第7話 家族会議

 使用人の懇願で一度話をするためにとフラウラーゼはヴォワール侯爵と共にシャリエール伯爵家のタウンハウスへと戻ってきた。


 祖母も心配し、フラウラーゼの手を握る。


「くれぐれも気をつけるのよ、何かあったらすぐにお祖父様に言いなさいね。ジョセフ、フラウラーゼを頼むわよ」


「任せてくれ」

 ヴォワール侯爵は妻の言葉に胸を張る。


 フラウラーゼもこれ以上心配をかけたくないので頷いた。


「大丈夫です、わたくしにはこんなにも心強い家族がいるのですから」


(そして頼もしい味方も)

 フラウラーゼはそっとブローチに手を当てる。


 いざとなったらデイズファイも力を貸してくれるだろう。


(妻になる決心はついてないから、本当に困った時だけにしましょう)


 弱みに付け込んで、という事はなさそうだけれど、やや心配なのでお守り代わりだ。



 ◇◇◇



 屋敷に入るとシャリエール伯爵が怒りの表情をしている。


 しかし何も言えないのはヴォワール侯爵が一緒だからだろう、フラウラーゼ一人ならば怒鳴られていたに違いない。


(抑えているつもりですけれど、顔が赤くなっているわ)

 いつも威張り散らす父がヴォワール侯爵の前だとこうして表面上でも大人しくしているのが何だかおかしい。


 澄まし顔で対峙するが内心では微笑する。

「久しぶりだな、シャリエール伯爵」


「お久しぶりです、ヴォワール侯爵様」

 親しみなど欠片もない挨拶が交わされ、淡々と社交辞令の様な会話が交わされる。


 シャリエール伯爵の隣にいるフラウラーゼの義母など空気の様な存在で何も話さない。


 フラウラーゼも似たようなものだ。


 これは家族としての話し合いではない、家長としての話し合いだ。


「フラウラーゼを養女とする手続きをする前に問いたい。婚約破棄を言い渡されるとは何事だ」


 問いたいと言いながらもフラウラーゼが有責だと言わんばかりの言葉だ。


「あちら側から一方的に言われた事です。わたくしは有責になるような事はしていませんし、言ってもおりません。調べてもらえればわかりますが、彼の言うような事など、わたくしに出来るはずがありませんわ。王都に居なかったのですもの。まぁ婚約解消としては受け入れました、だって結婚したくないというのですから、仕方ありませんわよね」


 ふぅと溜息をつくフラウラーゼに父の怒りは収まらない。


「この縁談を結ぶのにどれだけ大変だったか、わかっているのか? しかもお前は最後去り際に魔法も使っただろ。パーティ会場は草花塗れとなり、大変だったのだぞ。脱出するのに一晩かかった」


「え?」


 前半はともかく後半の件は気になる。魔法なんて使ってないし、そんな大規模な事出来るはずがない。フラウラーゼには身に覚えのない事だ。


「何だそれは。そんな話は俺も聞いていないが?」


 ヴォワール侯爵も顔を顰めた。


 一晩も魔法の解除にかかるなど、普通あり得ない。


 そんな大規模な事件が起これば王城の魔法使いも出動するだろうし、もっと情報が出回っていてもおかしくない。


「パーティ会場には魔法が使えないように結界も張っているはずです。そのような事出来るわけが……」


 言いながらフラウラーゼはそれで情報が回らなかったのだと気づく。


 魔法が使えないはずの会場で魔法が使用されてしまった。そうなれば安全性に問題があるとなってしまうし、そして誰も太刀打ち出来なかったと大声でいう事になる。


 バリーだけではなく自分の魔力の高さに自身のあった家など面子がつぶれるだろう。何者かの攻撃かは知らないが、手も足も出なかったのだから。



「幸いにも死傷者は出なかったが、服や会場はボロボロだ。復旧にはかなりのお金がかかりそうだったから、あの場では何も言わなかったが……フラウラーゼ、お前はあのような場で婚約破棄を言い渡され、腹が立ったのだろう。報復で使用してはいけない禁呪でも使い、会場内を植物で溢れさせて拘束させた。そのような事をしてただで済むわけがない」


「おかしな話ですね」


 矛盾だらけの話をする父に呆れつつも、努めて冷静な声を意識する。


「禁呪なんてお伽噺、本当に信じておられますの? あり得ませんわ。そもそも赤い髪のせいでわたくしは草花の精霊から疎まれていると常々おっしゃるくせに……本当にそのような事が出来たと思っていますの?」


 赤髪で忌み嫌われている事や魔力が低いからと、魔力の高い家との縁談を金で買ったはずだ。


 シャリエール伯爵家の体面の為に。


 それなのに脱出出来なかった上にフラウラーゼのせいにするとは、フラウラーゼの魔力に敵わなかったと言ってるに等しい。


「わたくしのせいにしたいと言うならば、あの場にいた皆様の魔力がわたくしよりも相当低いという事になります。どちらにしろわたくしには知らない事ですわ」


「ぐっ」


「それとバリー様も大したことないのですね、普段魔力が高い事を誇示してますのに、いざとなれば太刀打ちできないなんて。これは婚約する意味があったのでしょうか」


 シャリエール伯爵はフラウラーゼに掛ける言葉を一度飲み込み、執事に何かを耳打ちした。執事はすぐさま部屋を出ていく。


 多分フラウラーゼが言ったことを利用し、慰謝料の上乗せ話をバリーにするのだろう。


(どうなろうと関係はありませんけど)


 辱めを受けたフラウラーゼには慰謝料はびた一文も回っては来ない。


 だがそんな事は気にしていない、余計な事を言って。フラウラーゼが有責とされて支払えと言われても困るからだ。


(それよりも早く縁を切りたいのだけれど)


 フラウラーゼにとって父は最早父ではない。母を捨て、自分を捨てた男としか思っていないからだ。


 この悪縁を切って新たな人生を送りたいと、思いを馳せる。


「納得したならば次はシャリエール伯爵家からフラウラーゼの名を外してくれ」


 乱暴にヴォワール侯爵が言い放ったその時、ノックの音がした。


 許可を得てコンラッドが入室してくる。


「義姉様が着いたと聞きました。酷いではないですか。家族との話し合いから僕を遠ざけるなんて。ぜひ僕も同席させてください」


「コンラッド、楽しい話ではないのだぞ?」


「構いません、次期伯爵としてどのような話し合いをするのか知りたいのです」


 突如の口出しにシャリエール伯爵は驚き、ヴォワール侯爵は苦虫を潰したような顔をする。


 だがまぁ確かに無関係とは言えないので、話し合いに混ざる事を許可する


 コンラッドはフラウラーゼの隣の空いている一人掛けに座る。


(えっと、早く縁切りしたという話が聞きたい、という事かしら?)


 その割には熱い視線を感じる、何とも居心地が悪い。


 思わずブローチに手を添えた、何事も起こらない事を祈るばかりだ。




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