第一章 見習いは化け物に頭を食われる⑩


「よし、着いたぞ」


 そうして夕刻にたどり着いたのは、砂漠を超えた先にある小さな村だった。

 ここは本当にオアシスと呼んでよい場所だろう。小さな湖があり、その周りに小規模な商店や住宅地が見受けられる。それでも、住人は百人いるかいないかくらいの規模だが。


 ゼータはアキラに問いかけた。


「お前の故郷もこんな感じか?」

「ここに比べたら、それこそ地獄みたいな場所っすよ」

「――と、言うことだ。つまりお前も、そのうち何食わぬ顔で地獄へも配達に行かなきゃならん。覚悟はできているか?」


 その問いかけに、すっかり髪の毛まで元に戻した(ゼータの忠告を聞かず、爆発する長さまで戻した)フェイはニカッと歯を見せる。


「何も問題ありませんよ! 始めからおれには“感傷”という概念がありませんので」

「あれ? でも、砂漠に着いた時は『砂漠きれいですねー』的なこと言ってなかったっけ?」


 その問いかけに、フェイは“後輩らしく”頬を掻く。


「あれは人間に受け入れやすい『見習い像』を真似コピーしてたんです。今もそうしているのですが……どうですか? 見習いらしく振る舞えていますか?」


 フェイの表情は、元の豊かなものに戻っていた。

 その苦笑する姿も、とても親しみあるものだ。後輩らしい、少しあざといくらいの可愛らしさ。もしかしたら、その爆発した髪型も計算づくなのかもな……などと思いながらも、ゼータは目を丸くするアキラに全てをぶん投げる。


「――だ、そうだ。良かったな。こいつが正式な後輩になったあかつきには、お前の望み通りの後輩を演じてくれるぞ」

「わーい、やったー……て、オレが本気で喜ぶと思ってるんすか?」

「お、見えたぞ」


 そんな雑談しながら、ゼータが顎で差した一軒の家。

 まわりと同じく砂のタイルで作った家屋に、木製の扉がついている。


「お前はとりあえず後ろで見てろ」

「あのスカーフ落としてないっすか~」


 扉をノックする前に。

 ゼータとアキラは手慣れた様子で、首元に黒いスカーフを巻く。

 それにフェイもジャケットのポケットから同色のスカーフを取り出しつつ、小首を傾げた。


「これにはどういう意図があるんですか?」

「ただでさえうちの制服は派手だからな。せめてもの慎みだ」

「なる……ほど?」


 その習慣は、外であまり知られていることではない。

 噂では広まっているかもしれないが……どこからともなく流れてきた機械人形オートマトンは耳にしたことがなかったのだろう。


 黒を身に着けた〈運び屋スカルペ〉が、何を運ぶのか――

 ゼータは扉をノックする。


「マルザークさん、お届けものです」


 ワンテンポ遅れてから、「はーい」と奥ゆかしい声がする。

 それからまた少しして、扉が開かれるのを待っていると。出てきたのは初老のご夫婦だった。“お届け物”なんて滅多にないから警戒してか、それとも待望だったのか――どちらにしろ、キラキラした目で周囲を見渡している仲睦まじいご夫婦に、ゼータは胸が締め付けられるような思いをしながら。淡々と仕事を続ける。


「マルザークご夫妻でお間違い無いでしょうか?」

「あの、届け物って――」

「ご子息のレテくんには、大変お世話になっておりました・・・


 視線を伏せてから、ゼータはフェイに小声で「渡せ」と命じる。それにフェイも一瞬目を見開きながらも、「こちらです!」と元気な声で、両手で献上するように差し出しながら頭を下げていた。その横のアキラはこの後の展開を察してだろう、神妙な面持ちで奥歯を噛み締めている。


 それなりに大きな箱を受け取った男性は、婦人と顔を見合わせて。

 二人は覚悟したのだろう。今にも泣き出しそうな婦人の肩を支えつつ、男性がまっすぐにゼータを見上げる。


「今開けても……宜しいでしょうか?」

「はい、勿論です」

「では狭いですが、中へどうぞ」


 そうして家の中へ入れてもらえば、外装通り小綺麗なお宅だった。使い込まれつつも、埃一つないダイニングテーブル。小棚の上には写真立てが置いてあった。赤い帽子を被って嬉しそうに笑う青年に寄り添う、ご夫妻の姿。


 二人が箱を開けている間。その場で立ちすくむフェイに「少し下がれ」と命じつつ、ゼータもただ、その時を待つ。


 箱を開け、二人が息子の無残な頭部と対面し――二人がわぁっと泣き出す、その瞬間を。


「このたびはお悔やみを申し上げます。レテ=マルザークくんは、とても勇敢な局員でした」


 ゼータが頭を下げると同時に、後ろに控えていたアキラも同様に動いたのが察せられた。ワンテンポ遅れてから、フェイも同じように動いたようだ。その顔に動揺を浮かべていないのは、優秀というべきか。それとも配慮が足りないとあとで忠告するべきか。


 だけど今は、ただただ待つのみ。

 息子を失くしたご両親からの叱責や恨み、やり場のない気持ちの捌け口となるのを。それが業務中に部下を殺した、自分の責務なのだから。


 しばらくしてから、ご婦人が顔をあげる。


「あの……レテは、どのような最期を?」

「……森のフェンリル型モンスターの大群に追われた際、ひとり囮となり我々と荷物を無事に逃してくれました。合流地点になかなか現れず、落ち着いてから戻ってみたところ……残っていたのは、モンスターの残骸と彼の頭部のみでした。おそらく身体はモンスターに食いちぎられ、あちこちに散在してしまったんだと思われますが、配達場所がさらに遠隔だったため、我々もゆっくりと探していられず……」

「そう……ですよね。そういうお仕事、ですもんね……」


 レテ=マルザークはゼータのチームで、前衛を務めていた青年だった。

 アキラと同じ年に入職しつつも、年は彼よりも年上で二十三歳だったという。このオアシスの村で質素に暮らしていたのだが、その前年は日照り続きで。湖が干上がってしまいそうになり、村を救うために一念発起したというのが、彼の応募動機だった。


 そして入職してから稼いだ給金のほとんどを両親に仕送りし、村の再興にその多くが使われたという。その努力がこうして身を結び、これからは自分も少しだけ贅沢して、両親にももっと贅沢させてやろうと――そんな矢先に、彼は死んだ。


 とても前向きで、勇気のある、責任感の強い青年だった。

 そんな彼を育てた両親はやはり出来たひとなのだろう。


 ゼータらを一切罵ることはなく、感謝を述べてくるのだから。


「うちの愚息を連れてきてくださり……本当にありがとうございました……!」

「……それでは、私たちはこれで失礼します」


 嗚咽しながら頭を下げ続けるご夫妻をあとに、ゼータは二人を促して外へと出る。

 扉を閉めた途端、家の中からは大きな咽び泣く声が聴こえた。

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