episode4「It's A Honey Honey Joke!」

 マテューに案内され、二人はスラムの西側の区画へと進んでいく。


 ミラルが一人で歩いた時とは違い、道に慣れたマテューとしかめっ面で警戒するチリーがいるおかげで周囲からギラついた視線を向けられることもなかった。

 しばらく進んでいくとかなり奥まった位置に一軒の家があるのが見つかった。他の家よりも少し上等なのか、石造りの丈夫そうな家だ。


 マテューがこの辺りをうろつくことがあるのは、ロブの住んでいる家がこの区画にあったからだ。まともな身なりの女二人が歩いているのを見て、相当驚いたのをよく覚えている。


「ここだよ。確かこの家に入っていった」

「まさかこんな場所に隠れていたとはな……」


 ラウラ・クレインとヴィオラ・クレインの関連性は、あくまで名字からチリーが連想しただけのものだ。関係ない可能性も十分にあったし、ラウラに会っても賢者の石に関しては何も得られず、というパターンもある程度は覚悟していた。


「こりゃマジでヴィオラの関係者かもな」


 エリクサーの発見者、ヴィオラ・クレイン。その関係者であると考えれば、身を隠すのも自然な話だ。何せエリクサーと言えば飲んだ者をエリクシアンへと変化させる霊薬なのだ。どの国も喉から手が出る程その生成方法を知りたがっているハズだ。


「よーしマテュー、お前はもう帰っていいぜ。また後でな」

「な、なんだよ! 俺だってここまで来たら気になるよ!」

「うるせーなー! ガキが首突っ込む話じゃねーんだよ!」

「お前だってまだ大人じゃないだろ!」

「馬鹿野郎、俺ァもう四十年以上生きてンだよ」


 四十年以上生きた人間のするやり取りとは思えず、ミラルは苦笑する。


「……ったく、俺とミラルから離れんじゃねえぞ」

「おう!」


 呆れ顔でそんなことを言うチリーの真横にぴったりくっついて、マテューが力強く頷いた。


「優しいじゃないの」

「アホか。一々構ってらんねーだけだよ。行くぞ」


 ぶっきらぼうに答えつつ、チリーは家のドアを叩く。

 しかし、中から返事はなかった。


「留守か?」


 今度は力強くドアを叩く。すると、ドアが開いて中から小柄な女が顔を覗かせた。

 薄い空色の長髪をツインテールに結った、独特の風貌の女だった。その上右目が赤で左目が緑という、所謂オッドアイで、目立つことこの上ない。袖のゆったりとしたワンピースを着ており、スラムに住んでいると言われてもにわかには信じがたい。

