【KAC20236】ラッキーラッキーその後は?

天鳥そら

第1話自分はアンラッキー??

 七星幸男ななほしさちお、年齢は30歳を超える直前。可もなく不可もなく、中の中か中の下をうろうろしいてるような男だ。


 人間には運の良い人間もいれば、悪い人間もいる。そして、運の良い時期もあれば運の悪い時期だってあるのだ。俺は、運の良し悪しはわからないが、そこまで運が悪いわけではない。そう信じてきたが、女友達の不動七恵ふどうななえと一緒にいると、自分は大変、不運な人間じゃないかと思うことがある。


 何かと因縁のある彼女とは、中高が同じ学校であり、大学は違ったものの、同じアーチェリー部ということから親睦会で顔をあわせていた。


 彼女は誰もが認めるラッキーガール。彼女が的を射るとき、神風が吹くと言われ雨風が強い日でも日差しがあり幸運の女神がほほ笑むとすら言われている。


 なんだかんだと付き合いを続けて、十年以上が経っている。男女の関係はないものの、友達同士のような気楽な付き合いを続けていた。


 俺の名前は、七星幸男。これほど運に恵まれそうな名前だというのに、彼女の前だとかすんでしまう。



「それで、はたして自分は運の悪い男かどうか聞きたいってことだね?」


 駅前の百貨店9階に本屋がある。本屋から外れて奥まった場所に、占いのスペースがあった。手相、西洋占星術、タロット、四柱推命。常時、3~4人ほどの女性が訪問客を待っていた。


 自分が選んだのは、手相を専門にする高齢の女性だった。60代だろうか、肌つやが良く、明るい色合いの春セーターを着た女性は、思っていた占い師像とは違っていた。近所のおばちゃんやおばあちゃんのような雰囲気に、緊張感が抜けていく。


「はい、彼女と一緒にいるとですね。自分はとんでもなく不運なんじゃないかと思うようになったんです」


 俺の手のひらを見た後、占い師の表情がゆるんだ。悪い結果ではなさそうで、さらに気が抜ける。


「不運というより、晩年運。これからの運が強いんだね。自分では苦労したと思っていないかもしれないけど、けっこう、大変だった時期があったんじゃないかい?」


 確かにあたってる。いじめというわけじゃなかったけど、クラスになじめなくて不登校になりかけたことがあった。でも、それは、運の問題ではない気がする。


「そりゃそうさ。運だって自分で選ぶもんだからね。選択次第で、良くも悪くもなるもんさ」


「自分で……ですか」


「手相はね、今の七星さんの状態を表しているんだよ。今のままなら、将来はこうなるっていう予想が手のひらにでてくる。もしかして、お酒弱いんじゃないかい?ほどほどにしないと、肝臓に問題が出てくるよ」


 ドキリとしながらも、占い師さんの話を聞いていると気分が浮上してきた。自分がどんな未来を望むのか、それが大事だと諭される。


「それからね、もし運を良くしたいなら、徳を積んだりね、するといいよ。貯金のように貯まるから、必要な時に引き出せる」


「貯金を引き出す……ですか」


 思わず笑ってから、ラッキーガールを思い出した。彼女は普段から徳を積んでいるのだろうか。


「そうかもしれないね。それにね、ご先祖様の加護とかあるからね」


 前世で積んできた善行の数々を言われても、ちょっと納得がいかない。あくまで今の自分を評価してほしいものだ。


「若いころに運が良くてもね、何もしなければ何もないよ。今は大変かもしれないけど、未来の自分のためだと思って頑張っておきな」


 占い師さんに励まされて、納得がいかないながらも募金箱に小銭を入れてみる。ちょっと晴れやかな気分だ。


 それから、しばらく経ったころ、ラッキーガールが不調だという話を聞いた。たまに連絡を取り合っているというのに、なぜか人づてに聞いたのだ。心配になって連絡をいれてみる。普段はLINEで済ませてしまうが、この時は電話にした。


「不調なんだって?」


「あ……。うん。今までのツキがいっきになくなったみたい」


 スマホの向こうから思った以上に暗い声が届く。話を聞いてみれば、日にちを間違えて、仕事相手を怒らせる、食事に行けば、ごはんの中に髪の毛が入っている。間違って届いた荷物を自分のだと勘違いして開けてみれば、呪いのグッズが詰め込まれていて悲鳴をあげたそうだ。


「あと、ケガはしなかったけど、車にぶつかられたり、図書室で借りた本を間違って弟に捨てられちゃったり」


 あっけにとられて彼女の話を聞き続ける。連絡を普段からとっているというのに、知らなかった自分の方に驚きだ。なんていろんなことが彼女の身に起こってるんだろう。


「す、すごいね」


「でしょ?最初は偶然だと思ったし、自分がそそっかしいせいだって思ってたんだけどさ……。私、リストラ候補に上がってるらしくて、この先どうしようか悩んでる」


 彼女の身に起きたひとつひとつは、普段から気をつけていれば回避できることもある。ただ、何もかも畳みかけるように嫌なことがあれば落ち込みもするだろう。


「大丈夫?」


 うんという声はか細い。泣いているんだろう。涙声が耳元に響いた。


「今まで、すっごくうまくいっていたでしょう?どうしたらいいんだろうって、うろたえている感じ。友達には初めての挫折だねって言われたんだよ。陰でアンラッキーセブンとか、不動の不をとって不運七とか言ってるみたい」


「三十年近く生きてきて、初めての挫折っていうのもすごいよ」


 陰口に関してはスルーする。不動七恵の不動を、ラッキースターが不動であるとか、幸運はゆるぎないものという意味でもてはやしていた奴もいるのだ。


「このまま、人生、順風満帆っていうのは、虫が良すぎるよね」


 彼女の話を聞くうちに、自分の中のひがみや妬みが癒されていく。もしかしたら、一生をそのまま全うするひともいるかもしれない。でも、もし、彼女がそうなら、俺は付き合いを続けなかったかもしれない。


 以前に占い師に言われた言葉が頭をよぎる。得を積むと良いよって話だ。今、ボランティアに興味を持ち始めているから、彼女を誘ってみようか。得を積んで、彼女の悩みがどうにかなるかはわからないけど。


「あのさ、イヤだったらいいんだけどさ。もしよければーー」

 



 

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