episode46「Prelude To The End」
テイテス王国。
アギエナ国とゲルビア帝国に挟まれるような位置に存在する小国で、この大陸の中では最も古い歴史を持つ王国だ。
古の魔法使いの時代から続く王国だと言われており、何百年も前の遺物もいくつか残っているとされている。
テイテス王国は大陸内では常に中立を守っており、歴史的に価値の高い建造物も多いこともあってある種の不可侵領域的な側面も持っていた。
チリー、ニシル、青蘭の三人は疲れ切った身体を引きずるようにしてテイテス王国へ辿り着いた。
チリーの怪我は全く治っていない。本来なら動けないような状態だが、チリーは無理矢理立ち上がってテイテス王国へ向かうことを選んだ。
しかし当然、テイテス王国は旅人が来たからと言って簡単に通してくれる程甘くはなかった。
「……入国許可が降りるまで最低でも三日か……。どうする?」
テイテス王国の関所で、チリー達は門前払いを受けた。テイテス王国は警備が厳しく、入国するためにはまず入国審査を受ける必要がある。その後で許可証が発行され、ようやく中へ入ることが出来るのだ。
国内の貴重な文化財を守るためであり、他国からの侵入を最低限に絞ることで情報漏洩等を防いでいるのだ。大国に挟まれたこの小国が、中立国家でい続けるためには守りを固めなければならない。高い塀に囲まれたテイテス王国を、攻め落とすのは容易ではない。
「……待ってられねえよ。忍び込むぞ」
「何言ってんだよ! そんなボロボロの身体で……!」
チリーはもう、気力だけで立っているような状態だ。
忍び込むような真似は出来ない。
「ルベル。お前は外で待っていろ。俺とニシルで行く」
冷たく、青蘭がそう言い放つ。それに対してチリーは、青蘭を強く睨みつけた。
「ざけんな。俺がやる。テメエこそ外で待ってろ。元々お前にゃ関係ねェ」
「チリー!」
過ぎた言葉を、ニシルが制止する。しかし訪れた剣呑な雰囲気を和らげるには既に遅かった。
「お前が責任を感じるのはわかる。だが怪我人は邪魔だ」
静かに、青蘭がそう告げる。
努めて冷静に振る舞ってはいるが、言葉の端々に怒気が感じられた。
「……ああそうだよ! 責任は俺にある! だから俺がやんなきゃなんねェんだろうがッ!」
声を荒げるチリーを見つめる青蘭の目が、複雑に揺らぐ。いくつかの感情が綯い交ぜになったその瞳を、ニシルは見ていられなかった。
「俺が……賢者の石で、ティアナを蘇らせる」
もう、そこに頼るしかなかった。
賢者の石が果たしてどのような力を持っているのか、チリー達は知らない。
ただ膨大な力を持つ
だがもう、賢者の石に縋るしかなかった。
大きな力も裕福な生活も投げ捨てて、たった一人を取り戻す。
ただそのためだけに、チリーはボロボロの身体を動かしていた。
「……」
ティアナの遺体は、青蘭が背負っている。
ローブに包まれた彼女の姿を見る度に、チリーは身体の内側が軋むような錯覚さえ覚えた。
きっとそれは、背負い続けている青蘭も変わらないのだろう。
「……ひとまず落ち着いてよ二人共。ここで僕らが揉めたって何も好転しない」
ニシルだけがただ、この状況をある程度冷静に俯瞰していた。
賢者の石がテイテスにあるなら、その力をティアナの蘇生のために使う。あの夜、きちんと話し合って決めたことだ。
本来の目的が完全に失われる形になったが、こんな状況では何を叶えたって素直に喜ぶことなんて出来ない。それにニシルにとっても、ティアナがかけがえのない仲間であることに変わりはないのだ。
「無理矢理忍び込んでも、傷だらけのチリーとティアナを背負ったままの青蘭じゃ返り討ちに遭うだけだ。どうせ忍び込むなら、ひとまず僕が入り込んで様子を見てくるよ」
傷もなく、身軽なニシルなら偵察には適している。チリー達のような戦闘力はないが、忍び込んで侵入経路を探すくらいは出来るハズだ。
「侵入経路を見つけてくる。潜入から一日経っても戻って来なかったら、捕まったと思ってほしい」
