さばくのしろ

@alfirjg7k4ht

第1話 しゅっぱつ

 ある冬の日です。お空が高く青く晴れていました。ほうきで掃いたような雲が広がって、気持ちの良い日です。

 お外では、お向かいに住むおばさんが、家の前をせっせとお掃除しており、「たくさん落ち葉があるから、たき火でおイモでも焼くかねえ」とニコニコしておりましたが、からっ風がピューと吹きぬけると、寒そうに首をすくめて、お家に引っこんでしまいました。

 からっ風はお山から吹く風で、冷たいものですが、山のにおいや落ち葉を運んできますから、悪ものというわけでもありませんし、今日のように良いお天気ともなりますと、まわりのものがクッキリと見えて、遠くのお山まで見わたせるのでした。

 サヤネはアパートのお二階に住んでおりまして、カタカタと鳴りだしました窓を息で白くしながら、遠くのお山をずっとながめているのでした。窓のガラスはヒンヤリとしていましたが、温かなお天道様のおかげで、あまり寒くないのでした。

 遠くのお空で何かが光りましたが、ヒコウキでしょうか、ながめることにあきてしまいますと、台所の戸だなへいって、こうぶつのアメをとりだすのでした。 

 「あーまいな、あーまいな」

 サヤネはいつも一人ぽっち。今日もお母様がお帰りになるまで一人でお留守番です。お母様は夕方にかえってきますが、すぐに出かけてしまいます。

 「雪白姫様には真っ白な大きいドレスを着せてあげますよ、悪いおばあちゃんは真っ黒なお洋服で」

 ですから、サヤネはお母様がお留守の間は、こうしてお部屋にもどりますと、床に大きな画用紙をいっぱいに広げて、たくさんのお絵描きをして遊んでおりましたが、サヤネはいたずらっ子ですから、アメ玉を口に放りこんだままなのです。この時ばかりは、冷たい床は気になりません。

 「あーまいな、あーまいな、フンフンフン」

 本当ならお母様に叱られてしまいます。でも、お母様がいないものですから、また一つ、また一つとペロペロ食べてしまいます。

 「おいしいな、おいしいな」

 あんまり食べてしまいますので、お母様が買っておいて下さったアメ玉を、とうとう全部たいらげてしまいまして、お絵描きにもあきてしまいますと、サヤネはまた窓のお外を見ようと、そばへ行きました。

 「良いな良いな、サヤネもミユちゃんやアイリちゃんと一緒に、ようち園に行きたいなあ」

 窓のお外には、たまに遊んでくれるお友だちがお家にかえるところです。ミユちゃんもアイリちゃんも、そのほかのお話したことのないたくさんのお友だちも、みんなおそろいのお洋服をポッタリと着ていまして、そうして大きな声で歌っておりました。

 「ほしいなあ、ほしいなあ、お外で遊びたいなあ。けれど、お母様に叩かれてしまうなあ。おなか空いたなあ。でも、お母様はお仕事でとても疲れていらっしゃるから、わがままはいけない。でもでも、みんなと遊びたい。だけど、お母様が……」

 サヤネはスンスンと涙を浮かべますと、その涙は紅いリンゴのような頬っぺたをこぼれてゆきました。

 けれども、サヤネは泣きません。お母様はいつもこう仰います。

 「声を出して泣いてはいけません。お母様にだまって泣いてはいけません」

 サヤネはとてもかなしくなりました時、ご本を読むのが大好きでしたので、お母様の言いつけをやぶってはいけないと思いましたから、

 「雪白姫様、グリムさん」

 と、大きな声で、床のすみにおいたご本へとびつきました。小さなたなのかげにおいてありましたが、いつもはご本をよみ終わってしまいますと、こうしてかくすようにしまっておくのでした。こうしておくと、なんだかひみつのチカラがわいてくるように思えました。きのうのサヤネから、きょうの自分へとバトンタッチです。そうして泣き虫を追っぱらってしまいました。

 「むかしむかし、あるところに」

 サヤネは、このご本が大すきで、一番さいしょの始まりのところを読み上げますと、どんな時だって、心がドキドキしました。そうして不思議なことに、なんどよんでしまっても大すきなのでした。お絵描きやアメ玉よりも、ずっとずっとお話が大すきなのでした。

 雪白姫がいじめられてしまいますと、サヤネもいっしょになってかなしくなりました。でも、お話の先を知っていますから、一生けんめいにお姫様をおうえんします。そうして、雪白姫がサヤネみたいにスンスンと泣き出していますところに、七つごえの家が出てきますと、さあいよいよ、魔法の小人と王子様のお目みえです。

