05 飯屋のアルバイトは絶対に忙しい



 飯屋街にいた騎士団をクビになった女性をスカウトした日から5日が経った。


 ちなみに、あの日以降、筋トレができていない。

 おいおい、そんな可哀想な顔をしないでくれ。オレだって悲しいんだ。

 でも、知ってるかな。筋肉は数日じゃ、なくなったりしないんだって。むしろ、休んだら増えたっていう論文があるくらいなんだぞ?

 が、個人的なデッドラインは二週間だと思ってるから、とりあえずは目先のコレを終わらせないと。


「オイ! あのテーブルをキレイにしとけ!」


「はい、ただいま!!」


「オイ、そこのオマエは厨房に入れ! 手が足りねぇんだよ!」


「わ、分かった!」


 それで、今何してるかと言うと、タダ飯を食らった罰で仕事をしてるわけだ。

 飲食店のホールとキッチンスタッフだ。

 オレが最も避けていた職種。なぜなら、絶対忙しそうだから。


 実際の所、めちゃくちゃ忙しい。

 飲食店で働いている人たちは本当に尊敬する。ありがとう。


 あの日の食事は合計で、9000ウォルだった訳だ。

 もちろんオレは無一文。騎士団をクビになった女性……名前をイリアさんと言うらしいが、彼女もおカネを持ってきていなかったらしい。


 カネを持っていないことを伝えた時の彼女の顔は忘れられない。

 勇ましい瞳が点になってた。いやぁ、凄い。ってか、無銭飲食をしたの初めてだ。あんな気分なんだな。死んだかと思った。


 イリアの話はどうやら、実家や戦争の孤児らへの寄付しているため金が無いんだと。

 騎士団の食事や宿舎でやり過ごしていたが、退役したせいでどうしようもなくなったのだと。

 大変だ。まぁ、この調子ならあと3日くらいで終わるだろう。


「あと、10日は続けてもらわないといけないよ」


「え」「え」


 オヤジさん、そりゃあないよ。

 二週間過ぎちゃうじゃん……。


 宿はもちろん貸してもらうことはできず、閉店後の飯屋のホールで寝泊まりすることになった。寒いよ。筋肉冷えちゃう……。

 

「……はぁ、今日も疲れた……」


「そうか? 私は全然、そんなことないが」


「イリアさんは、体力おばけですから。まぁ、オレもあとちょっとは頑張るけど」


「イリアで良い。それで、何を……?」


「決まってるだろう。筋トレだ」


 今まで筋トレができてなかった理由は、この飯屋が衛生的に受け付けなかったから。

 だから、徹底的に掃除をしてやった。寝る間を惜しまず、な。

 みんな知らないかもしれないが、ジムトレーナーとかジムで仕事してる人は掃除スキルが高まっていくのだ。

 トレーニングを教えていない間は、顧客管理と掃除そうじソウジ。

 

 だから、その知識を総動員したら異世界の不衛生も居心地のいい場所に早変わりだ。

 毎日汚されるけど、新しい汚れは落としやすいからな。


「よし……なにするか……久々の自重トレーニングになるから……」


 自重で背中トレは難しいから、胸、腕……いかん、掃除したい部分がちらちらと目に入ってくる……。

 できればマシントレーニングをしたかったが、それも叶わないしな。高いんだよ。買える訳ないだろ。ぶっ◯すぞ。


「というか、イリアさ──」呼び捨てで呼べ、だっけか「ああー……イリア。変わったな」


「なにがだ?」


「いや、初めて会った時は今すぐに死にそうな顔をしてたのに、元気になってる」


獣人アンスロは放浪癖もあるが、なにかに従事してる時のほうが落ち着くからな」


 ほう、異世界というのは分からんことも多いが、親しいものを感じる。


「オレも筋トレしてる時のほうが落ち着くんだ。一緒だな」


「そうか? そうか……そうか?」


「オレも、獣人アンスロなのかもしれねぇな」


 彼女がベレー帽を外さないのは、下にその獣人の耳が生えているからだとか。見られるのが恥ずかしいんだって。乙女か。

 ちなみに、獣人の他に蜥蜴みたいな人やギュッと小さくしたような……鉱人ドワーフだっけ。あと、耳が長い森人エルフってのもいた。角が生えた奴もいたな。


 あと、これはオレの体感とイリアのすり合わせで得られたものなのだが、各種族ごとの得意な部位が分かった。


 ◯森人エルフ:背中、三頭筋(にのうで)

