『今日の運勢最下位は――』

新 星緒

海岸線の道

 暗い海岸沿いの道をごきげんに飛ばす。

 窓から入るしょっぱい風が髪を揺らして、あたしは今、サイコーに自由だ。


「そうだ、こういう時はドライブミュージックだ」


 けどこのクルマにはラジオしかついていないから、それをオンにしてみる。

 でも流れ出したのは陽気な音楽じゃなかった。ひとの声。しかも星座占い。


『今日の運勢最下位は、ごめんなさい、双子座のあなた』


「あたしじゃん」


『新しいことを始めてもうまくいきません。余計なことはしないで静かに過ごしましょう』


「今更遅いし」


『そんなあなたのラッキーナンバーは7。7に関係するものが悪い運気から守ってくれ――』


 あたしはラジオを消した。当たってないにもほどがある。7はあたしのアンラッキーナンバーだ。



 生後7ヶ月のあたしと離婚届を置いて、母親はオトコと逃げた。

 7歳のときに父親が再婚。あたしは邪魔者。しかも義母は半年たたずに妹を出産。あたしの存在は忘れられた。

 再婚から7ヶ月後。あたしは父親に捨てられて、母親の祖父母に引き取られた。両親のほうは『あんな娘の子はいらない』と拒んだらしい。


 ひいじいちゃんひいばあちゃんは、そんなにワルい人じゃなかった。あたしを大切にしてくれた。でも年寄りで病気がちでビンボーだった。食事も煮物とかばっかりで、服のセンスもサイアク。

 学校ではあたしは『気の毒な子』と思われてて、ときどき友達のお母さんが『作り過ぎちゃったから』と食べ物をくれたりして、それはすんごく美味しかったけど惨めでしかなかった。


 クラスの子も先生もみんな優しかった。でもあたしに優しくすることで、自分が良い人間だと確認したかったんだと思ってる。いつもあたしと周りとの間には薄い膜があったもん。けっしてあっちの世界とあたしは交わらないんだ。


 でもいつか。あたしが大人になるころには変わると信じてた。立派な社会人になってバリバリ働いて、好きなもの買って、余力があったらひいじぃたちにプレゼントをあげて。


 そういえばあたしは七五三というのをやってなかったから、ひいばぁが成人式には着物を着せてあげるからねって言ってたっけ。ビンボーなくせに一生懸命に小銭貯めてさ。ムダになっちゃうね。ごめん。そのお金は自分たちのために使ってね。


 7はいつだってあたしのアンラッキーナンバーで。

 高校受験のときは受験番号が77で、それを見たときものすごくイヤな予感がした。私立を受ける余裕がなかったからランクをふたつも落として、絶対に落ちないようにしたのに、77。案の定、あたしは試験当日に風邪を引いて熱を出した。で、不合格。ドラマかよっ。


 追試験は3月7日。こっちはインフルにかかった。

 神様がいるならシねばいい。


 オロオロするひいじぃとひいばぁが可哀想で、申し訳なくて、あたしは自分で住み込みの新聞配達の仕事をみつけてさっさと家を出た。これならあたしの食費が浮くもんね。

『いっぱい稼ぐから安心して』と笑顔で言ったけど、ふたりは泣いていたな。


 会社のしゃちょーと奥さんも、いい人。だけどやっぱりあたしを気の毒な子と思っているのが透けて見えるんだよね。悪気はないのはわかってるけどさ。朝刊の仕事ができないのに置いてくれているんだもん。でもさ、ちりつもで苛立っちゃうんだよ。




 ――ペダルを踏み込む。クルマが加速する。古紙を回収するための軽トラ。いつも助手席にすわっていたら、なんとなくだけど運転を覚えた。初めてでもけっこうできるもんだね。



 あたしは今日で17歳。7。アンラッキーナンバーだ。18になるまでの間に絶対になんかワルイことが起きる。だって今まではそうだったもん。

 コワくてたまらない。

 これ以上ツラい思いも惨めな思いもしたくない。


 なにがラッキーナンバーは7だ。うそつきラジオ。あたしをあざ笑っているのか。



 窓から入る風が私の髪に強く吹き付ける。

 この先の崖の上にはカーブがある。配達仲間のおじさんが言うには、そこから見る朝日がサイコーにキレイらしい。新聞配達を始めての一番のマイナス点が、日の出を見られなくなったことなんだって。


