第一章 見習いは化け物に頭を食われる⑧
――差し伸ばした手を拒絶されたの、そーいや初めてかもしんない。
その光景を見た途端、アキラはそんな場違いなことを考えていた。
自分よりも年下の少年の頭が食われた。ワームの口には鋭利な歯が数え切れないほど二重に並んでいる。その歯はどんなに固い金属でも噛み砕くと言われており……つまりカルシウムの塊である人間の頭蓋骨だって簡単に噛み砕けるということだ。
頭の半分のところで食われたのは幸せだったのか、不幸だったのか。少なくとも、ギリギリまで避けようとした彼の努力が目に見えて。
その瞬間、アキラは思わず顔を背けた。短い付き合いだったとはいえ――自分が手を差し伸べた人間の頭から、脳みそが飛び出る瞬間を直視する度胸はない。
もっと強く彼の手を掴めていたら。その後悔ばかりが脳裏を駆け巡る。
「――ちっ!」
背後からは、ゼータの舌打ちと共にライフルの発砲音が聴こえた。
――動かなきゃ。
囮になって死んでいった見習いのためにも、自分は生きて仕事を完遂しなければならない。そしてまた、誰かの靴の代わりに荷物を運ぶのが――〈
ゼータの一撃で、デスワームは大きく仰け反っていた。頭部を撃ち抜いたのだろう。だけど、ワームの本当の急所は背後にある。頭部と胴体の分かりづらい継ぎ目。その間にある核を仕留めない限り、ワームは永遠に動き続ける。ゼータお得意の遠距離射撃では、高低差がない限りとてもじゃないが狙えない位置。こんな砂漠だとワームを滝の下に落とせでもしない限りは無理だろう。
――それを撃ち抜くのが、オレの役目。
アキラも黙って、大きく迂回する。背中をとったアキラは、ワームの動きが鈍いうちにその身体をよじ登ろうとするも。ワームが再び大きく頭を動かす。
「ちょっ、もっとゆっくり休んでろって――」
落ちないように胴体の節目をなんとか掴むも、
「え?」
その光景に、アキラは思わず目を見開いた。
眼下では、頭を半分失くしたフェイが、今もワームの激昂から逃げ回っているから。アキラは特別視力が良いわけではない。それでもフェイの頭は明らかに上半分が欠けている。その中に見えるのは色とりどりのコード。
「ふ、副長⁉」
「見ている! とりあえず――撃て!」
「あーいあいさっ」
――あーもう、何がなんなんだか。
アキラは思わず口角をあげて、その手に力を込める。「よっ」と反動でワームの背中を登っていき、節の間に埋まったこぶし大の赤い鉱石を確認して。
「見ーっけ!」
ヒップホルスターから
「おぉーっと」
とっさにトリガーを引くも、着弾はわずか右に逸れる。しかも爆撃の反動でアキラも飛び降りざる得ない始末。それでも、目の前ではフェイが砂に足を取られていたから。アキラはがむしゃらにマグナムを全部ぶっ飛ばしてから、フェイに駆け寄る。
「もーっ、大丈夫っすか⁉」
アキラは再び手を差し出す。フェイの頭からは、やっぱりカラフルなコードが飛びだしていた。その奥には、たまにチカチカ光るスイッチ的なものや、メモリーチップ的な機械構造が覗いていて。
――おおう……。
とは思うけれど、だからといって一度出した手を引っ込めるつもりはない。
そんなアキラに、片足が砂に埋まったフェイは無表情で尋ねてきた。
「あの……これ、怖くないんですか?」
「そりゃあ、不気味っすよ……てか、何その無愛想」
顔どーしたの? と訊けば、「電脳部分は身体のあちこちにスペアがあるんですけど、表情筋動かす部分が完全にやられちゃいまして」とまったく隠す気のない答えが返ってくる。
――ま、今更誤魔化されてもこっちが困るってなモンだけど。
「ふ~ん」
機械の後輩。死なない後輩。
普通はフェイの言う通り、もっと怖がったりするのだろう。
だけど、アキラからすれば。
――別に何か変わるっすかね?
