ふたりの終わりに

高柳孝吉

ふたりの終わりに

「厳密に言えば、お前はもう逮捕されたも同然だ」


俺は、勝ち誇った様に言った。


「ばーか、俺が本当にやったと思っているのか。でっち上げたところで絶対に留置所へは行かねえぞ」


「お前のアリバイはもう崩れてるんだ。いい加減白状しろ」


俺は、哀しそうに言った。


「それはどうかな?あの時俺は、確かに」


奴は、少し涙目になって言った。


「確かに、あの場所にはいなかったんだ。本当だ」


「必ず、裏は取ってやる。それまでは、泳がしてもいいがな。だがな、いつか必ず捕まえてやる」


奴は涙を流し始めた。


「やっと、吐く気になったか」


奴は、悲しげな顔をして震える声で呟いた。


「なあ…刑事さん。一体この地球が、人類が核戦争で滅んでしまったこの世界で、俺を捕まえたとして一体なんになるんだ?」




 この会話の数ヶ月前。奴は妻を殺した容疑で指名手配された。最初に奴を疑ったのは刑事だった俺だ。ーー過去形にしたのは、それから一月後に人類は第三次世界大戦を勃発、そしてあの愚かな核戦争を引き起こし、人類は俺たちふたりを残してほぼ滅亡、ーーそんな世界にあって刑事などという身分が一体何になると言うのだろう?


 


 俺たちふたりは逃走劇の終幕に偶然官邸の近くに逃げ込んだ、奴のお陰でシェルターのあった場所に俺達より前に我先になだれ込んだ人々の人数制限による殺し合いの果てに、無惨な骸と化した人々を通り抜けてシェルターに入る事が出来た。


 ーーもっとも、そのシェルターとて核爆弾の放った放射能には効果が足りなかった。俺たちふたりは、徐々に核の放射能に蝕まれていった。




「ーーそれはそうかも知れん。そうだよなあ、今更お前を逮捕したところで何がどうなる訳でも無い」


「そうさ、あんたも俺も、此処でじき死んでいくんだ、先に逝った全人類のあとを追って」


 だが、俺は最期にどうしても知りたかった。ーー何故、奴は最愛の妻をあんな形で殺さなければならなかったんだ?


「なあ、教えてくれないか。確かに状況証拠は全てお前を犯人だと指している。だか…。ーー何故、お前は奥さんを殺さなければならなかっんだ?」


「俺は妻を愛していた。状況証拠?そんなもの知るか。確かな、証拠はない筈だ。だって、殺してないんだから。ーーそれよりなあ、もうこんな不毛な議論はよそうや。残された僅かな時間が勿体ないぜ」


 奴は、軽い咳をした。


「風邪でもひいたか?大丈夫か?ーー此処は薄ら寒いもんなあ」


「刑事さんこそ鼻水を垂らしているぜ」


ふたりして笑った。


「PCR検査でも受けなきゃなあ」


俺は言って、またひとしきりふたりで笑った。他に笑う者もいない。


「いや、そろそろやばそうだぜ俺たち。」


「あ、そうだ。お前、文学、好きだったよな」


「なんでそんな事知ってるんだ?」


「そりゃお前の事色々調べたからな。中学時代華道部に所属してた、って事までな」


又ふたりで笑い、


「花か…もう一度見てみたいなあ」


奴は少し微笑んで言った。


「そのロマンチストっぽさも文学青年らしい。ーーなあどうだ、最近のスティーブン・キングについてどう思う?」


「そうだなあ、一時期、初期の毒気というか、抜けてしまった気がしてた」


「そうだろうか?それは違う気がするな。最新作はどうだ?かなり初期のキングに戻った気がしないか?」


「全く同感だね。そこは」


 そして、ふたりはいつまでも文学論を闘わせ、カルチャーについて語り、最近のご時世やお年寄りと若者達の考え方や文化の相違、世間話に至るまできのうの敵同士だったふたりはいろんな事を語り合って、話し続けた…。


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ふたりの終わりに 高柳孝吉 @1968125takeshi

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