episode15「Blade and Struggle」
時間は、チリー達が屋敷にたどり着く少し前まで遡る。
ジェインによって屋敷の外へと弾き出されたレクスは、再び中庭でジェインと対峙していた。
ジェインは元々、レクスへ剣を教えた師にあたる人物だ。レクスはその太刀筋や戦い方をよく理解している。
しているからこそ、意識がないとは言えそう簡単に対処出来る相手ではないこともよくわかっていた。
だが意識がないせいか、本気で剣を振るうジェインから感じる、ひりついた感覚はない。それを根拠に、レクスは仮説を立てる。
「操られているんだな……ジェイン!」
サイラス達イモータル・セブンはエリクシアンだ。エリクシアンの持つ特異な能力は、何も直接戦闘に関連するものだけではない。
「目を覚ませジェイン!」
ジェインを傷つけまいとなんとかジェインの剣を回避し続けるレクスだったが、それにも限界が訪れる。
レクスは背負っていた大剣を引き抜き、ジェインの剣を受け止めた。
銀色の巨大な刀身が煌めく。レクス自身の身の丈程もある巨大な大剣――アダマンタイトブレードはレクスが特注で作らせた武器だ。
レクスは勢いよく、
普通の剣とは比べ物にならないような質量が風を裂き、音を立てる。ジェインの剣は派手に弾かれ、たたらを踏む。
すかさずレクスは踏み込み、ジェインへ接近するとその胸ぐらを掴んだ。
「ジェイン!」
レクスの言葉に、ジェインはすぐには答えなかった。
しかしやがて、虚ろだった目に光が戻る。
「……レクス」
ジェインがそう呟いた瞬間、レクスは一瞬安堵のあまり気を抜いた。だがすぐに、ジェインの表情と身体の動きが一致していないことに気づく。
「――――ッ!」
意識を取り戻し、半ば困惑しているジェインの表情とは裏腹に、ジェインの身体は隙を見せたレクスへ襲いかかる。
後一秒でも反応が遅ければ斬られていただろう。レクスは即座にジェインから距離を取り、その様子を観察した。
ジェインの目は、ジッとレクスを見つめていた。意識を失っている様子もない。殺気は一切感じられなかった。
しかしそれに反して、ジェインの身体はレクスに剣を向ける。どうやらジェインが取り戻したのは意識だけで、身体のコントロールまで取り戻したわけではないらしい。
「俺を斬れ」
そして静かに、ジェインはそう告げた。
「何言ってやがる……! 出来るわけねェだろ!」
悲鳴じみた声を上げて、レクスは更に続ける。
「アンタ程の男が、敵に良いようにされてんじゃねェよ! ”団長”!」
「俺はもう団長じゃねえよ……わかってるだろ?」
再び、ジェインがレクスへ斬りかかる。それを
レクスはなるべくジェインを傷つけずに事を収めたかったが、意識を取り戻した上で斬りかかってくる辺り、身体に対する支配は相当強力だとわかる。
「今の団長はお前だろ、
「……それでも俺にとっちゃ、アンタは団長なんだよ!」
ジェインは元々、ヴァレンタイン騎士団の団長だった男だ。弟子であり、ヘルテュラの英雄となったレクスを団長として推薦し、現在は副団長としてレクスを支える立場にある。
「いつまでもオッサンが団長なんぞやってらんねえよ! それに、実力じゃもうお前の方が上だろうが!」
「違う! ……アンタは、あの時の傷さえなきゃ……ッ!」
表向きは新たな世代を育成するためだったが、実際は少し違う。
ジェインが団長職を退いたのは、かつてゲルビアに攻め込まれた時の戦いで負った怪我が原因だ。
「俺は結局……こうして町を危険に曝しちまった……! 団長の器なんかじゃ……」
言いかけたレクスの言葉を遮るかのように、ジェインが
その勢いのまま、レクスの身体が押し出される。よろけたレクスに対して、ジェインは鋭い視線を向けた。
「泣き言はやめろッ!」
「……ジェイン」
「敵に良いようにされてんじゃねェとは言うがな……同じことをお前に言いたい奴がいるハズだ!」
