Season3「The Origins Of The Legend」

episode24「Bounty Huntress」

 かつて、その力で一つの国を破滅へと追いやった魔法遺産オーパーツ……賢者の石。


 三十年前、テイテス王国を崩壊させたその悲劇は赤き崩壊レッドブレイクダウンと呼ばれ、忌まわしき記憶として世界の歴史に刻み込まれた。


 制御出来ない膨大な力を持つ賢者の石だったが、ソレを制御する方法が一つだけあった。それが、ミラル・ペリドットの持つ魔法遺産オーパーツ、聖杯である。


 テイテス王国での悲劇の引き金の一つとなった少年、ルベル・Cチリー・ガーネットは、ミラルと出会い、賢者の石を破壊するための旅を始める。


 賢者の石の手がかりを見つけ出すため、テイテス王国へ向かう道中、二人はラズリル・ラズライトと共にヘルテュラシティを訪れた。


 しかし、ヘルテュラシティに眠る破壊兵器、殲滅巨兵モルスを狙うゲルビア帝国は、自国における最強の部隊、イモータル・セブンからサイラス・ブリッツ達を送り込んでいた。


 殲滅巨兵モルスを巡ってサイラス達と戦ったチリー達は、目覚めた殲滅巨兵モルスをミラルの聖杯の力によって破壊することに成功する。


 ヘルテュラシティを守るヴァレンタイン騎士団。そのメンバーであるシュエット・エレガンテや、団長のレクス・ヴァレンタインと共に戦うことで、チリーは守るために戦う生き方を知る。破壊と精算のためだけに戦うのではなく、ミラルや、賢者の石の被害者になり得る人達を守るために賢者の石を壊す旅を続ける。そう決めたチリーは、シュエットの案内で、ミラルと共に”ウヌム族の里”へ向かうことになった。


 ヘルテュラシティとテイテス王国の中間にあるその小さな里は、かつて世界を支配していた原初の魔法使いウィザーズ・オリジンの血を引く一族である。賢者の石、聖杯、原初の魔法使いウィザーズ・オリジン、それらの謎を紐解くため、一行はウヌム族の里へ向かった。



***



 ヘルテュラシティから出発した一行は、ローブを目深に被って顔を隠し、街道は避けて歩いていた。理由は簡単で、既にチリーとミラルはゲルビア帝国にマークされているのが明白だったからだ。サイラスはミラルの聖杯の力も、チリーのエリクシアンとしての力も両方見ている。報告は必ず本国まで届いているだろう。


 それに、ウヌム族の里は街道を普通に歩いていても見つかることはない。整備されていない森の奥に、ウヌム族はひっそりと住んでいるのだ。


 シュエットをおぶっていることもあって、三人の姿はどうしても目立つ。休む時間は最低限に抑え、なるべくはやく里に辿り着けるように急いだ。


「シュエットソード、聖剣エレガンテ、シュエットブレード、アダマンタイトシュエット……ぬあー! 決まらん! チリー、なにか思いつかんのか?」

「うるっせえな! どーでもいいだろーが剣の名前なんぞ!」

「いいわけあるか! 伝説の騎士の剣には固有の名前がついているものだろう!」

「だったらもうちょっと真面目に考えろよ! 大体なんだアダマンタイトシュエットって! お前がアダマンタイトで出来てンのか!?」

「……そうかも知れん」


 ふっ、などと笑みを見せつつそんなことをのたまうシュエットに、チリーは呆れ果ててため息をつく。


 このシュエットという男、実際に怪我は酷いのだが精神の方はやたらとピンピンしている。こうしてチリーにおぶさった状態でも、元気に騒げる程の余力があるらしい。


「普通にアダマンタイトソード……とかじゃダメなの?」


 剣の話題は今までスルーしていたミラルだったが、チリーとシュエットがこの言い合いをするのも大体三度目だ。ここらで適当な落とし所が必要だと思ったのか、やや控えめに提案する。


 最初こそ敬語を使っていたミラルだったが、ラズリル同様シュエットもやめるように頼んできたので今は使わないようにしている。ミラルとしても、この方が話しやすくて楽なのだ。


「ああ、もうそれでいいだろ」


 適当に答えるチリーだったが、その上でシュエットは小さく唸って悩んでいる。

 レクスが持っていた金剛鉄剣アダマンタイトブレードは、身の丈程もある片刃の大剣だ。それに対してシュエットが持つのは、アダマンタイトで打たれていること以外は一般的なロングソードである。形状的にもアダマンタイトソードが丁度いい落とし所だろう。