チリーも青蘭も、居ても立っても居られない、という様子だったがニシルの意見には反対しなかった。
「……わかった。ニシル、頼めるか?」
口惜しそうに言うチリーに、ニシルは小さく頷く。
「任せてよ。まあ、そう簡単に捕まったりはしないよ。無理そうだったらさっさと逃げ帰って、別の作戦を立てよう」
ニシルは、昨晩から続く張り詰めた空気が苦手だった。なるべく明るく振る舞い、少しでも空気を和らげようと笑ってみせる。すると、チリーは少しだけ落ち着いたような様子を見せた。
「まずは夜まで待とう……それから――――」
言いかけて、ニシルは異変に気づく。
門の辺りが騒がしい。テイテス王国の中から、何人もの人達が門を通って外へ逃げ出しているのだ。
「……これ、もしかしてチャンス?」
今ならどさくさに紛れて潜入出来るかも知れない。
チリー達は一度顔を見合わせた後、すぐに門の方へ向かった。
***
どさくさに紛れて、チリー達はテイテス王国の内部へ侵入した。
門の内側は荒れており、崩れた建物や倒れた死傷者で悲惨な様相を呈している。
一体どんな騒ぎが起きればここまでの事態になるのか想像もつかない。
他国に攻め込まれていたとしても、短時間でこうはならないだろう。建物を倒壊させるには、大砲クラスの兵器が必要になってくる。高い塀に囲まれたテイテス王国に、そんなものを持ち込める状況になっているならその時点で勝敗は決しているだろう。
「大丈夫ですか!? 一体何が!?」
怪我をしてはいるが、まだ意識のありそうな男にニシルが駆け寄ると、男はひどく怯えた様子で震えていた。
「ば、化け物……が……急に……」
「……化け物?」
男の言っていることが、ニシルには一瞬よくわからなかった。
しかしすぐに、理解することになる。
「おい、ニシル!」
不意に、チリーが声を上げる。
チリーの視線の先に目を向け、ニシルと青蘭は言葉を失った。
「なんだ……アレは……!?」
そこにあったのは、赤黒い肉の塊だった。
まるで巨大な泥の塊のような形状で、パッと見ではそれがなんなのかわからない。
しかしその肉の塊は、まるで生きているかのように脈打っていた。
その上、その身体には無数の目がついており、ギョロギョロと忙しなく動いている。
「あれが化け物……か」
青蘭がゴクリと生唾を飲む。
その化け物の姿は、あまりにも異様だった。
この世のものとは思えない。
しばらく様子を伺っていると、兵士らしき男達がどこかへ向かっていくのが見えた。
最初はテイテスの兵かと思ったが、軍服がテイテスのものとは違う。
「……アレって、ゲルビア帝国の兵士じゃない?」
ニシルが兵士を指差して言うと、青蘭が顔をしかめる。
「何故ここに……?」
中立を保つテイテスと、他国への侵攻を進めるゲルビア帝国の関係はあまり良くない。化け物騒ぎを受けて加勢に来たとは考えられなかった。
「……追うぞ」
「追うって……ゲルビア兵を?」
ニシルの問いに、チリーは頷く。
チリー達の目的は、あくまで賢者の石だ。化け物と戦ってテイテスを救うことではない。それに、あの化け物にはどうやってもチリー達ではかなわないだろう。
「どうにもきな臭ェ、なにか企んでるハズだ」
チリーがそこまで言うと、ニシルと青蘭もその意図に気がつく。
「……行くぞ。どの道ここはくまなく探さなきゃいけねえんだ。目ぼしい場所くらいゲルビア共に案内してもらおうぜ」
***
テイテス王国の内部はひどい有り様だった。
化け物の数は一体ではなく、複数の化け物が出現しており、国内を荒らし回っていた。
テイテス王国は、塀の中の王都がそのまま一つの国だ。この王都の崩壊は、そのままテイテス王国の崩壊を意味する。
たくさんのテイテス兵達が化け物と戦っていたが、まるでかないはしなかった。
切っても刺してもダメージを受ける様子のない化け物は、触手のようなものを振り回して周囲を破壊し、人間を捕らえると身体の中に取り込んでしまう。
