俺達は七回死ぬ

ひなみ

本文

 事の発端は彼女の最初の死だ。


 告別式を終えて雨の街を呆然とただ彷徨う。肩がぶつかった男達に因縁をつけられた挙句路地裏で叩きのめされ、俺は一人打ちひしがれていた。


 体中の鈍い痛みを引きずりながら家を目指す。その途中怪しげな黒いフードのようなものを被った老人が前方に見えると、俯き目を細める。


「少年よ。君にはやり直したい事があるのではないのかね?」


 その言葉に、俺の視界は光が差し込んだように大きく広がる。声のした方に振り返ると真後ろに声の主は佇んでいた。


「あんたには関係ないだろ」

「ほう? 君の大事なものを取り戻す事ができるかもしれないと言ってもかね?」

「おい、それは本当に本当なんだろうな……!?」

 老人の胸倉を締め上げるように掴む。


「どんな理由があるにせよ狼藉はいかがなものかと思うがね?」

 強い力で振り解かれると睨まれる。


「すまない、このとおりだ悪かったよ」

 衣服の乱れを元に戻して頭を下げる。するとすぐに何かが揺れているのがわかった。

 老人の手には金色に光る、懐中時計のようなものが掛けられていた。


「これが欲しいかね?」

「なんだ、ただの時計じゃないか。そんなもんであいつが戻ってくるわけがない」

「結論を急がず最後まで聞いた方がよいぞ? これは任意の時空に跳躍する事ができる代物。いや、少年にはいつでも好きな時に戻れると言った方がよいかな?」

「そうか、それがあれば……!」


 脳裏にはこれまでに彼女が見せたあらゆる表情が浮かぶ。

 俺は老人からそれをひったくる様にして手元へと引き寄せた。


「時計をどのように扱うかは少年の自由。ただ一つだけ助言をするのなら『自分の気持ちに素直になる』事かの? これ以上は何も言うまい。さて、わしは遠い場所から君の武運を祈っておるよ」

「おい。待てよ、じいさん!」


 声を上げた時には、目の前にいたはずの老人は霧のように消えうせていた。



「じゃあ、私これからバイトあるから。寄り道せずにまっすぐ帰りなさいよ?」


 下校途中の道すがら、幼馴染の七瀬ななせは手を振り去っていく。


「いや、待ってくれ。まだ行かないでくれよ」

「なにそれ。勇人はやと 、もしかしてまたからかってる? ていうか私本当に急いでるんだってー」

「頼むから俺の話を聞いてくれ!」


 彼女は決して振り返らない。俺が追いかけようがどうしようが、このあとどうあっても命を落とす。

 トラックに轢かれる。川で溺れる。火災に巻き込まれる。通り魔に刺される。突然胸を押さえての心不全。学校の屋上から脈絡もなく飛び降りる。


 その都度、彼女の死を誰よりも先に目の当たりにしてきた。毎晩その場面場面が夢の中で蘇り夜も眠れない。

 結局何度繰り返してもこのループからは抜け出せないでいる。


 どこかやり方が間違っているのだろうか。

 そう思いつつ今日も俺は彼女を見殺しにした。



 そうして迎えた八度目の二月十日。


「じゃあ、私これからバイトあるから。寄り道せずにまっすぐ帰りなさいよ?」


 下校途中の道すがら、七瀬は手を振り去っていく。


「いや、待ってくれ。まだ行かないでくれよ」

「なにそれ。勇人、もしかしてまたからかってる? ていうか私本当に急いでるんだってー」


 彼女の姿は遠くなった。


『自分の気持ちに素直になる』

 唐突にあの老人の言葉が頭を駆け巡った。

 彼女が死ぬ前に、自分の気持ちを伝えられるのは恐らく今だろう。

 呼吸は浅くなり早鐘を打つ心臓の音が聞こえる。


宮原みやはら 七瀬!」

 その言葉に彼女は振り返り「ん?」と首を傾げた。


「今から俺達にとって大事な事を言うからちゃんと聞いてくれ」

「なんだか、いつにも増して大げさだね?」

「俺さ、昔からお前の事がずっと好きだったんだ。だから行くなよ。まだ離れなくない!」

「へえ、そうなん……。え? ななな、突然何言ってるのかな? 勇人ってバカなのかなぁ!?」


 顔を真っ赤に染めて、明らかに動揺している彼女は俺から逃げていく。

 それでもその足取りは、俺の様子をチラチラと伺うようにゆっくりとしたものだ。

 間違いない。これで彼女をループから救い出せる。


「七瀬、これからも元気でやれよ」

「えっ?」

 すぐに追い付いて彼女を力強く押しのける。俺の目の前には暴走して突っ込んでくるダンプカーが見えた。


「見たかじいさん、俺はついにやってやったぞ!」


 声をあげたあと大音量のクラクションが近づいてくる。七瀬の叫ぶ声が聞こえると同時に意識はぷつりと途切れた。



 目覚めると真っ白な天井が見えた。何かの電子音が聞こえる。どうやら俺は少し硬めのベッドに横たわっている。


「ここが天国ってやつか……それにしてもやたらと近代的だな」

「なわけないでしょ、ばか」


 その声とともに何粒かの水滴が頬を濡らす。

 視線を向けると、忘れたくても忘れられない姿が俺の側にいた。


「なな、せ……。お前、七瀬だよな……? 一体何が起こってるんだ?」

「やっと、助けられた」

「待ってくれ。お前は何の話をしてる?」

「隼人が七回死んだ時は辛くてもうやめようって思った。だけど、どうしても諦め切れなくて」


 彼女は何を言っているのだろう。もしかするとここは夢の中なのかもしれない。

 そう考え込んでいると、


「これ、勇人も見覚えあるよね?」

 彼女の首には、俺のものと同じ金の懐中時計が掛けられていた。


「おい、どうしてお前がそれ持ってんだよ……!?」

「黒いフードのおじいさんにもらったの。大事な人を助けたいならこれを使えって」


 そう言うと七瀬は時計に優しく触れた。


「もしかしてそれで俺を?」

「勇人も私を守ってくれたっておじいさんから聞いたよ」

「ああ、そうだったのか」

「でね、これからあの時の告白の返事をするからちゃんと聞いて。勇人は知らないだろうけど私は何回もされたの。だから、その分を全部返すね」


 彼女の言葉に俺は頷く事しかできない。


「勇人、私も好きだよ。好き。好き。好き。好き。好き。好き!」


 彼女はぐいっと顔を近づけて俺の頬にキスをした。


「おい、七瀬?」

「私達はもう両想いなんだからいいでしょ。ちょっと、固まってないでそっちからも何か言う事があるんじゃないの?」

「助けてくれてありがとう?」

「そうじゃなくて……さすがにわかってよ」


 彼女はもじもじとして言葉を待っている。


「俺はお前を絶対に置いていかない。約束する。だから七瀬、俺と結婚してくれないか」

「つ、付き合うとかじゃなくていきなり結婚なの……?」

「お前を誰にも取られたくないんだ。だめか?」

「本当、強引なんだから」


 七瀬が俺に抱きつき声をあげて泣く。

 首に下げた時計同士が触れ合うと、カチリと秒針を進めるような音を立てて砂のように崩れ去っていくのが見えた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

俺達は七回死ぬ ひなみ @hinami_yut

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