episode19「Trust You,Trust Me」

 事態は、およそ想像し得る最悪の状況へ発展しつつある。


 殲滅巨兵モルスの標的はこの場にいる全員だ。それに、このまま戦いを放っておけば、ヴァレンタイン邸はもちろん、被害はヘルテュラシティ全体に行き渡るだろう。


 殲滅巨兵モルスは、ここで破壊するしかない。


 チリーがそう決意しつつ、思考を巡らせていると、レクスが隣で強くうなずいた。


「……このまま放っておくわけにはいかない。出来るかわからんが、俺達で破壊するしかない」


 金剛鉄剣アダマンタイトブレードを強く握りしめ、レクスは殲滅巨兵モルスを見据えた。


「レクス、お前言ったよな。装甲が硬すぎたってよ」

「ああ……」

「だったらそいつをぶち抜けるか、俺が試す。もうわかってると思うが、俺はエリクシアンだ。試す価値はあると思うぜ」


 レクスがうなずいたのをチラリと見てから、チリーは殲滅巨兵モルス目掛けて駆け出していく。


 殲滅巨兵モルスは、悠然と佇んでこちらを見下ろしている状態だった。あの巨大な拳をこのまま振り回されれば、屋敷は今度こそ全壊する。もっとも、屋根がなくなりそこかしこが焼けた屋敷は既に滅茶苦茶なのだが。


 高く跳躍し、拳に魔力を集中させる。

 魔力を込めて殲滅巨兵モルスへ拳を突き出すと、そこから赤い閃光が射出された。

 高密度の魔力が圧縮された、分厚い魔力の熱線だ。それが高速で殲滅巨兵モルス目掛けて飛来する。


「――ッ!」


 殲滅巨兵モルスは、突如飛来した熱線に驚くような仕草を見せた。しかし防ぐよりも、殲滅巨兵モルスの土手っ腹に熱線が直撃する方が遥かに早い。

 爆音を立てながら、殲滅巨兵モルスがよろめき、数歩後退する。


「効いたか!?」


 少し後方で、レクスの声が期待を帯びる。だがその期待はすぐに裏切られた。


「なんだよ……痒いじゃないか?」


 無傷、というわけではないがその損傷は極めて軽微だ。

 晴れていく煙の中から現れた殲滅巨兵モルスの身体には、傷や凹みはあるが精々その程度だ。


「なるほど……確かに硬ェな」


 着地しつつ、チリーは舌打ちする。


 ダメージがないわけではない。今の一撃を何度も繰り返せば最後には破壊出来るだろう。ただその回数が数十か、数百か。あまり現実的ではなかった。少なくとも動き、こちらへ攻撃してくる殲滅巨兵モルスが相手では。


 瞬間、チリーの方へ殲滅巨兵モルスの拳が振り下ろされる。


「チッ……!」


 まだ屋敷の中に人がいる可能性がある。チリーは再度舌打ちすると、振り下ろされる拳目掛けて魔力の熱線を放った。

 下から迎撃された殲滅巨兵モルスの拳が、反動で上へ放られる。バランスを崩してよろめいた隙に、チリーは殲滅巨兵モルスの土手っ腹目掛けて再び熱線を放った。


 直撃した殲滅巨兵モルスの身体は、そのまま後ろへ仰向けに倒れた。

 大量の木々をへし折り、地面にクレーターを作り出す。


「なんてパワーだ……!」


 レクス達がどれだけ挑んでも、僅かに傷をつけるのが精一杯だった殲滅巨兵モルスが、たった一人の少年によって仰向けにされている。当然、これで終わりではないだろうが、レクスは改めてエリクシアンの力に驚愕した。


