第11話 奴隷にされました
ドワーフの村から出た時にはもう暗くなっていたが、出た矢先すぐ戻って宿を借りるのも、なんか気まずい。
二人には残念だが、今夜は野宿で我慢してもらおう。
空には幾多の星々が輝いており、俺たちのこれからを応援しているように思えた。
近くの魔物を狩り、今夜の晩御飯にする。
「カルディアは料理ができるんだな」
「ええ、何度か作った覚えがありますから」
俺も一応料理は人並みに出来るが、それでも女の子に作ってもらったものの方が、断然おいしく感じる。
ちなみに、火はメランが起こしてくれた。
ご飯を食べ終えたカルディアが、眠そうに目をこする。
おなかがいっぱいになって眠たくなったのだろう。
大きなあくびをしたカルディアは、顔を赤くした。
「眠たいなら、寝てもいいぞ」
「い、いえ! 大丈夫です!」
「無理するな。 後は俺達に任せて、先に休んでろ」
「……分かりました」
簡易寝袋に入ると、カルディアはすぐに眠った。
やっぱり疲れていたのだろう。
ゆっくり寝かせてやるか。
そう言えば、メランは向こうの方で見張りをしてるんだったな。
メランの事だから、心配こそしていないが、ちょっと気になる。
少し様子を見に行くことにした。
メランは、高台から外の様子を眺めていた。
いつ何時も、魔物が来ていいように警戒しているらしい。
そんなメランに俺は話しかける。
「綺麗な星空だな」
「そうだな」
初めて戦ったときに斬ってしまった角も、順調に伸びているようで安心した。
俺が王都で買ってあげた真っ赤なリボンが風に揺れる。
「そう言えば、メランは魔物と戦っていたけど、魔王について知ってるのか?」
「もちろんだ。 一応ユウ様達の分類では、我らドラゴン族は魔物と同格の扱いをされているからな。 そう思われるのもしょうがないと、今は思うようにしている」
そ、そうか。
そこらへんは何か複雑なんだな。
「その魔王なんだが、実は子供がいたそうなんだ」
「あの魔王に子供がいたのか? それは何か悪いことをした気分になるな」
「ああ。 魔王はある神とつがいになり、子供を授かったと言われている。 だが、その子供が今どこで誰と何をしているのか我にも分からぬ」
そうなのか。
その子供は誰かと幸せに生きててくれるといいな。
さすがの俺も魔王の子供でも殺すのにはためらいがあるからな。
「じゃあ、メランもあまり無理しすぎるなよ」
「分かっている。 自分の管理ぐらい自分でできるから安心してくれ」
メランと別れ、俺はカルディアの元に戻る。
しかし、本当に可愛い寝顔だな。
スマホがあれば写真を撮って待ち受けにしたいぐらいだ。
俺は何かの拍子にカルディアに変なことをしないよう、少し離れた場所で眠ることにした。
あくまでも、保険の話だ。
そうして、俺は寝袋の中で目を閉じる。
ユウが完全に寝た時、一匹の蝶がユウの元に飛んできた。
「なかなかに忙しくて見に来れなかったけど、特に何事もないみたいでよかったわ」
ユウには内緒でエウカリスが蝶の姿でこの世界に来ていた。
蝶の姿になっているのは、動きやすいからだ。
「このまま何事もなく、事が進んでくれるといいのだけれど……」
そう言って、エウカリスは元の世界に戻っていった。
エウカリスの言う通り、何事も起きない、はずがなかった……
気がつくと俺は、薄汚れた服に着替えさせられており、足枷をハメられていた。
今起きたばかりで何が何だかよく分からない。
周りは石造りの壁に囲まれており、目の前には頑丈そうな鉄格子がある。
俺は今どこかの牢屋にいるのだと、これまでの情報から察した。
しかし、どうしたものか。
これでは、どこにも行くことができない。
そんなことを一人考えていると、コツコツと誰かの足音がした。
俺の目の前に立ったのは、一人の女性。
耳が長く、目鼻立ちが整っている。
おまけに金髪ときた。
この人はエルフだ。
きっと俺を助けに来てくれたに違いない。
そう思った俺は、そのエルフに助けを求めた。
足枷をされながらも声は出せるため、必死に助けを求める。
俺に気づいたエルフは、牢屋の鍵を開けてくれた。
まさか、助けてくれるのか?
そんなことを思って待っていると、俺はそのエルフに蹴とばされた。
「ふへ?」
え? 今、俺エルフに蹴とばされたのか?
このエルフは、助けてくれるとばかり思っていたのだが?
しかも、メランとカルディアもいない。
俺だけここに閉じ込められたのか?