「良い案だがもう一押し欲しいところだな……! よし、保留にしよう!」


 通算三度目の保留である。


「アホくせー……こいつ降ろしていいか?」

「ダメよ……里に辿り着けなくなるわ」

「そうだぞ。困るのはお前だチリー」


 思わず放り投げたくなるのをグッとこらえて、チリーはシュエットを背負い直す。


 ヘルテュラシティを出てから、既に二日が経過している。


 初日から悪天候が続き、三日目の今日になってようやく満足に歩ける天候に落ち着いたのだ。今のうちに歩を進めておかなければならない。


 時刻は大体正午過ぎと言ったところだろうか。街道を避けていることもあってか、追っ手の気配はまだない。


 辺りは鬱蒼と草木が生い茂り、それなりに深い森の中、と言った様子だ。獣の気配も多く、夜中はチリーが警戒し続けていなければかなり危険な程だ。普通ならとっくの昔に遭難するなり獣の餌食になるなりしている。


「おいシュエット、これほんとに里に向かってんだろうな?」


 というかもう既に遭難しているのではないか、と言う不安はチリーの中でつきない。言わずもがな、ミラルも一抹の不安を覚えているところである。


「ハッハッハ、俺が何度里を訪れたと思っている。年に一度は父上と一緒に来ていたんだぞ」

「もしマジで地形覚えてるってンなら後で褒めてやるよ」

「遠慮するな、今褒めろ」


 言いつつ、シュエットは近くの木を指差す。


「あの木なんてもう少し小さい時から何度も見ている木だ。立派に育ったな、まるで俺のようだ」

「ああそーかい」

「根本を見てくれ、俺の名前が彫ってあるハズだぞ」


 適当に聞き流していたチリーも、それを聞いてなるほど、と頷く。目印があると言われれば説得力も高まる。

 すぐにミラルが木の根本を覗き込んだが、しばらく眺めた後眉をひそめて戻ってきた。


「……なかったわよ……」

「……そうか。そーゆーこともあるな、うん」

「おいこいつマジで降ろしていいか?」

「よせ。俺が死んだらどうする? 悲しいぞ……待て揺らすな傷口が開く!」


 ほんとにこの状態で里まで辿り着けるのだろうか……。そろそろ頭が痛くなってきそうなチリーだったが、不意になにかの気配を感じて真剣な顔つきになる。


「……チリー?」

「……俺から離れるな。追っ手だ」


 チリーは、気配だけですぐに理解する。これは獣の気配ではなく、人間の気配だと。


 数は一人。恐らくエリクシアンではないだろう。


 そこまで判断して、チリーは訝しむ。追っ手なら、こちらの正体をわかった上でたった一人で追いかけてくるだろうか? それとも、シュエットを背負っている今なら隙をつけると判断したのだろうか。


 しばらく動きを止めて様子を伺ったが、特に動きはない。


(……カマでもかけるか)


「気のせいだ。先を急ぐぜ」


 チリーが一言そう呟くと、隣でミラルがほっと胸をなでおろす。振り返るとシュエットが顔をしかめていたが、チリーは目で合図して見せた。


「おいチリー、まだいるぞ」

(……なんっも伝わっとらん)


 気配に気付ける程の鋭さはあるが、アイコンタクトは全然わかってくれないシュエットであった。


 ため息をつきかけるチリーだったが、そこで隠れていた追っ手の気配が動く。


 木の陰から飛び出し、全速力でこちらに向かってきた黒い影は、背後からチリー目掛けてショートソードを振り上げる。


 即座に、チリーはシュエットを背負ったまま高く跳躍した。


 チリーは体内の魔力を高い精度でコントロール出来る。全身をゆっくりと巡っていた魔力を、瞬間的に両足へ集中させ、わずかな屈伸運動から高く跳躍した。


「――っ!?」


 驚いた追っ手の頭上を飛び越え、追っ手の背後に着地する。すぐに振り返った追っ手は、美しいブロンドのウェーブヘアの女だった。


(なんだ……?)


