異世界オリンピア〜真面目に筋トレを教えたいだけなのに、どうしてこうなるんだよ。いいか? 二度と筋トレを成長チートって言うんじゃないぞ〜

久遠ノト

第一章:世界が変わったから筋肉を鍛えられない、というのは言い訳だ

第一部:異世界転生

01 倉敷ナンバーは歩行者優先を知らない



 オレの名前は、殻田出からだで かし。 

 岡山県に住むただの筋トレ大好きなジムトレーナーだ。

 ジムのトレーナーといっても、もちろん非正規雇用。アルバイトってやつだ。そのアルバイト終わりに筋トレを少々一つまみ。そんな生活を送ってる。


 子どもの頃のあだなはゴリラ。当時は嫌だったが、今となるとコレ以上の名誉あるあだなはない。

 あの時はおしゃれってのを知らなかったからな。今も知らんが。もみあげとまゆげのはなげくらいはキレイにするぞ? コンタクトにするのが怖いから眼鏡をつけてはいるがな。子どもの頃にゲームしすぎたんだよ。まぁ、それはいいか。


 夢はあった。俺の夢はボディビルの大会にでること……それもただのボディビルの大会じゃあない。


 世界最高峰の大会にでることが夢だった。

 そこで勝ち上がり、ジムを展開して……あわよくば金持ちに──……


 だが……そうだな。

 現実はそう甘くなかった。

 まるで、鶏肉とブロッコリーと白米のような味をしていた。


 ──狂おしい音が、交差点内に響き渡った。


 道行く人も立ち止まって……なんと、写真を取り始めて、ざわざわとし始める。

 普通は女性の叫び声が聞こえると思うだろう? そんなわけがないんだ。

 なんていったって、ここは修羅の国。岡山だ。


 岡山に住んでるのに、横断歩道を普通に渡ろうとした。

 そんな奴の末路なんかしれている。

 え? 横断歩道の何が危ないんだって? しらないのか? 

 オマエ、さては県外の人間だな?


 名古屋走りだなんて可愛いもんだ。

 岡山は横断歩道で歩行者が居ても、突っ込んでくるんだぞ?

 ウィンカーも出さないし、一旦停止もしない。

 あと、休日にファミリーカーを見かけたら逃げるんだな。

 旦那の車を借りてる奥さんだ。気を抜けば一瞬で、ボンネットが真っ赤に染まる。


 それに、やっぱりだ! ほら、見てみろ。嫌な予感が的中だ。

 よく走るくせに全然音が聞こえない黒塗りの車のプレートを。




 倉敷。




 そら来た。

 あの車には倉敷の野郎が乗ってやがる。

 岡山でも、倉敷は別格だ。アイツらは車に乗ってるって自覚がねぇ。


 まぁ、それでオレは倉敷の野郎に轢かれた訳だが……訳あって、変な場所に来ちまったみたいだ。


 視界が一瞬暗くなったかと思ったら、目の前に現れたのは白い服きた高齢者。

 ヒゲモジャで、目が開いていない、耳毛まで生えてやがる。体はひょろひょろ。

 ジムに来るじーさんだってもっと良いからだしてるぞ。


「…………混乱してるみたいじゃの……わしは、神様じゃ」


 いきなり喋りだしたかと思ったら、自己紹介だった。

 いや、自己紹介にしては腹が立つ。

 自分が神様だって言い出すやつなんか信じられるかって話だ。


「だから、お主の願い事を──」


「まて、オマエは神様じゃない」


「ほっ……?」


「神様は、山岸秀匡だ。オマエなんかじゃない」


 日本ってのはいろんな神様がいるし、最近は「それ神〜」だっていう若者も多い。

 が、この山岸秀匡その人だけは別格だ。

 宗教なんて興味がないオレが神だって信じてるんだから、間違いないだろう?


「それで、ここはどこだ。岡山にこんないい場所はないハズだ……問屋町か?」


「といやちょう……」


「神様なら岡山の路上駐車の街、問屋町を知らないのか?」


「……わかんない」


 岡山で唯一といっていいほど、オシャレな街でもない……だと?