ただ、自分が面倒を見なければならない後輩が砂の中に埋もれている。
彼の雇用が変わるならともかく、現状『後輩』という事実は変わりないのに、わざわざ人間か機械かで対応を変える方が『面倒』ではなかろうか。
――壊れかけても健気なゴミなんて、余計に見捨てられないじゃないっすか。
だから、アキラは今度こそ問答無用でフェイの腕を引っ張る。
「これは先輩命令だけど――死ぬことも壊れることも、オレは許さないっすからね」
「それは絶対ですか?」
「そうっすよ、フェイくん!」
アキラが初めて名前を呼んだことに、彼は気がついたのだろうか。
頭を半分失くした見習いは無表情ながらも、敬礼する姿が嬉しそうに見えた。
「了解しました、アキラ先輩っ!」
◆
ゼータは上司として、部下の性質を正確に把握する必要がある。
その中で、アキラ=トラプルカには大きな悪癖があった。
本人が気が付いているかは定かではないが……目の前の困っている人に
彼は誰かを助けずにはいられない。普通であれば、それは『善行』と呼ぶべきことなのだろうが……それで要らぬ苦労をしているなら、ただの悪癖だ。ゼータはそう思っている。
その悪癖を利用して、後輩の面倒をみさせているのもゼータなのだが。
「じゃ、とっととミミズくん仕留めちゃいますか。もう足取られないでくださいよ、フェイくん?」
「演算機能が若干衰えてますが……おそらく大丈夫です! あのワームの動きも砂漠での動き方も覚えました!」
「そりゃあ、たくましい!」
その若人たちのやり取りに、あくどい上司ゼータはこっそり嘆息した。
――いや、たくましいのはお前だろう。
だけど、窮地に立たされたアキラは強い。
それは育った環境ゆえか、はたまた若さゆえか――どちらにしろ彼の適応能力は
――俺はあいつの話、まったく信じていなかったぞ。
無表情を装いつつも内心ビックリしているゼータとしては、 若者の適応の速さに眩暈がするくらいだ。
「おーい、副長! フェイくんに滝に飛び込んでもらうんで。核は狙えるっすよねー?」
「……俺を誰だと思っている!」
それに、この突発的に提案してくる作戦立案。フェイも意外と元気そうとはいえ、頭半分食われた奴をさらに囮にするつもりらしい。その遠慮の無さにもビックリである。
――やっぱり俺、歳なんかな。
ひっそりと肩を落としながらも、ゼータ=アドゥルだって年長者、そして副局長としての意地がある。部下が提案してきたアイデアを、実現させてやるのが彼の役目。
頭を半分失くした見習いが、力強い足取りでまっすぐ滝へと駆けていく。
速すぎず、遅すぎず。それはデスワームがちょうど着いていけるくらいの速さで――赤毛の代わりに頭からコードをはみ出した少年が、砂の滝底へと飛び込んだ。
それとほぼ同時に、砂色の髪をした部下が滝の横の岩肌を滑り下りていく。見習いが食べられないよう、側頭部にマグナムを撃ち込みながら。
「無茶苦茶すぎる奴らだな」
そんな若人たちを見下ろして。
ゼータは滝の上にひとり立ち、片手でライフルを構える。デスワームの後頭部付け根にキラリと光る赤い石。片目で狙い、それを――
「チェックメイトだ」
撃つ。反動と共に、ゼータの藍色の尻尾が大きく揺れた。
核を砕かれたワームなど、ただの巨大な虫の死体。どすんっと砂の池を巻き上げて。風に溶けるか、獣に食われるのが早いか――それはゼータの知ることではない。
ただ、彼にとって興味があることは――
眼下の滝壺から顔を出す見習いと、滝の横の崖からなんとか着地した後輩。
それと己の足元で転がっていた木箱、それのみだ。
「こんな時まで慌ただしくてすまんな」
ゼータは詫びを入れながら、その荷物を丁寧に持ち上げる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます