episode42「Key Of The Red Stone」
地下の書庫へ続く隠し通路は、先程の鎧とのやり取りなんてまるでなかったかのように静まり返っていた。
ひんやりとした空気と、ぽっかりと口を開けた暗闇。足を踏み入れれば、虚無に飲み込まれてしまいそうだった。
四人は二列に並んで階段を降りていく。チリーと青蘭が先頭で横に並び、その後ろをニシルとティアナがついていった。
そのまま降りていくと、不意にチリーの手を後ろからティアナが握り込む。
突然のことに、少しだけ驚くチリーだったが、そのまま何も言わず握り返した。
「……えへへ」
照れくさそうに笑みをこぼすティアナと、やや気まずそうな仏頂面を見せるチリー。そんな二人を見ながら、ニシルと青蘭は目を丸くしていた。
「……どうやら僕らが見ていない間に大人の階段を登り始めやがったらしいね……」
「やはり俺の上を行くか、ルベル」
口々に妙なことを言う二人を無視して、チリーはそのまま階段を降りていった。
***
階段を降り切ると、鉄扉が開いたままになっていた。
動く鎧は、開いたままのドアを閉めておくような殊勝な真似はしないらしい。
開け放たれたままの扉の向こうは、薄緑色のランタンが照らす幻想的な景色のままだった。しかし、鎧に襲われた際に切られた本の一部が床に落ちており、本棚にも切られた跡が残っている。
「ここが……地下書庫」
ゴクリと生唾を飲み込み、ニシルが部屋の中へ一歩踏み出す。
最初に話を聞いた時は半信半疑だったが、実際にこの景色を目の当たりにすれば考えも大きく変わる。
アルケスタ大図書館の隠された地下通路。その先にある、動く鎧によって守られた地下書庫。もしかするとここには、本当に賢者の石の手がかりがあるのかも知れない。
「手はず通りに行くぞ。俺と青蘭が鎧の注意を引く。その隙にニシルは出来る限り中の本をかっぱらえ」
チリーの言葉に、ニシルと青蘭はそれぞれ頷く。
「じゃあ、私は?」
「ティアナは待機。一旦部屋の外に出て待ってろ」
「えー!? 何か私にもこう……やることないの?」
その場で小さくシャドーボクシングをしてアピールするティアナだったが、どう見ても戦闘の役には立たない。
「ねえよ! 大人しくしとけ!」
「ひどーい! もっと優しい言い方とかないの!?」
「いいから下がってろよ!」
ふくれっ面で抗議するティアナに、チリーは乱暴に言い返す。そのまま軽く睨み合っていると、不意に青蘭が間に入る。
「ティアナ。俺とルベルに万が一のことがあれば、ニシルの脱出も難しくなる。緊急時に備えて待機していてくれないか?」
「それは……確かに……」
そんなやり取りを見つつ物は言いようだなとニシルは嘆息する。
(ていうか何なのあの穏やかそうな顔……)
これはどうもチリーも青蘭も女子に対する耐性はほとんどないらしい。かくいうニシルも、特に恋愛経験も交際経験もないのだが。
(かわいい……とは思うけど、なんかな……)
好みの問題なのかも知れないが、ニシルはイマイチこの空気に乗り切れない。
とは言え、今はそんなことを気にかけている場合ではない。賢者の石の手がかりが見つかるかどうかの重要な局面なのだ。チリーと青蘭なしでは作戦は成立しないため、ニシルとしてはもう少し気を引き締めてほしいくらいだ。
「まだ、動かないみたいだね」
言いつつ、ニシルは部屋の四角に立っている鎧へ順番に目を向ける。
今のところ動き出す気配はない。本に触れない限りは襲いかかってこないのだろうか。
(本を傷つけた跡がある……。本そのものを守ってるわけじゃないのかな)
ここにある本は言うまでもなく貴重品だろう。誰かが、何らかの理由でここへ隠したものだ。そしてそれを、動く鎧に守らせている。
だが本を傷つけてしまうのは何故だろう? 本そのものを守っているわけではないのか、それとも単純に侵入者を排除することしか出来ず、部屋の中の物を守ることまでは出来ないのか。
チリー達の話の通りなら、外の通路までは追ってくるが上の図書館の中までは追ってきていない。
そしてチリー達が本を回収していないのにも関わらず追ってきている。となれば、単純に侵入者を殺すか追い出しているだけなのかも知れない。
(追い出せればそれで良いのかな……)
もしそうなら、持ち出した場合もそうでない場合も鎧の動きは同じだろう。隠し通路を閉じれば撒けるのだろうか。
しかしここにある本が、全て賢者の石と関係あるという保証はない。一冊だけ持ち出したところで、徒労になる場合もあるだろう。
「ルベル、鎧が動き出す前にバラバラに出来ないか?」
ニシルが思考を重ねていると、不意に青蘭が鎧を指さしてそう提案する。
「触ったら動き出すかも知れねえぞ」
「少なくとも先手は取れる」
なるほど確かに、とチリーは頷く。
「でもそれには頭数が足りないよ。僕をカウントしても三人だ。一体でもフリーにすれば後ろから斬られるんじゃない?」
そう考えると、そもそも人数的に鎧を抑えるのは難しいように思えてくる。
「ねえ、もしかしたらさ、本に触るまで動かないんじゃない?」
ティアナはやや楽観的な物言いだったが、現状を考えると一理ある。
