5-1

 湊さんの口から鈴の音のような涼やかな声が零れ落ちた。


「わたしにはずっと、夢がありました。お姫様になりたい、という夢です。こんなことを言ったら皆さんに笑われてしまうかもしれません。でも、どうか聞いて下さい。とても個人的な話になります。実は、わたしの実家は宗教法人です。といってもよくニュースで取り上げられるような怪しげなものではなく、古くから地元に根付いたお寺のようなものです。信者の方々とは昔から家族同然のお付き合いをさせて頂いていて、わたしはそこで育まれる絆をとても大事に想っています」


 隣りで玲人君がみじろぎする。わたしも居心地悪く足踏みをした。何だこの違和感は?


「でも、一つだけ不満なことがあるとすれば、うちは神道系なのでドレスを着る機会がないんです。だからずっと憧れていました、こんな風にきれいなドレスを着てスポットライトを浴びることに」


 ふふふ、といたずらな笑みを浮かべる湊さんは、わたしから見ても圧倒的にかわいかった。かわいい!でもなにかがおかしい!いや、かわいいけども!


 凍り付いているわたしを玲人君が肘でつついて、目線を客席に促す。なぜか剣崎がふらりと動いて群衆をかき分けてステージから遠ざかっていくのが見えた。湊さんは構わずに続けた。


「他の皆さんの高尚な想いに比べると、子供っぽい自分の気持ちが恥ずかしいです。でも宗教法人の家に生まれるということは重大な責任とそして残念ながら多大なる制約を伴います。今までずっと我慢してきたことを一つでもここで叶えられたということはわたしにとって大きな意味を持ちます。ここでこうして念願のドレスを着てみなさんと向き合えたことは、きっとわたしの一生の宝物になることでしょう。」


「御覧の通り、実はコンテストの前に足を怪我してしまって、だから今日はギプスなんです。きっとみなさん、不思議に思っていましたよね。お見苦しいところを見せてしまってすみません。でもそれだけ、怪我を押してでも、わたしはこのステージに立ちたかったということです。皆さん、わたしをグランプリに選んで頂かなくてもいいです、でもどうか、偏見を持たずにわたしと仲良くしてもらえればうれしいです。わたしがここに立つことにした勇気を少しでも汲んでもらえたら、うれしいです」


 みなさん、のところで腕を前に差し出して客席を指す仕草をする。にっこりと口角を持ち上げて笑った後、ぴょこり、とうさぎを連想させるお辞儀をした。司会の青年が満足げな笑みを浮かべて頷いているのが見える。


 あざとい!わたしは完全に放心していた。


 なんだこれ。

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