第7話 これは明確な脅迫

「シャイラ! ちょっと確認したいんだけど」



 シャイラが花屋の開店準備をしているところに、コーニが慌てたようにやってきた。薬草の瓶を数える手を止めて、幼馴染に向き合う。


 コーニはめいっぱいの困惑を滲ませて、ひっそりと声を落とした。



「昨日、アロシア様と何かあったの?」



 その時点で、もう嫌な予感しかしなかった。



「……どうして?」


「教会が、っていうより、アロシア様の従者が、なんだけど。診療所に来て、ここの花屋では何も買うなって言うんだ」



 シャイラは大きな声を上げそうになり、咄嗟に両手で口を押えた。


 昨日の話を断ったことに対する報復だと、嫌でも分かった。アロシアは、何をどうやってもシャイラに世話係をするつもりらしい。



「昨日は……、アロシア様の依頼を、断ったの。私には恐れ多いことだからって……」


「そう、なんだ……」



 難しい顔で黙り込んでしまったコーニ。


 シャイラは店内を見渡した。店奥のカウンター周囲には切り花が溢れ、床や足元の台には鉢植えが並ぶ。壁の棚にはたくさんの薬草。この中で、診療所に卸しているのは主に薬草だ。それと、室内に飾る切り花を少し。


 診療所からの定期的な注文は、この花屋にとっては重要な売り上げだ。これ以上に大きな注文は無い。


 それだけではない。店の売り上げが落ちるくらいなら、その分シャイラが働いて埋め合わせをすれば済む。母親には心労をかけることになるが、フィスクが死んでしまうよりはずっといい。


 けれど、診療所への納品ができないとなると、話はそれだけに留まらない。



「診療所の薬の半分は、うちの薬草で作ってるんだよね……?」


「うん……。だから、ここで買えないってなると……、土の国から仕入れるしかないんだけど。輸入品は高いし、注文してから届くのにも時間がかかる」



 コーニは青い顔で俯いた。


 握りしめた拳の内側が、じわりと汗で湿る。もしこのまま、診療所に薬草を卸せなかったら。


 しばらくはまともに薬が作れないし、隣国から薬草が届いても、これまでと同じような量と値段で売ることは難しいだろう。この街にある花屋は一つだけ。他から仕入れることは難しい。加工済みの薬草なら入手難易度も下がるだろうが、その分使い道も限られる。



「アロシア様、何を考えてるんだろう……」



 街の皆が困るのに、というコーニの呟きに、シャイラは何も言えないまま小さく頷いた。



(私をフィスクの世話係にするためだけに、こんな手を……?)



 確かに、前回は強制的に世話係をやらされた。でも、だからといって、こんな強引な手段を取るとは思っていなかった。



「ねえシャイラ、アロシア様ともう一度話をしてくれないかな? 何か誤解があるのかもしれないし」



 コーニの目は、シャイラに全幅の信頼を置いている。どうにかしてくれるはずだという、期待が満ちている。


 だから、「分かったよ」と返事するほか、なかった。






「まあまあ、コーニ様がそのようなことを?」



 アロシアは、教会でシャイラを待っていた。従者に案内された先、昨日と同じアロシアの私室で、唇を完璧な角度に持ち上げて微笑んでいる。



「私が、昨日の話を断ったからですか?」


「わたくしは何も知りませんけれど……。ですが、わたくしの願いを叶えたい誰かが先走った可能性はございますわ」



 アロシアの背後に控える従者は、表情をピクリとも動かさない。ただ、じっとシャイラを睨んでいる。


 アロシアの指示ではなく、彼の独断だとでも言いたいのだろうか。どちらにせよ、今のシャイラに選択肢など与えられてはいない。



「それで、シャイラさん。わざわざ訪ねて来られたということは、考え直してくださったのでしょうか」



 ぎゅっと奥歯を噛み締めて、視線を下げる。



「……はい。世話係のお話、お受けします」


「素晴らしい決断ですわ。フィスク様もお喜びになられます」



 両手を合わせて喜ぶアロシアは、予定調和のようにそう言った。


 そんなわけない、と、口に出す勇気はなかった。


 ここで口答えをして、次は何をされるか分からなかった。



「それでは、これからの話をいたしますわ。世話係と言っても、シャイラさんは特に何をなさらなくても大丈夫です。フィスク様がお呼びになった時だけ、あの方のお傍に控えてください」


「それだけ、ですか?」


「はい。難しくはないでしょう? あの方の話し相手のようなものですわ。口数の少ない方ですから、受け答えもそこまで多くはないはずです」



 シャイラはこっそりと唇の裏側を噛んだ。


 仕事内容が前回と違う。前はアロシアに言われるがまま、食事やお湯を運んだり、伝令として走り回ったりと、世話係という名の雑用だった。そちらの方がずっと良かったのに。フィスクと関わる時間が長いのは、喜ばしくもなんともない。



「それと、分かっているとは思いますが。フィスク様の存在は、教会内でも知る人間は多くありません。もし事情を知らない者に何をしているのかと問われたら、わたくしの手伝いをしていると答えてくださいませ。くれぐれも、内密に……。コーニ様にも、ですわ」


「分かりました」



 シャイラの固い返事を、緊張からと受け取ったのだろう。アロシアは「大丈夫ですよ」と微笑む。


 フィスクの為には、本当は断らなくてはならなかったのに。


 正直に、未来を知っているのだとアロシアに話すべきか、一瞬悩んで。


 結局、シャイラは何も言わなかった。

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