 サヤネは、もうそれはそれは大よろこびしまして、お母さまのお部屋から白いバスタオルを大急ぎで持ってきますと、

 「アブラカタブラー、アブラカタブラー」

 と、小人の大事なおまじないを言いますと、ガラスのひつぎの代わりに白いバスタオルをフンワリとかぶりまして、雪白姫にすっかりなりきってしまいました。お母様の香水が、ふんわりとにおいます。

 ですが、サヤネはご本をよむことをやめてしまいました。お外からはまだお友だちの声が聞こえてきましたからで、やっぱりサヤネはさびしくなってしまったのでした。

 「良いなあ、遊びたいなあ、雪白ごっこしたいなあ」

 あんまりうらやましかったものですから、窓を開けまして、ベランダにひょっこり顔をのぞかせますと、高い所にありますサヤネのお家からは、小さくなって、お家の人に連れられて帰ってゆきますみんなの笑顔が、いっぱいいっぱい見えました。からっ風に負けない、元気なはしゃぎ声は真っ白な息に変わって、お空に昇っていきました。

 サヤネはたまらなくなって、ワンワンと大声で泣いてしまいました。

 けれども、お友だちと遊びたいのでした。お歌を唱いたいのでした。

 でも、お母様との「泣いてはいけない」という約束をやぶってしまいました。

 サヤネは言いつけをやぶったことをいっぱいかなしみました。ですから、背のびをして、お空のお天道様に、こうお願いしました。

 「お願いです、お天道様、お母様には言いつけないで。お母様はイッパイおこって、泣いてしまうから。グリムさんが仰いました、お空の向こうに悪い悪い魔王のお城があるって。サヤネみたいな悪い子をさらわないで下さい。これからは良い子になりますから、どうぞ、おゆるし下さい」

 サヤネはお空にお声が届くように、ベランダに乗っかって、もっともっと高く手をさしのばしました。お空はとても良いお天気で、青く青く、海のように静かで、そして、とても寒い所でした。

 お天道様は悪い子をおいかりでしょうか、お返事をしてくれませんでしたので、サヤネはずっとずっと背のびをします。小さな体をいっぱいに広げます。いっぱいに開きます。

 お天道様は、いたずらっ子なサヤネの一生けんめいさにとても心を打たれまして、お声をかけてやるおつもりでしたが、大変なことがおきてしまいましたから、とてもビックリされまして、それどころではなくなってしまいました。

 すると、どうでしょう。とても大きくて、ひときわ冷たいからっ風がゴーゴーと吹きましたところ、サヤネは高い高いお家のベランダから落っこちてしまったのです。お天道様がお声がけ下さったところ、なんということでしょう、あまりのお声のつよさにからっ風がおどろいてしまい、あわてて逃げ出したせいです。

 お天道様も小とりたちも、冬のチョウチョもバッタも、みんなとてもおどろいて、真っ白な息を止めてしまいます。どうすることもできません。高い所から落っこちたサヤネは、このままでは大ケガをしてしまいます。さあ、たいへんです。

 しかし、その時です。お天道様が泣き出しそうになりましたその時。青く寒い空のとてもとても高い所から、白いお馬にのったお兄様が空飛ぶ馬をサヤネに向かわせますと、これを一時につかまえました。それは風よりも早く、ながれ星よりもまっすぐに飛んでまいりました。あっという間のことでした。

 「大丈夫ですか、雪白姫様」

 ピカピカと光っております強そうなヨロイを着ましたお兄様が言いました。

 「おお、あなたはやっぱり雪白姫様です。白いお召し物だ。ああ、ずいぶんとお探ししました。さあ、これから魔王の城にいって、たくさんの財宝をとってきてあげましょう」

 サヤネはたいへんに喜んで、こわかったことをわすれてしまいました。そして、大きな声で言いました。

 「じゃあ、遠い遠いお国のね、お星様がたくさんある夜の国がいいなあ。グリムさんのご本にあったの」

 王子様はニッコリと笑いました。

 「それは、沙漠という場所のずっとずっと外れにありますとも。魔王からひどい目に合わされました星々が、大きな砂の時計に閉じこめられていて、雪白姫様のおこしをまちわびております。さあ、時間がありません、わたしの白馬にしっかりとつかまって下さいね」

 と、王子様はピシャリ、お天道様のようにきれいなお供のお馬をけりますと、二人をのせて、大空高く、はるか向こう、沙漠のお城へと出かけてゆきました。

 タオルは美しいお召し物に、涙はおしろいに。サヤネもまたお星様となって、冷たいお空に飛んでゆきました。冷たい沙漠の魔王のお城とは、いったいどんな所でしょうか。

 だれもいなくなりましたお部屋に、窓から風が吹きこんで、お歌がきこえてきます……。お友だちでしょうか、お天道様もかがやきをひそめて、お歌をきいております……

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