 ゲルビア帝国の兵隊にしては格好が華美だ。


 黒い、すらりとしたラインのワンピースだがレースやフリルなどドレスのような装飾が多い。化粧にアクセサリー、黒い薔薇の髪飾りと、とにかく森の中に似つかわしくない女だ。おまけに、その細い背中に年頃の子供と同じくらいのサイズの箱なんぞ背負っているのだから珍妙だ。


 女はブロンドのウェーブヘアを揺らしながら、青い瞳でチリーを睨んでショートソードを振るう。


 動きが直線的だ。すぐに剣に関しては素人なのだとわかる。


 だが、その珍妙な格好と重そうな箱からは想像も出来ないくらいに動きは速い。チリーがただの人間だったら、とてもじゃないがシュエットを背負ったままでは回避出来ない速度だ。


「チリー! 最悪の場合俺を降ろせ!」

「おう!」


 女の剣をかわしつつ、チリーは即座にシュエットを地面におろす。ドサリと音はしたが、傷口が開く程の衝撃はないだろう。恐らく。


 両手が自由になったチリーは、剣を避けつつ女の腕を掴む。細い腕だったが、振りほどこうと反発する力は予想よりも強い。


「つっ……!」


 握りしめると、女はうめき声を上げた。緩んだ右腕から剣を奪い取り、チリーは適当に遠くへ放り投げる。


「その辺にしとけ」


 女はしばらくチリーを睨みつけていたが、やがて戦意をなくしたのか小さく息をつく。それを確認してから、チリーはミラルの方を向いた。


「ミラル、ロープ頼む」

「あ、うん……」

「はぁ!? ちょっと待ちなさいよ! 今のは放してくれる流れでしょうが!」

「ンなわけねえだろ! オラ大人しくしやがれ!」


 暴れる女は最終的にチリーに強引に捕らえられ、両手をロープできつめに縛られた。



***



 捕らえられた女は、そこから少し進んだ先の大木の傍まで連行された。尋問ついでに、チリー達も一休みしようという魂胆である。女は移動中もぶつくさと文句を言っていたが、チリーは取り合わず、ミラルも苦笑いするばかりだ。シュエットはチリーに背負い直された状態で、女をまじまじと見つめていた。


 余談だが、シュエットの名前が彫られている目印の木はその大木だった。


「アンタ、エリクシアンでしょ。動きが人間じゃなかったわ。手配書のルベルとかいうやつで間違いないわね」

「立場を弁えろ。今から質問するのは俺だ」


 凄んで見せるチリーだったが、女はそれを鼻で笑う。


「カッコつけてんじゃないわよ。欠片も殺気出さないで何言ってんだか」

「ンだとォ!?」


 女の言う通り、別にチリーは今からこの女をどうこうしようというつもりはない。追っ手だと過程した場合、いるなら他にどのくらいいるのか、どうやってこの付近に辿り着いたのか、等最低限回収しておきたい情報があるだけだった。