 更に妙なことに、彼女は両目に半透明の眼帯のようなものをつけている。何か赤いもので縁取られたその眼帯の向こうで、二色の瞳が訝しげに細められる。


「お前がラウラか?」

「違うよ」


 チリーが問うた瞬間、女は即答してドアを閉める。


「おい! こら! 開けろ! お前ラウラだろ!」

「人違いだよ~」

「人違いなのか!?」


 恐ろしい剣幕でチリーがマテューを怒鳴りつけると、マテューは慌てて首を左右に振る。


「どっちがラウラだったかわかんないけど、歩いてた二人の内一人はあいつだったぞ! 間違えるもんかあんな見た目のやつ!」

「だよなァ!? おいこら! 開けろ! ラウラはどこだ!」


 このままではチリーがドアをぶち破りかねない。

 ミラルはどうにかチリーを落ち着かせ、今度はミラルの手でドアを叩く。


「すみません! 私、アルド・ペリドットの娘のミラルです!」

「……ん?」


 ミラルの言葉に、ドアの向こうの女が反応を示した。


「ラウラ・クレインさんに会えと言われてここまで来たんです。何か知りませんか?」


 それから、数秒の間があった。

 しかしやがて、ドアはそっと開かれる。


「入り給え。ラウラくんは不在だけど、話を聞こうじゃないか」

「……! ありがとうございます!」

「お茶いる? おやつもちょっとあるよ~」


 妙に軽い調子の女に、三人は一度顔を見合わせた。



***



 女は、ラズリル・ラズライトと名乗った。


 家の中はかなり散らかった様子で、そこかしこに破壊の痕がある。割れた花瓶や床に落ちた絵画がそのままにされており、ミラルは違和感を覚えた。

 チリーはどうでも良さそうにラズリルの後ろを歩き、マテューは物珍しそうに家の中を見回している。


「いやあ散らかっててすまないねぇ。ちょっと色々あった後でね」


 三人は暖炉のある居間に通され、机を囲んで座るよう促された。

 ラズリルはすぐに居間を後にし、やがて数分後にドタバタと足音をさせながら戻ってくる。


「喜び給え諸君! はちみつがあった!」

「「おお!?」」


 そんなものは食べたことがないマテューは勿論、食事をまともに取れていない二人はほとんど動揺に近いリアクションを見せた。


「パンに塗ってぇ……へへ、こないだ市場で買ったいい感じの茶葉で淹れたやつも出すよ~」


 至れり尽くせりである。皿に乗せられたパンにははちみつが塗ってあり、淹れられたお茶は冷えていたがいい香りが漂ってくる。


「いい生活してやがんな」

「ラウラくんはお金持ちだったからねぇ。ラズの生活はほとんどそのおこぼれさ」


 何故か得意げにそう言いつつ、ラズリルはパンをかじると幸せそうに目を細めた。


「お、俺……アンとベイブに黙って……こんな……ううっ……」

「なら後で二つ持って帰り給え」


 初めて口にするはちみつの甘みに涙を流すマテューに、ラズリルはわざとらしくウインクをして見せる。


「ほんとか!? ほんとに!? 嘘だろ!?」


 大はしゃぎのマテューはもう、今にも踊り出さんばかりの勢いだ。

 そんな彼の様子を横目に見つつ、チリーはパンをかじりながらラズリルを見据える。


「で、ラウラはどこだ? まさかパンとはちみつで俺を誤魔化そうって魂胆じゃねーだろーな?」

「……せめて口元のはちみつを拭ってから言いなさいよ……」


 口ではいつも通りに振る舞っているが、チリーの機嫌は明らかに良い。よほどはちみつがおいしかったのか、目元や口元から笑みが隠し切れていない。


 とは言え、はちみつの甘味でとろんとした心地でいるのはミラルも同じだ。

 フェキタスに来るまでの間、チリーにパンをもらって以降はロクなものを食べていない。パンは勿論、はちみつの甘みなど最早劇物のようなものだ。


 しかしその少し間の抜けた感覚は、ラズリルの次の言葉で一気に引き締められる。


「いやあ、非常に申し訳ないんだがね……ラウラくんはつい先日攫われた」


 あっけらかんとそう言うラズリルに、ミラルは思わず持っていたパンを取り落としかける。


「い、一体どうして!?」

「ありゃ、知らずに来たんだね。ラウラくんは、エリクサーの発見者であるヴィオラ・クレインの娘だぜィ」


 どうやらチリーの予測はほとんど正解だったらしい。


「ヴィオラ・クレインがエリクサーを発見したのは知っているね? 実は彼女、エリクサーの生成も行っていたんだよ。当然、ラウラくんはそのあとを継いでいる」

「じゃあ、家の中が妙に荒れていたのは……」

「うむ。押し入られました」


 このラズリルという女、どうも考えが読めない。チリーはそう思ってラズリルを注意深く観察していたが、特に何かを仕掛ける様子はなかった。今のところ食事に毒が混じっていた様子もない。

