ザ・スラッガー

櫻木 柳水

読切『ザ・スラッガー』

野球

オールスターゲームも終わり、ペナントレースも終盤に向かっていく。

東海道グリフォンズ、4番レフト、稲田 健人

チームにドラフト1位で入団し、何度も優勝、日本一に絡んできた。

しかし、現在33歳の稲田は不調の波を脱せずにいた。巷では引退の噂も囁かれている。


「稲田ぁ、お前いけるかぁ」監督が声をかけた。

「はい…やります!」俺はそれに応えるべく、立ち上がった。

もう昔のように打てないかもしれない、スタメン4番にはなれないかもしれない。

でも俺は…


『レフト、神田に変わりまして、バッター、稲田』

ブーイングこそ聞こえないが、少しガッカリしたような声がベンチの上からも聞こえる。

「稲田かぁ」

「今日も三振やろ」

「もうアレちゃう?」

くそ…俺はまだやれるんだ!


7回表、2アウト満塁…こんな時に俺が…確かにその気持ちはわかる…でも俺だって打たなきゃいけないんだ!


ーーーーー

「GM、なんでしょう」

練習中にGMに呼ばれた。監督室に入ると、監督とヘッドコーチ、GM…嫌な予感しかしない。

「うん、あのね、稲田君…君、今日打てなかったら、来季のチーム構想から外れてもらうから。」

まぁ当然か…オールスターゲーム前から、20打席0安打…オールスター明けからスタメンに入ることもなかったし、二軍に落とされないだけマシか、と思っていたが…やはりこうなるか。

「はい…すいません」

「稲田さん、もっと元気に行きましょう!まだチームにいて欲しいですよ!」

後輩のコーチも、嘘か本当か励ましてくる。

「頑張ります。」とだけいい、監督室を出た。


ーーーーー

『さぁ、代打で出てきました、現在不調なスラッガー…稲田。高杉さんはチームの同期ですよね』

『えぇ、奴は打てますよ、絶対…考えすぎてる顔なんでねぇ』

『バッターボックスで何を考えているか、稲田。ピッチャー第一球』


「ぐぉあ!!」

ブゥン、とバットが空を切った。

「ストラーイク!!!」

くそ…いい塩梅で落としてきやがったな…さすが、南京スフィンクスのエース…

でも、俺は今日やらなきゃいけないんだ!!


ーーーーー

「ねぇ、お父さん?」

もう6歳になる娘が、出発前の俺に話しかけてきた。

「ん?どうしたぁ、ネネ?」

俺はネネを抱っこしながら、笑顔で聞いた。

「あのね、お父さん、お顔に元気ないよ?」

子供は親をちゃんとみているんだな…子供に気を使わせちゃダメだ。

「ごめんな、お父さんあんまり打ててないんだ…」

ネネは俺の頭を撫でながら、

「お父さん、大丈夫よ、がんばってね」

涙が出そう、いや出ていたかもしれない。

「ほらネネ、お父さんお仕事なんだから、こっちおいで。健ちゃん…今日もがんばってね!」

嫁さんにもネネにも、ちゃんと俺は凄いんだ!というところを見せたい…


ーーーーー

『さぁ、田中のフォークに豪快な空振りで返しました、稲田。』

『今の感じだと、ものすごく力みがあるんでね…ちょっと心配ですよね』

『さぁ果たして打てるのか、稲田!ピッチャー第二球…』


「あぁあ!!」

俺はストレートと読み、バットを振った。

「ストラーイク!!!」

バットは先走り過ぎていた。チェンジアップ…

俺は一度打席から離れた。

ベンチからも「稲田さーん!リラックス、リラーックス!」と声がかかる


「これじゃダメだ…リラックス…力を抜け、俺!リラックスできることを考えろ…」

ルーティンを確認し、俺は最後になるかもしれない打席に立つ。

二球ボールが来て、2ストライク2ボール…もう一球見るか、どうするか…このタイミングで見逃しだけは避けなければ…


ーーーーー

「ほらミカちゃぁん!怪獣ぺぺローションマンだじょぉお!」


ーーーーー

え、何今の!?


「た、タイム…」

ミカって誰!?何、怪獣ぺぺローションマンって!

いや、俺は嫁さん一筋だし!!止めて止めて!このタイミングで何を考えてんだ!?リラックスってそういうことじゃないでしょお!!!


もう一度ルーティンを確認して、心を落ち着けた。


『さぁどうしたんでしょうか、稲田…』

『んー、これはどうなんでしょうね。このタイムで落ち着けばいいんですが』


「大丈夫、大丈夫」

「稲田選手!大丈夫?」アンパイアから声をかけられた。

「あ、す、すいません…」と言いながら、バッターボックスに戻った。

ピッチャーは少し苛立った表情だ。もしかしたらいけるか、いや…


ーーーーー

「わぁかわいい怪獣さぁん」

「ぶひゃひゃひゃひゃ!!かぁけちゃぁうぞぉ!」

「とう!出たな怪獣ぺぺローションマン!この俺、とし子仮面が相手だ!」


ーーーーー

「だから何なんだぁぁぁ!!!!」

ヤバい!思いっきり振ってしまった。


カァァーン!!!

え?と思っていると、スタンドからみるみる声援が大きくなった。

球審は頭の上で腕を振っている。


『いったぁぁぁ!稲田!!7回表、二死満塁、ホームラン!!!』

『やっと打ったな!!やった!!』


ホームラン…ホームランだと!?

俺は惰性でダイヤモンドを走った。

3塁に差しかかる時、コーチャーのガッツポーズが見えた。


打てた…打てたんだ!


「よっしゃぁあああ!!!」

俺はホームを踏んで、雄叫びをあげた。

恐らくは泣いていただろう。


その後、中継ぎ、抑えとバッチリな仕事をして、チームは勝った。


「稲田!やったな!お前、いけ、ヒーローインタビュー!」監督から背中を叩かれた。

「え…はい!」

俺は久しぶりのお立ち台に、感動した。


『放送席、放送席!本日のヒーローインタビューは、7回表特大ホームランを打ちました、稲田選手に来ていただきました!』

インタビュワーの一言に、球場は色めきだった。

「ありがとうございました!すいません、不調が続いて申し訳ありませんでした!」

インタビュワーと俺の言葉にファンの皆は『稲田ァー!よくやったぁ!』と声援を送ってくれる。


『では稲田さん、あのホームランの時、どんなことを考えてバットを振りましたか?』

「はい!怪獣ぺぺローションマン……」


会場は静まり返った。


「あ、え、あ、か、かか、家族の事を考えてました!」

無理だ、はっきり言っちまった。

「あ、あ、はい…ありがとうございました、稲田選手でした!」

その後のベンチからの冷たい目と来たら…笑いにもならなかった…


着替えもすんで、家路につく準備をしているとスマホが鳴った。

「ん?あ、嫁さん……」


『お話したいことがあります』


あぁ…終わった

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ザ・スラッガー 櫻木 柳水 @jute-nkjm

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