絶叫が響き渡るこの場所は、もう地獄と言って差し支えなかった。
「一体、なんでこんなことに……!」
ゲルビア兵の後を追いながら、ニシルは思わず呟く。
そもそも何故こんな化け物が存在するのか、どうしてテイテス王国に現れたのか、全くわからない。
ただ一つ、状況から推察出来ることがあるとすれば……ゲルビア帝国との関連性だ。
ゲルビア兵達は、まるでこの混乱に乗じるかのように行動している。人数も少ない。
テイテス王国の兵や国民達は化け物への対応や避難で手一杯で、ゲルビア兵やニシル達には取り合わない。
ニシルにはどうにも、この状況が意図的に作り出されているように見えて仕方がなかった。
「あんな化け物、どうやって国の中に入ってきたんだよ……!」
テイテス王国は基本的に外部との接触を遮断している。こんな化け物が接近してくれば、中へ侵入する前にわかるハズなのだ。
そんなことを考えながら走っている内に、段々街外れの荒れ地へと入っていく。
そのまましばらく進んでいくと、石造りの建物が見えてくる。ゲルビア兵達はその入口に集まっているようだった。
見るからに、随分と古い建築物だった。恐らく遺跡だろう。ピラミッド状の建物で、中央に大きな階段がある。それを登った先に入口らしきものがあり、ゲルビア兵達が入口の前で何やら話し合っているのが見えた。
「数は……五人か。やれるか青蘭」
目配せしながらチリーが言うと、青蘭は深く頷く。
「ニシル、ティアナを頼む。俺とチリーで制圧してくる」
「え、でもまだここに賢者の石があるかどうかわからないんじゃ……」
「時は一刻を争う。ここもいつ化け物が現れるかわからない」
強い口調でそう言われ、ニシルは押し黙る。
確証もなくゲルビア兵と戦闘になるのはかなり危険だ。その上、怪我人のチリーまで戦闘に参加するとなればリスクも大きい。
「行くぞ、青蘭!」
「ああ!」
ニシルの不安をよそに、青蘭はティアナの遺体をそっとニシルに預けると、チリーと共に飛び出していく。
チリーは、怪我人とは思えないような身のこなしでゲルビア兵を蹴散らしている。だがその必死の形相からは傷の深さが伺えた。開いた傷口から滲んだ血が、包帯を赤く染めている。
そして青蘭は、普段の落ち着いた様子とは違って見えた。激情のままに繰り出される拳が、ゲルビア兵の顔面にめり込んでいく。
数分と経たない内に、チリーと青蘭はゲルビア兵を叩きのめしてニシルの元へ戻って来る。
「よし、中へ入るぞ」
青蘭がティアナを背負い直し、チリーと共に遺跡の方へ向かっていく。
「……チリー、青蘭」
その背中を、ニシルが呼び止めた。
二人は立ち止まると、すぐにニシルの方へ振り返る。
「僕はここで待つよ」
「……ニシル?」
怪訝そうな顔を見せるチリーに、ニシルは嘆息して見せた。
「全員で中に入って追い詰められるのもまずいでしょ。僕が外で見張りをやる」
「おい、何言ってんだこの中に……」
「いいから急いで! この後脱出もしなきゃいけないんだよ!?」
仮に中に賢者の石があったとして、ティアナの蘇生が可能だったとする。だがその後、化け物や、まだいるかも知れないゲルビア兵から逃げつつ外に出ないといけないのだ。
青蘭が懸念していたように、ここに化け物が現れる可能性もある。それらを考慮すれば、一刻の猶予もないのだ。
「……わかった」
チリーは半ば渋々、と言った様子でうなずき、ニシルへ背を向けると、遺跡へ向かって駆け出す。それにならって、青蘭もまた遺跡へと駆けていく。
「…………ティアナは、僕の夢じゃあないんだよね……」
つい口からこぼれ出た気持ちに、ニシルは自己嫌悪に苛まれそうになる。
(僕らの旅は、いつから彼女を巡る旅になっていたんだろう)
ぼんやりとそう思いながら、ニシルはどこか申し訳無さそうなチリーの背中を見つめていた。
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