 敵意は感じないものの、ラズリルにはほとんど隙がない。チリーはやや警戒を強めつつラズリルの観察を続ける。


「えらく落ち着いていやがるな」

「そーでもないよ。正直心臓が飛び跳ねているよ。聞こえないかい? あ、今肺とぶつかった気がする」


 軽口を叩くラズリルをチリーが軽く睨みつけると、彼女は小さく咳払いをして見せる。


「さて、この辺りでそろそろ深めの自己紹介と行きましょうか。まずはラズとラウラくんの甘~い馴れ初めからね」


 言いながら、ラズリルは自分のパンにもう一度はちみつを塗りたくった。


***



「まあ、ラウラくんとは偶然出会って意気投合しただけだから甘くもなんともないんだけどね」


 はちみつのたっぷり乗ったパンを口にしつつ、ラズリルは軽い調子でそう話す。

 大量のはちみつに見惚れるマテュー以外は、そんなラズリルになんとも言えない視線を向けていた。


「でも結構恩があるからちょっとは甘いかな。この顔にかけてるこれ、マジックフレームはラウラくんがくれたものだよ」

「マジックフレーム?」


 ミラルが問い返すと、ラズリルは自慢げに頷く。


魔法遺産オーパーツか」

「そだよ」


 興味深げに呟くチリーに、ラズリルは短く答える。


 伝承では、この世界はかつて魔法使いと呼ばれる超常の力を操る人々が支配していたと言われている。魔法遺産とは、古代の魔法使い達が遺した現代の技術では再現不可能な奇跡のアイテムを指す言葉である。


「ラズは生まれつき視力がイマイチでね。こいつでようやくまともに目が見えるレベルなんだ。ちなみに普通の人がかけると相当遠くまで見えるようになるよ」


 ラズリルのマジックフレームは、魔法遺産の中ではそれ程強力なものではない。魔法遺産、その最たる例こそが――――賢者の石である。


「君達の探す賢者の石に比べれば、このくらいの魔法遺産は玩具みたいなものだろうね」


 既にミラルは、マジックフレームの話の前にこれまでの経緯を包み隠さずラズリルへ話していた。

 ミラルが何故ペリドット家を出てこんな場所まで来たのか。

 チリーとどこで出会い、チリーが何者で何を目的としているのか。

 ラズリルは所々大げさに驚くので、やたらと話しがいがあったのかミラルも妙に楽しそうに話していた。


 エリニアシティを出てからしばらく、ミラルは緊張した状態が続いていた。しかしややふざけ過ぎるきらいはあるものの、ラズリルの軽い調子はミラルの緊張を解きほぐしつつあった。


 それとは逆に、チリーはラズリルをまだ警戒しているようだったが。


「さて、ラズは軽口ばかり言う悪癖があるからそろそろ本題を話そうか」

「自覚があって何よりだ」

「誰がラウラくんを攫ったか、実は大体の検討はついているんだよ。ただこれが非常に面倒でね。ラズとしてもどうすればいいのか困り果てていたところなんだ」


 そう言ってわざとらしく難しそうな顔をして見せてから、ラズリルはゆっくりと自分の推測を話し始める。


「先に結論を言おう。ラウラくんを攫ったのは、このアギエナ国の王族だろう」


 驚くミラルとマテューに、ラズリルはそのまま話し続ける。

 現在アギエナ国は、レヴィン王家を中心としたレヴィン王朝によって成り立っている。

 現国王のウィリアム・レヴィンには二人の息子がおり、兄がランドルフ、弟がクリフという。


「普通ならランドルフ殿下が継承者なんだけど、少し問題があってね」

「馬鹿なのか?」

「そうなんだよ~」

「こら! あなた達なんてこと言うの!」


 チリーとラズリルの出身国は不明だが、ミラルにとってはアギエナ国は自分の生まれ育った国である。流石に殿下を馬鹿呼ばわりされるのは看過出来ない。

 出来ないが……噂程度にはミラルも知っていた。


 アギエナ国内では、圧倒的に兄のランドルフよりも弟のクリフの方が支持されている。理由は非常に簡単で、ランドルフ殿下は政治よりも戦争の方にご執心だからだ。

 現在のアルモニア大陸は、ゲルビア帝国に従いさえすればほとんど平和と言っても差し支えない。アギエナ国はウィリアムがうまくゲルビアに取り入ることで平和を維持している状態なのだ。

