episode28「Adamantite Sword,Adamantite Heart」

 ゲイラと対峙するシュエットを見て、シアはすぐにエリザの入った木箱を回収しに行こうとする。それほど遠くへは飛ばされていないハズだ。

 だがそれを、シュエットが振り向かないまま呼び止めた。


「シア! お前は先にミラルさんを頼む!」

「……アンタ、一人でやる気?」


 シアの問いに、シュエットは尚も振り向かず答える。


「さっきのを見ていなかったのか? 俺に任せておけ!」


 どちらにせよ、この状況ならまずミラルを敵から遠ざけるのが最優先だ。シュエットがゲイラに勝てようが勝てまいが、これ以外の選択肢は思いつかない。少なくともシュエットには。


 当然、シュエット自身も理解している。身体が全快していないことも、エリクシアン相手に人間が正面から立ち向かえるわけがないことも。


 サイラスとの戦いで、それこそ嫌というほど理解しているのだ。


 しかしそれでも立ち向かうのがシュエット・エレガンテである。


「行け! 早く!」


 シュエットが声を荒げると、シアは逡巡しながらもミラルの元へ駆けていく。


「無駄だ……! 元素十字エレメントクロス……ウィンド!」


 最初に放ったものよりも強い風が、シア目掛けて吹き付ける。しかし即座に割り込んだシュエットが、その風をアダマンタイトソードで切り裂いた。


(良い剣だな……団長!)


 あの元素十字エレメントクロスと呼ばれる魔法遺産オーパーツから放たれるものは、全て魔力で生み出されたものだ。炎も風も、実際のものとは性質が異なる。

 そのためか、魔力に対して耐性を持つアダマンタイトで打たれたアダマンタイトソードで両断することが出来るようなのだ。


 一度ならずニ度までも魔力を切られたゲイラは、シュエットを警戒して様子を伺っている。


 その間に、シアはミラルの元まで駆け寄り、その身体を抱き上げた。


 エリザから致命傷を受けているエトラはまだ起き上がる様子もない。


 シアがそのまま、ゲイラから目を離さず動きを止めたのを見てシュエットは安堵する。下手に離れればシュエットはミラルとシアを守れない。


 ゲイラの目的がミラルである以上、ミラルを捕らえられて飛び去られれば終わりだ。ミラルでゲイラの注意を引いたまま、チリーが来るまでミラルを守り続けるか、この場でゲイラを撃退するのがシュエットの役目である。


 ミラルを即座に助けに入れる距離で、かつ戦いにミラルとシアを巻き込まない。これで相手が飛行出来るというのだから分が悪いというレベルではない。最悪である。


「じゃあこうしようか。元素十字エレメントクロス……フレアッ!」


 今までよりも力強く放たれたゲイラの言葉に、元素十字エレメントクロスが答える。再び放たれた炎は、ミラルとシアの元へ向かっていく。


 当然二人を守るために割って入り、アダマンタイトソードを振るうシュエットだったが、二つに分かれた炎が、地面に落ちると二人を取り囲むように燃え盛った。


「何だと……ッ!?」

「少し強火にしておいたよ。まったく、僕はレディ相手にこんなことをしたくなかったんだが……」


 すぐに炎を切り裂こうとアダマンタイトソードを振り上げるシュエットだったが、そのためにゲイラに背を向けたのが間違いだった。

 シュエットの背中に、数十本の羽が突き刺さる。


「がッ……!」


 ゲイラの羽だ。


 彼の持つ異能は、翼と飛行能力だけではない。その翼に生えた羽を、鋭利な刃物のようにして射出することが出来るのだ。エリザの木箱を封じた羽と同じものである。


 一本ごとの殺傷力は決して高くない。ナイフにも及ばないだろう。だがそれが数十本、怪我の治り切っていない人間の背中に刺さればタダではすまない。


 すぐにシュエットはその場に膝をつくことになる。

 しかしそれでもアダマンタイトソードを握りしめるその姿を見下ろし、ゲイラは退屈そうに息をつく。


「……死なないか。威力が低過ぎて嫌になるよ本当。元素十字エレメントクロス……フレア


 唱え、ゲイラは炎を放つ。


「ッ……あああッ!」


 痛む身体を強引に動かし、シュエットは放たれた炎目掛けてアダマンタイトソードを振る。

 間一髪のところで切り裂かれた炎が消え去り、ゲイラは軽く舌打ちをした。


「あまり無駄撃ちさせないでもらえるかな?」

「……俺を倒すなら……まだまだ撃つ必要があるんじゃないか……?」


 今の口ぶりからして、恐らく元素十字エレメントクロスは無制限ではない。それがわかったこと自体は収穫だが、状況は既に手遅れだった。


「そいつを撃ちたくないなら……直接来いよ! 怖いのか?」

「挑発には乗らないよ」


 今度は、ゲイラの翼から放たれた数十本の羽がシュエットへ降り注ぐ。アダマンタイトソードでは、全ての羽を防ぎ切ることが出来ない上、今のシュエットでは避けることも難しい。


