第7話元恋人の言い分
「ノア――――――――!!!」
絶叫が室内に響き渡る。
それは本当に突然だった。
魔法薬研究所に駆け込んできたのは、別れた筈の恋人、ライアン・キングだった。
アッシュグレーの髪はボサボサに乱れており、着崩れしたよろよろの服装は着の身着のまま逃げてきたことが窺える。顔色も悪く青ざめていて、相当急いできたのか、肩で息をしていた。
何故、彼がここにいるのだろう?
何故こんなにも焦った顔をしているのだろう?
彼は結婚間近の身。あらゆる雑誌の見出しに載っている今一番注目されて祝福されている男だ。
理解できないままに呆然と見つめていると、ライアンは一直線に僕の元にくる。
「どういうこと?!」
「え?どういう事って?」
「
泣きそうな顔で詰め寄るライアンに、僕はキング侯爵との会話の内容を話して聞かせた。
当然、浮気相手の女性も同席であった事や、侯爵からの侮辱発言も含めて話すとライアンは益々悲壮な表情を滲ませた。
「さいっってい!!」
「それ!クソだな」
「腐れ貴族め~~っ……」
「おい!ノア。俺達そのこと聞いてねぇぞ!!」
同僚たちが一斉に悪態をつき始めた。
そう言えば、キング侯爵との話を皆に話していなかったな、と思い出した。そのせいか、それとも侯爵の下品な言葉のせいか、皆怒り心頭だった。
「大したことじゃないと思って……」
「いやいや、大した事だよ!」
「そうよ!そこは怒るべきよ!ノア!!」
「舐められたら負けですよ!」
「別に勝負してる訳じゃ……」
「なに暢気なことをっ!」
「ノアは被害者なのよ?!あああ!!やっぱり訴えるべきだったのよ!!あの連中を!!!」
「今からでも遅くありません!先輩、キング侯爵家とダズリン男爵家を訴えましょう!奴らに目にもの見せてやりましょう!!」
口角泡飛ばしながら捲し立てる同僚たちに圧倒されながらも僕は首を横に振った。
「訴えるつもりはないよ」
僕の言葉に全員が唖然となった。
どうして!あんなこと言われて平気なの?!信じられない!そんな視線が痛かったけど僕は微笑んでみせた。
「相手の女性は妊婦さんなんだよ?流石にそれは気の毒だよ」
「ふざけんな!いいか、ノア。お前は被害者なんだ。盗人に遠慮する必要なんかねぇ!!」
「加害者はあっちなんだからノアには糾弾する権利はあるのよ。正々堂々と戦うべきだわ!」
「なんだか話がおかしな方向に行っている気がするけど、僕は生まれてくる子供から父親を取り上げる気はないよ。そんな権利も無いからね」
「ノア……」
「はぁぁぁぁ。お前な、幾ら何でもそれは人が良すぎるぜ」
「あちらは先輩がそうすると見越してわざとあんな発言をしたのかもしれませんね。相手の女性、堕胎できない時期まで待ってから先輩に会いに行った可能性がありますよ。子供を盾にされたら先輩が引くと踏んだんでしょうね。キング侯爵家はライアンさん一人ですし。男爵令嬢とはいえ、跡取り息子の子を孕んだなら大喜びで迎えたんじゃないでしょうか?」
「なにそれ!?酷いっ!!!絶対に許せない!!」
「……そいつら闇討ちできねぇか?」
皆の怒りが爆発してしまい暫く収拾つかない状態になった。
どうしよう……僕の事で怒ってくれることは嬉しいけれど。これはまずいことになるかもしれない。
「ちょっと落ち着こうか?」
ぱんっと手を打ち鳴らしただけで静まり返った室内で僕は大きく深呼吸をして、ライアンと向き合った。彼はまだ青い顔をしていた。僕より彼の方が動揺しているように思えた。一体何故ここまで慌てて来たのか分からない。
ライアンは僕の手をぎゅっと握ると懇願するような目で訴える。
「ごめん、ノア。僕の父上が……」
「いや、もう終わったことだから気にしなくていいよ」
「よくない!!!」
「え?」
「僕達、終わってない!!僕は反対だ!!!」
「あ、でもほら、ライアンは彼女と結婚するんでしょ?新聞や雑誌にも載っていたし……なにより彼女はライアンの子供を妊娠してるんだよ?」
「僕はあの女と結婚なんてしない!!!」
「いや、それは無理なんじゃ……」
「だいたいアレは浮気じゃない!事故だ!!」
「はっ?」
泣きわめきながら支離滅裂なことを言い始めた。所々話が明後日の方向に飛ぶものだから訳が分からない。けど、話を繋ぎ合わせるとこういうことだった。
ライアンは学生時代に立ち上げたサークルを社会人になった今でも活動していて、エラ・ダズリン男爵令嬢もそのサークル仲間だったようだ。サークル活動の打ち上げでいつの間にか酔いつぶれて、目が覚めたら全裸で彼女とベッドにいたというのだ。しかも父親からエラ・ダズリン男爵令嬢と結婚するように命令された挙句に監禁されていたらしく逃げ出すのに時間が掛かってしまったと涙ながらに訴えてきた。
「完全に酒の上での一晩の過ちなんだよぉ~~っ。浮気とかじゃないんだ。ベロベロに酔っ払ってて記憶にないんだよ!」
それはそれで酷い話だった。いくら泥酔して覚えていないからといってやって良いことと悪いことがあるだろう。
「サイテー」
「アホか」
「ライアンさん、馬鹿ですか?どう考えても隙をみせてやられたって事じゃないですか!」
「全くだわ。散々、ノアを隙だらけだとか危機感がないとか言っときながら、自分は何?」
皆から総突っ込みにあうライアン。さっきまで怒っていた皆の顔が呆れ顔に変わっていく。
まぁ、気持ちはよく分かる。
訴訟を起こしてでも結婚には同意しないと息巻いているところを見ると本当に一回だけの関係なんだろう。
しかし、それは彼の父親であるキング侯爵が認めないだろうし、そもそも、ダズリン男爵だって結婚前に娘を孕ませた責任を取れと言い出してくるはずだ。
「ライアン、君が今すべきことは実家に帰って家族と話し合う事だ。その上で責任を取ってダズリン男爵令嬢と結婚すること。それが誠意というものじゃないかな」
「嫌だよ!絶対!」
「僕じゃなくて親に言うべき言葉だよ」
「父上に?!冗談でしょう?!あの人、孫ができるって大はしゃぎで僕をあの女の所に行かせようとするんだよ!!」
「それは仕方がない事だよ。未婚女性に手を出したんだから。寧ろ、当然の結果としか言いようがないよ。一応、彼女は貴族令嬢なんだから婚前交渉はスキャンダル以外の何物でもない。記事が祝福ムードのうちに結婚させたいと思っているんじゃないかな?」
「やだ!」
「やだって。子供じゃないんだから駄々こねないでよ」
「僕はノア以外の人間と結婚なんかしたくない!!」
「そもそも男の僕とじゃ正式な結婚は無理だよ」
「それでも絶対に嫌だ!!」
幼児のように駄々をこねはじめたライアンは最終的に「仕事の邪魔だ」と所長につまみ出され、そのまま放り込まれた馬車で自宅まで送り届けられたのだった。
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