episode20「The Fall of the Mors」

 ジッと見つめるミラルの瞳を、チリーはまっすぐに見つめ返す。

 あの日、チリーに協力を求めてきた時と同じ、澄んだ決意の込められた瞳だ。


「迷っている暇はないわ……! お願い!」


 出来ることなら、ミラルも自分の力で殲滅巨兵モルスに辿り着きたい。しかしそれが出来ないことは嫌という程わかっている。それと同時に、恐らくミラルの力でしか現状が打破出来ないこともはっきりと理解していた。


 殲滅巨兵モルスは強大だ。人の力では、エリクシアンだけの力ではとても敵わない。よしんば殲滅巨兵モルスを止められたとしても、そこには甚大な被害の痕が残る。既に周囲は悲惨な状態に陥っている。今頃町では音や揺れに驚いた人々が殲滅巨兵モルスに気づき、怯えているかも知れない。


「私には聖杯の力がある。どういうわけかわからないけど、人にはない力が、今私の中にある」


 そのまま、ミラルは続ける。


「チリーは言ったわよね? 自分の力を、守るための力だって……! 私だってそうよ! 私に力があるなら、守るために使いたい!」

「ミラル……」

「だから……一緒に守ってほしい。私達で力を合わせて、殲滅巨兵モルスを止めるのよ! きっと出来るハズよ!」


 ミラルだけでは止められない。チリーだけでは倒せない。

 だけど、二人で力を合わせれば変わる。


「……わかった」


 ミラルの言葉を咀嚼しながら、チリーはその手を差し出す。

 その手をミラルがそっと握り込むと、彼女が震えているのがわかった。それをそっと包むようにして握り直し、チリーは覚悟を決める。


「俺がお前を、殲滅巨兵モルスのところまで連れて行く! 俺達の手で、あいつを止めるぞッ!」

「……ええ!」


 チリーはすぐに、ミラルを背負う。このままミラルと共に、殲滅巨兵モルスへ接近するつもりなのだ。


「チリー! どこまで出来るかわからんが、陽動は俺がやる!」

「ああ、頼んだぜレクス!」


 殲滅巨兵モルスの意識はサイラスに集中しているが、いつチリー達に向くかわからない。危険な陽動作戦だったが、今はレクスを信じて託すしかない。


「……ラズもやった方がいい?」

「無理すんじゃねェよ、そこでシュエットを見てろ」


 それだけ言い捨てて、チリーはレクスと共に殲滅巨兵モルスへと駆け出していく。


 その背中を見つめつつ、ラズリルは小さく嘆息する。


「……頼んだよ」



***



 ミラルを背に乗せて走りながら、チリーは彼女の鼓動を感じていた。


 怖くないわけがない。


 あれだけの威力を持った殺戮兵器に、手が届く位置まで近づこうというのだ。普通なら思いついても実行しようとは思わない。

 だがそれでも、ミラルは決意した。聖杯の力を、守るために使うと。


「お前、強くなったな……」

「え……?」


 何も知らない、追われるだけだった商家の娘。


 わからないまま過酷な状況に放り出され、聖杯という重過ぎる運命をその身に宿してしまった少女。

 だがミラルは、その運命を自分の力だと解釈した。そしてそれが、人を守るために使えるものだと。


「俺も、そうでありたい。この力が、破壊の力じゃなく……誰かを守るための力だと……そう信じたい」


 赤き崩壊レッドブレイクダウンを引き起こし、エリクシアンになり、赤き破壊神と呼ばれるようになった。チリーがしてきたことは、どこまでも破壊ばかりだった。

 自分の中にあるのは、壊すためだけの力なんだと思っていた。


 だが、それを変えられるのだとしたら。それはチリー自身で変えるしかない。破壊ではなく、守るために力を振るう。そう生きていくしかない。


「……私はもう信じてる。わかってるわ……あなたは、破壊者なんかじゃないって」


 身体の奥底から、じんわりとしたぬくもりに満たされていくかのような心地だった。