「あの、まずは名前から教えてもらえませんか?」


 どの道両手を縛られていてはどうしようもない。運良く隙をついて逃げられたとしても、この状態では獣の餌食だ。

 諦めて質問に応じることにした女は、深くため息をついた。


「シアよ。シア・ホリミオン。ゲルビアではてきとーに賞金稼ぎやってんの」

「まあ、大方俺とミラルに懸賞金でもかかってんだろうな。一人か?」

「あらお誘い? 悪いけどタイプじゃないわ。アンタお酒飲めるの?」

「他に仲間はいるのかって聞いてンだよ!」


 うんざりして頭を抱えるチリーを見て、シアは小さく笑みをこぼす。ペースはもうほとんどシアのものだ。


「あたしは一人よ。でも、ゲルビア兵の荷馬車に忍び込んできたから、連中はすぐ近くにいるわよ」


 シア自身は単独行動のようだが、既にゲルビア兵はチリー達を探してこの辺りまできているようだ。


 出発地点がヘルテュラシティなのはゲルビア帝国側にも伝わっている。その周辺に兵が送り込まれるのは自然なことだろう。


「……あー!」


 と、そこで突然シュエットが大声を上げる。


「ど、どうしたのシュエット……!」


 驚くミラルだったが、それには答えずシュエットはシアを指さした。


「シア! シアじゃないか!」

「だからさっきもそー言って……げ、もしかしてシュエット!?」


 シュエットに気づいた瞬間、シアは顔をしかめて後じさる。


「知り合いなの?」


 問うミラルに、シュエットは強く頷く。


「ああ! 聞き慣れない名字がついていて中々ピンと来なかったが、シアは俺の友人だ」

「違うわよ!」

「懐かしいなぁ。今までどこに行っていたんだ? 数年前から里にいないから心配したんだぞ」

「げぇ……」


 シュエットに、シアは心底嫌そうな顔を見せて辟易する。


「あんななんにもない閉鎖的な里、いつまでもいるわけないでしょーが! 冗談じゃないわよあんなクソ集落!」

「そうか? 俺は良いところだと思うが……」


 とぼけた調子でそう答えるシュエットだったが、不意に顔つきが真剣になる。


「……ちょっと待て。ゲルビア兵はすぐ近くまで来ていると言ったな、里は無事なのか!?」


 シュエットの言葉に、チリーもミラルもハッとなる。


 そしてシアは、一瞬だけ辛そうに顔を歪めた。

 しかしすぐに平然とした態度で笑って見せる。


「無事も何も、もうとっくに入り込まれてるわよ。手配書の二人が匿われてるんじゃないか、ってね」

「なんだとォ!?」


 語気を荒げるシュエットを茶化すように笑うシアだったが、そこに先程までの余裕はない。


 それに気づいたのか、ミラルは心配そうにシアを見つめていた。


「ま、ざまあないわよねー。むしろ今までほったらかしだったこと自体不思議なくらいだし、遅かれ早かれこうなったわよあんな場所」


 どこか自嘲気味に笑いながら、シアはそのまま続ける。


「部隊にはエリクシアンが編成されてる。里の連中は一般人よりは強いけど、それでも数とエリクシアンには叶わないわね。ババアもお気の毒様」

「おいシア! そんな言い方はないだろう! お前の故郷だぞ! それに大ババ様はお前の――――」

「うるさいわねぇ! あんなクソ田舎とクソババア、どうなっても知らないわよ! あんな小汚くて、時代遅れで、何もない…………」


 そこまで言って、シアは口ごもる。


 しばらくその場に重たい沈黙が訪れたが、やがてそれをミラルが破った。


「シアさんは……私達を捕まえてゲルビアに差し出そうとしたんですよね?」

「そうよ。それが?」

「……そうしたら、ゲルビア兵が引き上げて、里が助かるから……ですか?」


 ミラルは、まっすぐにシアを見つめていた。


 その目に魅入られていると、まるで自分が見透かされているような気がしてシアは居心地が悪かった。


 すぐには答えられず、逃げるようにしてシアは目をそらす。


「憶測で勝手なこと言わないでよね……」


 シアは、まさか行き先がここだとは思ってもいなかった。


 手配書の噂を聞き、捜索に向かうゲルビア兵を付け回し、荷馬車に勝手に潜り込んだ。ヘルテュラシティの付近だというのはわかっていたが、まさかウヌム族の里が発見されるとは思っていなかったのである。


 里が見つかったのも、単なる偶然だ。手配書の二人を探して街道を外れ、森の中を捜索している時に痕跡が見つかり、里が攻め込まれたのだ。


 感情がこぼれだしそうになるのをグッとこらえて、シアは顔をうつむかせる。


 ルベル・Cチリー・ガーネットは、赤き破壊神とまで呼ばれたエリクシアンだ。あのサイラス・ブリッツを退け、噂では殲滅巨兵モルスと呼ばれる巨大な魔法遺産オーパーツを破壊したという話もある。

 もしこの少年が味方だったら……と考えてしまうのを、シアはかぶりを振って振り払う。あくまで彼はゲルビア帝国の敵、というだけであり、シアの味方でもなければ里の味方でもない。


 そんなシアの顔を、いつの間にか屈んでチリーが覗き込んでいた。


「……何よ」

「別に。ただ、どうしてほしいか顔に書いてあるぜ。化粧より濃くな」


 そう言って、チリーは不敵に笑う。


 それが妙に頼もしく見えて、シアは抑えていた言葉を吐き出しそうになる。


 しかしチリーは、それを遮えるようにして立ち上がって口を開いた。


「言わんでいい。俺は里とババアに用があンだよ……勝手にやらせてもらうぜ」


 どこか怒りの色を映したチリーの双眸が、先を見据える。

 ミラルもシュエットも、一切異論はなかった。


「どうせ行き先は一緒だ。案内しな」


 チリーの言葉に、シアは恐る恐る頷いた。

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