第1話 転生しました

銀行強盗に殺されたと思った俺は、気がつくと見知らぬ場所にいた。

どこまでも真っ白で、先があるのかないのかすらも分からない。


ここがどこだか、全く持って検討が付かない。

ただ、俺が知らない世界なのは理解した。

それ以上の事は何一つ分からない。


ふと、目の前に一人の女性がいることに気づいた。

その女性は見えそうで見えない絶妙なラインのスケスケな衣服を身に着けており、健全な男子高校生の性癖を破壊しにかかってきている。


その女性は、俺の方にゆっくりと近付いてきた。

俺は緊張しており、思わず身構える。


「心配しなくても、君みたいな童貞君を取って食べたりしないから安心して」

「だ、誰が童貞じゃ!!」


まあ、実際事実だが!?


「私はカロス。 世界で一番美しい女神と覚えなさい!」


カロスと名乗った女性は、長く綺麗な金髪をたなびかせながらくるりと一回転。

自分で言っておいて、恥ずかしくないのか?


「あなたは死にました! なので、麗しきこのカロス様が直々にあなたを異世界に送り、第二の人生を歩ませることに決めました!」


何だ、この上から目線。

めちゃくちゃ嫌なんだけど。


てか、展開早すぎない!?

人一人死んだって言うのに、あまりにもあっさりしすぎだろ!


「とりあえず、言語習得は最優先でチートは……。 めんどくさいから無しでいいや。 あとは……。 こんなもんか」


カロスは一人でブツブツ言っている。

おーい、当の本人が完全に置いてけぼりなんですけどー。

何が何だか、全く話についていけてないんですけどー。


「あ、あのー、ちょっと何の話をしているのか理解できないんですが……」


俺はカロスにそう言うが、カロスは全く俺の話を聞いてくれない。

これはひどい。 泣きそうになってくる。


「よしッ、準備できた! じゃ、早速異世界に送るからそこの魔法陣の上に乗ってくれる?」


カロスは、自ら出した魔法陣の上に俺を誘導した。

俺を置いて話が勝手に進んでいく。

これって、俺のこれからの話だよな?

俺の意見無しで進めるなんて、どうかしてる。


「ほーら、早く乗って」


カロスに背中を押される。

マジか!? このまま何も知らないままどこに連れていかれるんだ!?


「ちょっと待ったーー!!」


俺が混乱しているとき、上から叫び声に似た声が聞こえた。

俺は声の主を確認しようと、上を向く。

そこにはカロスと似たような透明な衣服を来た女性がいた。

今度ははっきり見えました、白です。 綺麗な純白でした。


その姿はカロスよりも何千倍、何億倍も可愛い。

その可愛い女性は、トンッと静かに地面に降りてから、カロスに言う。


「ちょっとカロス先輩! 上からあれだけ、転生者を置き去りにして話を進めるなってあれほど言われたじゃないですか! それで今まで何人の転生者を困らせてきたんですか!?」


その可愛い女性はカロスのことを先輩と呼んだ。

カロスが先輩ということは、この可愛い女性がカロスの後輩ということか。


「そうは言うけどね、私だってやることがあるのよ! あなたみたいに、いつも暇してるわけにはいかないの! クールに、そしてスピーディーにが私のモットーなのッ!」


俺は、再び置いてけぼりを食らった。

だが、俺の目の前で綺麗な女性と可愛い女性が言い合いをしているのも、なかなか乙なものではある。


「そんなに言うなら、エウカリスがすればいいでしょ! それで、私は私で他のことに集中できるし、エウカリスは私のことで怒られずにすむじゃない。 なんて天才な私の頭! やっぱりモテる女は違うわー」


カロスが話し終えた後、エウカリスの綺麗なおでこに青筋が浮かんだのを俺は見逃さなかった。

言いたいことを言えてスッキリしたカロスは、片手をひらひらと振りながら鼻歌交じりに上に昇っていった。

それを見送ったエウカリスは、小さくため息をつき俺の方を向く。


「何かすみませんね。 ごちゃごちゃしてて」


優しく、それでいて可愛い。

悪いところが一切見つからない。

完璧だと言わざるを得なかった。

この女性こそが、女神と呼ぶにふさわしい女性だと、俺は一人勝手に納得した。


「改めまして、私はエウカリスと申します。 先ほどの女神はカロスと言って、察している通り私の先輩女神です」


うん、見てれば分かる。

でも、あのカロスとかいう女神よりも全然可愛いし、仕事も出来そうだぞ?