この部屋にたどり着いてからそれなりに時間が経ったが、今のところ襲われる気配はない。
チリーとティアナが襲われたのは、この書庫の本に触れた後だ。となれば、鎧が動き出す条件は時間経過ではなく”本に触れたかどうか”なのかも知れない。
「だから私が、触らずに確認してみるのはどうかな? どれが必要かわかるかも」
「それはそうだけど……ちょっと危険じゃない?」
ティアナの提案に、ニシルはそう言って難色を示す。鎧が動き出す条件については、現状仮説に過ぎない。
触れていない状態で、今突然動き出しても決して不自然ではないのだ。
「……だったら、俺がそばについて警戒する」
そう言って、ティアナの肩に右手を乗せたのはチリーだ。そのまま続けて、チリーは青蘭に視線を向ける。
「青蘭、お前も頼む」
「……当然だ。任せておけ」
チリーと青蘭がティアナを護衛しつつ、ティアナは背表紙から本を判別する。そして必要な情報が書かれていそうなものだけを手に入れれば良い。あとは作戦通り、チリーと青蘭が鎧の相手をしながら脱出をする。
ランダムで本を回収する当初の作戦よりは確実性があるだろう。
「となると……今度は僕が手持ち無沙汰だね」
「ニシル。俺とルベルに万が一のことがあれば、ティアナの脱出も――――」
「そういう変な気遣い僕にはしなくていいからね……」
青蘭が言い切る前にぴしゃりと言い放ち、ジト目で見つめるニシルに、青蘭はただ口をつぐんだ。
「よし、じゃあ僕は待機する。メインの作戦は三人に任せてもいいかな?」
ニシルの言葉に頷くと、三人は行動を開始した。
***
まず、チリーと青蘭が恐る恐る本棚の元へ向かう。
鎧の方に意識を向け、いつ動き出しても対応出来るように身構えながらである。
部屋の中央、テーブルと緑色のランタンがあるところまで辿り着いても、鎧が動き出す様子はなかった。
「……どうやらティアナの予想通りだったみてェだな」
「ああ……だが気を抜くな」
青蘭の忠告に頷きつつ、チリーはティアナへ手を振る。
「よし、いいぜ。こっちへ来てくれ」
チリーの合図に気づき、ティアナは鎧に怯えながらも小走りにチリー達の方へと駆けてきた。
「俺とルベルで見張っておく。背表紙を解読してくれ」
「……わかった」
すぐに、ティアナは本棚の方へ向き直る。
本棚に並べられている本の背表紙にはいくつも古代文字が描かれている。ティアナは真剣な面持ちで順番に確認していった。
「……」
その間中、チリーと青蘭はティアナを囲うように守りつつ、鎧の方へ意識を向けている。
ティアナは一度も本に触っていない。仮説通り、鎧は動き出す気配がなかった。
「……どうだ? なにか見つかったか?」
チリーの問いに、ティアナは中々答えなかった。
そこからたっぷりと間を取って、ようやくティアナは口を開く。
「…………ごめん、わかんないかも……」
「ハァ!?」
それを聞いた瞬間、チリーだけでなく青蘭さえも思わずずっこけてしまいそうなくらい一気に力が抜けてしまった。
離れた位置で聞いていたニシルも、顔をしかめている。
「お前解読出来るンじゃなかったのかよ!?」
「だってー! 全部が全部ちゃんと読めるわけじゃないんだもん! ちょっと読めるだけなのー!」
「よくそれで任せて! とか言えたな!?」
「た、多分……いけるかなって……」
言い訳しながらも申し訳ないという気持ちはあるのだろう。段々小さくなっていく語尾に、チリーは毒気を抜かれてため息をつく。
ティアナの解読が期待できないなら、これ以上ここにいても仕方がない。チラリと青蘭を見ると、彼も同じ気持ちなのかチリーの目を見て首肯した。
「しゃあねえ、じゃあ戻るぞ」
「ごめんねぇ……」
しゅんとしょぼくれてうつむくティアナだったが、その視界に一枚の紙切れが入ってくる。
それは、動く鎧が切り裂いた本から落ちたページの一部だった。
「…………」
そのまま黙り込んで、ティアナはそのページを見つめる。
極めて断片的にだが、ここに書かれている古代文字が読めていた。
「ティアナ……?」
「テイ……テス……、賢者の石?」
「!?」
テイテス、賢者の石。
テイテスとは、ルクリア国から北東へ向かった先にあるテイテス王国のことだろう。その二つの名前が、同じページに並んでいることに、チリー達を意味を感じざるを得ない。
「読めた! 読めたよ! もしかしたら、賢者の石はテイテス王国にあるのかも!」
はしゃいだ様子で、ティアナはそのページの切れ端を手に取ってチリー達へ見せる。二人にはその文字は読めなかったが、ついに見つかった明確な手がかりに、顔を見合わせて笑みを浮かべた。
「でかしたぜ! なんだよ読めるじゃねえか!」
「へへー、もっと褒めて良いっすよー!」
思わず浮かれるチリーとティアナだったが、そのすぐ傍で青蘭は血相を変えていた。
「まずいな……。そのページの切れ端は……奴らにとっては本と同等の扱いだったようだ」
がしゃりと、鎧の動く音がした。
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