レクスの脳裏を、シュエットの顔がよぎる。だがそれを振り払うようにして、レクスは小さくかぶりを振った。
「……俺はもう、犠牲を出したくない」
かつての戦いで、レクスはうんざりする程見てしまった。
傷つき、死んでいく仲間も、攻め込まれる町も。
ジェインが大怪我をしたのも、戦いの中でレクスをかばったことが原因だ。
いつだってレクスの中にはあの時の光景がまざまざと蘇る。
そして何度だって誓うのだ。
あの惨劇を繰り返さないためなら、泥でもなんでもかぶると。それが例え、自分を敬愛してくれていた団員からの軽蔑の視線であってもだ。
「お前はあの時の戦いで怖くなっちまってるんだろ!?」
叫び、駆けるジェイン。その気迫は、操られているとは思えない程のものだ。剣を振るうジェインは、この状況で必死に何かを伝えようとしている。
それを、レクスは
「だが思い出せよ……! お前が率いるヴァレンタイン騎士団は、一緒に戦えない程弱い連中か!?」
「……ッ!」
その時突然、レクスは急に周囲の声が聞こえるようになった気がした。
ただ目の前のジェインに必死になっていたレクスに、周囲の声が一気に流れ込む。
ヴァレンタイン騎士団は戦っていた。
サイラスの指示で攻め込んできたゲルビア兵と、まだ戦っているのだ。
「俺達の町を、これ以上荒らさせるな!」
そんな叫びが聞こえてきた時、レクスは一瞬愕然とした。
「率いるということは、背負って立つことでも全員を頭がかばうことでもない! わかるな? レクス!」
押し込まれるジェインの剣を受け止めたまま、レクスはジェインの言葉に耳を傾ける。
「”共に戦う”ということだ……! 団長が盾なんじゃねえ、ヴァレンタイン騎士団全員でこの町の、この国の盾であり……剣だ!」
いつからか、レクスは守るために戦うことをやめた。
あの日、仲間達が倒れゆく中、たった一人で抗い続けて……慣れ親しんだ町を地獄と見紛った。
二度と団員や町の人達を傷つけないために、レクスは剣を降ろし頭を垂れた。
共に戦うなんて考えは思い浮かばなかったのだ。
シュエット・エレガンテは、団員達はいつだってすぐそばで戦っていたのに。
「さあ来いレクス! 俺を斬れ! そして……ゲルビアのクソ共に、思い知らせてやれ!」
ジェインの剣が勢いを増す。繰り出される剣戟を
もう、迷っている余裕はない。
再び、レクスはジェインの剣を振り払う。力強く振り切られた
ジェインの身体が剣を握り直し、一度レクスから距離を取って構え直す。
「レクスさん!」
レクスの背後から聞こえた声は、ミラルのものだった。
振り向けば、訓練所からここまで向かってきたミラル、チリー、ラズリルの三人の姿が見える。
レクスはあえてジェインに視線を戻しながら、三人へ背を向けたまま告げる。
「……ここはいい。それより、中でシュエットが戦っている……頼めるか?」
その言葉に、チリーが静かに頷く。
「任せな。待ってるぜ」
それだけ告げて、チリーを先頭に三人は屋敷の中へと入っていく。ジェインは、それを追おうとはしなかった。
あくまでレクスと戦うことだけを命じられているのか、それともジェインがあらがったのか、理由はわからなかったが。
「行くぜジェイン……俺ァもう加減しねェぞ!」
ようやく構えたレクスに、ジェインは笑みをこぼす。
「言ってくれるぜ”坊主”が……! 不本意な形だが、久々に本気の稽古と行こうじゃねえか!」
二人の剣が交わる。
守ることをやめたレクスの剣が、ジェイン目掛けて怒涛の勢いで繰り出された。
***
チリーとサイラスの戦いは、ほとんど互角と言っても差し支えなかった。
互いに全く小細工を弄さず、素手での攻防が続いている。
サイラスは軍服こそまとっているものの、その戦い方はチリーと同じ”喧嘩”のやり方だ。場所はヴァレンタイン邸のホールだが、そこで繰り広げられているのは最早路地裏の喧嘩だ。ただ一つ路地裏の喧嘩と違うことがあるとすれば……その戦いが素人では一切手出し出来ないレベルで行われていることだけだ。
