第30話既成事実

「さっきからなに百面相してんだよ」


 いつの間に起きたのかルーカスはクスリと笑って僕の頭を撫でる。いつもと違って髪を下ろされているせいか幼く見えるルーカスはいつも以上に綺麗で色気があってドキドキしている自分がいる。恥ずかしくて目を合わせる事が出来ないでいる僕にニヤリと笑う。色気を垂れ流しにして妖艶に微笑まれると目が離せなくなる程、魅力的だった。


「クックックッ。なに緊張してんだよ。こっちにこい」


 ルーカスはベッドの上に起き上がると僕に向かって手を差し出す。その手を掴んでいいものなのか躊躇っていると痺れを切らしたルーカスに引き寄せられ、そのまま抱きしめられた。素肌同士密着すると互いの鼓動まで聞こえてきそうなほど近い距離に混乱しっぱなしだった。ルーカスは僕の首筋にチュッチュッと音を立てて口付けてくる。

 

「ちょ、ちょっと……待って!」


 焦った僕は必死に制止するが、ルーカスには通じない。

 

「待てねえ。昨日あれだけ可愛がってやったのにもう俺から離れようなんて酷え話だよな?」


 そう言って今度は鎖骨辺りを強く吸われたかと思うとチリリッとした甘い刺激と共に赤い痕が付けられた。


 ルーカスは更に強く吸い付き鬱血させて所有印を刻んでいる。それは所有の証であるかのように僕の体中を紅く染めていった。

 

「んっ……ふぅ……ル、ルーカ……」


 息が上がり体が熱くなっていく感覚に耐えられなくて無意識に彼の名を呼んでいた。潤んだ瞳で見上げると唇を塞がれてしまった。

 深く激しいキスをされ舌を絡め取られ、歯列をなぞられると頭の芯がクラクラしてくる。初めての深い口づけに翻弄されて何も考えられなくなっていく。これじゃダメだと思っても押さえつけられているためビクともしない。

 鍛え上げられたルーカスとインドア派のひょろい僕とでは腕力の差がありすぎて抵抗するにも全く意味がなかった。

 

 こんな事ならもっと鍛えておくべきだったかな……後悔しても遅いけど。


 ようやく解放されると、力が抜けきってしまった体は崩れ落ちそうになる。それをしっかりと支えたルーカスは僕の耳元で囁いた。

 

「愛してる。ずっと前からお前だけを想っていた。もう二度と離さない」


 今まで聞いた事のない甘い声に頭がクラクラする。

 まるで愛の告白のような台詞を言われているけどルーカスはどうしちゃったんだ!?


「ちょ、ちょっと待って!!」

 

「なんだよ、突然。大声出して。まさか逃げるつもりじゃねぇだろうな?逃さねえぞ」

 

「ひぃぃぃ!!違う!逃げないし、ちゃんと話すからとりあえず離れて下さい。お願いします。心臓もたないです!」


 今にも食べられてしまいそうな雰囲気に恐怖すら感じていた。肉食動物に睨まれた草食動物の感じだよ。

 

「仕方がない。今はこれで我慢してやる」


 頬に軽く口付けられた。

 たったそれだけの事なのにドキッとしてしまった自分が悔しい。


 何これ!?

 ドキドキが止まらないんですけど!!


 完全に乙女脳になってしまっている自分に愕然としていた。こんなんじゃ駄目だ。もっとしっかりしろ自分!! 深呼吸をして何とか落ち着きを取り戻そうと意を決して尋ねた。

 

「あの、つかぬ事をお伺い致しますが……。その……何故にこのような状況になったのでしょうか?」


 人前じゃないにも拘らずルーカスに敬語を使ってしまう程動揺していた。

 

「ノア……まさかお前っ!!覚えてないとか言わないだろうな!!?」

 

「ごっ、ごめんなさいっ!!ぜんっぜん、覚えていませんっっっ!!!」


 勢い良く土下座した。

 僕は一体何をやらかしたんだ?

  恐ろしくて顔が上げられない。

 

 ルーカスの反応が怖い。


「マジかよ……」


 ぽつりと呟いた後、ルーカスは大きな溜息を吐いた。

 呆れられているのかな?嫌われてしまったかな?と不安になるが顔を上げる事は出来ずにいた。

 

「ノア、お前どこまで覚えてるんだ?」


「え?」


 思いのほか優しい声音で聞いてくるルーカスに思わず顔を上げると、そこには見たこともないくらい穏やかな表情をしていた。まぁ、少し呆れた風だったけどね。


「やっと顔を上げたな。で、何処まで覚えてるんだ?もしくは何処から辺から記憶が無いんだ?」


 僕はルーカスが勧めたワインを飲み過ぎてから記憶がないことを正直に伝えた。それから先程目覚めた時に感じた事も含めて言うと、ルーカスは再び大きな溜息を吐いてから口を開いた。

 

「……お前が全く覚えてない事はよ~~く分かった。簡単に言うと、お前は俺の物になった。俺の求婚を受け入れた。昨夜の情事でお前は完全にになった。ここまでは良いか?」


 白黒はっきりとした性格のルーカスらしい明け透けな説明だった。聞いてるこっちが恥ずかしさに言葉を失ってしまう程に。穴があったら入りたい気分というのはこういう事をいうのかと身に染みて実感させられた瞬間だった。


 恥ずかしすぎて涙が出そう。だって男の子だもん。


「お前に拒否権はない」

 

「いや!あるよ!!ある!!一応僕の方が年上だし、身分的にも釣り合わないというか、そもそも男同士だし、色々問題が……」

 

「問題ない。性別など些細な事だ」


 いやいやいや、大きなことだと思うよ?

 僕が女なら良かったのかもしれないけど生憎と性別は男だ。

 はぁ……どうしてこうなった。

 ルーカスとは友人であり家族のようなものであってそれ以上でもそれ以下でもないはずだよね。少なくとも僕の方はそういう認識で接してきたはずなんだけど。

 ルーカスは一体いつから僕のことを好きだったんだろう?

 全然気が付かなかった。

 

「昨夜は無理強いするつもりはなかったんだぜ?酔っているのを承知の上で抱くつもりだった。まあ途中で酔い潰れちまったから計画通りにはいかなかった訳だが。だけど、お前の方からも誘ってきたって事は好きだって事だよな?」

 

「ええぇっっ!?」


 記憶がない状態で隙も嫌いもない。これは不可抗力では!?

 

「ちょっと待ってろ。証拠を持ってくる」


 ガウンを素早く羽織ると隣室へと行ってしまった。

 この状態で僕を置いていく?

 え?

 証拠ってなに!?

 怖いよ!!!




 


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