 なんとかアダマンタイトソードを盾に急所は守ったが、手足の至るところに羽が突き刺さっている。針で刺されたような痛みが無数に広がり、シュエットは意識を手放しかけた。


「さて、そろそろ終わりにさせてもらうよ」


 そう言って、ゲイラはふと気づく。


「……どこだ?」


 先程までシュエットの後ろで燃え盛っていたハズの炎が、いつの間にか消え去っている。それも、その炎に囲まれていたハズのミラルとシアまでもが姿を消しているのだ。

 そして次の瞬間、ゲイラは耳元で怖気だつような不気味な声を聞いた。


「ダ……キ……シ……メ……テ」

「――――ッ!?」


 背後にいたのは、殺人人形キリングドールのエリザだった。自動で前後に動作する右手のノコギリを振り上げ、ゲイラへと飛びかかってきている。


 状況が理解出来ないまま、ゲイラはエリザを回避した。しかしエリザの背後から、もう一つの影がゲイラ目掛けて飛び込んでくる。


「なッ……!?」


 その光景に、ゲイラは目を疑った。


 そこにいたのは、本来ゲイラから真っ先に逃げなければならないハズの――――ミラル・ペリドットだったからだ。


 一瞬の動揺が命取りとなり、ゲイラの身体にミラルが勢いよく飛びついた。そしてすぐさま、ミラルの身体からオーロラのような光が現れる。


「――――聖杯よっ! この男から魔力を奪いなさいっ!」


 ミラルが体内に持つ魔法遺産オーパーツ、聖杯。それは膨大な魔力の塊である賢者の石を制御するための器であり、同時にあらゆる魔力を操る対エリクシアン最強とも言える武器である。


 聖杯は、ミラルが直接触れたものに対して魔力を与えることも、奪うことも出来る。エリクシアンの持つ魔力を、生きたまま奪い去ることが出来るのだ。


「バカな……!? こんなことがあり得るのかッ……!?」


 今までに感じたことのないような虚脱感と共に、ゲイラの身体から急速に魔力が奪われていく。背中に形成されていた翼がボロボロと崩れ落ち、かき消えていく。そして気がつけば、ゲイラはミラルの下敷きになりながら地面に落下していた。


「かはッ……!」


 今のゲイラは、魔力を奪われたことによってエリクシアンではなくなってしまっている。そのため、普通の落下でもただの人間と同じように致命傷を受けるのだ。


 エリクシアンであることに慣れきっていたゲイラは、まるで城のてっぺんから叩き落されたかのような錯覚を覚えていた。


 意識を手放していくゲイラが最後に見たのは、自分の上でホッと一息ついているミラルの姿だった。




「……良かった。うまくいって」


 炎に囲まれた状態で目を覚まし、シアから状況を聞いて即席で立てた作戦だったが、どうにかうまくいったようでミラルは安堵する。


 一重に、シュエットが粘り強く引き付けておいてくれたおかげだ。


 炎が魔力で生成されたことを知るやいなや、ミラルはすぐに聖杯でその魔力を奪い取ることを試みた。魔力で作られた炎は、ただの魔力としてミラルの中に吸い込まれ、目論見通りかき消えたのである。


 動けるようになった二人は、シュエットが引き付けている内にエリザを回収。ミラルは解き放たれたエリザの背中にしがみつき、ゲイラ目掛けて飛び上がった彼女を囮に使ってゲイラから魔力を奪う作戦を立てたのである。


「シュエット、大丈夫!?」


 慌ててシュエットへ駆け寄ると、彼は笑顔でサムズアップしてみせる。


「当然! 俺が頑丈なのは知ってるでしょう?」


 かなり怪我をしてはいるが、命に別状はないらしい。

 それを知ってミラルが安堵していると、不意にシュエットが顔色を変えた。


「――――ミラルさん! 後ろだッ!」


 慌ててミラルが振り返ると、エリザがカタカタと音を立てながらミラルへ迫ってきていた。


「アソ……ボ……ネエ……」


 言葉とは裏腹に、エリザは容赦なくノコギリを振り上げる。思わず冷や汗をかくミラルだったが、すぐにエリザにシアが飛びついた。


「はい! どうどう! どうどう! 落ち着けってのよ!」

「アソンデ……アソンデ……」


 エリザはもうほとんど言うことを聞かない。シアが近づけばまた魔力の糸がシアの指にくっついたが、抗おうとする力がさっきよりも激しい。


 強引に動きを止めつつ、なんとか小指を五回、次に人差し指を一回、最後に親指を一回。エリザを沈めるための操作を両手で行い、どうにかエリザを眠らせた。


「……ったく、無茶苦茶すんじゃないわよ。失敗して落ちてたらどうするつもりだったわけ?」


 エリザを片付けつつ、呆れた様子で問うシアだったが、ミラルの方は屈託のない笑みを浮かべていた。


「その時は……次の手を考えます!」


 どいつもこいつも、うんざりする程タフだ。

 そう思って、シアは小さくため息をついた。

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