朝が来なければ

山田貴文

朝が来なければ

「おまえの願いを叶えてやろう」


 神さまが言った。


「ありがとうございます。結婚したいです!」


 間髪を入れず答える私。ここは私の夢の中。縁結びに御利益のある神社へ行きまくったおかげか、小さな善行を積み重ねたからかはわからないけれど、ついにチャンス到来。


 高校と大学は女子校でこれまでたいした恋愛ができず、職場に未婚男性の姿は皆無。気がついたらいい歳になっていた。やばい、結婚しなきゃと婚活サイトやマッチングアプリに登録したが、なかなか条件に合う男性がいない。ルックスが好みでも年収が低かったり、ルックスはぎりぎり我慢できて年収はすごく高いけれど、遠く離れた田舎の自営業だったり。都会を離れるなんて絶対嫌だ。


「大丈夫ですよ」


 最初の第一声以外、神さまはずっと敬語だった。お決まりの文句だから言うけれど、本当はああいう言い方好きじゃないそうだ。


「やった!」


 小躍りし始めた私を神さまは制止した。


「ただし、あなたが理想と思う人と結婚できますが、一度決めたら絶対にその人と結婚してもらいます。キャンセルはできません」


「問題ないです!」


 なぜそんなことを言うのだろうか。理想の人と結婚できるなら文句のつけようがない。


「あともうひとつ」


「はい?」


「ゲームをやっていただきます」


「えっ?」


「一応ルールなので。テレビのバラエティ番組みたいなものですよ。賞品をもらうためにはゲームに勝たないといけません」


 意味がわからなかったが、やるしかない。神さまは私に底の浅い大きな升のような容器とフォークを手渡した。升の中には色とりどりの小さな豆が入っている。サイズはちょうどフォークの先ぐらいか。


「豆の色と自分の望みを合わせて、あらかじめ決めてください。たとえば赤が身長、青が年収、黄色が年齢というふうに。フォークで一回だけ豆を突き刺して、ひとくちで食べてもらいます。そうするとあなたは食べた色の特徴を持った男性と結ばれます」


 つまり、神さまがあげた例でいうと赤と青の豆をフォークで突き刺して食べたら、私は希望通りの身長と年収を持つ男性と結婚できるわけだ。ただし黄色を食べられなかったら、何歳の男性が来るかわからない。身長が高くて高収入だけれどよぼよぼのお爺ちゃんが来ちゃうかも。


 私は紙とペンを渡され、赤が何、青が何と希望を書き出した。


「あの、フォークの歯を増やすことはできませんか?」


 歯が四本では全然足りない。希望の条件が四つだけでは無理だ。


「何本でもいいですよ。ただし……」


「ただし?」


「フォークがお口に入るサイズにしてくださいね」


 そういうことか。理論的には十本歯でも二十本歯でも可能かもしれないが、フォークが私の口に入らないと、せっかく刺した豆をひとくちで食べられない。口に入るサイズが私の器ということか。何とか自分の口におさまる歯数を伝えると、神さまはすぐに手渡してくれた。


「それではゲーム開始」


 にこにこ顔の神さま。イラッとした。何がそんなに楽しいのよ。こっちは真剣なのに。


 実際にやってみると、これが難しい。フォークで刺すためには豆が一直線に並んでいる必要がある。升は揺すったり傾けたりして中の豆を動かしてよいのだが、なかなか希望の色がそろわない。しかも歯と歯の間に豆が一個入ってしまうから、正確に言うと一個おきに並べる必要がある。


 夢の中だから時間はいくらでもあるのだけれど、何回繰り返してもうまくいかない。私はくたびれ果てた。


「神さま、これ無理です。他のやり方はありませんか?」


 私が泣きを入れると、意外にも神さまはこう答えた。


「ありますよ。こちらでやりますか?」


 神さまは私にスプーンと別の升を手渡した。こっちが便利に決まってるじゃん。最初から出してよ。


「同じくひとすくいが条件です」


 今度は先ほどと違い、升の中の豆は色と形が全部同じだった。


「こちらは色の指定は必要ありません。どの豆がどんな特徴を示しているかあらかじめ決まっていますが、あなたには秘密です。感覚で好きな豆を選んで食べてください」


 何それ?と思ったが、升の中をじっと見てみると、同じ形の物でも美味しそうな豆、絶対まずそうな豆、好きか嫌いかよくわからない豆があって、それが何となくわかる。食べて美味しい豆が私にとって好ましい男性の特徴を意味しているそうだ。