 こんな危機的状況でも、力と勇気が湧いてくる。


 だが殲滅巨兵モルスはもう目前だ。いつまでも浸ってなどいられない。


 意を決して、チリーは殲滅巨兵モルス目掛けて跳び上がった。


 チリーには魔力がある程度感知出来る。殲滅巨兵モルスのどこが動力源なのか、チリーにはすぐに理解出来た。


殲滅巨兵モルスの胸部に魔力が集中してやがるッ! あそこが動力源だ! エリクシアンもそン中にいる!」


 チリーが跳躍したことで、殲滅巨兵モルスの目がチリーへと向けられる。しかしその瞬間、殲滅巨兵モルスの足元で金属音が鳴り響いた。

 レクスである。彼の金剛鉄剣アダマンタイトブレードが、殲滅巨兵モルスの足に叩きつけられたのだ。


「よそ見すんじゃねえッ! 俺とってんだろうがッ!」


 チリーとレクスに意識を向けかけていた殲滅巨兵モルスに、サイラスの火炎が直撃する。


「鬱陶しいんだよ……! 蟻と羽虫がッ!」


 黒い熱線の再充填は、戦いながら出来るものではないのだろう。ちょこまかと回避するサイラスとレクスに気を取られ、殲滅巨兵モルスは例の熱線を撃つ気配がない。


「ミラルッ! 捕まってろ! 放すンじゃねえぞッ!」

「ええ!」


 ぎゅっとチリーの身体にしがみつきながら、ミラルは殲滅巨兵モルスに視線を向ける。


 巨大な鋼鉄の怪物の振り回す腕が、チリーとミラルの頭上すれすれを通り過ぎていく。それでもミラルは、目を閉じることだけはしなかった。しっかりと殲滅巨兵モルスを見据える。チリーと同じように、まっすぐに。


「頼むぜ……ミラル!」


 殲滅巨兵モルスの動力源である胸部に辿り着き、ミラルは必死で手を伸ばす。殲滅巨兵モルスの胸部に触れると、凄まじい高熱を帯びているのがわかった。


「っ……!」


 ジュウ、と音が立つ程の熱だ。皮膚の焼ける臭いがする。


 それでもミラルは、苦痛に耐えながらも殲滅巨兵モルスの胸部に触れる。そしてザップの時と同じように、その魔力を奪い取ろうと力を込めた。


 ミラルの身体から発せられる七色の光が殲滅巨兵モルスの中に流れ込んでいく。しかしすぐに、ミラルは異変に気づいた。


「えっ……!?」


 殲滅巨兵モルスの持つ魔力が、膨大過ぎるのだ。


 ザップの時同様、魔力を奪っている感覚自体はある。だが殲滅巨兵モルスの動きは止まるどころか鈍る気配もない。


 そして次の瞬間、二人の眼前に殲滅巨兵モルスの腕が迫る。


「邪魔なんだよッ!」

「――――ッ!?」


 チリーはミラルをかばうようにして無理矢理身体を捻り、そのまま正面から殲滅巨兵モルスの拳を受けてしまう。

 鎧を一撃で砕かれながら、チリーはミラルと共に落ちていった。




「掴まれ……ッ」


 どうにかミラルを抱きかかえ、チリーは背中から地面に落下した。

 下から突き上げるような衝撃が背中から走り、チリーは吐血する。


「チリー! チリー……!」

「……俺はいい。お前は?」

「私は……大丈夫……」


 殲滅巨兵モルスに触れた時に右手のひらが焼けただれているが、それ以外の外傷はない。チリーが自身を盾にしてかばってくれたおかげだろう。


「失敗したのか……?」

「……ええ。ごめんなさい」

「謝る必要はねェ。それより、原因の方を考えるぞ」


 頷き、ミラルは殲滅巨兵モルスから感じたことをそのまま話し始める。


殲滅巨兵モルスの魔力、すごく大きかったわ……。簡単には無力化出来ない……」


 話すミラルの右手を見て、チリーは顔をしかめる。


 殲滅巨兵モルスの熱量は、近づいた時点でチリーも熱気でわかっていた。エリクシアンでもないミラルにとって、右手の火傷は耐え難い痛みだろう。それでもこらえて、ミラルは意識を保っている。


 今は再び飛び回るサイラスに集中しているようだが、そう何度もチャンスはないだろう。少なくとも、今の一撃をもう一度喰らった場合、ミラルを再び守りきれる保証がチリーにはない。