 隷属による平和を良しとしないのが、ランドルフ殿下である。


「確かに……ランドルフ殿下のいい噂はほとんど聞かないわね」

「でしょ? クリフ殿下の方はウィリアム陛下のやり方をそのまま引き継いで、国内の問題をどうにかしようとしてるって話だ。とりわけ、我ら貧困層に対する問題意識は強めだとか」

「はちみつ塗りたくってる奴のどこが貧困層だよ」


 即座にツッコミを入れるチリーを、ラズリルはまあまあとなだめる。


「クリフ殿下がどうにかしたいのは、正確にはこのスラム地区のことだね。特にフェキタス辺りは人が多過ぎるから、地方を興して人を分散させたいとか。そのための街路の整備とか、色々考えてるみたいだよ」


 ちなみにランドルフ殿下はこの件については「全員徴兵すりゃいい」とのことである。

 レヴィン王朝は通常なら継承権第一位のランドルフが引き継ぐことになるが、現状ほとんどの貴族がクリフ殿下を支持している。王宮内でも圧倒的にクリフ派が多く、民や教会からの支持も厚い。


「ランドルフ殿下はどうしても戦争がしたいらしいよ。ゲルビア帝国を潰して大陸の覇権を握りたいとのことで」


 しかし全員がクリフ派というわけでもない。ランドルフ同様、ゲルビア帝国打倒を画策する貴族は当然おり、そのためなら戦争も辞さないとする派閥もある。他には単純に現状のレヴィン王朝に不満を持つ者達がひとまず現状打破のためにランドルフを支持しているケースも少なくない。


「そしてその戦争のためにランドルフ殿下がどうしてもほしいもので、ラウラくんが確実に知っているもの……と言えば?」

「……エリクサー」

「そゆこと。ラズリルポイント上げるね」


 続きを答えたミラルのパンに、ラズリルははちみつを追加する。そんな様子をマテューがジッと見つめていたのは最早言うまでもない。


「そーゆーわけだから、ラズはラウラくんを攫ったのはランドルフ殿下一味じゃないかと思っているよ」


 つまるところ、ラウラを救出する場合相手はアギエナ国の王族かも知れない、ということになる。

 そもそも結果的にゲルビアと敵対していたとは言え、ミラルは改めて事の大きさに生唾を飲み込む。現状、ラウラ以外に手がかりはない。賢者の石を探すなら、ラウラを無視して進むことは難しいだろう。それに、父の真意もまだわからないのだ。


「なるほどな。んじゃ、ラウラを救出するぞ」


 考え込むミラルだったが、チリーの方は平然とそう言い放つ。


「えぇ!? 殿下を相手にィ!?」

「要するに馬鹿王子をぶちのめしゃいいんだろ。ついでに弟の方に恩売りゃ何してもチャラだぜ」


 驚くマテューにそう言って、チリーは不敵に笑って見せる。


「ラズはさんせー」


 はいはーいとおどけて手を上げて、ラズリルは立ち上がった。


「ラウラくんには借りがあるからね。ラズとしてはできれば助けたいんだよ」


 そう言ったラズリルの表情は、今までになく真剣だ。マジックフレームの向こうの二色の双眸の向こうに、ようやく彼女の感情が垣間見える。


「万一ランドルフ殿下の思い通りに話が進んだりしたら、この国は終わりだよ」


 ラズリルの言う通りだと、ミラルは小さくうなずく。

 ゲルビア帝国が保有するエリクシアンの数は計り知れない。そもそもゲルビアが大帝国になったのは、エリクシアンの力をほとんど専有しているからなのだ。


「エリクシアンだらけのゲルビアにちょっとやそっとの数で挑んでみなよ。数日でアギエナ国全土がゲルビアの領地になっちゃうぜ」


 仮にランドルフがラウラからエリクサーの生成方法を聞き出せて、エリクシアンを作り出せたとしても、その数や練度がゲルビア帝国に届くまで一体いつまでかかるかわからない。その上ランドルフは、今も少しずつ戦争の準備を始めようとしており、王位を継ぎ次第即開戦しかねない。ランドルフの計画は無謀なのだ。