「おい、起き上がる前にここを離れるぞ!」


 肩で息をしつつ、チリーが叫ぶ。今のところ、中にいるリッキーがまだ完全に操作に慣れていないせいなのか、時間稼ぎくらいは出来る。だがそれも長くはもたないだろう。


 殲滅巨兵モルスは、中々起き上がれないでいる。今の内に、レクスやミラル達を連れて屋敷から離れようと考えたチリーの元へ、屋敷の奥からジェインが駆けつけた。


「屋敷の中にいた者は全員避難させたぞ!」

「ジェイン!」


 駆け寄るレクスに、ジェインが大きくうなずく。


「なるべく屋敷から離れるぞ!」


 チリーのその言葉に頷き、全員が行動を開始した。



***



 屋敷からある程度離れ、チリー達は一度大木の影に身を隠す。意識を取り戻さないシュエットを少し離れた位置に寝かし、殲滅巨兵モルスに見つかるまでの僅かな時間を使ってチリー達は作戦を立てることにした。


「あいつがぶっ壊れるまで攻撃し続けりゃなんとかなるかも知れねェが……間違いなくもたねェ」


 チリーの攻撃はダメージを与えることが出来るが、それ程大きなダメージは与えられない。装甲を削ることは出来ても、本体にダメージが通らないのだ。弱点らしき部位があればよかったのだが、今のところそれらしき部分は見当たらない。


「足だけでも破壊出来ないか? せめて機動力が奪えれば……」


 レクスがそう提案すると同時に、殲滅巨兵モルスが起き上がり、足音を立てるのが聞こえた。


「足に集中すりゃ出来るかもな。……やってみるか?」


 そう話している内に、チリーは殲滅巨兵モルスのいる方向から膨大な魔力を感知する。


「――――まずいッ! 伏せろ!」


 次の瞬間、ドス黒い閃光がチリー達目掛けて放たれた。

 それは木々を焼き尽くし、地面を抉り、範囲内の全てを”殲滅”しながら向かってくる。


 即座に、チリーとレクスが全員をかばうようにして立つ。


「耐えてくれ……ッ! 金剛鉄剣アダマンタイトブレードッ!」


 レクスの剣――――金剛鉄剣アダマンタイトブレードは、魔力に対して耐性を持つ特殊な金属で打たれた特注武器だ。アダマンタイトを用いたその大剣は、理論上、魔力による攻撃に対して盾の機能をもち得る。