 こんな真っ白い空間が他にあるのか?

 女性が経営してるパーソナルジムでも、こんなに白くないぞ。


「だったら、ここはどこだ?」


「お主……死んだことが分かっとらんのか?」


 死んだ?

 オレがか?

 筋トレをしてたっていうのに……?


 あ、いや、倉敷のナンバーが見えたな。

 オレが不注意に横断歩道を渡ろうとしたから……。


「そうか。……死んだか。オレの夢も叶えられないまま」


 ボディビルの大会に出たかったのに、残念だ。

 来世のオレに期待しておこう。その頃には「私筋肉すぐつくんだよね」っていう女性の認識が変わってることを祈って……。


「可哀想じゃが、安心しなさい。お主はこれから異世界に行く」


「異世界……だと?」


 なんだ、それは。

 異世界……異なる世界ということか?

 

「そこでじゃ、お主にスキルを授けようと思っとるんじゃが、とりあえずはこの中から……」


「待て。異世界には成分表示はあるのか? ジムは」 


「また分からんことを言い出した……成分表示、ジムとはなんじゃ」


「オレの何よりも大事なものだ」


「……とりあえず、このスキルの中から」


「要らん。PFCバランスが見えて、ジムやマシン……いや、筋トレに必要なものが揃ってればいい。基礎代謝とかも分かったらなおよし」


「ええ……」


 ソレ以外に必要なものなんてない。

 ジムで調査した『無人島に持っていけるものでいちばん重要』なのが、ハンマースト◯ングスのマシンなんだからな。

 あとは、異世界だったら健康被害も恐ろしい。間違いなく海外よりも劣悪だ。

 食事を気をつけなければ、良い体は手に入らないのだ。


「でも、剣とか、魔法とか。生きるのが大変じゃぞ? なにかしらスキルがあった方が」


「オレが傷つけていいのは筋繊維だけ、そうだろ?」


「……あ、そう」

 

 それに、剣の振る動作なんて筋トレは関係ないしな。

 広背筋と三頭筋を使ってるのかな? 知らん。


「じゃあ……それで、あとは適当にしとくから、じゃあ頑張って」


 そうして、今度は視界が真っ白になった。

 トンネルを抜けて鳥取に行ったときよりも白かったのを覚えてる。


 そうして、気がつくと海外のような場所に立っていた。


「……」


 異世界と言っていた割には海外だ。もっと世紀末みたいなものを考えていたが、キレイな町並みじゃあないか。っていうかカラフルな髪が多いな。ブリーチで染めてんのか?

 服装もおしゃれだ。問屋町よりもおしゃれだ。オレは筋トレの後だったから、適当な服だったしな。


 それにしても、言語は通じるのか? 


 筋トレ用語しか英語が喋れないオレにとって、言葉が通じなかったら不味いぞ。

 とりあえず、話しかけてみるか。

 

「ヘイ。ヘイ」


「?」


「あー……デュアルアジャスタブルプーリー?」


「でゅ……?」


「リカベントバイク?」


「べんっ……?」


「あー、インクラインベンチプレス?」


「おいおい。待て待て、オマエちゃんと言葉を喋れ。さっきからなんだそれ」


「!??」


 日本語だと?

 

「おい、喋れるのか?」


「いやいやいや、こっちのセリフだっての。なんだオマエ……っていうか、冒険者か? そのガタイ……」


「冒険者……?」


「冒険者を知らないのか? ってことは、田舎から出てきたのか? 冒険者ってのは危なっかしいがロマンがある職業だ」


 危なっかしいがロマンがある……今どきのインフルエンサーみたいなもんか。


「岡山は田舎だぞ。それに、おれはジムトレーナーだ。非正規雇用のな」


「……おかやま、じむとれ〜なー……」


 言葉が通じるなら詳細は後だ。

 どうやら、岡山とかジムトレーナーっていうのは知らんらしい。

 が、とりあえずは、オレは筋トレの後だ。だったらやることは一つしか無い。


「じゃあ、オレたちはこれで……」


「まて、肉料理が食える飯屋はあるか?」


 筋肉を大きくする至福の時間だ。

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