第72話 絶句、リーユを呼んで、そしてまだ解決ではないらしい……。



「こっちが“リーユ”の結晶。で、こっちが“限定衣装”が入ってる方か」



 二つの虹色をした結晶。

 それが手にした感覚だけで、どっちがどっちかが判別できた。


 早速リーユの結晶を具現化させようかと思ったところで、ちょうど階段の方から足音が聞こえてきた。



「――ご主人様、お疲れ様です」


「マスター、お疲れ様」



 ソルアとアトリだ。

 仮眠をとった後だからか、表情が気持ちスッキリしたように見える。


 ……いや、仮眠だから。 

 ラブホだからって、他にこの短時間でスッキリする行為なんてないから。



「っす。……えっと、ソルア。それにアトリも。これ、言ってたイベントの奴なんだけど」 

  


 そうしてやってきた二人に、手にしたばかりの結晶を見せる。



「ヒーリングドラゴンの要素を受け継いだ竜人らしい。“リーユ”っていう名前の子だ」

 


 すると、ソルアの表情があからさまに驚いたようなものに変わる。



「竜人、ですか!? それもヒーリングドラゴン!? にわかには信じがたいですが……」 



 珍しく、あまりのことに呆然としているといった顔だった。

 


「確かにそうね……。名のある竜を祖に持つ竜人でも数少ないのに。まして“あの”ヒーリングドラゴンでしょう? そんな子が本当にいたのね……」 



 アトリもソルア程ではないが、ビックリしたという表情。

 だが俺の言ったことを疑っている様子はなく。


 むしろ興味深げに結晶を覗き込む。



「――って、ちょっと待ってマスター! これっ、早く何とかした方がいいんじゃない!?」



 アトリの切迫したような声。

 結晶の中を指さしして示す。




「ああ、いや、俺も今しようとして――」




 二人が来たタイミングと被り、手が止まっていた。

 アトリに釣られるようにして俺も“リーユ”の結晶へと視線を移す。



「あっ、えっ――」



 結晶の中。

 ソルアやアトリの時と同じく、映像が流れていた。


 それが目に入り、言葉を失う。




 ――そこは、暗い暗い牢の中だった。




 そして暗めな水色をした長髪の少女が、鎖で繋がれていたのだ。



「…………」



「な、これ、えっ?」



 さらに俺やアトリだけでなく、遅れて映像を見たソルアをも絶句させた。



 ――それは、牢の冷たい床一面を埋め尽くすように置かれた、空き瓶や容器の山だった。



□◆□◆ ◇■◇■  ■◇■◇ ◆□◆□ 



「『ヒーリングドラゴンの涙は、一滴で傷を癒し。二滴で病を癒し。三滴で死を癒す』……」



 ソルアが震えた声で、何かの言葉を暗唱するように口にする。


 

「――昔、母に聞いたことです。古い言い伝えのようなもので、実際にそこまでの効果があるかはわかりませんが……」



 その先の言葉は続かず。

 だが、ソルアが言いたいことはすぐに伝わった。


 彼女――リーユは絶望に満ちた暗い目をしていた。

“竜人”と聞くと力強い存在というイメージがあるが、リーユの手足は頼りなさを覚えるほどに細い。

 


 鎖に繋がれているが、それが無くてももしかしたら動かないのではと思える。


 毛先はフワッとしていて、ポニーテールにされた髪。

 頭に二つある巻かれたような角も微動だにしない。


 それほどに、その全身からは諦めに似た感情が読み取れた。  



 リーユの説明を思い出す。



= = = = =

リーユ 竜人族 15歳 ジョブ:治癒師


●説明

 

 ヒーリングドラゴンというとても希少な竜を祖に持つ

 そのため彼女の体液を欲する者の罠にかかって捕まり、奴隷に

 

 ※ヒーリングドラゴン:あらゆる傷病を癒すエリクサーの元となる素材の手がかりとして、異世界ではフェニックスと共に挙げられるほどの存在

= = = = =



 つまり、あの所狭しと並べられた器の数々は。

 彼女から一滴でも多く、その癒しの源をすくいとろうとするためのもの。


 とてもおぞましい意図を具現化した光景に、吐き気すら覚えそうになる。



「――もう、地球《こっち」に呼ぶぞ!」



 ソルアとアトリの返事を期待したわけではない。

 それくらい状況は深刻なのだと自分に言い聞かせ、そしてかすように、勝手に口に出ていた。


 

「はい!」


「ええっ! お願い、マスター! この子を早く、助けてあげて!」



 二人の声が、重なるようにして背を押してくれる。

 

 結晶が砕かれ、光の輪が出現した。

 魔法陣は強く光り、薄暗いフロントを床から照らしていく。



 そして――




「……えっ?」



 

 光の円の中央。

 さっきまで暗い牢に繋がれていたはずの少女、リーユが。

 

 ペタンと尻餅をつくような形で、姿を現したのだった。




□◆□◆ ◇■◇■  ■◇■◇ ◆□◆□

 

 

「どうして、私、なんで? あれっ、えっ……」



 未だ混乱が収まらないように、うわ言を繰り返す。

 視線もあちこちに飛んでいた。


 その中でふと、俺と目が合う。



「あっ、あなたが――あるじさんが、私を、助けてくれて――」



 全ての状況を理解したという表情。

 そして希望が生まれたというように、一瞬、その優しそうな目に光が宿る。


 しかし――



「っ! ――ごめん、なさい。私、は。役立たずで。お荷物で……誰も、助けられなくて」

       


 直ぐに、その瞳はまた闇に飲み込まれてしまう。


 絶望。

 諦め。

 そして自己嫌悪。


 

 そんな数々の複雑に入り混じった感情が、彼女リーユを支配しているように見えた。



「…………」



 ソルアやアトリも、かける言葉がわからないというように沈痛な表情。

 

 やはり、ただ異世界あちらから呼ぶだけでは、根本の解決にはならなかったようだ。



 ……だが、少なくとも。

 俺たちの手の届かない所で、リーユが苦しめられる光景を、指をくわえて見ることしかできない状況は解消できた。



 ――なら、まずは最悪の事態を回避できたんだと、前向きに考えればいい。



 幸いアトリの場合とは違い。

 リーユは俺たちを拒絶したり、拒絶せざるを得ない制御不能の能力があるといった感じではない。


 

 なので、これからゆっくりと、彼女との間にある溝を埋めて――



「えっ――」



 突如、何の前触れもなくリーユの驚いたような声がした。

 


「何っ、これっ、んっっ――」



 リーユの体から、無数の光の粒が飛び出す。


 

「うわっ、ちょっ、こっち来た――」



 そしてその光の粒子達は、すべて、俺目掛けて飛んできたのだ。



「えっ、違っ、私じゃないです! 私、攻撃なんてできないし――」



 今度はリーユの困惑したような、そしてとても慌てて弁明するような声。

 だがそれら全てを耳にする前に、光が俺に衝突。

 


 ――あっ、これ“絆欠片リンクス・フラグメント”だ。




 そう認識した次の瞬間には、すでに意識は別のところへと飛んでいた。

 そして次々と、様々な光景が目の前を駆け抜けていく。



 ――それは、リーユを構成する記憶・過去の映像だった。   

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