 ◯鉱人ドワーフ:肩、前腕、三頭筋、二頭筋(ちからこぶ)

 ◯蜥蜴人タニファ:背中(とくに上背部)

 ◯獣人アンスロ:脚

 ◯鳥人ハーピー:胸

 ◯有角人グラン:全体的にごっちい


 とりあえずはこんなところか。

 イリアはこの獣人アンスロってところ。だから、脚が太くていかつい。獣ってことは脚が早いって感じで発達してるみたいだ。


 それで、肝心のオレたち真人間だ。只人ヒュームというんだが……。


 ◯只人:表情筋


 これは……うん、まぁ、うん……。つらいわ、泣けてきた。

 特徴が無いのが特徴だ。よく笑うから表情筋じゃないか? なんて言われたときには思わず立ち尽くした。

 

 まぁ、この筋肉の話以外でも、飯屋で働くといろんなことが分かるった。絡み酒なんてくらった日には、あんな話もこんな話も聞けた。


 この世界は魔王とかその類はいない。

 昔にやったファンタジーのゲームとは違う世界らしい。

 あと国がたくさんあって、バチバチやってるらしい。島国でのんびりしてた昔とは色々と違ってきそうだ。

 複雑な政治のことは分からんからあまり深くは知らんでもいいだろう。


 そんないろんな話をしてくれたおじさんは、実は浮気をしていて、多種族の女を孕ませたことが奥さんにバレたらしい。やはりオープンな世界ってのは一味違うな。


 筋トレをしてる前はゲームはたくさんやってきたが、RPG系は手を付けてなかったからなぁ。


 異世界に行くだなんだっていう作品は何回か見たことがあるが……やっぱり、段々と強くなる、というかデカくなる……成長というのか、そういうのが見たいんだよ。筋肉と一緒だ。


 まぁ、それはおいておいて。 

 騎士団であるイリアがクビになった理由は分からないままだ。

 一応は探りを入れてみたんだがな。そこまで情報自体出回ってないらしい。


 夢を叶えると手を握ってくれた相手だ。抱えている問題は解決してやりたいしな。 

 岡山県民は、内には優しい種族だからな。


「……オマエは不思議な奴だな。どこ出身なんだ?」


「岡山」


「わかやま?」


「そんなミカンとかしらすの県じゃねぇっての。知らないのか?」


「知らん」


「じゃあ、イリアの生まれ故郷は?」


「デュアラル王国」


「デュアル王国? ケーブルマシンの話はしてないぞ」


「話が通じんな、やはり」


「で、それはどこだ」


「ここだ。この王国の名前だ。それも知らんとは……」


 この5日間でこの世界のことも大分詳しくなってきたと思っていたが、まだまだ甘いらしい。


「そういえば、名前はカシでいいのか?」


「あぁ。いい名前だろう。カシの木ってのは、堅くて耐久性に優れてるんだ」


 まるで筋肉だ。母さん、父さんありがとう。いい名前を付けてくれて。


「……本当に、変な奴だ」


「筋トレをしてる奴ほど、常識を持ってるやつはいないぞ」


「ほぉ?」


「健康に生きようと思ってるし、かっこよくなろうとしてる。これは雄の本能だ」


「……?」


「まぁ、なにが言いたいかって話は筋トレをするというのは、最も人間らしい行為だってことだよ」


「おぉ……つまりは、したほうがいいのか? ワタシも」


「そうだ。イリア。やるべきだ。ってかやろう」


 忘れてた。メニューを考えてる間に、脱線してしちゃったな。

 こういう何をすればいいのかわからない時にやるべきは……そう。


「プッシュアップ。腕立て伏せをしよう」

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