「それで、あなたは前世で銀行強盗からの銃弾を受け、亡くなりました。 あなたは女子高生を守るために、自ら危険を冒してまで銀行強盗に一矢報いたのですね」


そういえばそうだった。

俺が銀行で死んだあと、どうなったのだろうか。

確かパトカーのサイレンが聞こえたはずなんだけど。


「安心してください。 あの後、警察が銀行内に突入し、銀行強盗はそろって逮捕されました。 幸いにも、あなた以外の被害者は出ていません」


その言葉を聞いて、俺はホッと肩を撫でおろした。

俺はもう死んでしまったと言えども、同じ高校の生徒が殺された報告なんて聞きたくない。


「自らを犠牲にしてまでも、他人を救うその姿勢。 私、感動しました! そんな心優しく勇敢なあなたには、『女神の恩恵』となるものを授けます。 神則によって今は詳しく言えませんが、言える時が来ればお話ししようと思います」


そう言って、エウカリスは俺に両手を向けた。

エウカリスから温かな光が俺に送られる。

俺の体の中に何か入ってくるような感覚があったが、不思議と嫌な感じはしなかった。


「さて、星宮勇様。 あなたはこの度転生者として選ばれました。 ユウ様が行かれる異世界、名を『アペイロン』というのですが、そこは滅多に魔物も出現せずいたって平和な世界です。 そこでユウ様は異世界を思う存分楽しんでほしいのです」


異世界だって!?

あの夢にまで見た異世界にこの俺が行けるのか!?

これまでバイトに勉強とそこまで休む暇が無かったため、少しくらい休んでもばちは当たらないだろう。

何せ、女神が休むことを許可してくれているのだから。


「前世でのユウ様はお亡くなりになってしまわれましたが、これからは異世界アペイロンで新たな生活をお送りください! ユウ様のこれからがよりよいものになりますように」


そう言って、エウカリスは俺の頬に軽くキスをした。

そんなエウカリスからは、いい匂いがした。

女神特有の匂いなのかもしれないが、嗅いでいてとても落ち着く。


「それでは長らくお待たせしました! 転生の準備が整いましたので、ユウ様を異世界にお送りします。 どうか楽しい人生(セカンドライフ)を!」


俺は新しくエウカリスが作ってくれた魔法陣の上に乗る。

俺が乗ったのを確認したエウカリスが、指をぱちんと鳴らした。

その瞬間、俺の体は魔法陣ごと宙へ浮き、上へ上へと昇っていった。


異世界、か…… 

一体どんなところなんだろうな……

俺は新たな人生に胸を踊らせていた。


その時の俺はまだ知らなかった。

まさかこの転生が、あんな結末を迎えるだなんて……


ユウを転生させ終えたエウカリスの元に、何やら慌てた様子でカロスが戻ってきた。

髪もボサボサで、かなり焦っているように見える。


「そんなに急いでどうしたんですか?」

「あいつは、もう行ったのか?」

「ユウ様なら、ついさっき――」

「ちッ! 遅かったか」


カロスは女神らしからぬ舌打ちをした。


「何かあったのですか?」

「魔王の封印が解けた」


カロスはエウカリスを見つめて言った。

それを聞いたエウカリスは驚愕する。


魔王、一度は封印した存在であり、世界に破滅をもたらす魔王。

何千年か前に伝説の勇者が命をかけて封印したと言われているが、それが今になって……


エウカリスは転生の儀式を中断しようとしたがもう遅い。

ユウは異世界に行った後。 こちらに戻ってくることは滅多にない。

エウカリスはユウを心配し、ひどく落ち込んだ。


「じゃ、じゃあ、私は転生の儀に参加してないから、何か問題があったらあんたが解決するのよ~! それじゃッ!」


カロスはそれだけ言い残して去っていった。

エウカリスは、誰もいなくなった場所で、一人ユウの名前を呼ぶ。


「ユウ様~! カムバーック!!」


その声は誰にも届くことなく、むなしく空に消えるのみだった。

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