episode20「The Fall of the Mors」
ジッと見つめるミラルの瞳を、チリーはまっすぐに見つめ返す。
あの日、チリーに協力を求めてきた時と同じ、澄んだ決意の込められた瞳だ。
「迷っている暇はないわ……! お願い!」
出来ることなら、ミラルも自分の力で
「私には聖杯の力がある。どういうわけかわからないけど、人にはない力が、今私の中にある」
そのまま、ミラルは続ける。
「チリーは言ったわよね? 自分の力を、守るための力だって……! 私だってそうよ! 私に力があるなら、守るために使いたい!」
「ミラル……」
「だから……一緒に守ってほしい。私達で力を合わせて、
ミラルだけでは止められない。チリーだけでは倒せない。
だけど、二人で力を合わせれば変わる。
「……わかった」
ミラルの言葉を咀嚼しながら、チリーはその手を差し出す。
その手をミラルがそっと握り込むと、彼女が震えているのがわかった。それをそっと包むようにして握り直し、チリーは覚悟を決める。
「俺がお前を、
「……ええ!」
チリーはすぐに、ミラルを背負う。このままミラルと共に、
「チリー! どこまで出来るかわからんが、陽動は俺がやる!」
「ああ、頼んだぜレクス!」
「……ラズもやった方がいい?」
「無理すんじゃねェよ、そこでシュエットを見てろ」
それだけ言い捨てて、チリーはレクスと共に
その背中を見つめつつ、ラズリルは小さく嘆息する。
「……頼んだよ」
***
ミラルを背に乗せて走りながら、チリーは彼女の鼓動を感じていた。
怖くないわけがない。
あれだけの威力を持った殺戮兵器に、手が届く位置まで近づこうというのだ。普通なら思いついても実行しようとは思わない。
だがそれでも、ミラルは決意した。聖杯の力を、守るために使うと。
「お前、強くなったな……」
「え……?」
何も知らない、追われるだけだった商家の娘。
わからないまま過酷な状況に放り出され、聖杯という重過ぎる運命をその身に宿してしまった少女。
だがミラルは、その運命を自分の力だと解釈した。そしてそれが、人を守るために使えるものだと。
「俺も、そうでありたい。この力が、破壊の力じゃなく……誰かを守るための力だと……そう信じたい」
自分の中にあるのは、壊すためだけの力なんだと思っていた。
だが、それを変えられるのだとしたら。それはチリー自身で変えるしかない。破壊ではなく、守るために力を振るう。そう生きていくしかない。
「……私はもう信じてる。わかってるわ……あなたは、破壊者なんかじゃないって」
身体の奥底から、じんわりとしたぬくもりに満たされていくかのような心地だった。
こんな危機的状況でも、力と勇気が湧いてくる。
だが
意を決して、チリーは
チリーには魔力がある程度感知出来る。
「
チリーが跳躍したことで、
レクスである。彼の
「よそ見すんじゃねえッ! 俺と
チリーとレクスに意識を向けかけていた
「鬱陶しいんだよ……! 蟻と羽虫がッ!」
黒い熱線の再充填は、戦いながら出来るものではないのだろう。ちょこまかと回避するサイラスとレクスに気を取られ、
「ミラルッ! 捕まってろ! 放すンじゃねえぞッ!」
「ええ!」
ぎゅっとチリーの身体にしがみつきながら、ミラルは
巨大な鋼鉄の怪物の振り回す腕が、チリーとミラルの頭上すれすれを通り過ぎていく。それでもミラルは、目を閉じることだけはしなかった。しっかりと
「頼むぜ……ミラル!」
「っ……!」
ジュウ、と音が立つ程の熱だ。皮膚の焼ける臭いがする。
それでもミラルは、苦痛に耐えながらも
ミラルの身体から発せられる七色の光が
「えっ……!?」
ザップの時同様、魔力を奪っている感覚自体はある。だが
そして次の瞬間、二人の眼前に
「邪魔なんだよッ!」
「――――ッ!?」
チリーはミラルをかばうようにして無理矢理身体を捻り、そのまま正面から
鎧を一撃で砕かれながら、チリーはミラルと共に落ちていった。
「掴まれ……ッ」
どうにかミラルを抱きかかえ、チリーは背中から地面に落下した。
下から突き上げるような衝撃が背中から走り、チリーは吐血する。
「チリー! チリー……!」
「……俺はいい。お前は?」
「私は……大丈夫……」
「失敗したのか……?」
「……ええ。ごめんなさい」
「謝る必要はねェ。それより、原因の方を考えるぞ」
頷き、ミラルは
「
話すミラルの右手を見て、チリーは顔をしかめる。
今は再び飛び回るサイラスに集中しているようだが、そう何度もチャンスはないだろう。少なくとも、今の一撃をもう一度喰らった場合、ミラルを再び守りきれる保証がチリーにはない。
チリーはすぐにでもミラルをラズリルの元へ返したかったが、当のミラルはまるで諦めている様子はなかった。
「……なるほどな。確かに
それがリッキーの魔力なのか、
聖杯の力の限度はわからないが、ミラルがすぐに奪い切れる程の魔力量ではないのだろう。
「……なら、逆だ」
「逆?」
「ああ。
「で、でもそんなことしたら……!」
「一か八かだ。魔力を限界まで増幅させて……破裂させンだよ!」
だが、内側からならどうだろうか。
「ミラル……もう一度頼めるか?」
「……勿論よ」
あれだけの火傷を負いながらも、ミラルは一切躊躇せずにそう答えた。
時間はあまりない。サイラスはともかく、レクスが後どれくらいもつかもわからない。
チリーはミラルを背負うと、再び
既にチリーの身体にも限界が近づいてきている。
サイラスとの戦いに加えて、
それでも、チリーは高く跳び上がる。
(こいつを食い止めることが出来たら……俺は、変われる気がする)
壊すだけだと思っていた力に、別の意味を与えて、それを信じてやれる気がした。
(守るための力だって、胸を張れる気がする)
「おおおおおッ!」
身体に残った最後の魔力を右腕に込めて、チリーは
その一撃が僅かな凹みを作り出し、チリーはそこに右手でしがみついた。
「ミラルゥゥゥゥッ!」
「お願い聖杯……! こいつを止めて……っ!!」
今度は両手で、ミラルが
再び高熱にさらされ、ミラルの両手が焼けただれていく。それでもミラルは、必死で
そしてその身体からオーロラのような光が現れ、魔力となって
「なんだ……!? 何をしている!? は、はははははッ! なんだこれ、魔力が高まるぞォッ!」
ミラルによって魔力を増幅された
その様子を見ながら、サイラスが顔をしかめた
。
「魔力が高まるだとォ……?」
サイラスの視線が、ミラルの方へ向けられる。
サイラスの中で、ミラルとラズリルがどうやってザップを処理したのかはずっと疑問として残っていた。
「何かあるな……あの娘」
呟きつつ、サイラスが様子を見ている間も、ミラルは
ただでさえ密度の高い魔力が循環していた
その魔力の高まりが、リッキーにこれ以上ない全能感を与えていた。
「これだけの魔力があれば、もう誰にも負けやしない! カスケット家は僕の代で復権する! ははははははッ!」
だが一つの器の中に、注がれる水の量の限度は常に一定だ。
それは
いくら
容量をオーバーした器が辿る未来は一つ。
「あ、……れ……?」
破裂だ。
チリーには、
「離れるぞッ!」
ミラルの返事を待たず、チリーは
「レクス!
「なんだと!?」
そしてチリー達の背後で、
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