「な、何で俺は蹴られたんですか?」
「お前に発言権はない。 ガタリア様がお呼びだ」
エルフが冷徹な目で俺の顔を見てくる。
足枷を外されたが、すぐに手錠をかけられた。
俺に自由というものはないみたいだ。
牢から出された俺は、冷たい廊下を裸足でペタペタと歩かされていた。
手錠がエルフの持つ紐につながっているため、俺も歩かざるを得ない。
やがて、エルフは大きな鉄扉の前で立ち止まる。
「失礼します。 例の者を連れてきました、ガタリア様」
「よし、入れ」
鉄扉の中から、女性の声が聞こえた。
凛々しく、それでいてどこか不気味さも感じる声だった。
エルフが鉄扉を開け、紐を引っ張りながら中に入る。
紐でつながれている俺も、強制的に中に入る。
鉄扉の中の部屋は、机と椅子しかない質素な部屋だった。
とても女性の部屋とは思えない。
椅子には、一人の女性が俺達に背を向けて座っている。
頭には軍を思わせるような帽子を被っていた。
「私はガタリア=アーネストだ」
振り向いたその女性は、右目が赤く光っていた。
格好も軍服を来ており、艶めかしいタイツを履いている。
「初めまして。 俺は――」
俺も自己紹介しようとすると、ガタリアが立ち上がり、俺の腹を思い切り蹴とばした。
何で? 俺は至極真っ当な事をしただけなのに。
俺は訳が分からず、その場で呆然とすることすら出来なかった。
「いいか? 貴様は奴隷になったのだ。 私の許可なしに自分の意思で行動できると思うなよ?」
そう言われ、今度はグーで殴られた。
俺は胃酸を吐き出す。
「私の一言で、貴様の人格を破壊するなど造作もないことだ。 それを分かったうえで行動と発言を考えろ! このクズがッ!」
それから、俺はガタリアによって徹底的に主従関係を叩きこまれた。
俺はこの中では一番低い位の存在なのだから、誰にも逆らうことができない。
逆らえば、死に直結することも体に教えられた。
ガタリアによるしつけが終わる頃、俺の顔は元の顔が分からなくなるくらいになっていた。
俺は、この場所で労働力として奴隷にされたらしい。
ここのエルフたちは、女尊男卑の精神を皆が持っている。
先ほど、俺を殴ったり蹴ったりしたガタリアという女性は、この奴隷施設の第一責任者、つまり奴隷長という一番位が高い。
翌日から、俺は物のように毎日働かされていた。
地下鉱山を掘ったり、小さな部品を組み立てたり、膨大な土地の畑を耕すように言われたり……
それこそ朝から晩まで、くたくたになるまで働かされた。
これじゃあ、アルバイトとして働いていた時と、いや、まだそっちのほうがずっとましか。
食事など、夜ご飯しかないときた。
しかも、その食事をする食堂自体が異様なまでに汚い。
あちこちによく分からない生き物の死体や、何の跡か想像もしたくない赤黒い染みがあり、とてもこんなところで食事をしようという気分になれない。
俺以外にもいる他の奴隷達は、慣れているのかもうあきらめているのか、何も言わず疲れ果てた眼をしていた。
食堂の異様さに驚いていると、後ろから早く入れと急かされた。
やはりこの状況を他の奴隷達は諦めているということが分かった。
それで、今日の夜ご飯は小さい豆が二、三個ほど浮いた冷え冷えのスープと、くそ硬いパンのみだった。
パンはそのままでは硬く、スープに漬けないととても食べれたものじゃない。
さすがの俺もこれには怒りを隠せず、抗議しに行こうとするがそれを横で食べていた奴隷が止めてきた。
「辞めておけ。 女エルフに逆らえば、どうなるか。 お前さんも身をもって知ったはずだ。 あいつらに関わっても返り討ちされるのが、目に見えて分かる」
おじさんは奴隷になって長いのか、伸び伸びのひげを触りながら言った。
「諦めて食え。 生きるためにはそうするしか方法はない。 俺達みたいな奴隷に選択肢など、最初から無いんだ」
おじさんは小さくため息をつき、また食べ始める。
他の奴隷たちも同じ意見なのか、何も言わず黙々と食べている。
ここにいると、何もかもがおかしく思えてくる。
俺は考えるのをやめ、食事をしようとスプーンに手をかけた。
が、そのスプーンが俺の手元から消えた。
何事かと思っていると、そこには体格バラバラの三人組がいた。
「お前、新入りだろ」
と、ガリガリ男。
「新入りごときが、いっちょ前に食ってんじゃねえよ」
と、ちびデブ男。
「新人にはこれで十分なんだよッ!」
と、がたいのいい男にスープを横取りされ、それを頭からぶっかけられた。
やはりこれはどこの世界でもあるのか。
『新人いびり』という制度は。
「ははッ! ま、せいぜい頑張って生きろよ、新入り」
そう言って、三人組は俺とは遠く離れた席に座った。
さて、これは困ったことになったな。
水分無しじゃあ、このくそ硬いパンを食べることができない。
頭からスープをかけられびしょびしょになった俺のおなかがキュウと鳴った。
俺はちょっとやそっとのことでは怒らないように心がけている。
さっき、食事のことについて怒ろうとしたのは俺が生きて行くために必要なことだったからだ。
俺は大事になるのを嫌うため、なるべく我慢するようにしている。
今日の晩御飯は無しかと、諦めて立ち上がろうとしたとき、一人の青年が俺にスープを分けてくれた。
それに、スープでびしょびしょになった俺の頭をタオルで拭いてまでしてくれた。
おじさんや嫌な三人組くらいしかいないと思っていたが、こんな心優しい人がこの中にいるだなんて!
「大丈夫ですか? あの人達は新人が入ると、すぐにちょっかいばかりかけてくるんです。 スープが無いようなので私のをどうか飲んでください。 大丈夫です、私のことは心配しないでください」
そう言って青年がくれたスープを俺は一口飲む。
すっかり冷めきっていたが、俺の心は青年のおかげでほんのりと温かくなった気がした。
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