器によってあっけなく殺された。

「ごめんなさい……ごめんなさい……」

 命乞いをするブラッディーにも、兵士たちは容赦しなかった。


「悪いな」

「どうして……どうしてですか……。確かにあなたたちの血をいただくのは申し訳ないと思っています。ですが、これも生きるためです……私たちはあなた達ほど多くない……。私たちが生きていける最低限だけ、血を分けてくれるだけで、共存できるのに……」

「おまえたちの性質が違えば、共存の未来もあったかもしれない。だが、おまえたちは生き血しか受け付けず、おまえたちが生き血を吸うとき、おまえたちが持つ病が人間に感染し死に至らしめる。その病は人から人に伝染する質の悪いものだ。おれの家族も、友人もその病で沢山殺された。わかるか? 無理なんだ。共存は……」


 そう言い捨てると兵士はためらいなく、ブラッディーを殺した。

 日が沈み切る前に、城内にいたブラッディーは一掃されてしまった。ブラッディーたちの真っ赤な血が、乾いた床石を染めて、血の臭いで城内はむせかえっていた。

「女王はまだ見つからんのか!」

「はい……」

「もうすぐ日が沈んでしまうぞ。早く見つけ出せ! この城内のどこかに隠れているはずなんだ!」

「はっ!」


 兵士たちの必死の捜索も虚しく、女王を見つけられないまま、窓から差す光は刻一刻と暗く、とうとう日が沈んだ。

「くっ……日が沈んだ……」

 隊長は壁を殴りつけ、「クソ、クソ、クソ……」と汚い言葉を何度も吐き出した。

 これ以上の機会は、もう二度と訪れないかもしれない。

 ブラッディーたちの血脈を途絶えさせる人類の希望を、その背中に背負っていた。

 あと少しというところまで追いつめたのに、ブラッディーの女王を逃してしまった。


 と、思っていたが、闇の中から禍々しい気配が近づいてくるのを兵士たちは感じ取った。 

「わたしたちが何をした……どうして、殺されなければならなかった……」

 強い怒りのこもった声が、柔らかくしなやかに聞こえた。

「構えっ!」

 下ろされた銃口が一斉に闇を見据えた。

「撃てええええっ!」 

 火薬が爆ぜ、ほとばしる火花が暗い闇に閃光を灯した。

 

 闇に、逃がしたと思ったブラッディーの女王が立っている。

 女王は逃げていなかった。

 仲間たちの仇を打つべく、舞い戻って来た。

 銃声が壁に吸い取られ、薬莢やっきょうが石床に落ちる乾いた音の余韻だけが残った。

「どうして、私たちは殺されなければならない」

「そ……そんな馬鹿な……」

 王女は無傷だった。

 ブラッディーたちは、夜になると身体能力が向上する特性を有しているが、王女のそれは別格だった。


 闇の中を一閃する光が、兵士一人の首を一瞬で飛ばす。

「答えなければ、更にもう一人の首をもらうぞ」

 手に付いた兵士の血を舐めながら女王はいう。

 隊長は兵士たちに何か合図を送りながら、「逆に問おう。おまえたちが我々の血を吸うのに理由はあるのか?」と訊いた。

「生きるためだ。私たちは人間の血しか受け付けない。やむを得ないのだ」

「こちらも同じだ。生きるためだ。おまえたちが我々を食料とする天敵である以上、我々はおまえらから我が身を護らなければならない」


 隊長の話が終わると同時に、閃光が暗い城内を断続的にほとばしり、銃弾をかわす女王のシルエットは繋ぎ合わされた一枚絵のように見えた。

 兵士たちの首が次々に飛び、血しぶきが飛び散る。

 火薬の煙と、飛び散った血霧でむせ返り、息をすることすら苦しかった。 

 何十人といた兵士たちは一瞬で殲滅されたが、隊長はそれでも笑っていた。

「最期の悪あがきでしかない。ブラッディーはおまえ一人。もう繁殖はできない! おまえが死ねば、ブラッディーの血は滅びるんだからなっ」


 そういうと隊長は懐に繋がった紐を引っ張った。

 王女は反射的に後ろに飛び退いたが、光の速さで広がった爆発は一瞬で王女を取り巻いた。

 生き残っていた仲間の兵士もろとも巻き込んで、城内廊下一帯が吹き飛んだ。

 兵士たちの姿は肉片も残さず消滅したが、女王は重傷を負っているものの生きていた。

 だが、この傷ではもう助かりはしないだろう。

 けれど、仲間の仇を取り、新たな女王と王を産むという自分の使命を全うし本望だった。 


 一つ悔いが残るとすれば、子供たちを育てられないことだけだった。

 子供たちはどうなるだろう。

 育てる者がいなければ、ブラッディーと言えども死んでしまう。

 女王に選択肢はなかった。

 後は運命に託すだけだった。

 女王は最期の力を振り絞り、女王と王を人間の暮らす修道院の前に置き去り、自分は仲間たちの眠る城で生涯を終えた――。

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