 だからさ、あたしは最後にサイコーの絶景を見ながらカッコよくクルマごと海にダイブするの。


 ――でもそれは理想。

 ひいじぃひいばぁがクルマ代を請求されたら困るもん。だからダイブするのはあたしだけ。ドライブのご褒美をもらえただけで十分満足ってことにしとくんだ。




『ガガッ』


 防災無線が音を立てた。


『こちらは、防災○○です。 ○○警察署から 迷い人のお尋ねをいたします』


「こんな早朝に? うるさくて苦情がくるんじゃない?」


『○○市△△四丁目にお住まいの17歳の女性が、 本日午前、下宿先を出て、まだ、戻っていません』


「……え?」

 心臓がバクリと跳ね上がる。住所はあたしの職場兼下宿先のものだ。17歳なんてあたししかいない。

 防災無線が伝える服装も、あたしのもの。


『お心あたりのある方は○○警察署にご連絡ください』


 あたしを探しているの?

 なんで?

 って。そりゃそうか。軽トラドロボーだもんね。もしかしたら街中はパトカーがいっぱい走って、あたしを探しているのかもしれない。


 ひいじぃひいばぁ、しゃちょーに奥さん。膜の向こうの同級生や担任、お母さんたち。色んな顔が思い浮かぶ。

 やっぱりダイブはクルマごと行きたいな。

『あいつ、最期だけは派手にやったな』と思われたい。




 でも、仕方ない。


 目的地に着き、クルマを止め下りる。

 濃紺の海と藍色の空の境い目がオレンジ色に輝いている。

 日の出にはまだ早いみたいだけど、すんごくキレイだ。

 なんでかナミダがボタボタとこぼれ落ちる。





 少しずつオレンジが広がり、空と海は明るくなっていく。

 ものすごいショーだ。

 ひいじぃとひいばぁにも見せてあげたい。


 でも大丈夫か。ふたりならきっとあたしの命日にここに来る。そのときに見るだろう。あたしがこの場所を選んだのは高さじゃなくて絶景のためと気づいてくれるといいな。



 キキ―ッと急停車みたいな音がした。

 軽トラが邪魔だったかなと振り返る。

奈七ななちゃん!!」

 黒いタクシーが2台止まっていた。ひいばぁひいじぃ、しゃちょーと奥さんがバタバタと出てくる。


「ごめんね奈七ちゃん」とひいばぁが泣きながらあたしに抱きつく。「もっと早く販売店に行けばよかった」

「……なんで?」

「だって奈七」とひいじぃ。やっぱり泣いている。「17歳になるのを怖がってただろ。でもあんまり早く伺うと店に迷惑かと思って……」

 え、なんで知ってんの? あたし誰にも言ったことはなかったのに。


「佐倉さんが、ここじゃないかって教えてくれたんだ」としゃちょー。「日の出の話をしたときすごく行きたそうにしていたから『休みの日に連れて行こうか?』って言ったんだけど奈七ちゃんは、『特別な日のためにとっておく』って答えたってね」


 あたしにしがみついて、わんわん泣くひいばぁとひいじぃ。あたしもナミダが止まらなくなって、アホみたいに泣いた。


 あたしはコワイんだ。

 7に怯えて暮らすのも、惨めなのも全部イヤ。

 でもさ、ひいじぃもひいばぁもキライじゃない。

 あたしはどうすればいいんだ。


 しゃくりあげるほど泣きに泣いて、ふと――。

『今日の運勢最下位は、ごめんなさい、双子座のあなた』というラジオの脳天気な声が聞こえてきた。『新しいことを始めてもうまくいきません。余計なことはしないで静かに過ごしましょう』




 ああ、そうか。

 今日は余計なことはしないほうがいいんだった。だからこうなったんだ。

 考えるのは、また今度にしよう――。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

『今日の運勢最下位は――』 新 星緒 @nbtv

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