 私はこれだと思った豆を選んでスプーンですくってみた。ただ、ひとすくいではどうやっても美味しそうなやつだけでなく、よくわからない豆もスプーンに入ってくる。何度やっても同じ。現実世界ではもう少しうまくできそうな気もしたけれど、ここは夢の中。神さまが定めたとおりに物事が動いている。


 さらに言うと、スプーンにすくった美味しそうな豆はいつか味が変わってしまうかもしれないという気がした。その一方で今は選ぶ気がない、まずそうな豆も好みの味に変わる可能性があるなと思えた。


 でも、そんなことはどうでもよかった。さっきの気が遠くなる作業と比べたら、多少はわからない豆が入っていてもいい。逆にそれがどんな味になるのか興味があった。


「スプーンでお願いします」


 私が決めると、神さまはあわてた。


「ごめんなさい。言ってませんでしたね」


「えっ?」


「フォークであれば、目が覚めたその日のうちに食べた豆の通りの男性と出会えます」


「スプーンは?」


「確実に出会えますが、時期はおまかせになります。いつかはわかりません」


 何よそれ。最悪の場合、私が死ぬ直前に希望の男性が現れて婚姻届にサインするということ?。何のための婚活だ。すぐじゃなきゃ意味がない。


「フォークによる相手選びはあなた方が言うところの婚活です。条件を指定して相手を探す。条件に当てはまるかはまらないかの二者択一。つまりゼロかイチかのデジタルですね」


 神さまは真面目な顔で説明した。


「スプーンの方は普通の恋愛結婚だと思ってください。いいなと思う感覚が積み重なってこの人を生涯のパートナーだと定めること。ただし、既におわかりでしょうけど、今いいなと思うところも時間と共に変わるかもしれないし、もちろんその逆もあります。こういう感覚による選択はいわばアナログです」


 神さまと言うより家電量販店の店員が説明しているようだった。わかったようなわからないような。デジタルだとめんどくさいけれど、私が希望する条件はすべて叶えられる。アナログは何となくいいなと思うところとよくわからないところが混ざっているし、さらにいいこと悪いことが不変ではない。おまけに結婚できる時期未定とくれば、もう答えは決まっている。よくわからない豆には引かれるけれど、ここは割り切ろう。


「フォークでお願いします」


 私はデジタルを選択した。それから何度も失敗しながら升を揺すり続け、気が遠くなるような時間の果てにようやく望む色の豆を升の中で横一列、しかも一個おきに並べることに成功した。震える手を押さえてフォークで突き刺す。やった。成功。望みの色がすべてフォークの歯に刺さっている。涙が出てきた。


「食べていいですか?」


 そう尋ねると、神さまは笑顔でうなずいた。私はフォークを口に含み、豆をゆっくりと噛みしめた。これ知ってる。どこかで食べたことのある味だ。おいしい。ついに理想の相手との結婚が決まったのだ。ルックス、身長、年収、趣味……。私の希望条件がすべて叶えられるなんて夢みたいだけれど、そう言えばこれは本当に夢だった。


「大丈夫です。明日ちゃんと理想の男性と会えますから。お約束します」


 神さまは私の心を読んだかのように言った。まあ実際に読んでいるのよね。


 えっ、ちょっと待って。


 ほっとしたのもつかの間。豆は確かにおいしかったのだが、だんだん違和感が芽生えてきた。何かが足りない。あれとこれとそれで確かに私の希望通りだったのに何かが足りなかった。フォークの歯と歯の間にあった、刺さなかった別の色の豆。あれも本当は食べるべきだったのでは。なぜ私は食べる豆を限定してしまったの?


 いろんな豆が入り混じったアナログの升。あちらはどんな味がしたのだろうか。よくわからない豆がたくさんあったから、予想がつかない未知の味だ。あっちも食べたい。食べてみたい。今さら猛烈に興味がわいてきたが、もう遅かった。ゲームは一度きりだと神さまに言われている。目が覚めたら私がデジタルで選んだ隙間だらけの男性がやってくるのだ。


 私は救いを求めるように神さまを見た。


「絶対に結婚してもらいます。あなたが選んだ人です」


 そうだった。キャンセルできないのだった。  


 怖かった。そしてありえないことに私はこう思っていた。起きたくない。


 もう朝が来なければいいのに。

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朝が来なければ 山田貴文 @Moonlightsy358

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