 レクスは金剛鉄剣アダマンタイトブレードを通して、殲滅巨兵モルスの熱線の衝撃を激しく感じ取っていた。

 今にも腕が千切れそうになる衝撃に耐えながら、レクスは金剛鉄剣アダマンタイトブレードで後方の人々を守り続ける。


 その隣では、自身の鎧で正面から殲滅巨兵モルスの熱線を受け止めるチリーの姿があった。


 やがて、熱線が収まる。


 そこに残っていたのは、鎧がボロボロになったチリーと、所々欠けた金剛鉄剣アダマンタイトブレードを構えた傷だらけのレクス。そして、その後方の人々……だけである。


 残りは根こそぎ殲滅された。木々も、地面も、塵一つ残らない。巨大なクレーターの中にポツンと残った草の生えた地面の上に、チリー達はなんとか立っていた。


「ハァッ……ハァッ……!」


 今のを連発されれば勝ち目はない。


 あんなものが町に放たれればひとたまりもない。


 おまけに今ので相当な体力を持っていかれたチリーは、再び魔力をチャージし始めているであろう前方の殲滅巨兵モルスを睨みつけた。


「何か……何か手はねェのか……!?」


 再び、殲滅巨兵モルスの魔力が再充填される。次の攻撃は完全には防ぎ切れない。

 それでも……


「クソッ! お前ら俺から離れんじゃねェぞッ!」


 後ろにいる全員にそう叫び、チリーは身構える。


 殲滅巨兵モルスの魔力はあの顔らしき部分に充填されている。ドス黒い輝きが殲滅巨兵モルスの顔から発せられ、チリーが歯を食いしばった――その時だった。


 突如、殲滅巨兵モルスの頭部に、下側から激しい衝撃が起こる。

 角度をずらされた殲滅巨兵モルスは、斜め上空に向かってドス黒い熱線を放った。


「今のは……ッ!」


 殲滅巨兵モルスの頭部を下から殴ったのは、あのサイラスだった。

 そのままサイラスは殲滅巨兵モルスに対して数発ぶち込み、よろけたところに口から火炎を吐き出した。


 殲滅巨兵モルスの装甲はサイラスの火炎でも焼けたり溶けたりすることはなかったが、勢いよく吐き出された火炎は殲滅巨兵モルスの身体を再び仰向けに倒した。


「よォリッキー! やるじゃねえかァ! 今のお前とるのも悪かねェッ!!」

「この戦闘狂のイカレ野郎! これ以上お前みたいなのの下でやってられるか!」


 再び起き上がった殲滅巨兵モルスは、飛び回るサイラス目掛けて拳を振り回す。サイラスはそれらを全てかわしつつ、ヒットアンドアウェイで殲滅巨兵モルスに打撃を与えていく。


 あれだけの攻撃を受けてもまだ闘いに執着する姿に、チリーは顔をしかめたが、ある意味これはチャンスでもある。


 しかし、サイラスを戦力にカウントした上で殲滅巨兵モルスを完全に止めるのは現状難しい。あの黒い熱線を何度も撃たれればそれだけで終わりだ。サイラスとて無事ではすまないだろう。

 サイラスが接近戦を仕掛け、魔力の再充填を妨害している今の内に、何か打開策を思いつかなければならない。


「クソッ……!」


 この傷ついた状態で、レクスと共に殲滅巨兵モルスを攻撃し続けるしかないのか?


「チリー!」


 拳を握りしめ、殲滅巨兵モルスの元へ向かおうとしたチリーの元に、ミラルが駆け寄ってくる。


「バカ! 離れてろ!」

「待ってチリー! 私に……考えがあるの」


 ミラルがそう言うと、後ろでラズリルがピクリと反応を示す。


「まさかミラルくん……」


 ラズリルに対して小さく頷き、ミラルはチリーへ視線を戻した。


「聖杯の力を使えないかしら」

「何……?」


 ミラルの言葉に、チリーはハッとなる。


 殲滅巨兵モルスの動力源が魔力なのは、チリーにはすぐにわかった。サイラスとの会話や消去法から、中にリッキーがいるのもわかっている。恐らくリッキーが魔力炉として動力源になり、殲滅巨兵モルスを動かしているのだろう。


 なら、魔力を操作する聖杯の力は、確かに有効かも知れない。


 だが……


「恐らくミラルくんの聖杯は、触れなければ効果を発揮出来ない! 殲滅巨兵モルスに触ることの出来る距離まで近づくことになるんだよ!?」


 ラズリルの言う通り、ミラルの力は触れなければ発動しない。ミラルを殲滅巨兵モルスに近づければ、どうなるか想像するまでもなかった。


 すぐに、チリーは首を左右に振った。


「駄目だ。危険過ぎる」

「わかってるわよそんなこと! でも、他に方法なんてあるの!?」


 ミラルの言葉に、チリーは言い返せなかった。


 現状、このまま殲滅巨兵モルスと戦い続ければジリ貧になって全滅するだろう。

 だがこの場からチリー達が逃げ出せば、町は巻き込まれる。そしてそのまま、あの危険な兵器がゲルビア帝国へと渡るのだ。


「……死なせたくねェ」


 呟くようなか細い声が、チリーから漏れる。


「俺は、お前を死なせたくねェッ!」


 繰り返したくなかった。

 あの時、自身の魔力を抑えきれずに暴走した時に感じた恐怖がこびりついている。


「……チリー、私を信じて」

「ミラル……」

「私はチリーを信じてる。だから、力を貸してほしい。私を、殲滅巨兵モルスのところまで連れて行って!」


 決意を秘めたミラルの言葉に、チリーは息を呑んだ。

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