「だからチリーくん、君はアギエナ国を救う英雄になりたまえよ」


 ラズリルの言葉に、チリーはつまらなさそうに息をつく。


「けっ、俺を乗せるつもりで言ってンなら英雄なんて言葉は使うンじゃねえよ」


 そんなものになるつもりは、毛頭なかった。

 あの日、あの時、あの力に触れた日から。


「俺の肩書はただの”破壊者”だ。英雄でも、まして破壊神でもねえよ」


 チリーの言葉に、ミラルはどう声をかければいいのかわからない。しかしラズリルの方は大して気にする様子もなく、話を続ける。


「とにかくまずは情報収集をしないといけないんだが……ふふ、ラズに考えがあります」


 マジックフレームをくいっと人差し指で動かしてニヤリと笑うラズリルに、他の三人は訝しむような目を向けた。



***



 ラウラ・クレインは、王宮の地下牢に閉じ込められていた。


 アギエナ国の王宮の地下牢は現在ほとんど使われていない。元々は王宮内で何かあった時に一時的に容疑者を収容するために使われていた場所だ。

 現在表向きには不穏な動きはないため、ここは使われていない……ことになっている。


 ラウラがこの牢に閉じ込められてまず最初に驚いたのは、中に残っている夥しいまでの血痕だ。見ればわかる、大して古くはない。まだわずかに血の香りが漂う程には。


 王宮地下牢は、ランドルフ・レヴィンによって私物化されている。


 ラウラがここに放り込まれたのはつい先日のことだ。

 素性を隠し、スラム地区でラズリルと共にひっそりと暮らしていたラウラだったが、どこからかラウラの居場所がランドルフに漏れたのだろう。ラズリルがいない間に二人の家にランドルフの私兵が忍び込み、ラウラを強引に攫ってしまったのだ。


 目的は考えるまでもない。

 エリクサーの生成方法だ。


「まだ吐く気にならんか」


 階段からゆっくりと降りてきたのは、アギエナ国の王子、ランドルフ・レヴィンだ。

 年の頃は大体二十を過ぎた頃合いだろうか。

 ブロンドの短髪の、端正な顔立ちの男だ。

 体格は良く、王子というよりは軍人のような見た目をしている。


 ランドルフはラウラのそばまで近寄ると、座り込んでいるラウラを見下ろした。

 その背後には、二人の護衛がついている。


「エリクサーの生成方法を吐け」


 答えないラウラに苛立ったのか、ランドルフは鉄格子を思い切り蹴りつける。それでも、ラウラは態度を変えなかった。


「貴様を拷問してやってもいいが、貴様のようなタイプは拷問では吐かんだろうな」

「……あなたのような人間には、死んでも教えない。それに、知ったところであなたには作れない」


 ラウラの強気な態度に、ランドルフは再び苛立った表情を見せる。

 だがすぐに平静を取り戻すと、ラウラに背を向けた。


「まあいい。だが俺は気が短いぞ。吐こうが吐くまいが、憂さ晴らしに痛めつけることもあるかも知れん」


 そう言い残して、ランドルフは地下牢を後にする。

 その背中を睨みつけながら、ラウラは歯噛みした。



 ランドルフが護衛と共に地下牢を出ると、入り口で一人の男が控えていた。


 このアルモニア大陸の人間とは多少見た目が異なる男だ。顔つきは二十代のソレだが、体格はこの大陸で言えばやや少年に近い。

 黒い短髪と、白というより黄色に近い肌色。大陸の外の、東側の人間だろう。

 あまり生気の感じられない黒い瞳をランドルフに向けると、男は即座に膝をついた。


「例の仕事はすんだか?」

「……はい」


 抑揚のない声で男がそう答えると、ランドルフはぐにゃりと笑みを作って見せる。


「では、これからもよろしく頼むぞ……”エリクシアン”」


 男はただ黙って、その顔を伏していた。

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