 チリーはすぐにでもミラルをラズリルの元へ返したかったが、当のミラルはまるで諦めている様子はなかった。


「……なるほどな。確かに殲滅巨兵モルスの中じゃとんでもねえ量の魔力が循環してやがる」


 それがリッキーの魔力なのか、殲滅巨兵モルスの持っていた魔力なのかはわからない。

 聖杯の力の限度はわからないが、ミラルがすぐに奪い切れる程の魔力量ではないのだろう。


「……なら、逆だ」

「逆?」

「ああ。殲滅巨兵モルスの野郎の魔力を増幅させる」

「で、でもそんなことしたら……!」

「一か八かだ。魔力を限界まで増幅させて……破裂させンだよ!」


 殲滅巨兵モルスの装甲は極めて硬い。外側から破壊するのは難しいだろう。

 だが、内側からならどうだろうか。


 殲滅巨兵モルスはエリクシアンではなく、あくまで”モノ”だ。中へ急激に必要以上の魔力を注ぎ込んだ場合、処理し切れずに漏れ出す可能性がある。


「ミラル……もう一度頼めるか?」

「……勿論よ」


 あれだけの火傷を負いながらも、ミラルは一切躊躇せずにそう答えた。


 時間はあまりない。サイラスはともかく、レクスが後どれくらいもつかもわからない。


 殲滅巨兵モルスはここで食い止めなければ、ヘルテュラシティが惨劇に見舞われる。それだけは絶対に回避しなければならなかった。


 チリーはミラルを背負うと、再び殲滅巨兵モルス目掛けて跳躍する。


 既にチリーの身体にも限界が近づいてきている。


 サイラスとの戦いに加えて、殲滅巨兵モルスとの戦闘で相当なダメージを負っているのだ。

 それでも、チリーは高く跳び上がる。


(こいつを食い止めることが出来たら……俺は、変われる気がする)


 壊すだけだと思っていた力に、別の意味を与えて、それを信じてやれる気がした。


(守るための力だって、胸を張れる気がする)

「おおおおおッ!」


 身体に残った最後の魔力を右腕に込めて、チリーは殲滅巨兵モルスの胸部に拳を叩き込む。

 その一撃が僅かな凹みを作り出し、チリーはそこに右手でしがみついた。


「ミラルゥゥゥゥッ!」

「お願い聖杯……! こいつを止めて……っ!!」


 今度は両手で、ミラルが殲滅巨兵モルスの胸部に触れる。


 再び高熱にさらされ、ミラルの両手が焼けただれていく。それでもミラルは、必死で殲滅巨兵モルスに触れ続けた。


 そしてその身体からオーロラのような光が現れ、魔力となって殲滅巨兵モルスの中に流れ込んでいく。


「なんだ……!? 何をしている!? は、はははははッ! なんだこれ、魔力が高まるぞォッ!」


 ミラルによって魔力を増幅された殲滅巨兵モルスの中から、リッキーの高笑いが響き渡る。

 その様子を見ながら、サイラスが顔をしかめた

「魔力が高まるだとォ……?」


 サイラスの視線が、ミラルの方へ向けられる。

 サイラスの中で、ミラルとラズリルがどうやってザップを処理したのかはずっと疑問として残っていた。


「何かあるな……あの娘」


 呟きつつ、サイラスが様子を見ている間も、ミラルは殲滅巨兵モルスの魔力を増幅させ続けていた。

 ただでさえ密度の高い魔力が循環していた殲滅巨兵モルスの魔力が、突如として更に膨れ上がる。


 その魔力の高まりが、リッキーにこれ以上ない全能感を与えていた。


「これだけの魔力があれば、もう誰にも負けやしない! カスケット家は僕の代で復権する! ははははははッ!」


 だが一つの器の中に、注がれる水の量の限度は常に一定だ。


 それは殲滅巨兵モルスとて例外ではない。

 いくら殲滅巨兵モルスが強大とは言え、その中に溜め込める魔力の量にも当然限度がある。無尽蔵に何かを溜め続けられる概念など、あるハズもない。


 容量をオーバーした器が辿る未来は一つ。


「あ、……れ……?」


 破裂だ。


 殲滅巨兵モルスの中で増えすぎた魔力が暴走を始める。まともに立っていられず、殲滅巨兵モルスはふらふらとよろめき始めた。


 チリーには、殲滅巨兵モルスの中で魔力が胎動するのが感じられた。制御し切れず、破裂する寸前なのだろう。


「離れるぞッ!」


 ミラルの返事を待たず、チリーは殲滅巨兵モルスの胸部を強く蹴り込んで後方へ飛び跳ねる。


「レクス! 殲滅巨兵モルスは爆発する! 離れろッ!」

「なんだと!?」


 殲滅巨兵モルスの全身が軋み、プスプスと燃えカスのような音が立ち始める。


 そしてチリー達の背後で、殲滅巨兵モルスの身体は魔力に耐え切れず、爆発四散した。

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