「良いねぇ……最高だぜお前! 最初っからレクスよりもお前に声かけるんだったなァ!」
繰り出されるサイラスの拳を避けながら、チリーは微かに笑みをこぼす。
闘争。
本能が求める闘争への渇望は、何もサイラスだけのものではない。無闇に戦うことは好まずとも、チリーの中にも確実にある衝動だった。己の全てを出し尽くし、思う存分に他者と戦い、競い合う。そこにどうしようもない愉しみを見出してしまうのは、人間を含む多くの生物が……その中でもとりわけ雄が有史以前から刻み込んでいた狩猟本能がそうさせているのだろうか。
だがそれでも、本能や衝動に抗わなければ人は人足り得ない。闘争を求め、獣に成り果てることは堕落に他ならない。特に、エリクシアンのような力のある存在は……。
チリーは視界の端で、ザップと交戦するラズリルの姿を見ていた。
ザップがエリクシアンであることを考えれば、あの場をラズリルとミラルで切り抜けるのは極めて難しい。一刻も早くサイラスとの戦いを切り上げて、救援に向かう必要がある。
正面からの殴り合いは心を昂らせるが、このままサイラスに付き合って獣になれば”また”失うことになりかねない。
「もっとだ! お前もっとやれそうじゃねえか! 本気出せよガキィッ!」
サイラスの戦闘力は高い。素手での戦いに手慣れており、状況を愉しもうと言う余裕がある。この単純な応酬をあえて演出しているかのようだ。
試しにチリーが右拳で僅かにフェイントをかけると、サイラスはすぐに乗ってきた。続いて左拳。二度のフェイントを見せ、両方に反応したサイラスの腹部に左足でミドルキックを叩き込む。
ガードが間に合わず、ミドルキックをそのまま喰らったサイラスはその勢いのままチリーから距離を取った。
「テメエの方こそ適当やってンじゃねえぞ」
「相手からそんな言葉を言われたのは久しぶりだな……唆るぜ、お前は!」
サイラスはまだ、エリクシアンとしての能力らしきものもまだ発動しているように見えない。もしまだ本気で戦っていないのなら、いっそのこと今の内に攻め切って、ミラル達の救援に向かった方が得策だろう。
チリーはまだ、ミラルの力を借りていない。持続時間が不明瞭だったのもあるが、もしサイラス達が
だがこの状況なら、
どうにか隙を作り出し、ミラルを救出して力を借りれば少ない被害で事態を収束させられるかも知れないのだ。
「わりーが切り上げさせてもらうぜッ!」
チリーは体内の魔力を意識的に操作することが出来る。力の配分を自分で完全に操作出来るため、その場に応じて局所的なパワーを引き出すことが出来るのだ。
足に魔力を集中させたチリーの速度は風よりも速い。ほとんど瞬時にサイラスの眼前まで肉薄することが出来る。
「――――ッ!?」
突如速度を上げたチリーに、サイラスは目を見開く。しかしその時には既に、チリーのボディブローがサイラスの腹部に命中していた。
「これで終わりだッ!」
サイラスの腹部に食い込んだ真紅の籠手が、赤く爆ぜる。高密度の魔力が、ただただ爆発するエネルギーとしてその場で拡散されたのだ。
「がッ……!?」
想定上の威力だったのか、サイラスが初めてうめき声を上げる。
チリーの一撃を受けたサイラスは、その大柄な体躯を派手に回転させながら後方に弾き飛ばされる。その確かな感触に、チリーは安堵した。
……が、それは束の間の安堵に過ぎなかった。
「なんだ……!?」
突如、倒れているサイラスから発せられる魔力が膨れ上がる。その異様な威圧感に、チリーは一瞬気圧された。
「そうつれねえこと言うなよ……」
気がつけば既に、サイラスは立ち上がっていた。
「もう少し
駆り立てる焦燥感に歯噛みしつつ、チリーはサイラスへ視線を据えた。
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